『砂の女』は変態文学?最高傑作と名高い名作小説に関する4つの考察!

更新:2018.8.10

海辺の砂地に昆虫採集に出かけた男。ところが村人に騙されて、砂穴の底にある家に閉じ込められ、砂を掻き出す労働を強制されます。男はさまざまな方法で脱出を試み、何度失敗しても諦めません。しかし、その家で暮らしていた女はそんな生活に順応していて、男を苛立たせます。 30か国語以上に翻訳された日本文学の傑作です。

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『砂の女』が面白い!怖い、気持ち悪い?興奮する?あらすじを詳しく紹介!【第1章】

 

本作は近代日本文学の最高傑作の1つとされ、三島由紀夫も絶賛しています。まずはそれぞれの章のあらすじをご紹介します。

日常の暮らしにうんざりした教師の男が、砂丘の連なる海辺の村に、昆虫採集にやって来ました。その夜泊る場所として村人に案内されたのは、砂に開いた穴の底にある、朽ちる寸前のような小さなボロ家でした。

その家にはまだ若い女が1人で住んでおり、男を歓迎してくれました。彼女は夫と娘を亡くしています。昨年の大風で崩れてきた砂に埋まって死んでしまったと言うのです。

この男と女が全編の主な登場人物。男は仁木順平という名の教師ですが、作品中ではほとんど「彼」と表記されます。

翌日目が覚めると、彼は女が全裸で眠っているのを見てしまいます。

 

著者
安部 公房
出版日

 

しかも縄梯子が穴の上にあげられてしまって、彼は穴から出られないことに気付きました。彼は猛烈に抗議しますが、女はのらりくらりと話を逸らして、一向にらちが明きません。

彼は脱出しようと焦り、砂を掘って緩やかな斜面を作って登ろうとしますが、無理な作業をしたためか、意識を失ってしまいます。

砂は、家にも服の隙間にも、それどころか目にも口の中にも入り込んできてザラザラと不快なばかりか、わずかな水分も吸収してあちこちにこびり付くのです。その不快さが、彼の不安とともに読者の印象にも焼き付きます。

 

あらすじを詳しく紹介!【第2章】

 

女の看病で回復した彼は、女を縛って人質にとり解放を要求しますが、飲み水を絶たれて逆に追い詰められます。渇きに耐えかねて、女との同居生活を余儀なくされました。彼は女とともに毎日砂を掻き出します。そうしないと、風に運ばれた砂で村が埋もれてしまうのです。男はそのための労働力として囚われたのでした。

女の話では、これまでに囚われたよそ者で死んだり狂ったりした者はあるが、脱出した者はないとのこと。彼はそれでも諦めず、脱出の機会を窺います。

彼は女に隠れて、手に入った布などでロープを作り、それを穴の上に引っ掛けて登り、ついに穴から出ることに成功しました。

脱出の緊張感のなか、奇妙なことに、彼は女がラジオと鏡を欲しがっていたことを思い出します。そして、この砂地では鏡はすぐに傷んでしまうから、町に戻ったら女にラジオを送ってやろうと考えるのです。
 

村人に見付からぬよう、村を迂回して進むのですが、そのうちに方向を見失い、ついに村人に発見されて追われます。逃げ回っているうちに、泥地に追い込まれ、下半身が嵌まり込んで身動きが取れなくなり、そして再び穴底の家に戻されてしまいました。

彼はすすり泣く女に「失敗したよ……」とつぶやくのです。
 

第2章では彼と女の間に、肉体の関係ができますが、彼が女に愛情を感じたわけではなく性欲を満たしただけです。特に脱出の前には、女を熟睡させるために長く激しいセックスをするのですが、この不快感ばかりの環境と愛混じり、独特なエロティシズムを感じさせます。

 

あらすじを詳しく紹介!【第3章あらすじ】

 

彼は烏を捕まえて、足に手紙を結び付けて救助を呼ぼうと考えました。そこで、桶を使った烏を捕えるための罠を作って、砂の中に設置します。烏を捕まえる試みは巧くいきませんでしたが、その仕掛けで砂の深い所に染み込んでいる水を溜めるられることを発見。これで、貴重な水を手に入れられます。

その一方で彼は「解放は無理でも、穴の外を散歩くらいさせてもらいたい」と村人に要求します。すると村人たちは、なんと「彼と女のセックスをみなに見せてくれれば許す」と言って……。

 

小説『砂の女』の作者、安部公房とは?

作者の安部公房は、1924年生まれ。少年時代を満州で過ごしました。東京大学医学部卒。1951年、短編「壁 - S・カルマ氏の犯罪」で芥川賞を受賞。1962年に発表した『砂の女』は読売文学賞を受賞、さらにはフランスでは最優秀外国文学賞を受賞しました。

主な作品に『他人の顔』『人間そっくり』『燃えつきた地図』『箱男』『笑う月』『方舟さくら丸』『カンガルー・ノート』などがあります。

著者
安部 公房
出版日
1969-05-20

 

前衛文学者として、世界的に評価が高い小説家で、1992年にはアメリカ芸術科学アカデミー名誉会員になっており、演劇や映画、テレビなどとの関りでも知られています。1993年に急性心不全で亡くなりました。

前衛、シュルレアリスム、ポストモダンなどという言葉とともに語られることが多く、難解な印象を持つかも知れませんが、彼の作品は、最初はあまり深いことを考えずに「物凄く変な小説」として読んでみるのがおすすめです。そう考えると、シンプルに物語を楽しむこともできるのではないでしょうか。

 

考察1:本作最大の謎!蟻地獄をイメージした家が意味するものを考察!

 

ハンミョウという昆虫を捜してやってきた彼が、蟻地獄の底のような家に捕われてしまう、というのはなかなか象徴的なことです。虫を採りに来たはずが、虫のように捕われてしまうのですから。底から崖の天辺までは、屋根の高さの3倍ほどもあり、見上げるとほとんど垂直に見えます。

「まるで天然の要害のなかに住んでいるようなものである」
(『砂の女』より引用)

家はといえば

「壁ははげ落ち、襖のかわりにムシロがかかり、
柱はゆがみ、窓にはすべて板が打ちつけられ、畳はほとんど腐る一歩手前で、
歩くと濡れたスポンジを踏むような音をたてた」
(『砂の女』より引用)

そして、どこからともなく入り込み、降り積もる砂。

砂の崖は閉塞的で強い圧迫感を感じますし、家は何とも不快で不潔な印象です。そんなところに閉じ込められ、果てをも知れぬ労働を課せられるのですから、彼が理不尽さに憤慨し、この場所を嫌悪するのは当然です。ところが彼は、脱出に成功した際にも、すぐに逃げず女にラジオを買おうと考えたりします。なぜでしょうか。

もともと彼は、街の暮らし、くり返される日常に嫌気が差して田舎へ昆虫採集に来たのでした。ところが落ち込んだ先には、逃れられない、また別の日常があったのです。最初は抵抗していた彼も、ついにはこのもう1つの日常を受け入れてしまったのでしょうか。だとしたら、逃げだすべき外部はどこにあるのでしょう。

正解はありません。読んであなたなりの考えを深めるのが面白い作品といえるでしょう。

 

考察2:不快感漂う環境、裸の「砂の女」に、なぜ興奮?変態的な設定を解説!

 

女をエロティックに強調して描写した部分は、あまりありませんが、本作は読者の脳裏に焼きつくような印象的なシーンがあります。それは彼が最初に女が裸で寝ているのを見てしまう場面。

「しかも、その表面が、きめの細かい砂の皮膜で、一面におおわれているのだ。
砂は細部をかくし、女らしい曲線を誇張して、
まるで砂で鍍金(めっき)された、彫像のように見えた」
(『砂の女』より引用)

街暮らしの灰色の日常を彼が嫌ったのは、彼を捕える目に見えない「拘束性」のためでしょう。たとえば人間関係のような。それ以上に現実的な拘束性の象徴である砂のイメージに性的な刺激を感じるのは、矛盾しているように思えます。そこには何か、倒錯的な「変態性」に近いものがあるのかもしれません。

本作の結末には、そのような「価値観の転倒」が集約されているようにも見えます。

そしてこのような印象的なシーンや、奇抜すぎる設定から、本作は変態的とも読み取れるのです。

 

考察3:男が見た夢の意味とは?何のメタファー?

 

第2章で、閉じ込められられたと知った彼が、夢を見る場面があります。最初は魔女が箒にまたがるように、彼が割り箸にまたがって空を飛んでいます。建物に入ると、10人あまりの男女がカードゲームをしているのに出くわすのです。

彼にも1枚のカードが突き付けられたので、思わず受け取ると、それはカードではなく手紙でした。それはぶよぶよした手触りで、摘まんだ指先に力を入れると血がふきだしました。彼は悲鳴を上げて目を覚ますのでした。

この夢のメタファーについては、のちに種明かしがあります。彼は昆虫採集に出かける前に、この旅行を謎めいたものにするため、行き先などは誰にも告げなかったのです。そして、関係の悪くなっていた妻には、だめ押しのように行く先も告げずに一人旅に出ると手紙まで残してきたのでした。

その手紙を見た者は、彼が捕えられているなどとは夢にも思わず、自分の意志で行方をくらましたと思うことでしょう。自分で救援を拒否したようなもので、悔やんでも悔やみ切れません。その悔いが、血の詰まった手紙となって夢に現われたのでしょう。

割り箸にまたがって飛ぶ、というのがユーモラスですが、絶望的状況のなかで見た夢であることを考えると、現実逃避の願望が反映しているのかもしれないと考えてしまいます。

 

考察4:『砂の女』のテーマは希望?安部公房の伝えたかったことを結末から考察!

 

何をしてでも穴の外に出たかった主人公は、村人の要求通り、彼らの前で女とセックスしようとします。しかし、女はこれを断固として拒否。現状を受け入れ、積極的な行動をしようとしなかった女が、突然頑なに抵抗を示すこのシーンは、読者に強い印象を与えます。

そしてこの場で脱出はできなかったのですが、女が子宮外妊娠で病院に運ばれたとき、なんと縄梯子があげ忘れてあったのです。これはまたとない脱出のチャンスでした。

その時、彼がとった行動とは……。ぜひ、この後はご自身の目で確かめてみてください。

彼は第3章で、烏を捕えるための罠を「希望」と名付けます。これもなかなか象徴的なことで、この装置はやがて溜水装置へと変わります。つまり脱出への希望から、穴の底で生きることへの希望へと変化するのです。彼の目的、あるいは価値の変化を暗示しているといってもよいでしょう。

しかしここから、単純に「自由への意志を失って、流されていく人間」という分かりやすい結論に飛びつくのはどうでしょうか。自ら選び取った不自由なら、それは自由の結果ではないでしょうか。

読後の不安感や居心地の悪さを考えすぎずに素直に受け止めれば、本作は単純な分かりやすい結論に収束させて安心することを拒否している物語のように感じられます。

人間はもっと多重的であり、歪み、捻じれた存在であること。それを「一般的」として評価するような基準は存在しないこと。不安に耐えながら、正解のない所に踏み止まること、あるいは変わり続けること。そういう存在の頼りなさこそが、本作で安部公房が表したかったことではないでしょうか。

最後にもう1つ。ここまで考察してみましたが、あんまり眉間に皺を寄せて考え込まないで、「何て変な話なんだろう」と思って読むのが、1番素直かも知れません。

 

最後に『砂の女』の印象的な一行、名言をいくつか解説!

著者
安部 公房
出版日

 

「罰がなければ、逃げるたのしみもない」
(『砂の女』より引用)

冒頭の一文。終盤での主人公の内面が表現されているのでしょうか。

「流動する砂の姿を心に描きながら、彼はときおり、
自分自身が流動しはじめているような錯覚にとらわれさえするのだった」
(『砂の女』より引用)

村へやって来た彼が、砂を見ながら、これからの自分の運命も知らずに思ったことです。

「こうして、砂と昆虫に引かれてやって来たのも、
結局はそうした義務のわずらわしさと無為から、
ほんのいっとき逃れるためにほかならなかったのだから」
(『砂の女』より引用)

彼が女の家に最初に泊まった晩、寝る前に考えたこと。この直後、この場所で新たなわずらわしい義務を強要されることになります。

「砂のがわに立てば、形あるものはすべて虚しい。
確実なのは、ただ、一切の形を否定する砂の流動だけである」
(『砂の女』より引用)

砂を掻き出し続ける作業の音を聞きながら彼が感じたこと。思考を止めてただこの現状を受け止めるようになりつつある様が読み取れます。

「もう、ほとほと、歩きくたびれてしまいました」
(『砂の女』より引用)

彼に、なぜここから出ようとしないのかと問い詰められたときの、女のこたえ。この狭い空間にいながら、こんなことを語る女に、いったい何があったのでしょうか。

「孤独とは、幻を求めて満たされない、渇きのことなのである」
(『砂の女』より引用)

単純な穴の底の生活をくり返すなかで、彼の思ったこと。不快な環境での乾きとともに、肉体的に読者に迫ってくる表現ではないでしょうか。

「彼は、砂の中から、水といっしょに、
もう一人の自分をひろい出してきたのかもしれなかった」
(『砂の女』より引用)

「希望」が溜水装置になっているのを発見しての表現です。安部公房の小説家としての力を感じさせる見事なものではないでしょうか。

 

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