16世紀、明の時代の中国で成立したファンタジー小説。唐の時代に実在した僧をモデルにした三蔵法師が、天竺にお経を求めて旅する物語です。彼は玉竜という白馬に乗り、旅の途中で出会った3人の弟子をお供に、さまざまな苦難を乗り越えながら旅をします。 3人は皆、神通力を持った仙人ですが、怪異な姿の妖怪のように描かれています。これが誰もがよく知っていて、子供たちも大好きな、孫悟空、猪八戒、沙悟浄です。彼らのはっきりしたキャラクターも、この物語の大きな魅力の1つ。 今回はそんな本作について、ネタバレも含めてご紹介します。
最初に語られるのは、孫悟空の生い立ち。彼は石から生まれました。周辺の猿を従えて王となりますが、不老不死を得ようと仙人の修行を始めます。そこで師匠から孫悟空という名を授かり、さまざまな仙術を身に付けるのです。
しかし、力を身に付けたことで思い上がり、竜宮や天界で傍若無人に暴れ回ります。遂にはお釈迦様に捕まって、五行山という山の下に押え込まれてしまいました。
彼の他に、玉竜、猪八戒、沙悟浄という者が天界や竜宮で悪さをしたために、地上で罰を受けています。観音様はそれぞれに、いつか現われる僧とともに天竺に渡り、罪を償うことを約束させるのです。
悟空が五行山の下敷きになってから500年ののち、唐の都長安の僧・三蔵法師がお経をいただくために天竺へ旅立ちました。やがて白馬に変身した玉竜と、悟空、八戒、悟浄は、三蔵法師と出会い、彼の弟子になるのです。
元々暴れ者である弟子たちのやんちゃぶりと、彼らの旅を邪魔する魔物たちとの妖術合戦、変身合戦が本作の読み所の1つです。
- 著者
- 出版日
- 2001-03-01
本作のモデルとなった現実の三蔵法師の旅の後、その偉業は伝説化され、事実にはない神秘的な逸話も語られるようになりました。それらを集めてさまざまな内容を追加、拡張、変更してできたのが本作なのです。
原作者は呉承恩という人物であるというのが定説でしたが、明確な証拠はなく、現在まで確定的な説はありません。
そんな本作は『三国志演義』『金瓶梅』『水滸伝』と並ぶ中国四大奇書の1つと呼ばれ、その影響力は絶大。今日までさまざまな派生作品を生みました。中島敦の『悟浄出世』『悟浄歎異』では、沙悟浄が奇妙に哲学的な考察をし、石川英輔のSFパロディに変化させた小説もあります。
また映画化作品も多く、古くは『エノケンの孫悟空』(1940年)があり、近年では香港中国合作の『モンキー・マジック 孫悟空誕生』(2014年)、『西遊記 孫悟空vs白骨夫人』(2016年)などがあります。
さらにテレビドラマ化もくり返されました。日本では、堺正章と夏目雅子が出演し、1978年から放映された『西遊記』および『西遊記II』は人気を得、ゴダイゴが歌った主題歌もヒット。香取慎吾が主演した2006年のものでは、悟空が「なかま」を「なまか」と言い間違えたことから、「なまか」というワードが流行しました。これは元々、東八郎のギャグです。
漫画家作品はそれこそ数え切れませんが、派生作品として最も有名なのはもちろん『ドラゴンボール』でしょう。また、峰倉かずやの漫画『最遊記シリーズ』は、OVA、テレビアニメ、劇場アニメと何度もアニメ化されている人気作品です。
ここでは、意外とダメなところも多かった本作の登場人物たちをご紹介します。
ここでは、知っておくとさらに物語が面白くなる、道具や薬をご紹介します。
このほかにも、さまざまな道具、不思議な薬が登場して、彼らの危機を救うのです。
特に薬の描写は歴史文献的な価値もあり、必見。製薬や治療の様子も登場し、薬の効果は創作ですが、漢方医学の診断法や製薬道具などの描写は意外にも現実的なのです。この時代の生活文化が書き込まれたものと思うと、非常に興味深いものですね。
自分の強さを過信して天界で暴れ回っていた悟空は、遂にはお釈迦様に向かって「地の果てまでも飛んで行ってみせる」と、大口を叩きました。そして彼は、実際に地の果てらしき所まで飛んでいき、証拠としてそこに立っていた5本の石の柱の1つに署名をして戻って来たのです。
大威張りの彼に、お釈迦様が自分の手のひらを見せると、指に自分の署名があるではありませんか。彼はお釈迦様の手の上を1周しただけだったのです。恐れをなして逃げようとした悟空でしたが、あっという間に五行山の下敷きに。
彼はそこで、三蔵法師が現われるのを500年間待たなければならなかったのでした。
実は本作では、三蔵法師が妊娠してしまうというショッキングなエピソードもあります。
ある時、三蔵と八戒がやってきたのは、西梁女人国という女しか住んでいない国。女だけでどうやって子をなすかというと、子母河という小川が流れており、この水を飲んだ者は妊娠するようになっているのです。そんなことは知らない2人はこの川の水を飲み、なんと妊娠してしまうのでした。
近所の老婆の話によると、落胎泉という泉の水を飲めば堕胎できるが、そこは牛魔王の弟の如意真仙という者が守っているとのこと。またしても牛魔王ファミリーです。
しかしどうにか悟空と悟浄は如意真仙と戦って水を手に入れ、三蔵と八戒は出産せずにすんだのでした。妊娠した2人のあわてぶりが楽しいエピソードです。
天竺でありがたいお経を手に入れて持ち帰る。これが、三蔵法師のミッションです。しかしさらに本質的な目的はそれではありませんでした。
弟子になってすぐに、悟空はこういう意味のことを言います。「自分の仙術を使えば、目的地の天竺までピューッと飛んでお経を持って来られる」。
なるほど、その通りです。わざわざ長い旅をする必要はありません。
しかし、三蔵法師はそれを止めました。長い旅をして苦難を乗り越えないと、お経の意味はわからないというのが、観音様の教えだったからです。旅の困難を乗り越えてこそ、ダメダメだった弟子たちも成長することができる、という観音様の願いであり、本作のゴールとなるものなのでしょう。
実は三蔵法師一行の前に立ちはだかる魔物の多くは、天界の神様や仏様が、彼らへの試練としてあらかじめ配置しておいたもの。
たとえば、太上老君から魔法の力を持ったアイテムである5つの宝貝を盗み出したという、金角・銀角の兄弟魔王も、正体は太上老君の金炉と銀炉の番をしている童子たち。しかし、あえて悪役を演じていたのでした。
そういう自覚がなく、本当に悪いことをしているつもりの魔物も、結局は神仏に巧く利用されていたのです。
神仏の配置した81の苦難を克服して、彼らは無事に天竺へと辿り着きます。その時、川の上流から、三蔵法師の遺体が流れてきます。一瞬恐ろしく感じられるかもしれませんが、これは凡体を脱した証拠。そしてお釈迦様もお見えになって、念願のお経をいただくのでした。
このあと唐の国にお経を持ち帰って、すぐに天界へ連れ去られたりして慌ただしく過ごすなか、お釈迦様に称賛をいただいた悟空たちは……。
今まで悪行ばかりしてきた彼らは、最後はどうなるのでしょうか。ぜひ、ご自身の目でお確かめください。
- 著者
- 出版日
- 2001-03-01
未熟な者が困難を乗り越えながら成長していく小説は、現代では「教養小説(ビルドゥングス・ロマン)」と名前が付くほど定着していますが、本作は教養小説の古典の1つともいえるでしょう。
もちろん、そんな風に教訓を読み取らなくても、奇想天外な魔術や変身がてんこ盛りのファンタジーとして、充分に楽しい作品です。