明治時代に活躍した日本の作家であり、評論家、翻訳家でもある坪内逍遥。代表作でもある『小説神髄』は、日本の近代文学の礎を築いた作品として有名でしょう。この記事では、彼の作品のなかから絶対に読んでおきたい特におすすめのものを厳選して紹介していきます。
1859年の幕末に岐阜県で生まれ、主に明治時代に活躍をした作家、坪内逍遥。
尾張藩士で代官所の役人を努めていた家庭の五男でした。幼名は勇蔵、後に雄蔵と名乗ります。逍遥はペンネームです。
子どもの頃から貸本屋に足しげく通ったそうで、江戸戯作や和歌を好んでいました。愛知外国語学校、東京開成学校で学んだ後、現在の東京大学文学部に入学。1883年に卒業し、文学士となりました。その後は早稲田大学の前身である東京専門学校の講師となり、早稲田大学でも教授となっています。
そのかたわらで、ウォルター・スコットの『湖上の美人』や、シェイクスピアの『ジュリアス・シーザー』など海外文学を翻訳。1885年には自身の代表作ともなる評論『小説神髄』を発表しました。
文芸雑誌「早稲田文学」の創刊、早稲田中学・高等学校の創立、数々の戯曲の執筆などさまざまな分野で活躍し、近代日本文化をけん引した人物だといえるでしょう。
近代文学最初の文芸評論である『小説神髄』。国語や歴史の授業などで習うため、タイトルだけは多くの人が聞いたことがあるのではないでしょうか。
本書は、近代以前の物語文学とは異なる「小説」について論じていて、今日にまでつながる小説の作法にまつわるあれこれもココから始まったといわれている、いわば近代文学の記念碑的指南書です。
「小説」という言葉も、坪内逍遥が発案したといわれています。
- 著者
- 坪内 逍遥
- 出版日
- 2010-06-16
発表されたのは1885年から1886年にかけて。当時は全9冊というボリュームでした。前半では小説とは何か、小説において大切なものは何かを考察していて、後半では具体的な技術を論じています。
それまでの日本では、文学というと戯作か、西洋の思想などを伝える政治のものが中心。本書では「主人公」という概念や、「人情」「世態風俗」を主眼として描写するリアリズムが重要だと述べています。この主張は二葉亭四迷に強い影響を与え、『小説総論』が執筆されることとなりました。
現代に生きる私たちが読むともはや当たり前の事実となっていることが、当時は目新しかったことがわかるでしょう。まさに日本の近代文学の礎だといえる一冊です。
また、「總じて法則といふものは、俗にいふ忠告と同種のものなりと思ひて可なり。」とあるように、坪内逍遥が理論は大切だけれども固執しすぎるのもよくないと述べてくれているのも興味深いでしょう。評論ですが、人柄も伝わってくる作品です。
『小説神髄』が理論書であるとすると、本書『当世書生気質』はその実践編です。1885年に発表されました。
「書生」とは現代でいう「学生」の意味。主人公は小町田粲爾という書生で、彼と彼に因縁のある芸妓が親密な関係になっていく話が物語の中心です。彼らを取り巻く学生たちも数多く登場するので、群像劇という見方もできるでしょう。日常生活や会話、風俗などを写実的に描いた一冊です。
- 著者
- 坪内 逍遙
- 出版日
- 2006-04-14
『小説神髄』で「小説」というものを提唱した後の、日本近代写実小説の第一作目とされる作品です。前作で展開された理論が実践され、当時の人々にとってはまったく新しい作品だとして、驚きをもって歓迎されました。
その一方で男女の因縁的な出会いや人情話に傾き、どちらかというと江戸の戯曲に近い筋立てであるとも評されています。
日本の文学史のなかで、古典と近代を区切る作品として二葉亭四迷の『浮雲』が知られていますが、実は『浮雲』は、『小説神髄』を読んで感銘を受けた四迷が、『当世書生気質』に対抗して書いたものなんだそう。このことからも、本書は日本の文学史を語るうえで重要な役割を果たしていることがわかるでしょう。
もちろん単純に、明治時代の学生たちの生活や風俗をうかがい知ることができる物語としてもおすすめの一冊です。
「近代日本を短篇小説で織る」と題して岩波文庫が編集した「日本近代短篇小説選」シリーズ。その冒頭を飾るのが「明治篇1」の本書です。
まさに近代文学の幕開けである明治時代初期に発表された短篇小説のなかから、12の作品を選んでいます。
作品ごとに編集者が異なり、解説や語注がついているのが特徴です。坪内逍遥の作品は1889年に発表された『細君』が収録されています。またこれまで馴染みのなかった作家の作品を読むきっかけにもなるでしょう。
- 著者
- 出版日
- 2012-12-15
『細君』は、坪内逍遥の最後の小説作品。両親のいない14歳の少女が、裕福にみえる下宿屋に奉公に出されます。しかしその家の主人は女にだらしなくて家におらず、夫人はいつも陰気で覇気がありません。しかも実際の家計は火の車で、借金取りがたびたび催促に訪れていました……。
男女同権を正面から扱っていて、あるべき姿への問題提起をした当時としては画期的な内容になっています。
そのほか森鴎外の『舞姫』や、泉鏡花の『龍潭譚』、国木田独歩の『武蔵野』など、まさに名作揃いのアンソロジー。初期の近代文学のため言文一致体でないものもありますが、それも含めて時代の風を感じられる一冊です。
シェイクスピアの全戯曲が、原文と坪内逍遥の翻訳付きでまとめられた作品です。資料的価値の高さから愛蔵版として出版されていて、ページ数は1000を超えているボリュームたっぷりの一冊です。
翻訳と同じページに該当する英語原文が掲載されているので、比較が簡単。対訳本としても重宝するでしょう。
- 著者
- シェークスピア
- 出版日
坪内逍遥が初めてシェイクスピアに触れたのは、1876年に入学した愛知外国語英語学校(現愛知県立旭丘高等学校)だそうです。その後1883年に東京大学を卒業し、翌1884年にシェイクスピアの『ジュリアス・シーザー』を浄瑠璃風に翻訳した『該撒奇談自由太刀余波鋭鋒』を発表しました。
彼にとってシェイクスピアの翻訳はライフワークとなり、『ハムレット』 から『詩編其二』にいたるまでおよそ20年をかけて独力で全編完訳。ぜひ本書で坪内逍遥の功績を堪能してください。