優れた短編を遺したことで知られる芥川龍之介。そんな彼の代表作ともいえる『地獄変』をご存知でしょうか。宇治拾遺物語の説話を基にした作品で、暗い内容と難解なテーマで知られています。有名ですが、意外と読んだことがないという方も多いのではないでしょうか。 そこで今回の記事では、本作のあらすじと登場人物、テーマについて解説。これを読んで、芥川龍之介の世界に触れてみてください!
本作は、芥川龍之介の代表作ともいえる短編小説で、宇治拾遺物語を下敷きにしています。教科書で読んだ方も多いのではないでしょうか。淡々とした表現で書かれているので、読みやすいのが特徴です。
本作は、人気漫画家の久保帯人や小畑健が表紙を手がけた新装版も発売されており、発売当時は話題になりました。また、1969年に中村錦之助主演で映画化もされています。
中村文則の小説『去年の冬、君と別れ』は、本作をモデルにしているといわれています。
以下では本作の面白さについて触れる前に、あらすじをご紹介します。
- 著者
- 芥川 龍之介
- 出版日
- 1968-11-19
時は平安時代。絵仏師の良秀は、天才的な腕を持っていましたが、気難しい性格と、狂人じみた言動で知られていました。彼には娘がおり、同じ屋敷にいます。大殿は娘の美しさに惹かれていますが、良秀はそれが不服です。娘も、殿の気持ちを受け入れませんでした。
ある日、良秀は「地獄変」の屏風を描くように命じられます。彼は「実際に見たもの」しか描けないので、弟子をフクロウにつつかせるなど、狂人じみたことをしながら制作をしました。
しかし、絵が完成しかかったところで、良秀の筆は止まります。彼はその絵に「燃え上がる牛舎の中で焼け死ぬ女の姿」を描き加えたかったものの、どうしても描けなかったのです。そこで、良秀は殿に、実際にその様子を再現して欲しいと頼みます。難しい願いでしたが、殿は承諾します。しかし、そこで意外な結末が待っているのでした。
彼は、『蜘蛛の糸』『藪の中』などで知られる小説家です。主に短編を多く執筆し、児童向けの戯作も書きました。『杜子春』など、中国古典を題材にした作品もあります。
初期と晩年では作風が違っており、初期には『芋粥』や『羅生門』など、古典を基にした作品を書いていましたが、中期になると芸術的なテーマを追求した作品を書くようになります。『地獄変』もこの時期に書かれたものです。
- 著者
- 芥川 龍之介
- 出版日
しかし、晩年は精神障害を患い、『歯車』に代表されるような内省的で暗澹とした作風へと変化していきます。同作にみられる描写から、芥川はドッペルゲンガーを見ていたのではないかといわれています。また、閃輝暗点症という病気にかかっており、頭痛に悩まされていたと言われています。
そして1927年7月24日、睡眠薬で自殺し、その生涯を終えました。
ここでは本作の登場人物たちをご紹介します。
天下第一の腕を持つといわれる絵師。堀川の大殿に抱えられています。絵の実力は確かなものですが、容貌は醜く、性格はねじ曲がっています。彼の絵を見ると魂を抜かれるなど、怪しい噂にも事欠かない人物です。
父と同じ城に仕えており、父に似ない美しい容貌と、優しい気立ての持ち主。堀川の大殿に気に入られており、良秀はそれをよく思っていません。
良秀を召し抱えている殿。彼の才能を認めており、良秀の娘のことも気に入っています。城下町でも尊敬されるような、おおらかな性格が人気の人物です。
屋敷で飼われている猿です。若殿さまのいたずらで良秀と同じ名前がつけられました。良秀の娘に可愛がられており、物語の橋渡し的存在として活躍します。
物語の語り手。どのような人物なのかはわかりませんが、事件当時に屋敷にいた年少の人物なのではないかと推測されます。
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本作には2つの謎があります。
ある時、良秀は悪夢におそわれて、寝言を漏らします。
「なに、己に来いと云ふのだな。――どこへ――どこへ来いと?
奈落へ来い。炎熱地獄へ来い。
――誰だ。さふ云ふ貴様は。――貴様は誰だ――誰だと思つたら
(中略)うん、貴様だな。貴様だらうと思つてゐた。
なに、迎えに来たと?
だから来い。奈落へ来い。
奈落には――奈落には己の娘が待つてゐる」
(『地獄変』より引用)
この「貴様」の正体が1つ目の謎です。この人物はいったい誰なのでしょうか。また、なぜ娘が炎熱地獄で待っているのでしょうか。
良秀が炎熱地獄の中にいる娘を見たのは、このストーリーの悲劇的な結末を予期していたとも考えられます。その場合、「貴様」とは、ふたりが悲しい運命に引きこまれるきっかけをつくった、大殿かもしれませんが、読者によって解釈が分かれるところでしょう。
また、2つ目の謎は、娘が何者かに襲われる場面にあります。部屋の中で彼女は乱暴され、「私(語り手)」が様子を見に行くと、もうひとりの足音が逃げていきました。この足音の正体が明かされていないのです。
解釈はたくさんありますが、娘に言い寄っていた大殿だと考えるのが、1番わかりやすい解釈です。この場面で娘をものにできなかった彼は、腹いせとして最後の場面であのようなことをしたのかもしれません……。
本作の衝撃的な結末は有名です。
ラストシーンでは、良秀の絵に対する熱意に応えるために、殿が異常な仕掛けを用意します。それによって悲劇的な結末が待っていますが、車が炎に焼かれる情景が見たいといった良秀は、そんな予想外の結果になっても心情の変化を見せません。仕掛け人である殿も、彼のそんな態度には驚きを隠せませんでした。
悲劇的でありながら美しい衝撃の結末は、ぜひ実際に本を手に取ってお確かめください。
- 著者
- 芥川 龍之介
- 出版日
- 1968-11-19
芥川龍之介はなぜこんな作品を書いたのでしょうか。
良秀は芸術のために狂人じみたことをして、悲劇的な結末を迎えてしまいました。絵のために、人間として大切なものを犠牲にしたのです。
本作は、芥川龍之介の「芸術至上主義」をテーマにした作品だといわれています。「芸術の完成のためにはどんな犠牲でもはらう」という執念、善悪を通り越した人間の姿がこの物語のキモ。良秀を愚かと思うか、同じように魅了されてどこか美しいと感じるのか、読者に問いかけてくるような内容です。
良秀は芸術のために娘を犠牲にした一方、芥川は子煩悩で有名でした。彼自信が芸術と家庭の間で葛藤した経験が、芸術に対する狂気を描いた『地獄変』を生み出したのかもしれません。
あなたはこの作品を読み終え、どんなテーマを感じ取るでしょうか?
暗い作風の本作に、二の足を踏んでしまう方もいらっしゃるでしょう。そんな方のために、漫画版をご紹介。小説よりは読みやすくなり、作品の雰囲気を楽しめます。
- 著者
- ["芥川 龍之介", "未浩"]
- 出版日
- 2010-07-01
「MANGA BUNGO」シリーズは、文学の名作を漫画化したシリーズです。武者小路実篤や夏目漱石などの作品が漫画になっており、本作も出版されています。
長編小説の漫画家では細部をカットされることもありますが、『地獄変 (ホーム社漫画文庫) (MANGA BUNGOシリーズ) 』は原作の面白さをそのまま楽しめます。作者の未浩の画力もなかなかのもので、原作の重苦しい雰囲気をうまく描いている作品です。
原作をまだ読んでいない方は、こちらの漫画作品から読んでみてもいいでしょう。