「もやもやしたら、自分の中の耽美と向き合う」

更新:2018.9.30

忙しい日常の中で、くさくさした気分になってしまうことは非常にもったいないです。自分も生きづらいし、周囲にも迷惑がかかる。自分の機嫌が傾きそうになったら、どんなことをするか。決めておくと楽かもしれません。 今年の夏、私は耽美に逃げました!(この記事は2018年10月1日に公開したものです)

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この暑すぎる夏に、今一度心を燃やした本

文化放送で働いていると、いろんなことに挑戦させてもらえます。  

その時期に担当している番組によって、学ぶべきものや知るべきものがどんどん変化してゆくんです。放送以外で足を運ぶ場所も、アイドルのライブ会場・国会・野球場・寄席などとその時々によってバラバラ。こうして振り返ると、文化放送の放送局としての幅の広さがうかがえますね。 

同じように、読む本も担当する番組によって変わってきました。今は、平日朝7時~9時に生放送している「TheNewsMastersTOKYO」のニュースマスターの御著書を読むことが多いでしょうか。しかし、ふと自分が人生で何度も読んだ作品を読み返したい欲が湧いてくる時があります。私の場合、学生時代に読み漁っていた日本の近代文学がそれにあたります。 

明治元年から昭和初期くらいまでの時期。「文学」という概念が定着している現代とは違って、文学とは何か。人は如何にして生きるべきか。こんな疑問を持ち続け、同じ考えの作家が集まって文学運動などしていた時代。自問自答を繰り返しながら個人の中で悩みぬいて、それをぶつけ合っているこの時代にロマンを感じずにはいられません。好きな作家は何人もいますが、谷崎潤一郎もその1人です。この暑すぎる夏に「春琴抄」を読み返して、今一度心を燃やしました。 

著者
谷崎 潤一郎
出版日
1986-11-17

今の年齢で読み返して感じた、幸せ像の変化

三浦友和さんと山口百恵さんによる映画化など、何度も映像化されている名作。目の見えない春琴と世話をする佐助の2人の独特の関係を描いた物語ですね。美しい容姿を持つ琴の師匠・春琴と弟子の佐助は、

<或る夏の日の午後に順番を待っている時うしろに畏まって控えていると「暑い」と独りごとを洩らした「暑うござりますなあ。」とおあいそを云ってみたが何の返事もせず暫くすると又「暑い」という、心づいて有り合せた団扇を取り背中の方からあおいでやるとそれで納得したようであったが少しでもあおぎ方が気が抜けるとすぐ「暑い」を繰り返した。> 

こんな調子の関係です。わがままな春琴と、それを自分だけに甘えてくれていると受け取って喜んでいる佐助の関係。勝ち気で気位が高い春琴と、痛めつけられれば痛めつけられるほど喜ぶ佐助。私はこの独特な関係をとにかく美しいと感じます。

ある日、男からの求婚を断った春琴は、その男に恨まれ、何者かに熱湯をかけられてしまう。大火傷により美貌を失った春琴は、自ら顔に包帯を巻き佐助に向かって「お前にだけには、この顔を見られたくない」と泣くのです。

すると佐助は自室に戻り、自分の両目に針を突き刺して潰してしまう。それ以後、佐助も目が見えなくなったのですが、以前と変わらず佐助が春琴の手を引いて、いつも2人で一緒に生きる。そして、2人は結婚することもなく生涯を終えてゆくのです。

作品の発表当時、谷崎は“悪魔主義”とも称され、世間に受け入れられにくかったようです。この過剰な物語が、怖がられたのかもしれません。私も高校生の頃、初めて読んだときは感動よりも衝撃の方が大きかったのを覚えています。

20代半ば、という今の年齢で読み返し、自分の持っていた幸せ像の変化を感じました。何歳までにはこんな人間になっていないといけない。職場ではこんなポジションで、何歳までには結婚して、何歳までに子供を産んで…。幸せや歓びの形が、世間や自分の経験によって歪められてきたことに気が付きました。 

佐助にとって、絶対に手の届かない美しい春琴が、いちばん美しい時のままで、永遠に頭の中にいる。やり方は人それぞれだとは思いますが、自分の思う「美」や「幸せ」「歓び」を自分の中で昇華させて、完結させる。これが、実は大事な作業なのかもしれないと思うのです。
 

「耽美」に、改めて酔いしれる

誰からも悪意をぶつけられていないのに、気づくと自分の機嫌が酷く悪くなっていることってありませんか。噂レベルの話や、人を介して耳に入ってくる自分の評価など、何気ない一言で、自分の中にあった美しいはずの感情が歪められてしまう。誰の悪意も介在していないところが、また恐ろしい。そんなことで機嫌を悪くしてしまっている時間が、どれほど無駄なことか。自分の中の美しい感情にきちんと向き合い直せば、心はざわつきません。まずは、実体のない世論に惑わされないようにしたいものです。

人間の心の中の美しい部分を、物語を以て表現しているこの作品がやっぱり好きです。谷崎潤一郎がストイックに表した「耽美」に、改めて酔いしれた今年の夏でした! 

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