長編「はぐれ旅」を中心とした、秋田禎信のファンタジーシリーズ、「魔術士オーフェン」。名前を捨てた凄腕魔術士オーフェンが、仲間とともに過去のしがらみに立ち向かい、大陸の運命を左右する旅に出る、シリアスで時にコミカルなストーリーです。90年代を代表する伝説のライトノベルとして、絶大な人気を誇りました。 そんな本作は、連載開始から25周年を迎える2019年にアニメ化されることが発表されています。今回は、その魅力を予習の意味も兼ねてたっぷりご紹介したいと思います。
本作は、自ら孤児(オーフェン)と名乗る青年がとある事情から旅を始め、その途上で多くの仲間と出会い、事件を解決し、そして別れて成長する感動譚……ではありません。
物語はほぼ1巻完結で、それぞれが第一部や第二部などの、大きなストーリーの1部分となっています。仲間と旅をして、立ち寄った先でなんらかの事件に遭遇するところまではその通りなのですが、一連の流れは破天荒そのもの。原因はオーフェンというキャラクターに起因しています。
彼はおよそ主人公らしくないキャラクターです。非常に捻くれた性格で、言動も荒く、見た目はまるでチンピラかヤクザ。しかも職業は金貸し(非合法)。それでいて、作中屈指の強さを誇っているというだめ押しのアウトローなのです。
我が呼び声に応えよ獣―魔術士オーフェンはぐれ旅 (富士見ファンタジア文庫)
本作の第1巻は、1994年に富士見書房から発売されました。当時はまだ、ライトノベルはヤングアダルトやジュヴナイルと呼ばれ、ジャンルが定着していない時期でした。
日本のライトノベルにおけるハイファンタジー(異世界ファンタジー)は、トールキンの『指輪物語』に端を発するTRPG(テーブルトークRPG。機会などを使わずに人の会話、定められたルールに則って進められるゲームのジャンル)である『ダンジョンズ&ドラゴンズ』、その紹介のためのリプレイから誕生した『ロードス島戦記』が代表的な作品です。そうした正統派ファンタジーからやや逸脱する形で、物語にコミカルさを加えた神坂一の『スレイヤーズ』が生まれました。
『魔術士オーフェン』は、その『スレイヤーズ』が提示した「王道から外れたギャグテイストのファンタジー」を継承発展、再度シリアスに回帰させた、ライトノベルの金字塔だという位置づけがされています。その過程で、現在のライトノベルというジャンルそのものを定義したといっても過言ではありません。
内容は時にコミカル、時にシリアス。そこへ読者の中二病心をくすぐる各種設定がこれでもかと盛り込まれ、スタイリッシュに描かれていきます。細かい設定はどれも秀逸の一言で、今見返しても輝きは些かも衰えていません。完結から約10年後に新シリーズが始まっても、まったく違和感がなかったほどです。
では、ここからはシリーズ累計1千万部を越えるこの伝説の作品について、さらに詳しくご紹介していきたいと思います。
『魔術士オーフェンはぐれ旅』の主な舞台は、文明が近代化されつつあるキエサルヒマ大陸という異世界の架空の大陸です。
他の多くのファンタジーと同じように、本作にも魔法に類する超常能力が多数登場します。しかし、その魔法的要素が、とてもシステマチックなのです。
- 著者
- 秋田 禎信
- 出版日
- 2011-09-24
本編において「魔法」と「魔術」は、厳密に区分されています。魔法とは神々の扱う万能の力で、魔術とは、その秘儀を知的種族が限定的に使えるようにしたもの。オーフェンを始めとした人間種族が使えるのは黒魔術、または音声魔術と呼ばれる魔術。
音声魔術は名称通り、声を媒体とした能力です。声の届く範囲、持続時間でしか効果を発揮することが出来ません。劇中に登場する魔術のなかでは、もっとも弱いとされています。
強大とされているのは、ドラゴン種族の使う魔術です。このドラゴン種族とは、いわゆる竜としてのモンスターではなく超越種としての名称なので、一口にドラゴン種族といってもさまざまな見た目の者達が出てきます。
なかでも代表的なのが、ウィールド・ドラゴン=ノルニル。天なる人類、俗に「天人」などとも呼ばれています。
6種あるドラゴンでもっとも知能の高い種族ですが、見た目も生態も通常の人間種族と大差ありません。人間は彼らと混血する形で、音声魔術の素養を得たとされています。
そんな天人が使うのが、沈黙魔術(ウィルド)。文字を媒体とした力で、音声魔術を遥かに凌駕する範囲と、威力、精度の魔術を、文字が消えない限り半永久的に発揮することが可能です。
他にはディープ・ドラゴン=フェンリルの暗黒魔術、レッド・ドラゴン=バーサーカーの獣化魔術など、条件も効果もまったく違う、多種多彩な魔術が出てきます。
ドラゴンの力はいずれも音声魔術より強力とはいえ、万能の魔法にはほど遠いため、そこに付け入る隙がある……というのが本作の醍醐味。能力に制限や限界があるのは、ジャンル的にライトノベルに近い少年漫画などの能力バトルモノの影響もあって今でこそ珍しくありませんが、20年以上前から取り入れているのがすごい点です。
そして、近代化文明というのも1つのポイント。魔術と同時に産業革命レベルの科学技術が出てくるという、アンバランスというかミスマッチさが面白いのです。
第一部ではキエサルヒマ大陸の西側を巡る旅となるため、まとめて「西部編」と呼ぶこともあります。また、文庫版では1〜10巻、文庫版の2冊分を1冊にまとめた新装版では1〜5巻が該当する内容です。
主にオーフェンがなぜ孤児と名乗っているのか、その原因となっている人物の捜索を軸にして、彼の師であるチャイルドマン・パウダーフィールドの遺志、この世界の魔術の根本や、大陸から姿を消した天人の謎が描かれていきます。
- 著者
- 秋田 禎信
- 出版日
- 2012-06-25
主要人物はオーフェンと弟子のマジク、そして貴族のお嬢さまクリーオウ・エバーラスティンです。マジクは駆け出しで、クリーオウに至ってはただの一般人ですが、魔術士としてすでに完成してるオーフェンの代わりに、場数を踏んで成長していきます。
物語は、自由都市トトカンタから借金取りの旅として始まり、タフレム市にある黒魔術の最高峰「牙の塔」を経て、大陸の北端にあるキムラック教会総本山へと至ります。その途中のところどころで、オーフェンは何かに導かれるように、天人の遺産やドラゴン種族と関わっていくのです。
後に重要な位置を占めるようになるクリーオウの子犬――もとい、ディープ・ドラゴンの幼生レキも、その過程で仲間になります。
比較的コメディタッチで描かれることが多かった第一部に対し、第二部はハードな展開の連続。大陸の反対側が舞台となるので「東部編」とも呼ばれます。文庫版では11〜20巻、新装版では6〜10巻にあたります。
- 著者
- 秋田 禎信
- 出版日
- 2012-02-25
キムラック教会での闘争を経たオーフェンは、大陸の置かれた現状と、音声魔術の出自を知ることになりました。はぐれ旅に一区切りを付けた彼らは、東部にある大陸唯一の温泉街レジボーンに立ち寄るのですが、その玄関口であるナッシュウォータで出会った少女ロッテーシャをきっかけにして、新たな戦いに巻き込まれていきます。
ストーリー展開もさることながら、戦闘描写も別作品のように陰惨になっていくので、面食らってしまうかもしれません。
新たに加わる主要人物はロッテーシャ・クリューブスター、そして彼女の元夫であるエド・コルゴン。コルゴンはオーフェンの兄弟子に当たる謎めいた人物です。その技量は、なんとオーフェン以上。
物語は大陸の要たるドラゴンの「聖域」と、そこへ挑む人間の「最接近領」を中心として、大陸の存亡を賭けた戦いがくり広げられていきます。
人間、ドラゴン種族、そして大陸を蝕む女神と、神殺しの「魔王」スウェーデンボリーが鍵です。
第一部から第二部にかけて徐々にシリアスに傾倒していく本編とは打って変わって、お気楽コメディ一辺倒なのが無謀編です。
月刊「ドラゴンマガジン」にて、1話もしくは前後編で誌面連載されていた読み切り短編で、時系列的には、本編の1年から半年ほど前の出来事になるそうです。
- 著者
- 秋田禎信
- 出版日
- 2012-11-25
舞台は「はぐれ旅」1巻に出てきたトトカンタ。モグリの借金取りオーフェンが、本編の準レギュラーでもあるボルカンとドーチンの地人兄弟や、無謀編のレギュラー達の騒動に巻き込まれて、酷い目に遭ったり遭わせたりするのが基本的な流れです。
また単行本書き下ろしとして、オーフェンの「牙の塔」時代を描いた中編も収録されています。こちらはまだ擦れていない若いオーフェンや、本編では何かと因縁の相手として出てくる彼のクラスメイトが多数登場するのが見所です。
「まわり道」を一言でいうなら、本編の登場人物でおこなう「無謀編」という感じでしょうか。内容は第一部で描かれなかった道中を、サイドストーリーという形で1話完結の短編にしたものです。
出版形式が非常に特殊で、今はもう絶版となっている角川mini文庫というレーベルから出ていました。文庫本より小さく、縦置きした新書を上下真っ二つにしたサイズです。小さくて薄いため、「まわり道」は全2巻ですが実質的には短編2編分の分量しかありません。
- 著者
- 秋田 禎信
- 出版日
共有林を私物化して秘密結社を仕立てていた管理者に殴り込みをかけたり、これまで一切登場しなかったために謎に包まれていたミスト・ドラゴン=トロールの脅威に晒されたりと、短いながらにバラエティ豊かな内容となっています。
とにかくバラエティ豊かな登場人物たちがドタバタを繰り返す、という何も考えずに笑える内容です。
『魔術士オーフェンはぐれ旅』は第二部で一度完結していましたが、2008年から作者の公式サイトで後日談が書き下ろされ、そこから新シリーズが始動しました。タイトルこそそのままですが、第四部と呼ばれています。
魔術士オーフェンはぐれ旅 キエサルヒマの終端
2011年09月24日
第四部は、第二部から20数年後。キエサルヒマ大陸から出発したオーフェン率いる開拓の一団が、新大陸へ定住することに成功した時代です。ちなみに部数のナンバリングが飛んでいるのは、第三部は構想として存在するものの、まだ執筆されていないためです。
そして、ストーリーは「魔王」と呼ばれるようになったオーフェンが、キエサルヒマ大陸に戻ってきたことから新たに始まります。新大陸こと人類発祥の地、「原大陸」でくり広げられる新たな物語とは……?
それぞれの登場人物の成長、変遷が感じられる描写にも注目したい本作。父になり、中年になり、さらにはまさかの地位についたオーフェンの様子に注目です。
いかがでしたか?当時のキャッチコピーは「シリアスとコミカルのハイブリッド・ファンタジー」というものでしたが、まさにその通り。何年経っても変わらない面白さの作品なので、この機会にぜひどうぞ。第一部のコミカライズも進行しているのでそちらもおすすめです。