島崎藤村が書いた本作は、日本の近代文学を代表する小説と評されるほどの名作です。読んだことのある方も多いのではないでしょうか。主人公である青山半蔵は、作者の父である島崎正樹がモデル。幕末維新の動乱期を描いた歴史小説としても高い人気を誇る作品です。 この記事では1953年には映画化もされた名作について、わかりやすく解説していきます。
本作は、江戸末期の幕末から明治に入る動乱期を描いた作品です。
この小説の書き出しは、あまりにも有名。「木曽路はすべて山の中にある」という一文で始ります。木曽路は日本でも有数の宿場町で、徳川時代の根幹をなす交通産業そのものでした。しかし、徳川の時代を支えた宿場町であった木曽路も、黒船の来航を契機として大きく揺らぐことになります。
黒船来航の噂は、当時の人々の間でも話題となりました。交通の要所であった木曽路もその例外ではなく、さまざまな人がその驚きを語り合ったことでしょう。そんな状況のなかで、時代は江戸から明治へと徐々に変化していきます。そんな様子を、島崎藤村は主人公である青山半蔵をとおして描きました。
つまり本作は、徳川の時代が終わり、明治を迎える激動期を、主人公である青山半蔵をめぐる人間群像として描き出した作品といえるのです。
- 著者
- 島崎 藤村
- 出版日
- 2003-07-17
- 著者
- 島崎 藤村
- 出版日
本名・島崎春樹。本作の他にも、『破戒』『春』『家』『新生』などの作品で有名です。
島崎家は旧家であり、彼はその17代目でした。しかし、彼が誕生したときにはすでに明治維新にともなう改革のために没落しつつあったため、10歳で修学のために上京した後は、親戚や知人の家で成長したといわれています。
1891年に明治学院大学を卒業しましたが、在学中に受洗したキリスト教や、ヨーロッパ文学の影響を受けて文学を志し、1906年に『破戒』を発表したことで作家としての地位を確立しました。
本作は、藤村の父親・島崎正樹をモデルにした作品です。作中では青山半蔵と名前が変えられていますが、彼を主人公として物語は進んでいきます。
『夜明け前』は藤村が7年の歳月をかけて書いた大著で、彼の父が生きていた明治維新前後の動乱期の状況を背景にし、父の苦悩に満ちた生涯を生き生きと描き出した作品として評価されています。
通常、歴史というのは、その時の権力者から見たものが描かれるもの。しかし、本作のなかで藤村は、維新前後を下から、つまり庄屋、本陣、問屋の人たちを中心に描き出したのです。
そのため作中では青山半蔵を中心に、数多くの当時の庶民たちが登場し、実名の大名や役人なども多数登場します。
『夜明け前』の舞台となったのは、馬籠(まごめ)・妻籠(つまご)です。
本作は冒頭でもお伝えしたとおり、「木曽路はすべて山の中である」という有名な一文から始まります。馬籠は木曽十一宿の1つで、木曽路の最初の入口にあたります。宿としての集落は古くから存在していましたが、慶長6年には幕府が宿駅として認定。馬籠宿として整備されています。
木曽路は、江戸時代には参勤交代や大名・皇族のお輿入れにも盛んに利用されてきた街道です。馬籠と妻籠は、中山道という道で現在も繋がっています。中山道は、江戸から長野を経由して京都へと向かう街道の1つで、そのなかで長野県を通っている道が木曽路と呼ばれているのです。
現在では、この2つの地域は観光地として非常に人気のあるスポットとなっており、国の重要伝統的建造物保存地区に選定されています。さらに郷土環境保全地域の指定も受けるなど、古き良き時代の日本の町並みが数多く残されており、観光地として整備されています。
『夜明け前』の物語のなかで、馬籠で本陣・問屋・庄屋を代々の家業としてきた家に生まれ、その家業を継いだ主人公・半蔵は、「平田国学」に傾倒して王政の復古を願いました。
日本でいう王政というのは朝廷のことを意味しています。物語の背景では、歴史的な転換期である幕末の大政奉還がなされ、政権は朝廷へと返されました。本来そうなると、朝廷による統治がおこなわれるはずでした。
それはつまり、日本の伝統文化への回帰、「国学」への回帰だったはずなのです。しかし、実際にはそのようにはなりませんでした。幕末の動乱をくぐり抜けて到達したのは、日本の西洋化だったのです。
この当時の国学の拠り所となったのが、平田篤胤(あつたね)でした。この平田の書いた書籍を元にして国学の議論が展開されたことから、当時の平田国学と呼ばれていたのです。
本作のなかで主人公である半蔵は、この平田国学に傾倒していくことになります。
『夜明け前』の第一部では、水戸天狗党に関する記述が多数描かれています。これは一体何なのでしょうか?
本作は江戸時代末期。幕府は開国を迫られるなかで、天皇を尊び、日本を外国の侵略から守るべく、尊王攘夷思想が唱えられるようになりました。その思想が多くの志士達に広がった結果、それが大規模な運動へと発展していきます。それが『天狗党』です。
尊皇攘夷思想は、もともと水戸藩の2代目当主であった徳川光圀(みつくに)が編集を始めた歴史書『大日本史』を通じて形成されてきました。その後1800年代に入ると、尊王論を説いた藤田幽谷(ゆうこく)が実践的改革論として「水戸学」の基礎を築きます。
やがて黒船来航を機に、幕府より海防参与に水戸藩の徳川斉昭(なりあき)が選ばれ、水戸藩では改革派の天狗党を中心に、尊王攘夷派が形成されることになりました。尊王攘夷派が全国へ広がりを見せていた動乱期に、天狗党は攘夷の実行を幕府に促すために、水戸藩内にある筑波山で挙兵します。
これ以降の天狗党による一連の騒乱は、すべて彼らが起こした反乱であることから「天狗党乱」と呼ばれることになりました。
- 著者
- 島崎 藤村
- 出版日
- 2003-08-20
半蔵は国学を広めるために、一念発起して上京をします。しかし、国学を広めようとする彼を、世間は冷たく罵るのでした。やがて世間の厳しさに飲まれた彼は、酒に溺れるようになっていきます。
しかも国学に傾倒している半蔵の思いとは裏腹に、明治の日本の西洋化は進んでいきます。挙げ句の果てに息子が英学校への進学を希望し、さらに精神を壊していくのです。
果たして、半蔵はどうなってしまうのでしょうか。続きは、ぜひ実際にお手に取ってお確かめください。
藤村が本作のなかで描きたかった重要なテーマは、一体何でしょう。それは、西洋化に戸惑う主人公の心であったと考察できます。
江戸幕府が倒れ、大政奉還によって政権は天皇へと戻されました。西洋から新しい技術や文化が入ってきて、当時の人々の生活は大きく変化しました。その意味ではタイトル『夜明け前』の「夜明け」とは、「日本の西洋化」を意味していることになるでしょう。
江戸幕府が倒れ、大政奉還によって政権が天皇へと戻された時、本来は古い日本への回帰が目指されていたはずでした。だからこそ主人公である半蔵は、国学を学んでいたのです。
しかし実際は、西洋化が進む一方。それはまるで流されるように、人々の意思とは関係なく進んでいくようでした。そんななか半蔵は時代の流れに乗ることができず、戸惑い、そして逆らったのでした。その結果、自分の思いとは裏腹に西洋化が進んでいく日本に絶望し、最後は精神を壊してしまうのです。
藤村は彼の人生をとおして、日本の西洋化と、古き良き日本への回帰の間で揺れ動く、その戸惑う心を、本作のテーマとして書いたのでしょう。
島崎藤村が書いた『夜明け前』は、日本の近代文学がこの作品によって頂点に達したといわれるほど、近代文学の本質に迫った小説と称されています。本作は第一部と第二部に分かれ、ひたすら木曽路の馬籠の周辺にひっそりと暮らす人々の場面を扱っています。幕末維新の約30年間の時代の流れと、その問題点を執拗なまでに語り尽くしているため、最初から最後までこの作品を読みとおすことはなかなか容易ではありません。
まずは、あらすじを読んで内容を把握したうえで、小説を読んでみてはいかがでしょうか。