ダニエル・デフォーによって1719年に発表された本作は、現在でも読みつがれている名作の1つです。28年にもおよぶ無人島での生活について記した物語であり、ロビンソン漂流記といわれることもあります。 この記事では、この物語について詳しく解説し、さまざまな論点について考察を加えていきます。
ロビンソン・クルーソーには正式なタイトルがありました。そのタイトルは次のとおりです。
『The Life and Strange Surprizing Adventures of Robinson Crusoe, of York, Mariner:Who lived Eight and Twenty Years, all alone in an un‐inhabited Island on the Coast of America, near the Mouth of the Great River of Oroonoque;Having been cast on Shore by Shipwreck, wherein all the Men perished but himself. With An Account how he was at last as strangely deliver’d by Pyrates』
(自分以外の全員が犠牲になった難破で岸辺に投げ出され、アメリカの浜辺、オルーノクという大河の河口近くの無人島で28年もたった1人で暮らし、最後には奇跡的に海賊船に助けられたヨーク出身の船乗りロビンソン・クルーソーの生涯と不思議で驚きに満ちた冒険についての記述)
こんなに長いタイトルがつけられた本は他にはなので、世界一タイトルが長い本ともいわれています。
- 著者
- ダニエル デフォー
- 出版日
- 2010-10-23
主人公であるロビンソン・クルーソーは、ヨーク市の商人の三男として生まれます。彼には放浪癖があり、両親ともたびたびぶつかっていました。そんななかで、父親は現在の中位の身分がいかに幸運な人生を保証するものであるかを息子に説きますが、彼はそれに聞く耳をもたず、さらには無視して家を出てしまいます。
その後は船乗りとなって嵐に遭遇したり、海賊に囚われたりしますが、ブラジルで農園経営に成功。経営をさらに展開するためにアフリカに奴隷を求めに行こうとしますが、途中で船が難破し、絶海の無人島に1人だけ漂着することになります。当時彼は27歳でした。
無人島に漂着した彼の持ち物はナイフ、パイプ、タバコだけでしたが、沖合に座礁していた船から必要な物資を運び出すことに成功します。彼は、この誰もいない島で神としばしば対話をおこない、聖書を読み、日記をつけ、犬や猫、オウムを飼うことによって、不安と絶望を押し殺しながら生活していました。
無人島にいるため物思いにふける時間はたくさんあり、彼は何度も神との対話をくり返します。そして徐々に、信仰心が生まれてくることになるのです。最終的に彼は、1日3回の礼拝を欠かさずにおこなうようになりました。
その間に、創意工夫の才と勤勉さのおかげで、堅牢な住居や貯蔵庫を作り出すことに成功。狩りをして食料を確保しつつ、穀物を栽培し、野生の山ヤギを飼いながら原始的な生活を続けていました。
そんな折、なんと人食い人種が現れます。クルーソーは彼らと戦うことによって、忠実な「土人」であり、従僕であるフライデーを得ることになります。
その後は、さらにさまざまな活動をおこなっていくのです。
ロビンソン・クルーソー
主人公。冒険好きで、親の反対を押し切って船乗りとなります。農園経営で一時成功しますが、アフリカに奴隷を探しにいった際に船が難破。無人島での生活を余儀なくされます。
フライデー
主人公が漂着した無人島の近くに住んでいた原住民。この無人島には、時々近隣の島の住民が上陸しており、捕虜の処刑および食人がおこなわれていました。
クルーソーが暮らす無人島で、処刑され、食われそうになったところをクルーソーに救われます。彼を助けた日が金曜日だったので、クルーソーは彼に「フライデー」と名付けて、自分の従僕にしました。命を救われた彼は、従者として働くことになり、クルーソーの心の支えとなります。
- 著者
- ダニエル・デフォー
- 出版日
本作の作者であるダニエル=デフォー(Daniel Defoe)は、 独立心旺盛な人間で、彼の作中の人物たちがそうであるように、上級階級のジェントルマンに対する憧れを持って人物です。
そしてさまざまな職業を転々とした後、当時の主流であったイギリス国教会を冷罵する論文を執筆。そのために投獄されたこともあります。
解放された後、彼は雑誌を発行し、ジャーナリストとして活躍するようになりました。1719年、59歳のときに初めて本作を発表して、それが大評判となりました。
その後、本作の他にも、『疫病流行記』や『ロクサーナ』などを著し、現在でも読まれる数々の傑作を生み出したのです。
主人公であるクルーソーは、架空の人物であると考えられています。
しかし実際に無人島で生活した経験があるスコットランドの航海長、アレキサンダー・セルカークの実話であるという説や、17世紀から18世紀にかけて広く出回っていた数々の航海士をモデルに書かれたといわれているのです。
実際、この物語は、いくつもの海賊の物語に影響を受けて作られたものであるということから、セルカーク説が、もっとも根強く残っているのです。
そのセルカーク説について、次項で詳しくご紹介します。
本作をダニエル・デフォーが発表した1719年は、実在する海賊の冒険を描いた作品は珍しいものではありませんでした。デフォー自身もそれらの作品から大きな影響を受け、本作を執筆したと考えられています。
しかし現在でも、本作の主人公には実在のモデルがいると考えられており、その有力な候補がセルカークであるといわれることも。日本の探検家である高橋大輔さんは、このセルカークの足跡を追う探検記録を残しています。
しかし多くの研究者達が、モデルをセルカークとするのは間違っているとしているのです。
その根拠の1つは、物語の中では主人公は乗っていた船が沈没し、ただ1人生き残ります。そして偶然、ある島に漂着して、そこで生活を始めるのです。しかしセルカークは、乗っていた船が沈没して島に漂着したわけではなく、自身で島に残ることを選んだのです。
当時、彼が乗り込んでいたシンク・ポーツ号は、チリの沖合に浮かぶファン・フェルナンデル諸島のマサティエラ島に停泊。そこで彼は、船の船長と安全性について口論となり、自身の決断で船を降り、1人で島に残って生活することを選んだのです。
また、マサティエラ島で生活を始めるまで、シンク・ポーツ号の乗組員としてスペイン船や南米沿岸の都市を標的にしながら、略奪行為をおこなっていました。そのため本作の主人公とは異なり、彼は完全な海賊だったのです。
このような相違があることから、モデルをセルカークとする説は、研究者から間違っていると指摘されています。
主人公が生活する拠点であるこの島は、果たして実際に存在するのでしょうか?
答えからいってしまうと、存在します。現在でも太平洋上チリ沖700kmほどの場所に、ロビンソン・クルーソー島は存在しているのです。
しかし、実はこの島は、本編のモデルとなった島ではないというのが定説です。
実際のモデルとなった島は、現在カリブ海に浮かぶ、トリニダード・トバゴのトリニダード島ではないかという説が存在しています。
実際、島の形状も物語のなかの記述と同じ箇所が非常に多いため、ダニエル・デフォーはこの島をモデルとして、架空の島としてクルーソーが生活した無人島を描いたのではないかというのが、非常に有力となっているのです。
物語のなかには、食人のシーンが描かれています。
クルーソーが暮らしていた無人島には、時々近隣の島の住民が上陸しており、捕虜の処刑と食人(カニバリズムの饗宴)がおこなわれていました。
本作の舞台となった地域にはこのような風習は存在していませんでしたが、太平洋に浮かぶ島々で構成されるポリネシア文明圏には、18世紀、食人文化が存在したという記録が残されています。
クルーソーは人喰いの風習を許されないものであると考え、捕虜の食人行為をおこなっている人たちに天罰を加えたいと考えました。しかし、自分にはそのようなことをする権利がないことに気付くのです。
実際、彼らは自分たち自身の行為を犯罪だとは考えておらず、良心の呵責を感じているわけでもありません。彼らはそれを罪と思わず、ヨーロッパ人が牛などを食べるように人肉を食べているだけ。彼らを殺人者として非難することは出来ないのではないかと、彼は考えるようになるのです。
食人のシーンには、作者であるデフォーのキリスト教的考え方が色濃く反映されています。人食いの風習は、当時のその地域では特に野蛮な行為であるとは考えられていませんでした。そのため、自分たち自身の行為を犯罪だと考えておらず、良心の呵責も感じません。
これは結局、ヨーロッパ人が牛や羊を食べるのと同じではないか。そのような考えに至るのです。
そのため食人という行為を批判するためには、人と人との視点ではなく、第3者としての神の視点に立つ必要が出てきます。
このシーンをとおしてデフォーは、神の視点から、食人という行為が危害を加えていない人間を殺害したゆえに非難されるべきであること、そして、虐殺そのものが残虐であり、非人間的であるゆえに非難されるべきであるということ、この2点を語っているのです。
本作は、経済学的な視点からも注目を集めてきた作品です。
『資本論』を著したことで有名なカール・マルクスは、その著書のなかで本作を引き合いに出しており、シルビオ・ゲゼルは主要著書である『自然的経済秩序』のなかで、本作の物語を独自に解釈しています。
さらに『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を著したマックス・ヴェーバーも、その著書のなかで、この物語を取り上げており、主人公であるクルーソーには、プロテスタントの合理主義的な倫理観を読み取っているのです。
- 著者
- マルクス
- 出版日
- 1969-01-16
『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』の翻訳者で、経済学者である大塚久雄も、『社会科学の方法』『社会科学における人間』などで、クルーソーが簿記をつけはじめたことが、新興のイギリス中産階級の、勤勉な信仰心をもたらしたことを力説しています。
物語のなかでクルーソーは、孤島においてさまざまな道具や資材を使って生活を開始。そのうえで必要となる道具や資材、また孤島で見つけた山羊といった多くの資源を確保します。
自分の将来の生活を考慮し、それに応じて道具と資材の使用量や、各仕事への自分の労働時間を合理的に振り分けて生活をおこなっていました。
彼は、近代の合理的な産業経済を可能とするような有能な経営者であると同時に、勤勉な労働者でもあったと考えられるでしょう。
上で挙げた書籍は、この物語のなかに、人間の合理的な行動のモデルを見出していると考えることができるのです。
本作は若くして遭難し、クルーソー無人島で生活を始める若い時から、熟年に至るまでを記す、文字通り彼の生涯と冒険の物語です。
この物語は、社会と人間の行動をテーマとした物語として読むことができます。
クルーソーは27年も無人島で暮らしていたのにもかかわらず、帰国後、善良な友人や幸運に恵まれ、財産を得て悠々自適の生活を再開。しかも、結婚して子供にも恵まれます。
この54歳の彼は、老齢による衰えというものをまったく感じさせません。それどころか、また懲りずにどこかに旅に出て行くのです。この物語は、その続編をいずれ書くという予告をして終わっており、実際に出版されました。
作中でクルーソーは、神に感謝したかと思えばすぐにそれを忘れ、反省したかと思えば、いつの間にかそれを反古にする行動をとります。しかし、どこか誠実に何度も何度も思索を重ね、自分自身を批判的に考察している姿が一貫して描かれています。
このことからもわかるように、この本を通してデフォーが伝えたいのは、社会と人間の行動の本質には心の微妙な揺れがあり、それと素直に向き合っていくことこそが、人生で探求すべき道であるということなのではないでしょうか。
- 著者
- ダニエル デフォー
- 出版日
- 2010-10-23
本作の名言をベスト5で紹介します。
第5位
クルーソーが農園で成功した後、農園を拡大するためにアフリカに奴隷を探しに行ったことを、後で振り返って言った台詞。
私は自分の能力をこえた計画で頭がいっぱいになった。
実業界のもっとも優秀な連中が破滅するのもこういったときが多いのである。
(『ロビンソン・クルーソー』より引用)
現代でも、自分の能力を超えた計画を立てている人は多いのでは無いでしょうか?どんなに優秀な人でも、自分の能力を超えた計画を実行することはできないのだ、ということを思い出させてくれる名言です。
第4位
家に帰って来いという父の言葉に背いて、冒険的な人生を思考する若い頃の自分を振り返って言った言葉。
一般的にいって、人間、とくに若者の気持というのは、
じつにつじつまの合わない、不合理なもので、
こういった場合に正しく導いてくれる理性に反してしまうものなのである。
(『ロビンソン・クルーソー』より引用)
この言葉に続けて、デフォーは次のように書いています。
第3位
つまり、罪を犯すことは恥かしいと思わず、悔い改めることを恥かしいと思う。
つまりばかだと思われて当然な行為そのものを恥じずに、
賢い人間だと思われる唯一の道である正道に戻ることのほうを
恥かしいと思ってしまうのである。
(『ロビンソン・クルーソー』より引用)
ここでは、若いうちは不合理に考えてしまうことが常なのだから、それを罪と思って悔い改める必要はないということが述べられています。むしろ、正しく導いてくれる理性にしたがうことは、賢い人間だと思われたいということの現れであって、それは恥ずかしことだとデフォーは作中で語っています。
本作は船が難破して、無人島で1人生活することになるストーリーを描いた物語です。この境遇を考えて悲しくなった時に、自分を慰め、奮い立たせる際に言う台詞が第2位です。
第2位
すべての悪いことは、それに伴ういいことと、
さらにそれよりも悪いことといっしょに考えなければならないのだ。
(『ロビンソン・クルーソー』より引用)
よいこともあれば悪いこともあるが、それよりももっと悪いことが起こる可能性だってある。しかし、それらをすべて一緒に考えて、前向きに物事に立ち向かっていかなければならないということを思い出させてくれる台詞です。
そして、名言最後は次の台詞。
第1位
人間というのは、自分の境遇の真の状態を、
その反対のものによってはっきり例示されるまで決してわからないものだ……
(『ロビンソン・クルーソー』より引用)
小さな船を作成して、無人島を脱出することを試みたクルーソーですが、その計画は失敗に終わってしまいます。作成した船は潮に流されてしまい、海の藻屑と消えてしまったのです。そんなとき彼は、あれほど不自由だと思っていた無人島の暮らしが、実は恵まれていたのだということに気づきます。その時に言ったのが上の台詞です。
人間は、自分の境遇を認識することがなかなかできません。そういうときには、その反対のものを例として示されないと、自分の境遇を正しく理解できないのです。
常に自分の現在の境遇と、最悪な状況とを考えれば、今の境遇も恵まれているのだとポジティブに考えることができるようになるでしょう。
『ロビンソン・クルーソー』は決して色褪せることなく、現在でも世界中で読みつがれている名作です。さまざまな解釈をおこなうことが可能なので、自分の関心に合わせて読むことができますし、読むたびに新しい発見ができるはず。1度ではなく、ぜひ何度も読んで、いろいろな読み方ができるということを実感してみてくださいね。