小説『海辺のカフカ』8つの謎を考察!カーネル、ジョニーの正体は?

更新:2018.9.30

村上春樹氏が書いた、10作目の長編小説です。フランツ・カフカの思想的影響を受けながら、ギリシャ悲劇と日本の古典文学を下敷きにした長編小説として、世界中で高く評価されています。本作は、多様な解釈が許されるようにストーリーが展開しているので、作者である村上春樹自身も読者それぞれの解釈を重視した作品となっています。 今回はそんな本作に関する、8つの謎を考察。ぜひご覧ください。

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小説『海辺のカフカ』あらすじを紹介!

本作は、2つの物語が組み合わさった小説です。主人公である田村カフカの物語と、知的障害のある老人であるナカタサトルの物語が交互に展開されます。

主人公である「僕」こと田村カフカは、東京都中野区野方に住んでいる15歳の中学3年生。父親にかけられた呪いから逃れるために家出を決心し、東京発の深夜バスに乗り込んで高松へと向かいます。彼は高松の市立図書館へと通うようになり、やがてそこで寝泊まりするようになりました。 

著者
村上 春樹
出版日
2005-02-28

一方、もう1人の主人公であるナカタは、野方に住む知的障害のある老人。「猫殺し」の男を殺害したことによって、東京を離れることになります。

そして東京から離れてトラック運転手をする星野の力を借り、「入り口の石」を探すことに。その頃カフカは、図書館の司書である大島から、父親が自宅で殺されたニュースを知らされることになります。

作者・村上春樹を紹介!

著者
村上 春樹
出版日
2004-09-15

 

世界的に有名な小説家である彼は、1949(昭和24)年に京都で生まれました。1979年に『風の歌を聴け』という小説で群像新人文学賞を受賞して、華々しいデビューを飾っています。

本作だけではなく、『羊をめぐる冒険』『ねじまき島クロニクル』『アフターダーク』『1Q84』『騎士団長殺し』『ノルウェイの森』など、多くの小説が有名です。他にもエッセイ集や紀行文、さらに翻訳書なども精力的に手がけています。

海外文学賞の受賞も多く、フランツ・カフカ賞、フランクオコンナー国際短編賞、エルサレム賞、カタルーニャ国際賞、ハンスクリスチャンアンデルセン文学賞などを受賞。近年ではノーベル文学賞の候補にもなっています。

『海辺のカフカ』の謎1:テーマは戦争?『ねじまき鳥クロニクル』などから考察

著者
村上 春樹
出版日
1997-09-30

 

村上春樹にとって、本作は国際的な賞を受賞するなど、世界的にその名を轟かせた作品。その作中には、彼が過去に書いた『ねじまき島クロニクル』から暴力や戦争といったテーマが引き継がれていることから、生々しく残虐なシーンが登場します。

たとえば、『海辺のカフカの』のなかでは、生きたまま猫をナイフで裂いて、心臓を取り出すシーンが出てきます。非常にショッキングな描写です。

そんな本作は、村上春樹が過去に書いた『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』と『ねじまき島クロニクル』を融合したもの、ギリシャ悲劇である『オイディプス王』が下地となっています。

著者
ソポクレス
出版日
1967-09-16

『オイディプス王』は、ギリシャ神話を題材としてギリシャ三大悲劇詩人の1人であるソフォクレスが書いた戯曲です。ギリシャ悲劇の最高傑作という評価を受けています。

この物語は、人間が心の中に持っている深い闇を描いています。実際、『海辺のカフカ』においては、カフカが、父が自分にかけた呪いを解くために旅に出るところからストーリーが始ることもあり、相似性が感じられる面も。これらを読むことで、いっそう本作のテーマを感じられるでしょう。

『海辺のカフカ』の謎2:アイヒマンの裁判について書かれた本とは?内容を紹介

本作の中では、アイヒマンの裁判について書かれた本が登場します。その本は、ユダヤ人の女性哲学者であるハンナ・アーレントが書いた『エルサレムのアイヒマン』ではないかという説があります。

著者
ハンナ・アーレント
出版日
2017-08-24

この本は、ナチス親衛隊の中佐として何百万人ものユダヤ人を強制収容所に送り込むにあたって、もっとも大きな働きかけをおこなったアドルフ・アイヒマンについて描かれた内容です。

終戦後に身分を隠して生き延びていたアルゼンチンで、1960年にモサド(イスラエル諜報特務庁)に捕らえられてイスラエル裁判にかけられた彼。その際に語られた、ナチスがヨーロッパ各地でおこなったユダヤ人迫害の詳細な記録と、それに対する作者・ハンナ・アーレントの考察が語られています。

アイヒマンは裁判中、ヒトラー政権下では、輸送業務の責任者として振る舞う以外に選択肢がなかったと主張しました。もはやその重圧がなくなった際に語られた、責任逃れをするような彼の発言。アーレントは、巨悪とも呼べるナチスの実態の一部がこのように凡庸なものであると考察しました。彼女の鋭い指摘は本書のサブタイトルからも読み取れるでしょう。

もしこの本が作中に登場するものであれば、このモチーフが示す意味、ストーリー上の役割とは何なのでしょうか?ぜひこちらもあわせて読んでみてはいかがでしょうか?

『海辺のカフカ』の謎3:カーネル・サンダースとは何者?

夜の街で、有名なKFCのカーネルおじさんの格好でポン引きしている、謎の老人が出てきます。それがカーネルサンダースです。ある晩、ナカタが寝てしまった後、星野が1人で散歩している時に、彼が登場します。

カーネルサンダースは、星野に入り口の石の在り処を教えたり、警察から隠れるマンションを用意したりします。星野は何かと彼に助けられますが、彼自身は、自分は人間ではなく、役割を果たすだけの概念であると語るのです。

実は本作のなかで、カーネルサンダースは「善を代表するもの」として描かれています。さらにいうとギリシャ神話の中に出てくる「機械仕掛けの神(デウス・エキス・マキーナ)」として表現されているのです。自身を「神に非ず仏に非ず、もと非情の物なれば人と異なる慮(こころ)あり」と説明していることからも、その役割が配役されていることが伺えます。

物語のストーリーとは無関係に、突然主人公たちの前に現れては、判決を下したり、争いを解決したりする彼は、サンタクロースに似て、どこか「聖なる」ものを感じさる存在です。

『海辺のカフカ』の謎4:さくらはお姉さんのような存在?

本作には、「さくらさん」と呼ばれる女性が登場します。彼女は「メタフォリカルな意味」で、主人公の姉としての役割を演じています。

メタフォリカルというのは、メタファーとして、という意味。メタファーはつまりあるものが何かを暗に意味する(=隠喩)という意味。本作では「現実の世界」において「想像の世界」が指し示しているものということを意味しています。これと同じように、想像の世界が現実の世界を規定しているという構造が多く出てくる村上春樹の作品。

『海辺のカフカ』という小説では、想像や夢の世界で、あるいはメタフォリカルな意味で呪いを遂行することによって、現実に呪いを遂行することを回避することができるというルールがあります。それによって呪いは打破されるという展開となっているのです。

したがって、想像の世界で呪いを遂行することによってしか、現実の世界で呪いを回避することはできません。これはつまり、想像(夢)の世界に存在してるもう1人の自分を認めない限り、呪いを打破することはできないということ。

ここでいわれている呪いとは、本文中の「(お前はいつか)父を殺し、母と姉と交わる」というもの。さくらが主人公のメタフォリカルな姉としての役割を演じ、彼女と交わることで、主人公は呪いから解放されるのです。単純に「お姉さんみたい」な存在という訳ではない役割を背負わされた設定です。

『海辺のカフカ』の謎5:「入り口の石」とは?

 

本作には2人の主人公がいます。カフカと、ナカタです。この2人の物語が結ばれていくときのキーワードが、「入り口の石」。

ナカタたちによって想像の世界の入り口が開かれたタイミングで、カフカは偶然にも四国の森から内なる迷宮である、リンボの世界(想像の世界)へと足を踏み入れることになります。この世界は、時間の概念が失われており、死者とほんの一部の生者だけが足を踏み入れることができる世界です。

ナカタは、カフカの父親を殺したことによって、入り口の石を開き、亡くなってしまいますが、もう1人の主人公であるカフカは、このナカタが彼の父を殺したことによって、現実の世界にとどまることができました。

それぞれがまったく異なる展開を迎える、対のような存在として描かれています。

 

『海辺のカフカ』の謎6:佐伯さん=母親?真相の理由を考察!

 

読者が本作を読んでいて、もっとも不思議に思うのは、「佐伯さんは、カフカの実の母親なのか」ということではないでしょうか。それがこの小説の大きな謎となっています。結論を述べれば、彼女は主人公の実の母親ではない、というのがここでの考察です。

その理由は、この小説が父の呪いをいかに現実世界において成就させず、乗り越えるかということにあるからです。父の呪いを克服するためには、上で説明したように、メタフォリカルな世界(想像の世界)で呪いを遂行することによって、呪いに打ち勝っていかなければなりません。

もし彼女が実の母親であるとするならば、彼女とセックスをしたことで、カフカは父の呪いを現実の世界で成就させたことになってしまいます。それが現実世界で起こったことになれば、そもそも物語のメタファーとして機能しなくなります。だからこそ彼女は、カフカの母親ではないということになるのです。

あなたはどうお考えなるでしょうか?

 

『海辺のカフカ』の謎7:ジョニー・ウォーカーの正体は?

 

ジョニー・ウォーカーとは、本作のなかで根源的な悪の役割を担っている存在です。悪は、カフカの父に雷が落ちたときに取り付きました。父親は芸術的な才能を得ることと引き換えに、自分の魂を悪に引き渡してしまったのです。

ジョニーウォーカーは「こいつはね、善とか悪とか、情とか憎しみとか、そういう世俗の基準を超えたところにある笛なんだ」と言います。悪である彼は、カフカの父にその笛を作るように言います。そして、彼は猫を殺すことによって、その魂をこめた笛を完成させるのです。

ここでいわれている笛とは、悪の集積としてのメタファーの役割を担っています。ジョニーウォーカーがそもそもこの悪をなすことを父親に命じているわけですから、彼こそが悪の根源である存在であり、物語を始めさせたキーマンでもあるのです。

 

『海辺のカフカ』の謎8:「大公トリオ」とは?村上春樹作品に欠かせない音楽たち

 

本作では、クライマックスへと小説が展開されていくなかで、ベートーヴェンの「大公トリオ」が登場します。正式名称は、『ピアノ三重奏曲第7番変ロ長調Op.97』と呼ばれるこの曲は、ベートーヴェンだけではなく、これまでのピアノ三重奏曲(ピアノ・トリオ)の頂点に位置する傑作であるとされるほどの名曲です。

もともとベートーヴェンは、この曲をオーストリアのルドルフ大公を捧げました。ルドルフ大公は当時の皇帝であった、レオポルド2世の息子です。彼は音楽的資質に恵まれており、16歳のときからベートーヴェンの弟子としてピアノと音楽理論を学びました。

2人の関係は、『海辺のカフカ』のなかでは、ちょうどナカタと星野の関係のようです。ナカタは、少年期のある事件によって頭が悪くなり、字も読めなくなってしまいます。そんなナカタと知り合いとなり、彼の人生の目的(主人公の父を殺すこと)の達成を援助したのが、星野。ちょうどルドルフ大公がベートーヴェンを援助した関係と同じように、星野はナカタに協力し、物語が進んでいくのです。

 

聖地巡礼のススメ!作品の舞台を巡る

本作では、数々の現実に存在する地名や場所が登場します。

作品のなかでは、高知県高松市の郊外、高松駅から2両編成の電車で20分ほどのところに古い町並みがあり、そこに甲村記念図書館があります。カフカが東京を出て四国へと出向き、高知に着いた後で足繁く通ったのが場所です。

甲村とは、江戸時代から続いている大きな造り酒屋を営んでいる家が設定されており、甲村家の私財によって財団が作られて、その財団が図書館を経営している、となっています。しかし、この図書館は実在するものではないため、さまざまな憶測を呼んでいます。

本作だけではなく、村上春樹が書いた他の作品にとっても、四国という場所は特別な意味を持つ場所。そんな聖地に足を伸ばし、なぜその場所に架空の建物をつくったのか、そもそもなぜ四国なのかなどに想いを馳せるのもよいでしょう。

『海辺のカフカ』の結末をネタバレ解説!彼らの運命は?

本作は、ナカタにまつわる話と、カフカにまつわる話とが交互に進行していきます。最初は2つの独立した物語が進行していきますが、物語が進むにつれて互いに絡み合うようになり、最後には一緒になるという構成で、本作の大きな特徴です。

カフカが家を飛び出して高速バスで高知に向かったのは、父親と一緒に暮らしていては、きっと近いうちに父親を殺してしまうことになるという恐怖からくるものでした。彼はそれをカラスと呼ばれる少年から聞かされます。

一方でナカタは、昔は普通の少年でしたが記憶を失ってしまい、そのせいで知的能力を失ってしまいました。その能力を取り返せるのではないかとして、彼の物語は進行していきます。その旅は、最初は無自覚であったものの過去に失われてしまった自分を取り戻すための旅となるのです。

著者
村上 春樹
出版日
2005-02-28

このように、最初はまったく別々の物語として進行していきますが、1つの不思議な石が2人の運命を結びつけるようになります。その石は「入り口の石」と呼ばれ、現実の世界と想像の世界を結びつける役割を担っています。

ナカタは、その入口の扉を開けるために石を探し出し、この石と格闘しました。その結果、こじ開けられたこの石を通じて、カフカが想像の世界と現実の世界を往復できるようになるのです。

2人の世界が混じり合うなかで、物語はどのように幕を閉じるのでしょうか?ナカタもカフカも、自分の結末を見出すために旅を始めました。その目的が達せられる刻、『海辺のカフカ』はクライマックスを迎えます。浮遊感がある世界観が魅力の本作は、最後の余韻までとらえどころがない美しさを持っています。

村上春樹が書いた『海辺のカフカ』は、2005年に英訳され、ニューヨークタイムズ紙において年間のベストブック10冊に選出され、世界幻想文学大賞にもノミネートされた作品です。演出家の蜷川幸雄によってこれまでに2度舞台化もされています。世界中から非常に高い評価を受けている作品なので、ぜひ1度手に取って読んでみてはいかがでしょうか?

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