『千夜一夜物語』は、『千一夜物語』『アラビアンナイト』ともいい、世界中に広く知られた説話集、つまり、伝説や昔話を集めたものです。読んだことのない人でも、アラジンやシンドバード、アリババといった主人公の名を聞いたことがあるでしょう。 砂漠の世界に立ち籠める、奇妙に濃密な幻想が、刺激的ですが、それだけでなく、教訓のない単純なスペクタクルの要素だけのストーリーも見所の本作。日本人が中東やイスラムの文化に触れる機会となる本といえます。
『千夜一夜物語』の原型ができたのは、9世紀頃。最初はごく少ない物語集だったものが、段々付け加えられていって現在のような長いものになったと考えられています。このような成り立ちですから、特定の作者はおらず、また、内容の異なるさまざまな写本があります。
ヨーロッパでは18世紀から知られるようになり、フランスの東洋学者アントワーヌ・ガランのフランス語訳、イギリスの冒険家サー・リチャード・フランシス・バートンによる英訳などがおこなわれました。
『アラビアンナイト』という題名は、英訳版のものです。日本では、アラビア語から翻訳した平凡社版や、フランス語訳から重訳した岩波文庫版などがあります。さて、どんなお話か、まずはあらすじを紹介いたしょう。
- 著者
- 出版日
- 2003-10-13
昔、ペルシアにシャハリヤールという王様が居ました。后の不貞を知った王様はすっかり女性不信になってしまいます。そして彼は毎晩、街の処女と一晩を過ごすと、殺してしまうのでした。
王の側近の娘シェヘラザードも一夜の妻となりますが、王様に大変面白い話を語り、話が佳境に入ったところで「続きは、また明日」と話を止めます。話の続きが聞きたくて、王様は彼女を殺さずに、次の晩も、その次の晩も同じことがくり返されました。そうしてとうとう、彼女は王の悪習を止めさせたのでした。
シェヘラザードの語る話は、アラジンやシンドバードなどの架空の人物から、実在の人物の物語まで多彩です。英雄や王族の話ばかりでなく、ロバを騙し盗る詐欺師の話や黒檀の木でできた空飛ぶ馬の話など、昔話らしい物語もあります。必ずしも、因果応報や勧善懲悪といった教訓的な話になっていないので、押し付けがましいお説教臭さがなく、楽しく読めます。
映像化作品は数多く、ディズニーは1992年にアニメーション映画『アラジン』を制作。日本では1969年に手塚治虫が設立した虫プロダクションが制作したアニメーション映画『千夜一夜物語』を公開しています。これはエロティックな表現を含む大人向けの作品でした。
それでは、発端となるこの話を、少し詳しく紹介しましょう。昔々、ササン朝ペルシアにシャハリヤール(訳書によってシャーリヤル、シャフリヤール等の表記があります)という王様が居ました。弟のシャハザマーンは、北部のサマルカンドを治める王様です。
ある日、兄王に会いに行った弟王が忘れ物を取りに戻ると、妻が1人の奴隷と浮気の最中でした。弟王は、后と奴隷を殺してから兄王に会いに行きます。彼は妻の裏切りに塞いでいましたが、兄王の留守中に、今度は兄王の妃が20人の男奴隷と、20人の女奴隷を相手に淫らな行ために及んでいるのを見てしまいます。
さらに兄弟王は、魔神の愛妾までもが不貞を働くのを見て、すっかり女性不信になってしまいました。宮殿に引き返した兄のシャハリヤール王は、まず妃と奴隷たちの首をはねさせます。それから毎日、街の処女を連れて来させ、一夜をともにしては翌朝首をはねてしまうのでした。
3年もすると、都から若い女性は居なくなりますが、それでも王は大臣に処女を連れて来るよう命じます。そんな時、大臣の娘シェヘラザード(訳書によってシャハラザードなどの表記もあります)が、妻に志願しました。
彼女は奇妙で面白い物語を王様に語りますが、いいところまで来ると夜が明けて「今日はここまで」とやめてします。そして「続きはもっと面白いでしょう」と言うのでした。続きが聞きたい王様は彼女を殺さずにおき、次の晩また同じことが起こります。そして兄王は新しい話を望んで彼女を生かし続けるのでした。
ここまででも、すでにずいぶんと面白い物語ですが、こうして毎晩語られる一つ一つの物語が『千夜一夜物語』のエピソードとなります。その内容は、美男美女が現われて恋がもつれ、金銀財宝が奪い合われ、怪獣が闊歩し、魔法で空を飛び変身する、豪華絢爛、奇想天外な物語となっています。
昔、中国の仕立屋が、せむし男をディナーに招待し。無理に魚をすすめたところ、彼はそれをのどに詰まらせ死んでしまいました。仕立屋はそれを隠そうとして、死体をユダヤ人医師の家に捨てます。
その死体に躓いて階段から落としてしまった医師は、自分が殺したと勘違い。彼はそれを隠そうとして、御用ききの家のキッチンに捨てました。その死体を泥棒だと思い込んだ御用係は、棒で殴り、彼も自分が殺したと思い込んでしまいます。御用係はそれを隠そうとして、死体を市場の壁に立てかけました。
そこへ通り掛かったキリスト教徒の仲買人が強盗と思い込んで殴り、自分が殺したと勘違いします。キリスト教徒の仲買人は警官に捕まり死刑を言い渡されますが、御用係、ユダヤ人医師、仕立屋が次々に「真犯人は私だ」と自首。一同は中国の王様の許へ連行されました。
ところが、王様は「面白い話をしないと死刑」という無茶な要求をします。そこでそれぞれが自分の知る興味深い話をするのでした。
この話自体が架空の人物であるシェヘラザードが語る物語なので、ここで話されることは、『千夜一夜物語』のなかの「シェヘラザードの語る物語」のなかで語られる物語という、三重の物語構造ということになります。語り継がれ読み継がれるうちに、新たな物語が付け加えられたり、変型が加わったりしてこのような複雑な構造になったものでしょう。
死体を見た者が次々と殺したのは自分だと勘違いするところなどは、落語的な滑稽さですが、彼らが語る物語もとても滑稽です。
王様はさらに、仕立て屋の話に登場した床屋を呼び出しました。すると物語は意外な結末に……。
- 著者
- ルドミラ・ゼーマン
- 出版日
- 2002-02-05
シンドバード(訳書によりシンドバッド、シンバッドなどの表記もあります)の冒険は、『千夜一夜物語』の中で、最も有名な物語の1つです。シンドバードはアラビア語で「インドの風」という意味。
シンドバードの最初の航海から第7の航海まで、27年間が語られています。見たことのない景色やさまざまな宝石、不思議な巨大生物、気味の悪い村など、ワクワクするものが次々と出てきます。酷い目に遭ってもまた航海に出るシンドバードは勇敢なのか愚かなのか、とにかく憎めない人物です。彼のエピソードのなかでも最も人気があり、何度も映像化されているのは第2の航海です。
無人島に置き去りにされたシンドバードは、現われた巨大なロック鳥の足に体を結び付けて脱出します。しかしそれを成功させて辿り着いたのは、登ることのできない険しい崖に囲まれた谷間。しかも、大蛇がうようよしていたのです。
逃げ場を捜していると、大きな生肉が落ちているのを発見しました。実は、ここの崖はダイヤモンドの鉱石でできていたのです。人間は谷間に降りられないので、生肉を落としてロック鳥が運び上げるのを待って奪い、生肉にくっついたダイヤモンド鉱石を集めるのでした。そこでシンドバードが思い付いたのは……。
- 著者
- アンドルー ラング
- 出版日
- 2000-06-30
アラジンは魔法使いにそそのかされて、それと知らずに魔法のランプを手に入れます。そのランプをこすると、なんと魔神が現われました。彼は、ランプをこすった者の願いを叶えてくれると言うのです。
アラジンは億万長者になり、皇帝の娘と結婚。ところが、再び現われた魔法使いにランプを奪われてしまいます。
主人公のアラジンは怠け者で、終始他力本願です。魔神の力と機転だけで危機を切り抜け、最後に反省して真面目になるということもありません。この教訓性のなさはいっそ痛快です。
ディズニー映画『アラジン』では、魔法の空飛ぶ絨毯が大活躍します。しかし『千夜一夜物語』のなかでこのアイテムが登場するのは、「ヌレンナハール姫と美しい魔女の物語」という別のエピソードです。
- 著者
- 斉藤 洋
- 出版日
- 2005-02-01
アリババは、40人の盗賊が、盗んだ財宝を洞窟に隠しているところを偶然見てしまいます。洞窟の扉を開く呪文が有名な「ひらけごま」です。呪文を知ったアリババは、財宝を手に入れて大金持ちになります。
しかし財宝が奪われたことを知った盗賊は、アリババを探し出しました。盗賊の頭領は旅の油商人に変装し、アリババの家に泊めてもらうことに成功します。頭領が運んでいる油の壺には手下の盗賊たちが隠れていて、家の人々が寝静まるのを待ってアリババを殺す計画でした。
しかしアリババに仕える聡明な女奴隷のモルジアナ(訳書によってマルジャーナ)はこれに気付き、煮えたぎった油を注ぎ込んで、なかに隠れている盗賊たちをみんな殺してしまいました。そして手下の全滅を知った頭領は逃げ去ります。
次に頭領は宝石商人になりすまし、アリババの家に客人として招かれました。頭領は隠し持った短剣で彼を殺す積もりでしたが……。
このエピソードでは、女奴隷モルジアナの知恵が最大のカタルシスです。冒頭に登場するシェヘラザードもそうですが、意外にも昔の中東では女性や奴隷にもある種の敬意が持たれていたようです。
子ども向けの本も数多く出版されています。子ども向けですから、エロティックな表現や極端に残酷な描写は省かれていますが、何といっても挿絵が多いことが魅力です。文章だけではわかりにくい中東の衣装や建築のエキゾチシズムが充分に味わえます。
- 著者
- 出版日
- 2001-09-18
こぐま社の『子どもに語るアラビアンナイト』は、文章にリズムがあって子どもに読み聞かせるのに最適です。また、巻頭のイラストマップなど、解説も充実しています。
上下2巻に分かれた岩波少年文庫版『アラビアンナイト』は、大人が入門編として読むのにもぴったりです。
一部のエピソードを独立させた本も多く、ほるぷ出版の『アラジンと魔法のランプ』は、エロール・ル・カインの絵が読者を魅惑します。
この物語の結末は、幾つもの創作があります。ですので版によってさまざまですが、代表的なのは次のようなものです。
- 著者
- 出版日
- 2003-10-13
千一夜目の物語を語り終えたシェヘラザードは、シャハリヤール王の前に幼い子供たちを連れて来ます。それが自分の子供たちだと知った王は、彼女を殺さないことを誓うのです。そして弟のシャハザマーン王は、シェヘラザードの妹ドニアザードと結婚。
シャハリヤール王は、自分とシェハラザードとのやりとりを書き残すことを命じます。そうしてできたのが『千夜一夜物語』なのです。
いくつものエピソードを話し、長い長い日々をシェヘラザードとともに歩んできた読者なら、この結末は感動もひとしお。ぜひ彼女の物語を作品でご覧になってみてください。
いかがでしたか?アラジンやアリババに元ネタがあったというのは、意外と知らなかった方も多かったのではないでしょうか。今回の記事で興味を持った方は、ぜひ本作を手に取ってみてください。