『エンジェル・ハート』および『シティハンター』は、ハードボイルドアクション漫画作品。全体の世界観や、新宿の掃除屋・冴羽獠がガンアクションをくり広げるところは共通していますが、描かれる時代と主題、コメディ色の濃淡の違いがあります。 2019年2月に『シティーハンター』の新作アニメ映画が公開されました。かつてのキャスト・スタッフが結集して作られたこともあり、連載当時のファンを筆頭に話題になりました。そんな両作を、一挙ご紹介しましょう。 『シティーハンター』は、スマホのアプリから無料で読めるので、こちらもぜひご利用ください!
この2作品の作者は北条司。どちらも新宿が主な舞台です。主要な登場人物として冴羽獠、海坊主などの人気キャラクター、裏の世界の掃除屋「スイーパー」などの概念は共通して登場します。
『シティーハンター』は通称・シティーハンターと呼ばれる凄腕スイーパー(掃除屋)・冴羽獠と槇村香のコンビが、毎回美女の依頼をハードボイルドに(時にコメディタッチで)解決していく、痛快アクション作品でした。(『シティーハンター』の魅力は<漫画『シティーハンター』を最終回まで本気でネタバレ考察!2019年映画化>でも紹介しています。)
一方『エンジェル・ハート』は、主人公がバトンタッチ。台湾の殺し屋・香瑩(シャンイン)が、ある理由から獠の元に身を寄せて、彼の元でスイーパーとして活動していきます。シリアス要素が強く、コメディ色はやや控えめです。
- 著者
- 北条司
- 出版日
- 2015-07-18
目立った違いとしては、作中の時代が『シティーハンター』は1980~90年代で、『エンジェル・ハート』の方は2000年代となっていることでしょう。では、『エンジェル・ハート』は『シティーハンター』の約10年後を描いた続編かというと、単純にそうとはいえないのです。
両作の間には、細かい設定や人物関係に違いがあります。たとえば『シティーハンター』で海坊主のパートナーだった美樹は、戦災孤児ではなくストリートチルドレンの少女・ミキとして登場。
そして、1番の違いは、『シティーハンター』のヒロイン、槇村香の不在でしょう。なんと『エンジェル・ハート』冒頭では香が亡くなるという衝撃の展開が描かれました。
これに対して作者から、公式に『エンジェル・ハート』は『シティーハンター』でやり残したことを貫徹するためのセルフリメイク、パラレルワールドであることが明かされたのです。
シティーハンターファンの方は、名言を集めた<漫画『シティーハンター』登場人物の名言をネタバレ!獠、かおり、海坊主…>の記事もどうぞ。
『シティーハンター』は80年代「週刊少年ジャンプ」の看板ともいえる漫画で、4度のテレビアニメ化、スペシャル番組、映画などメディアミックスも多数おこなわれた大ヒット作品です。
名実ともに北条司の代表作品といえますが、その完結は円満なものではありませんでした。いわゆる打ち切りです。
ただ、これは作品の人気が下降したためというわけではなく、90年代に入ってからのジャンプ編集部内のごたごたの煽りを受けて、という理由によるものでした。
- 著者
- 北条 司
- 出版日
- 2012-03-19
『シティーハンター』の終盤は主人公と因縁のある相手も登場し、まだまだ継続する余地のあるなか、突然4週後の連載終了が通告されます。北条は非常に歯痒い思いをしたそうです。因縁の組織との決着も付けて一応の体裁は整えたものの、不完全燃焼。北条の心にはしこりが残りました。
以後、数年間ヒットに恵まれず不遇の時を過ごしましたが、少年誌を離れて青年誌で始めた『F.COMPO』で返り咲きます。この作品はセクシャルマイノリティをメインに据えた先進的なホームコメディ作品でしたが、ここで描かれた家族愛というテーマが、後に重要な要素となっていくのです。
彼はこの作品の完結後に、不完全燃焼だった『シティーハンター』を、家族愛をメインテーマとしてリメイクすることを思い付いたのです。それが『エンジェル・ハート』誕生に繋がりました。
先述したように、『シティーハンター』と『エンジェル・ハート』には人物設定に差異が見られます。これは先述したように、現実でも作中でも10年の時間が経過したから、というわけではありません。
最大の相違点かつ多くのファンに衝撃を与えた、香の死。この彼女の不在について考えてみましょう。
1つは、新たな主人公にしてヒロインである、香瑩の動機付けです。冷徹な殺人マシンだった彼女が、亡き香の心臓を移植されたことで獠と出会い、人間的な感情を取り戻していく。その過程で彼女に宿った香の意識が、重要な役割を果たしていくのです。
それが獠と香瑩、そして香の擬似的な家族関係にもなっていきます。実の両親を知らずに育った香瑩は、獠を義父、香を義母と慕うようになります。また獠も、彼女のことを娘として扱っていくのです。それは香の死とは別に、裏稼業ゆえに子供を残せないという現実の、代替行為といえるかもしれません。
そこには、獠と香の強く結びついた絆も描かれます。死すらも2人を分かつことはできない、究極の愛。『シティーハンター』では、作品の終盤でようやく2人は結ばれました。『エンジェル・ハート』で、そんな彼らの関係をさらに深めるには、パートナーとの死別を経験させる他なかったのでしょう。
ファンにとっては正視に耐えない展開ではありましたが、そのことが獠と香の絆を、より強固なものにしたのでした。
他の人物の変更についても同様のことがいえます。ほとんどの場合で、リメイクにあたって関係性を強調するために変更が加えられました。
次のセクションでは、連載が終わったからこそ話せる裏話を紹介!獠が香への想いに気づいたのは、あの名作回だった!?
『シティーハンター』の連載開始は1985年、『エンジェル・ハート』の連載終了は2010年。北条司は30年以上もの年月を本作に捧げました。連載終了後、彼の口から連載が終わったからこそ話せる裏話が明かされたのです。
まず、獠は香への想いに、いつ自覚をしたのか。香が彼のことを想ってヤキモキするような場面は多々見られましたが、獠の想いは、あまりわかりやすい形では見られません。このことについて、北条はこのように語りました。
獠が自分の香への想いに気づいたきっかけ。それはなんと、作中屈指の名作回だといわれる、あの「都会のシンデレラ」だったのです。この回は、獠と変装した香がデートに。獠は彼女だと気づかないまま、よい雰囲気になって……という内容です。
北条いわく、獠は香のことをずっと妹のように思っていたのですが、これをきっかけに自分の気持ちにフタをしていたことに気づいたのだそう。ファンからも大事にされている「都会のシンデレラ」ですが、獠と香の関係にとっても、こんなに重要な回だったとは驚きです!
さらに『エンジェル・ハート』誕生に関しても、こんな裏話がありました。主人公は2人の子供にすると決めていたものの、それで香の存在が薄まってしまうのを危惧した北条。どのような設定にするか悩んでいたところ、タクシーに乗った際にドライバーからこんな話を聞かされます。
それは、事故死した妻の心臓がある女の子へ移植されて、彼女と血の繋がらない親子になる、というもの。この話から生まれた展開は、ファンに衝撃と深い悲しみを与えましたが、これが獠と香の絆をより一層強くし、作品自体にもより深みを与える結果となりました。
『シティーハンター』の物語には、獠と巨大麻薬組織「ユニオン・テオーペ」の確執がついて回りました。獠は長きにわたる因縁の末、ついに、元パートナーにして香の兄・槇村秀幸が死亡した原因である宿敵との決着を付け、新宿の日常へと戻ってくるのです。
ユニオン・テオーペとの決着によって彼自身に変化が起き、さらに獠と香の関係にも決定的な変化が生まれました。
そして、そんな2人に先んじるように、海坊主と美樹の結婚式が挙げられるのですが……。
- 著者
- 北条司
- 出版日
- 2017-07-20
『エンジェル・ハート』は獠と香瑩の親子関係と、香瑩の出生が話の軸です。そんな物語の最後も、『シティーハンター』と同じく、やはり愛がキーポイントになります。
かつていざこざのあったT国皇太子クワン・マオと、獠とは旧知の仲である楊芳玉(ヤン・ファンユイ)がゴールイン。内輪だけのささやかな結婚式を開き、香瑩らは幸せを噛み締めます。
ところが、そこへ因縁の暗殺者カメレオンが現れ、香瑩はマオ達夫婦の暗殺の計画を聞きます。しかし、カメレオンの真の狙いは、香瑩でした。獠に彼女の死にざまを見せ付けるために……。
『シティーハンター』の結末は王道のハッピーエンドという趣でしたが、『エンジェル・ハート』は、始まりから切なかっただけに、最後のシーンも切ない設定を回収する形となっています。
少しほろ苦い『エンジェル・ハート』の結末は、ぜひ作品でご覧ください。
いかがでしたか?『エンジェル・ハート』と『シティーハンター』の違い、それから両作品の魅力が伝れば幸いです。