現在でも世界中で読みつがれている、ロシア文学の金字塔。559人という登場人物の多さ、1000以上にもわたるページ数、難解なストーリー、本の最後ついたエピローグなど、いろいろな意味で型破りな名作です。 この記事では、トルストイが描いた本作の世界観について、あらすじ、テーマ、結末などをネタバレ解説していきます。
ロシアの文豪であるトルストイが書いた『戦争と平和』は、ロシアの人々とナポレオンとの戦争を描いた長編小説です。映画やドラマとしても描かれるなど、時代を超えて多くの人に読みつがれてきました。
日本でも、有名な作家、翻訳家である北御門二郎や工藤 精一郎などが携わっており、宝塚歌劇団でもミュージカルとして上演されるなど、その人気の高さを伺い知ることができます。
本作は文学に興味がある方はもちろん、そうでない人も知っている文學界の金字塔となっており、世界的に有名な小説として認知された作品です。登場人物の数はなんと559人にものぼり、ストーリーも複雑に入り組んでいるので、きわめて難解な小説となっています。
- 著者
- トルストイ
- 出版日
- 2006-01-17
本作は19世紀前半のナポレオン戦争の時代が舞台となっているので、アウステルリッツの戦いや、ボロディノの戦い、モスクワを制圧、フランス軍のロシア遠征など、歴史的背景がきちんと描かれています。またトルストイの写実主義的な側面が、最も強く発揮された作品でもあるのです。
この意味で本作はナポレオン侵入前後の、ロシア社会の一大パノラマであると考えることが妥当でしょう。なにせ小説の舞台はロシアから中欧と広大であり、登場人物はナポレオン、アレクサンドル一世、クトウーゾフ将軍など、歴史上の著名な人物だけではなく、幾多の無名人にいたるまでの数限りない人々が登場するのですから。
さらに物語は平和から戦争、さまざまな家庭、いくつもの事件へと展開する、非常に複雑な構成となっています。
彼はドストエフスキーとともに、19世紀のロシア文学を代表する文豪です。その存命中から非常に人気の高い作家であり、彼の死後、ロシア文学で有名となった作家、チェーホフやクプリーンらにも大きな影響を与えています。
トルストイ主義の名で知られる、独自の思想家としても大きな影響を残しました。彼の影響力は文學界だけではなく政治にもおよび、ロシアの無政府主義の展開は彼の影響を大きく受けて展開されているのです。
彼は1828年にヤースナヤ・ポリャーナで、ロシアの貴族の家(伯爵家)のもとに4男として生まれました。しかし幼くして父母を失い、叔母たち後見人のもとで育てられることになります。外国人家庭教師による教育、貴族の車高に必要な趣味・教養を十分に与えられるなど、裕福な地主貴族として安穏な生活を送っていました。
1852年に、『幼年時代』で作家としての第一歩を踏み出し、1865年から1869年に本作を執筆します。その後『アンナ・カレーニナ』を残すなど、世界的に有名な作家となっていきました。
しかし当時は帝国主義下で、帝政ロシアは各国と戦争をしていた時代。彼も、さまざまな戦争に従軍することとなります。志願兵として軍に従軍したこともありました。
退役してからは自分の領地に学校を作るなどの活動をおこないました。しかし当時の中央政府によって、この学校は閉鎖されることとなります。
そして彼は1910年11月20日に、小さな停車場であるアスターホヴォの駅長の宿舎で肺炎を起こし、息を引き取りました。
本作には、559人もの人物が登場します。そのため、きちんと登場人物の特徴や関係性を理解しておかないと、なかなかうまく読み進めていくことが難しくなってしまいます。以下では、物語の中心となる登場人物を紹介していきましょう。
ストーリーは、4つの貴族(ボルコンスキー家・ロストフ家・ベズーホフ家・クラーギン家)の家庭を中心にくり広げられます。
本作には、なんと世界的に有名な秘密結社フリーメイソンが登場します。
19世紀初頭のロシアは、フリーメイソンの活動が最も盛んな時期。この時期のロシアの生活を精緻に描くためには、この要素を抜きにすることはできなかったと考えられます。
実際、主人公の1人であるピエールは、煩悶から抜け出すための第一歩をフリーメイソンとしての活動に見出し、そこで活動するなかで精神的な成長を遂げるようになります。
当時のロシアでは、フリーメイソンであることは必ずしも秘密にする必要はありませんでした。実際その活動として、集会での議事録や出席者の名簿は、中央政府に報告するのが慣例となっていたほどです。
しかし王政の妥当を公言していたイルミナティと呼ばれる組織が浸透してきたことから、政府はフリーメイソンも警戒するようになり、1822年には禁止令が交付されることになりました。
クラーギン家の長女エレンは、医者から2滴でよいと言われていた薬を一気に飲んで死んでしまいます。彼女はなぜ、死を選んだのでしょうか?
絶世の美女であり、財産目当ててピエールと結婚したエレン。つまり、彼に対して愛情はありません。彼女は結婚をした後も不倫をしたり、奔放な生活を続けます。そんな生活が続いた後、彼女は兄のアナトールと近親相姦の末、妊娠をしてしまいます。妊娠した子どもは間違いなくピエールとの子どもではありません。
しかし、アナトールとの間にできた子どもとも限りません。彼女は奔放な性生活をくり返していたわけですから、誰の子どもかなど、もはやわからなかったのです。
そんな状況のなかで、彼女はピエールと離婚するために手紙を送ります。しかしフランス軍の捕虜となっていた彼には、手紙が届きませんでした。焦った彼女は、医者から2滴でよいと言われていた堕胎薬を飲み干してしまい、死に至ります。
このとき彼女が死んだ理由としては、さまざまな理由が考えられます。しかし、ピエールとの関係に絶望したから死んだというわけではないでしょう。2人の夫婦関係は、最初から破綻していたのですから。
また本作が描かれた時代におけるキリスト教では堕胎は禁止されていたので、それに絶望して死んだという説も考えることができます。結局のところ、理由は想像するしかありません。しかし誰の子どもかわからない子どもを育てることはできないという考えから、死を選んだと解釈するのが妥当であるのではないでしょうか。
これだけの大作である本作のテーマとは、何でしょうか?トルストイはこの作品をとおして、どんなことを読者に伝えたかったのでしょう。
物語の時代背景を考えてみてください。この時代は、ロシアの貴族たちが祖国のよう慕っているフランスから、英雄であるナポレオンが攻めて来るのです。しかも若者のなかには、ナポレオンを崇拝するものまで現われるようになります。
そんな状況でフランスにかぶれたロシア人たちが、時代の追い風を一身に集めたナポレオンに抗して戦うことを余儀なくされているのです。結果として、ロシアの人々、特に貴族たちは脱却を迫られることとなります。
本作は、貴族の生活を真正面から取り上げ、それに対する厳しい批判を加えた物語として読むこともできると考えられます。「時代の一般的傾向を自分の自立性をおびやかすものとして考え、それに抵抗するためにどのように生きるべきであるか」これこそがトルストイが描いた戦争と平和に隠された、本当のテーマなのです。
本作の名言を、ランキング形式で紹介していきます。
3位
もし苦しみがなかったら、
人間は自分の限界を知らなかったろうし、
自分というものを知らなかった
貴族の出身であるトルストイは、外側から見れば一見裕福で、幸せな家庭で育った子どもだと思われるかもしれません。しかし実際には、多くの悲しみを経験しました。幼少期に母、父、祖母、そして妹と、最愛の家族に別れを告げることになるばかりではなく、戦時下で多くの同僚を失ったことでしょう。また彼は、晩年、妻との仲違いが絶えませんでした。
しかしそういったことも引っくるめて、悲しみや苦しみも自分の限界を知るための1つの試練だと捉え、人生を前向きに生きていくことが重要であることを思い起こさせてくれる。そんな名言です。
2位
人間が幸福で、完全に自由であるような状態は、この世にないが、
人間が完全に不幸で、少しの自由もないような状態も、またあり得ない
人は皆、何らかの不自由を抱えているものです。しかし完全に不自由で不幸な人生ということもありません。だからこそ、1人ひとりが人生の意味を考え、幸福に生きられるように努力する必要があるのです。
1位
誰もが世界を変えたいと思うが、誰も自分自身を変えようとは思わない。
上で紹介したように、誰もが不自由で不幸を感じることもあります。そのため、みんな自分の周りの世界を変えたいと望むものです。しかし、そう簡単に自分の周りの世界が変わることはありません。大切なことは、自分自身を変えることなのです。
彼の名言は、誰しもが生きる希望を捨ててはならないことを思い出させてくれます。
本作は1805年からスタートし、1820年で終わる物語です。歴史的に見るなら、大きな戦争を軸とした物語ということができます。
- 著者
- トルストイ
- 出版日
- 2006-01-17
モスクワに入城したナポレオンは、街が荒廃していることに驚きを覚えます。王家の姿も、兵士の姿も、市民の姿もなく、焼け野原になっていたのです。そんなモスクワをみて、彼は次に何をすべきかがわからなくなっていました。
そんななか、そこにはナポレオンの暗殺を企てるピエールが潜んでいました。彼はナポレオンに銃口を向けますが、タイミングを逸してしまいます。そこからひとまず退散しますが、その途中でフランス兵がモスクワ市民に略奪行為をしている場面に遭遇するのです。彼はそれを助けようとして、フランス兵にスパイ容疑で逮捕されてしまいます。
最終的に彼はフランス軍の捕虜から解放され、自分の領地に戻り、ナターシャと結ばれることになります。2人は手を取り合い、ありし日の故郷であるロシアのことを思い浮かべながら、語り合うところで物語は幕を閉じるのです。
本作はロシアの人々とナポレオンとの戦争を描いた長編小説ですが、物語の最後のエピローグは史実に則った精緻な記述であるというわけではなく、むしろ、トルストイの思想的な一面が描かれている部分です。彼はこれまでの歴史の描き方に疑問を呈しています。
偉人や英雄と呼ばれる人々が先導して、人々を動かしてきたのだという歴史の叙述方法を否定しているのです。本作で名前も知られていないような兵士、1人の女性、少年なども描かれているのは、こういった理由からであると考えられます。
『戦争と平和』は史実に基づいて精緻に描かれた物語としても、高く評価されています。ただしトルストイは、ナポレオンのような歴史に残る人物を中心に描くことはしませんでした。むしろ彼が伝えたかったのは、戦争のさなかでも、また平和な時代においても、1人ひとりの生活があり、人間は誰もが自由で、幸福であるべきであるということ。それを侵害することはできないということです。
世界中で読みつがれている名作は、過程こそ最大の見所。あなたもぜひその様子を感じとってみてくださいね。