なんだか男前な鹿と、大仏の顔をした女子高生が、ゆるくシュールに語り合うギャグコメディ『ならしかたなし』。独特なキャラクター造形と、そこから繰り出される日常の他愛もない掛け合いが何とも言えない笑いを誘う作品となっています。 今回は、そんな本作の魅力をご紹介していきます!ネタバレを含みますので、気になる方は無料で読めるスマホアプリもあるので、ご自身でご覧ください。
クールで知的なものの、鹿である「鹿男(しかお)」と、思春期JKだけど顔が大仏な「しゃな子」。2人はいつも奈良公園で落ち合っては、他愛もない会話に興じています。
年相応の乙女っぽい悩みを抱きつつ、どこか抜けているしゃな子と、そんなしゃな子の話を冷静に聞きながら鋭くツッコむ鹿男。彼女達がくり広げる何気ない日常物語が始まります。
- 著者
- 雪野下ろせ
- 出版日
- 2018-07-20
主人公の一人、しゃな子はあらすじでもご紹介した通り、思春期らしい悩みを持つ、普通の女子高生です。恋に悩み、友達とのノリの合わせ方に悩み、奈良という田舎と都会とのギャップに悩み、とどこにでもいる年頃の女の子。
ただ、他の女子と比べて圧倒的に普通ではないのは、どこからどう見ても顔が大仏であるということでしょう。顔が大仏に似ているというわけではなく、大仏そのものなのです。
そんな彼女ですから、普段何気ない会話をしていても、基本的には表情の変化が一切見られません。まさしく、大仏の顔そのままの状態で喋り続けています。ですがなぜか不思議な事に、相方の鹿男は彼女の表情の変化をしっかりと読み取り、適切なアドバイスをするなどして、対応する事が出来ているのです。
このような2人のやり取りを見ていると、なんだか無表情なはずのしゃな子の顔にも、様々な感情の色が浮かんでいるような気がしてきます。大仏顔でありながらも、感情豊かで動きのある彼女だからこそ、このような華のある無表情キャラが出来上がっているのでしょう。
他の作品を読み解いてもなかなかお目にかかれない、ユニークなキャラクターといえるのではないでしょうか。
本作における二人目の主人公である鹿男についてご紹介します。
彼は名前の通り、人間ではなく鹿です。これもしゃな子同様に例えではなく、正真正銘雄の鹿以外の何物でもありません。ただの鹿と異なるところはといえば、人間(であるはず)のしゃな子と人語で会話が出来る事と、獣らしからぬ理知的な言動でしょう。
彼は獣であるにも関わらず、人間(であるはずの)しゃな子よりも遥かに理性的で冷静な立ち振る舞いをします。そして、テンションと思考が暴走してしまいがちなしゃな子を制止するようにツッコミを入れつつ、その想いをしっかりと聞き届けるという、紳士的な態度をとっているのでした。さらに、知識と経験も(なぜか)豊富な様子で、しゃな子の悩みに対してきわめて適切なアドバイスを行います。
その上、女性をたぶらかす女ったらしのような男がしゃな子に近付こうものなら、彼女を守るためにナンパ男の前に立ちはだかります。
まるで騎士のようにしゃな子の傍に寄り添う様子はまさに頼れる男性そのものといった様子で、しゃな子の信頼も厚い存在なのです。(しゃな子が鈍すぎて、彼女自身に守られている自覚はありませんが……)
天然ボケで世間知らずなことから予想のつかない事を繰り返すしゃな子と、常識的で冷静な判断が魅力の鹿男。この2人による掛け合いは、ゆったりとしながらもキレのあるテンポの良い笑いを提供してくれます。
そして、この2人の関係性は(一応)性別的には男女の関係です。そのせいか、主に鹿男からではありますが、しゃな子に対して友人以上の思いやりをかける場面が節々で描かれています。
通常であれば、男女の関係の進展にドキドキ感も生まれるかも知れない状況です。しかし、そこは鹿と大仏。そんな2人の甘酸っぱい関係性も妙に笑えてきてしまうという、不思議なラブコメ展開になってしまうのです。
また、基本的に話は奈良公園で進むため、大きく絵面に変化が生じる事はありません。ですが、その限られた敷地という制限を感じさせないような小気味の良い話の展開が愉快な作品といえます。
見た目の時点ですでにインパクトがあるのに、そこから繰り出されるゆる〜いノリのコントのような笑いの畳みかけは、吹き出してしまう事請け合いといえるでしょう。
特に、しゃな子の天然ゆえの思い付きによる唐突な展開は、鹿男でなくとも思わず突っ込んでしまいたくなります。深く考えず、そのユルイ空気に身をゆだねてみてはいかがでしょうか。
ここからは、単行本に収録されている名エピソードをご紹介致します。
今回ご紹介するのは、エピソードその5で描かれる、しゃな子が東京旅行から帰ってくるというエピソードです。東京に行って帰ってきたしゃな子は、東京土産と観光地Tシャツなどのグッズに身を包んだ奇妙な姿になっていました。
さらに、口調も普段の関西弁ではなく、明らかに無理をして都会っぽさを意識した(しゃな子の中では)シティーガールのような喋り方になっていたのです。しゃな子のあまりに痛々しい姿に鹿男が事情を聞くと、自分の田舎者っぽさが耐えられず、他の女子のように都会っぽく振舞いたかったというしゃな子。
そんな彼女の様子に心を痛めた鹿男は、しゃな子に無理をしなくてもよいと諭します……。
- 著者
- 雪野下ろせ
- 出版日
- 2018-07-20
良いこと言った……なじーんとした雰囲気になるのですが、当のしゃな子は諭された時にはすでに先ほどまでの落ち込んだ様子はどこへやら、まったく気にしていない様子で他の話をしているのでした。
そんなしゃな子の様子に鹿男は安心し、彼らの日常は変わらず続いていく事になるのです。鹿男、優しすぎる。
しゃな子のいつもどおりの思春期らしい悩みが描かれている一方で、普段とは違う、痛々しいしゃな子が見られるのも面白いところ。そんな無理矢理なキャラチェンを描いたエピソードでありながら、普段通りの『ならしかたなし』らしい空気を感じられるゆる〜い内容なので、本作の良さがしっかり詰まったエピソードです。
ご紹介してきました『ならしかたなし』はいかがだったでしょうか。大仏と鹿によるなんとも言えない独特のゆるいギャグ展開は、疲れた時に読んでも癒しとなることでしょう。
2人の会話から生じる笑いのテンポがクセになり、思わずハマってしまうかも知れない作品なので、ぜひともご一読頂ければと思います。