上田早夕里のおすすめ本5選!『破滅の王』で直木賞候補になった注目SF作家

更新:2021.11.14

2018年に直木賞にノミネートされ、注目を浴びているSF作家の上田早夕里。圧倒的なスケールで描かれる彼女の作品は、科学を知る人も知らない人も夢中にさせる不思議な魅力を備えています。今回は、そんななかでも特におすすめの作品をご紹介していきましょう。

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上田早夕里とは

 

1964年生まれ、兵庫県神戸市出身の小説家です。1995年に桓崎由梨名義で応募した作品が「パスカル短編文学新人賞」で最終候補に残ります。これをきっかけに、同賞の審査員を務めていた堀晃が主宰する同人誌で活動したり、Webマガジンに作品を発表したりするようになりました。

その後2002年に、上田早夕里名義で応募した短編『ゼリーフィッシュ・ガーデン』が小松左京賞で最終候補となります。翌年には『火星ダーク・バラード』で同賞を受賞、プロの作家としてデビューすることになりました。

その後の活躍は目を見張るものがあり、「SFが読みたい! 2011年版」「SFが読みたい! 2017年版」1位、「センス・オブ・ジェンダー賞」大賞、「日本SF大賞」など数々の賞を受賞しています。

人間の科学に対する向き合い方を問う作品が評価を集め、細菌兵器に翻弄される主人公を描いた『破壊の王』は2018年の直木賞候補に選ばれました。

今回は、そんな注目のSF作家である上田早夕里のおすすめ作品を5作ご紹介していきます。

上田早夕里の代表作!『華竜の宮』

 

舞台となっているのは、ホットプルームという地殻変動で陸地のほとんどが水没してしまった25世紀の世界。

人類は、高度な情報社会を創りあげている陸上民と、危険と隣り合わせの生物船で暮らしている海上民に分かれていました。

陸上民として暮らす日本政府外交官の青澄誠司は、確執が深まっている両者の関係を改善しようと、海上民の女性長であるツキソメと会談をします。しかし世界は、生命の運命を根底から脅かす新たな試練に直面しようとしていました……。

著者
上田 早夕里
出版日
2012-11-09

 

本書の特筆すべきポイントは、作品に詰め込まれている要素の豊かさです。陸上民と海上民の対立というアクション的要素、外交官青澄誠司の駆け引きを描いた政治的要素、電気信号でコミュニケーションを取り人工知性体を仕事のパートナーとする25世紀の世界を描いた近未来SF的要素、海上民を守ろうとするツキソメに秘められた謎というミステリー的要素など。

25世紀という未知の世界を描いたフィクション性と、人類の科学に対する向き合い方という現代にも通じるノンフィクション性がこれらの要素と絡められ見事に描かれています。

「地球は私たちの星です。私たちはこの星で生まれ、この星で死ぬ。自然なことかもしれません」
「絶滅するなら、自分たちは何のために生まれてきたのかーー。若者からそう問われたとき、おまえさんはうまく答えられるかね」(『華竜の宮』より引用)

期待を裏切らない超大作。大満足すること間違いなしです。

上田早夕里の世界観が光る短編集『魚舟・獣舟』

 

舞台は陸地がほとんど海に沈んだ近未来の世界。海上民から陸上民となった主人公の目線で「魚舟」「獣舟」と呼ばれる生物と人類の関わりを描いた短編小説になっています。

そのほか5編の作品が収録されているので、そちらもお楽しみください。

著者
上田 早夕里
出版日
2009-01-08

 

「生まれてはじめて獣舟を見たのは七歳のときだ。息がつまりそうな熱い大気と、毒棘のような日差しが紺碧の海をじりじりと焼いていたあの夏ーー上甲板で家族の洗濯物を広げていた私は、右舷後方から接近してくる影に気づいたのだ」(『魚舟・獣舟』より引用)

冒頭を読んでも、読者は「獣舟」が何を指しているのかまだ分かりません。文字のとおり「舟」だと思ってしまいます。

「獣舟とは、何らかの事情で〈操舵者〉を持たなかった魚舟が、成長しきった後、陸へ上がるようになったものだ。どことなく両生類の雰囲気がある魚舟と違って、その姿は少し爬虫類に似ている」(『魚舟・獣舟』より引用)

しかし「魚舟・獣舟」は舟ではありません。これらは人間の遺伝子を元に作られた異形生物なのです。

まるで本当に異形生物と人間が共存している近未来の映像が見えてくるような、卓越した文章力が魅力です。予想を裏切る衝撃的なラストに、読後も異空間に迷い込んだかのような静かな不安が続きます。

『華竜の宮』の次はこれ!『深紅の碑文』

 

『華竜の宮』の続篇にあたる本作。『魚舟・獣舟』の設定も盛り込まれているので、両作を読んだ後に手にとるとより楽しめるでしょう。

地球の滅亡が迫るなか、なおも強い想いを胸に戦い続ける人々の姿が描かれています。

著者
上田早夕里
出版日
2016-02-24

 

本作は、陸地の大部分が水没した25世紀を舞台に、さらに複雑化する世界で奮闘する人々を描いています。『華竜の宮』で主人公だった青澄誠司は、救援団体理事長として登場。陸上民と海上民の対立に海の反社会勢力「ラブカ」が加わり、物語はさらに加速していきます。深宇宙研究開発協会で働く少女、星川ユイという新しいキャラクターにも注目です。

「人間の想像力を否定できるものなど、この世のどこにも存在しない。私たちは想像力ひとつで、どこまでも飛び続ける。けれども、そこに血の代償があったことも私たちは忘れない。」(『深紅の碑文』より引用)

青澄誠司、星川ユイ、ラブカのリーダーであるザフィールを中心として、環境変動や終わらない殺戮など「大変動」をくり返す近未来が描かれます。『深紅の碑文』というタイトルの意味が分かった時、上田早夕里が本書に込めたメッセージを知ることとなるでしょう。

読んでおきたい上田早夕里の短編集『夢みる葦笛』

 

本作は、表題ともなっている「夢みる葦笛」にはじまり、「眼神」や「完全なる脳髄」など10編が収められている短編集です。

どの物語も短くすっきりとしていますが、だからこそ上田早夕里が描く幻想の世界が、気味悪いほどくっきりと浮かび上がってくるものとなっています。

著者
上田 早夕里
出版日
2016-09-15

 

人々を魅了する音楽を奏でるイソギンチャクのような生物「イソア」と、主人公「亜紀」を中心に物語が進んでいきます。イソアの奏でる音楽の美しさと、イソアに魅了された人々がどんどんイソアになっていってしまう薄気味悪さの対比が見事に描かれているのです。

上田早夕里の作品の世界観は、彼女が実際に体験したことを書いているのではないかと思うほどリアリティーにあふれています。読者は気づけば彼女の不思議な作品世界に連れられていて、次々と現れる異形生物に圧倒されつつも人間とは何かを考えさせられるのです。

上田早夕里の直木賞候補作!『破滅の王』

 

第二次世界大戦中の上海を舞台に、治療法のない細菌兵器をめぐる戦いを描いた作品です。

主人公の宮本は、細菌兵器の治療薬の開発を依頼されるものの、薬を完成させるには細菌兵器も開発しなければならないというジレンマに苦しめられます。科学者、医者、軍部それぞれの思惑が複雑にからみ合い、疾走感を持ってラストへと突き進む様子は必見です。

著者
上田 早夕里
出版日
2017-11-21

 

本作は直木賞の候補にもなり、上田早夕里の数々の作品のなかでも特に注目を浴びたものです。第二次世界大戦や日中戦争、日中戦争中に中国人部隊が日本軍の通州部隊を襲撃した「通州事件」など実際の出来事が細かく記されています。

これらのノンフィクションを背景に描かれるのは、宮本という男が細菌兵器に翻弄されるというフィクション。現実と非現実がうまく混ざり合い、壮大なスケールで読みごたえのある作品が完成しているのです。

項によって異なる人物の視点で書かれているので、さまざまな角度から物語を眺めることができるでしょう。

戦争という題材を見事にエンターテイメントに昇華させ、疾走感を保ったままラストへ向かう作者の筆力には脱帽です。重いテーマを扱っていますが読みやすい、上田早夕里の新たな代表作です。

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