志賀直哉が書いた唯一の長編小説。近代文学の最高峰であるという評価を受けるなど、非常に評価の高い作品です。不義の子として生まれた主人公である時任謙作(ときとうけんさく)が結婚した後、妻の過失と不幸を背負いながらも、心の平和を見出していくプロセスが描かれています。 謙作は祖父の元で育てられ、祖父が死んだ後はその愛人に面倒をみてもらっていましたが、ふとしたことから祖父、そして自分自身の秘密を知ることとなるのです……。 さまざまな困難を乗り越えて心の平和を見出す、主人公の心境の変化が見どころの作品です。
大正11年に発表された本作は、志賀直哉唯一の長編小説として有名な作品。発表されるまでに16年余を費やしたといわれています。
映画化もされており、学校の教科書に載ることも。有名で人気のある作品ということもあって、これまで岩波文庫など、さまざまな出版社から発行されています。
- 著者
- 志賀 直哉
- 出版日
- 2004-05-18
主人公である時任謙作は、お栄という女性に家事を任せ、遊び呆けている小説家です。しかし、その後改心し、生活も小説家としての仕事も、しっかり立て直すことを決めます。
そんななか、謙作は母と祖父との不義の子であるという自身の出生の秘密を知って、深く苦悩するのです。彼はそのショックを乗り越えて直子という女性と結婚し、子どもを授かりましたが、その子は生まれてすぐに死んでしまいます。そうした状況のなかで、彼は心の平安を求めて旅に出るのです。
このような物語のため、本作の場面は、東京・尾道・京都・山陰の大山と変化していきます。そのなかでも、もっとも有名なのは尾道や大山における自然描写。その卓越した描写力をもってして、近代文学の最高峰ともいわれています。
作者・志賀直哉は「小説の神様」とも称される小説家で、後世の多くの作家に影響を与えました。代表作としては、本作の他に『和解』『小僧の神様』『城の崎にて』などが有名です。
写実の名手としてよく知られ、対象を鋭く、正確に捉え、簡潔な言葉で表現できる作家といわれます。無駄を省いたその文体は、文体の理想の1つとみなされており、文章練達のために模写の題材とされるほどです。
- 著者
- 志賀 直哉
- 出版日
まら、数多くの名言も残しており、
「幸福というものは受けるべきもので、求めるべき性質のものではない。
求めて得られるものは幸福にあらずして快楽なり」
という言葉や、
「金は食っていけさえすればいい程度にとり、
喜びを自分の仕事の中に求めるようにすべきだ。」
などの本質的な言葉を述べています。やはり時間を経た現在でもそのとおりだ、なるほどと思える言葉を残しているところには、文豪の力量を感じます。
ここでは簡単に登場人物について紹介します。
謙作は父の子どもではなく、母と祖父との過ちで生まれましたが、それを彼は知りませんでした。彼はお栄という女性に炊事洗濯など面倒をみてもらっていましたが、そんな彼女も祖父の愛人であり、祖父が死んだ後は謙作と同居していたのです。
後に、謙作は孤独に耐えられなくなり、この彼女と結婚しようと思い立って、手紙で兄・信行にそのことを伝えます。その際に謙作の出生の秘密が明かされ、彼女との結婚は諦めるように言われるのです。
自分の出生にショックを受けているなか、まさに追い打ちをかけるような出来事。自分は母と祖父の子どもであり、自分が想いを寄せているお栄は祖父(=父)の妾だったという、受け止め難い事実……。
こうして彼らの間に、複雑な三角関係ができてしまったのでした。
尾道で1人静養していた謙作は、孤独に苛まれるなかで、祖父の妾であるお栄えとの結婚を考えるようになります。そのことを伝えるために、兄である信行に手紙で、兄からお栄えにそのことを話してほしいと書くのです。
しかしながら、それを読んだ兄は悩んだ末、謙作の出生の秘密を返信で明かします。上でも書き記したとおり、謙作は母と祖父との間にできた子どもだったのです。そして、お栄は祖父の妾であったことから、結婚は諦めるように言われたのでした。
そのことを知った彼は、さらに深い悩みを抱えるようになるのです。そんな彼でしたが、後に別の女性・直子と結婚することとなります。そんななか、お栄は知人に誘われて満州へ向かいました。
しかし、騙されて朝鮮に行ってしまい、カネに困ることになります。そのため、謙作は彼女を迎えにいくために朝鮮へと向かいますが、その間に直子は、従兄弟の不義の関係となってしまうのでした。
本作には、志賀直哉が書いた数多くの名言があります。
大地を一歩一歩踏みつけて、手を振って、
いい気分で、進まねばならぬ。急がずに、休まずに。
(『暗夜行路』より引用)
本作とは、人生のよりどころを失った人間が手探りで前進する物語です。志賀直哉はこの物語のなかで、一歩一歩胸を張って、着実に歩みを進めながら生きていかなければならないことを言っています。
過去は過去として葬らしめよ。
(『暗夜行路』より引用)
謙作はさまざまな不幸に直面して、苦悩します。しかし、どんなに悩んだところで、過去を変えることはできません。過去は過去として葬るしかないのです。
取らねばならぬ経過は泣いても笑っても取るのが本統だ。
(『暗夜行路』より引用)
人生においては、どうしてもその経過が必要なときがあるもの。そうした場合には、たとえ泣いていても、笑っていたとしても、経験しなければならないのです。
出生の秘密や、妻の不義を知った謙作は深く傷つき、苦悩するようになります。そして、その苦悩から逃れるために、彼は鳥取の大山の蓮浄院の離れを借りて、妻と別居することに決めるのです。
- 著者
- 志賀 直哉
- 出版日
- 2004-05-18
大山を登山した彼は、その頂上を目指す途中で、案内人とはぐれてしまいます。そんななかでも1人で大山の山頂まで登りきって、そこで見ることができた明け方の光景に、彼は強い感動を覚えます。自然と一体となったような感覚となったのです。
大山の大自然の中で精神を清められた謙作。そんな彼に、どのような心境の変化が起こったのでしょうか。また、直子との関係の行方は?
続きが気になる方は、ぜひご自身の目でお確かめください。謙作の激動の心の行く末は、今まで彼の様子を見てきた読者なら、同じように大きな感動、フラストレーションが解放される快感を抱く方も多いはず。不思議な幸福感に包まれた終わり方です。
『暗夜行路』は、「小説の神様」と呼ばれるほどの天才・志賀直哉が書いた唯一の長編小説。その無駄の無い簡潔な文体は、非常に高い評価を得ています。映画化もされている作品で、近代日本文学の傑作ともいわれる程の名作です。非常に人気のある作品で、さまざまな出版社から発行されていますので、まだ読んだことのない人はぜひ読んでみてくださいね。