本作は2004年にスーパーダッシュ文庫から出版された、桜坂洋の作品です。謎の侵略者に追い詰められた地球人類軍の一兵卒に過ぎなかった新兵の主人公が、なぜか時間のループに陥り、くり返す時のなかで、精強な戦士に成長していきます。ライトノベルでありながら、ハードSFのような重厚さが魅力。各界で絶賛され、2014年には実写ハリウッド映画にもなりました。 今回は、そんな本作の魅力をご紹介したいと思います。
統合防疫軍JP(日本)所属の主人公キリヤ・ケイジは、実戦経験のない新兵でした。彼は初出撃にしてきわめて危険な任務に駆り出され、敵――異形の侵略者「ギタイ」の襲撃を受けます。所属部隊は全滅し、彼はたった1人生き残りました。
ギタイに襲われた彼は間一髪、US部隊の最精鋭リタ・ヴラタスキに助けられます。しかし、すでに彼は弾薬も尽き、瀕死の重傷を負っていたのです。
奇妙な焦燥に駆られた彼は、せめて一矢報いようと、リタに迫りつつあったギタイの1体に取り付き、決死の攻撃を与えました。その命と引き替えに……。
- 著者
- 桜坂 洋
- 出版日
- 2004-12-18
しかし、気付けば彼は、兵舎の寝床にいました。日付は初出撃の1日前。なぜかその時から、彼は初出撃の前日から死ぬまでの1日半ほどの時間を、くり返し体験するようになるのです。
これが『All You Need Is Kill』の大まかなあらましです。ところで、本作のこのタイトルですが、日本のベーシックな義務教育レベルの英語力からすると、文法的に少し違和感を感じてしまうかもしれません。
実はこれ、かのビートルズの名盤『All You Need Is Love』のパロディ。ネイティブの英語なので、当然間違いではありません。「All You Need Is ○○」は「All(That)You Need」または「All(That)You Need(To)」のカッコ内が省略された形なのです。
元ネタの邦訳「愛こそはすべて」から考えると、本作のタイトル『All You Need Is Kill』は「殺戮(=戦闘)こそはすべて」となり、くり返される戦いを意味していることになります。
本作の魅力の1つに、ゲーム的な面白さという部分が挙げられるでしょう。時のループ、時間のくり返しのなかで、主人公が逞しく成長していくのです。そのくり返しのよさを120%引き出すのが、主人公の設定です。
いうまでもありませんが、最初から強いのであれば、成長する醍醐味はあまりありません。どうしようもないほど弱ければ弱いほど、成長に面白味が出てくるというもの。
その点で主人公キリヤ・ケイジは、開き直ってからの粘り強さこそあるものの、人類存亡の危機を救えるような力はありません。生き残れるかどうかすら怪しいものです(実際に死んでいます)。
ギタイの侵攻によって、人類全体は徐々に衰退していきます。曲がりなりにも水際で食い止められているのは、防衛の要たる統合防疫軍および、「機動ジャケット」と呼ばれる機動兵器のおかげです。機動ジャケットは身体能力を向上させる、密閉型のパワードスーツと考えてください。
ケイジは、この機動ジャケットの専任兵です。ただし、高校卒業したての完璧な新兵。熟練のジャケット兵ですら、数十人がかりでギタイ1体を倒すのがせいぜいという厳しい世界では、到底生き残れません。
そこでポイントとなってくるのが、時のループ。なぜか彼だけに起こるこの不可思議な現象は、彼に同じ1日(正確には30時間ほど)をくり返させます。時間のくり返しは、彼の意識を除けば、何も持ち越すことは出来ません。ループから抜け出せないことを悟った彼は、くり返す日々のなかでひたすらに経験を積んで、突破を計るのです。
序盤は即死ばかりだった彼が徐々に変化していくところは、まさに成長の醍醐味。死んで覚えるというのがFPSやローグライクのようで、非常にゲーム的に感じられます。
また、彼自身のキャラも重要です。彼は最初、くり返しに挑むのではなく、逃げることを考えます。元々失恋から逃れたくて兵役に入ったような青年なので、信念に裏打ちされてないから当然の行動です。
いきなり英雄的行動をするより、よほど現実的(非現実的出来事の渦中でおかしな話ですが)かつ人間的発想なので、読んでいて共感が持てるのではないでしょうか。
ただ、そういった成長があればあるほど、人間性を喪失していく中盤から後半の展開がつらいのですが……。
ギタイは、物語の序盤から登場する正体不明の敵です。ある時期から地球の各地に出没し始め、人類を脅かすようになりました。
本作はメディアミックスされているため、その描写はまちまちですが、原作によれば大きなバーボン樽ほどのサイズ。ウニともヒトデともつかない外見から、手足が生えています。異常に体組織の密度が高く、外皮の硬さも相まって、対ギタイを想定した専用武器以外で傷付けることは困難です。
突然変異とも、宇宙人ともいわれる謎の存在で、行動理念も謎。1つだけ確かなことは、明確に人類を標的としていることだけ。
ただ、その生態の正体に迫るヒントがありました。彼らは、まるでミミズのように土壌を食らうのです。そして排泄物は毒素に変じ、陸地ならば砂漠となり、海は不気味な緑色に汚染されます。例外はありません。
実はギタイとは、侵略異星人――ではなく、高度に発達した異星文明が送り込まれてきた土壌改善装置だったのです。
本来ギタイは、環境を変えるだけの無害(その結果が地球人類にとって有害だったのは皮肉)なマシンだったのですが、環境改善の最初の段階で人類と接触し、目的遂行の弊害になると判断。適応進化して恐るべき兵器となってしまったのでした。
人類が強大だからこそ、彼らはより強大な力を獲得したわけなのです。
ケイジの身にだけ起こる、時のループ。彼は、この現象になんらかの意味があると考え、ループを打破するため、戦いに身を投じていきます。
ループのなかで強くなっていくので、彼の体に起因するなんらかの力が働いているように思えます……が、実は違います。
ギタイを送り込んだ文明は、彼らがなんらかのトラブルで計画が遂行出来なくなることを予想して、ある機能をつけていました。それがループです。時のループとは、ギタイに備わった安全装置だったのです。
ギタイの群れを統率する「ギタイ・サーバ」と呼ばれる個体が破損すると、時間遡行する性質のあるタキオン粒子を用いた通信をおこない、自分達に有利なようにやり直すのでした。
ケイジは偶然にも、このギタイ・サーバと接触し(最初に相打ちした個体)、過去への通信に割って入ってしまいます。そのため、ギタイがおこなう過去改変に巻き込まれる形で、彼の身にも時のループが起こるようになったのです。
ハードSFに近い作風だからか、本作にはウィットに富んだセリフ回しがいくつも見られます。そのなかでも、特に印象的なものをご紹介しましょう。
死というやつは、唐突で。
あっという間で。容赦を知らない。
(『All You Need Is Kill』より引用)
これはセリフではなく地の文ですが、本作は基本的に一人称で語られるので、ほぼケイジのセリフと考えて問題ありません。序盤数ページにして、いきなり情け容赦など一欠片もない、厳しい世界観であることを暗示してきます。
「人生は石に刻むものだ。
何度でも書きなおせる紙に書いたって意味はない」
(『All You Need Is Kill』より引用)
くり返すループのなかで、ふと出会った安寧の瞬間。ケイジは食堂の看板娘レイチェルに、かつて片想いしていた司書の思い出を重ね合わせました。紙とはすなわち本で、本が象徴するのは司書に恋していた学生時代の自分です。
命懸けで戦闘経験を刻み込む現在から見ると、最早それが、かつての自分の経験だったとは思えなかったのではないでしょうか。
「昨日が初めてだ」
(『All You Need Is Kill』より引用)
物語の最後で、ケイジはある人物から尋ねられて、こう答えました。時間的には「昨日」であるはずがないのですが、これはループを脱して「明日=未来」に来たという意味、大事なことを乗り越えた「今日」という意味からのセリフだと考えられます。
- 著者
- 小畑 健
- 出版日
- 2014-06-19
人気作『All You Need Is Kill』は、原作小説の他、小畑健が作画を担当した漫画版、トム・クルーズの主演が話題になった映画版の2つがあります。
漫画版は、基本的に原作小説と変わりません。ただし演出上の理由から、語られるストーリーの順序が原作と違っており、その他にも細部で違いがあります。
たとえば、重要人物リタ・ヴラタスキの名前が本名でないことは、原作ではぼかされていますが、漫画版では本名が黒塗りされることで、明確に偽名だとわかるのです。
そして映画版ですが、舞台設定や登場人物、何よりも結末が大幅に変更されています。ループの設定、テーマ性はそのままに、ハリウッド映画的なテイストが加えられているのです。その分、難解さがマイルドになっているので、純粋に話を楽しむことが出来るでしょう。
また、この映画版ですが、結末が変わったことで続編が作られる可能性が示唆されています。キャスト陣も前向きで、脚本も書かれているということなので、近々新たな物語を見られるかもしれません。
壮絶な戦い、気の遠くなるループの果てに……。
この作品を最後まで読み切った時、初めてタイトルに込められた意味に気が付くことでしょう。名曲『All You Need Is Love』のパロディになっている本当の意味です。
それがおそらく、作品の根底に流れるテーマにもなっています。
- 著者
- 桜坂 洋
- 出版日
- 2004-12-18
ケイジだけでなく、リタも時のループをしていたことが判明。2人でループから抜け出すため、彼らは協力してギタイ・サーバを倒すことに決めました。そして、無事に倒すことに成功します。
しかし、なぜか再びループが始まるのです。このことについて、リタが分析して出した答えは、2人のうちどちらかが死ななければループは続いていくという、残酷なものでした。
最悪の現実を前に、彼らが出した答えとは……。
殺戮こそがすべて。戦闘以外には何もなく、そこには絶望もありません。そして絶望がない代わりに、希望もないのです。あるのは、ただ殺戮のみ。しかし、そのなかに確実に存在する「All You Need Is Love」を、ぜひ感じ取ってみてください。
結末をどう受け取るかは読者しだいですが、このハードボイルドさが、SFとして見た本作の最大の魅力にもなっているのです。
いかがでしたか?さまざまなメディアミックスがされるのも、原作の高度な完成度があってこそ。この機会に、ぜひ一読してみてください。