『メアリー・ポピンズ』は、オーストラリア出身のイギリスの作家P・L・トラヴァースによる、児童文学シリーズ。こうもり傘につかまって、空を飛ぶイメージで有名ですね。ロンドンの家庭の子供たちの世話役になった主人公のメアリー・ポピンズが、さまざまな不思議を起こしていくストーリーです。 1964年にディズニーが映画化しましたが、54年ぶりに続編が制作されることが決定しています(アメリカでは2018年、日本では2019年に公開予定)。今回はそんな本作の意外な3つの事実を紹介!ぜひご覧ください。
1910年のロンドン、バンクス夫妻は4人の子供の世話役を募集します。そんな彼らが採用した女性は、傘をさして東風に乗ってやってきた、魔法使いのようなメアリー・ポピンズでした。そして始まる、彼女と子供たちがくり広げる不思議な出来事の数々。
『ドラえもん』のように、日常生活のなかに不思議な出来事が紛れ込む形式を「エブリデイ・マジック」といいますが、本作はそんなエブリデイ・マジックの、古典の1つです。
読みどころは、もちろんメアリー・ポピンズが起こす不思議の数々です。針を回すと世界中のどこにでも行ける方位磁針や、夜空に糊で貼り付けるジンジャーパンの星、満月の夜に人間が檻に入って動物が見物する動物園などなど。どの不思議も、キュートなのです。
もう1つの読みどころは、彼女の人脈の広さ。どこへ行っても知り合いがいて、しかも、みんな彼女に大変な敬意を示すのでした。
こんな人脈があって、魔法のような不思議なことを起こせるのですから、子供を世話する仕事なんかしなくてもよさそうなものですが……彼女が何を考え、何を目的にしているのかは、誰にもわかりません。
- 著者
- P.L. トラヴァース
- 出版日
- 2000-07-18
本作はシリーズ作品で、これが第一作の原題でもありますが、岩波少年文庫版では『風にのってきたメアリー・ポピンズ』となっています。また、この他にも多数の訳書があり、「メアリ・ポピンズ」「メリー・ポピンズ」の表記のものも。
イギリスでは2004年にミュージカルとして舞台化され、以後20か国以上で上演されています。1964年に公開された映画版の日本語表記は『メリー・ポピンズ』。メリー・ポピンズ役は、映画初主演のジュリー・アンドリュースでした。続編の『メリー・ポピンズ リターンズ』では、エミリー・ブラントが務めます。
作者のP・L・トラヴァースはイギリスの作家ですが、元は女優でした。
1899年、オーストラリア生まれで、父親はアイルランド系。彼は銀行の支店長にまでなりましたが、彼女が7歳のときに亡くなりました。彼女はこの父親に、アイルランドの不思議な話を聞かされて育ったといいます。それが本作に影響しているのかもしれませんね。
そんな彼女は高校を卒業後、タイピストをしながら女優を目指し、やがて舞台女優としてデビューしました。そして25歳でイギリスに移住して、作家へ転向。詩人としてデビューし、その後、児童向けの作品を多く書きました。
その功績により1977年、大英帝国勲章(OBE)を授与されています。
本作のなかで特別に女性蔑視的な描写があるわけではありませんが、はしばしに、男性の権威的な態度が見え隠れして、現代の日本の読者にはイラッとするところがあるかもしれません。
しかし、これは時代的なもので、作者のトラヴァースは女性ですから、もちろん男尊女卑的な思想を持っていたわけではないのです。最終話に出てくる次のエピソードなどは、むしろ男性の権威をからかっていてユーモラス。少しそのエピソードをご紹介しましょう。
その朝、バンクスさんの黒いかばんが見当たりませんでした。彼は威張って、家のみんなに捜させます。しかし、かばんは書斎にあったのです。彼は「かばんを置く場所は決まっているのに、誰が書斎に持ち込んだのだ」と、怒鳴りました。
バンクス夫人は
「あなたですよ。
あなたが、ゆうべ、所得税の書類を出すとき、もっていらしたじゃありませんか」
(『風にのってきたメアリー・ポピンズ』より引用)
と言いました。バンクスさんは立場をなくして、恨めしそうな顔をします。
「バンクス夫人は、いっそ気をきかせて、
じぶんがもっていったことにすればよかったと思いました」
(『風にのってきたメアリー・ポピンズ』より引用)
映画版では、彼女は「女性選挙権運動をしている」という設定になっていて、ちょっとだけフェミニズムの味付けがしてあります。そのため子供を見ている時間がなく、さらに男であるバンクスさんが子供の面倒を見るような時代でもなかったため、メアリーが雇われたのです。
映画版でジュリー・アンドリュースの演じるメリー・ポピンズは、美人で賢く、優しい人物です。しかし原作のメアリー・ポピンズは、それほど単純な「典型的ヒロイン」ではありません。まず、ちょっと高慢というか、威圧的なところがあります。いつも不機嫌そうで、子供たちに命令ばかりしているのです。
何をねだっても「だめです」とばかりいわれるので、子供たちは
「いちどでいいから、〈いい〉って、いってくれればなあ」
(『風にのってきたメアリー・ポピンズ』より引用)
と思うほど。
さらに、ナルシストな一面もあります。鏡や、ショウウィンドウに映る自分の姿が大好きで、それをほめそやす言葉をつぶやいたりもするのです。
「それに、メアリー・ポピンズは、とてもうぬぼれがつよくて、
いつも、いちばんいい姿を見せるようにしていました。
いや、それどころか、かならずよく見えるという自信をもっていました」
(『風にのってきたメアリー・ポピンズ』より引用)
それでも子供たちが彼女を好いているのは、彼女の愛情と、決して子供たちのためにならないことはしないという彼女の信念を信じているからでしょう。
実は、P・L・トラヴァースは、ディズニーによる映画化を嫌っていました。
長年、映画化の申し込みを断っており、映画化を承諾したときも、脚本のアドバイザーとして映画に口を出す権利を要求。さまざまな条件を付けたのです。その映画化の過程は『ウォルト・ディズニーの約束』として、映画化もされました。
結局、彼女は映画に不満で、続編企画の打診を断固として断り、アメリカ人による映像化や演劇化も許しませんでした。そして彼女は、死ぬまでディズニーが大嫌いなままだったのです。
東風にのってきたメアリー・ポピンズは、たちまちバンクス家の子供たちの心をつかみます。それは、彼らに「いつまでもいてくれるでしょう」と問われるほど。
それに対して彼女は、「風がかわるまで」と答えたのでした。
- 著者
- P.L. トラヴァース
- 出版日
- 2000-07-18
メアリー・ポピンズとバンクス家の子供たちは、一緒に不思議で楽しい日々を送りますが、ある日とうとう子供たちの恐れていたことが起こります。西風が吹いたのです。
そして彼女は、現われたとき同様、風に乗って去っていってしまったのでした。長男のマイケルは叫びます。
「世界じゅうで、メアリー・ポピンズだけいれば、いいんだ」
(『風にのってきたメアリー・ポピンズ』より引用)
もちろんバンクス家の人たちと彼女の物語は、これで終わりではありません。続編『帰ってきたメアリー・ポピンズ』で、彼女はまた彼らに現われるのです。
一体そこから、どんな不思議で素敵な体験が待っているのでしょうか。気になった方は、ぜひ読んでみてください。