前人未到の地に踏み入る探検家の角幡唯介。その偉業はもちろん、体験記を描いたノンフィクション作品も文学的に高い評価を受けています。この記事では、彼の作品のなかから特におすすめのものをご紹介しましょう。
1976年生まれ、北海道出身の角幡唯介(かくはたゆうすけ)。ノンフィクション作家であり、探検家でもあります。
ヨットでの太平洋航海や、ニューギニア島トリコラ北壁の初登頂、「謎の渓谷」と呼ばれていたチベットのヤル・ツアンポー川峡谷の未踏査部を単独で探検するなど、さまざまな偉業を成し遂げてきました。
その後2003年には朝日新聞社に入社しています。約5年で退職すると、今度はネパール雪男捜索隊に参加。また2009年には再び単独でツアンポーを訪れ、無人地帯の完全踏破を目指しました。
2度のツアンポー探検を描いた『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』は「開高健ノンフィクション賞」や「大宅壮一ノンフィクション賞」、「梅棹忠夫・山と探検文学賞」を受賞。『雪男は向こうからやって来た』では「新田次郎文学賞」を受賞するなど、文学的にも高い評価を受けています。
2018年には、本屋大賞とYahoo!が新設した「ノンフィクション本大賞」に『極夜行』がノミネートされ、話題となりました。
「極夜」とは、太陽が3~4ヶ月間昇らない現象のこと。南極圏や北極圏で起こり、あたりは闇に包まれます。
2016年、角幡唯介は犬を1匹だけ連れて、極夜のなかグリーンランドとカナダの国境付近を4ヶ月にわたって探検しました。
準備に3年を費やし、GPSを持たない命をかけた探検に挑みます。やがて極夜が明けて太陽を目にした時、彼は何を感じたのでしょうか。
極夜行
2018年02月09日
「冒険というのは人間社会のシステムの外側に出る活動である」と「脱システム」の持論を唱えてきた角幡唯介。その体現なのでしょうか、GPSを持たずに極夜の探検に乗り出します。
準備は入念にしていたものの、ブリザードに足止めをくらい、天測で自分の位置を図る道具を紛失し、おまけにあらかじめ用意していた食糧保管庫がシロクマに荒らされるなど、アクシデントだらけ。犬も日に日に痩せていきます。
角幡の書く文章は臨場感にあふれ、生死の境をさまようリアルさがヒリヒリと伝わってくるでしょう。探検家は未踏の地を求めますが、太陽の光が数か月間まったく届かないという未知の世界はどのようなものなのか、闇や太陽への感覚はどのように 変化していくのか、ぜひ追体験してみてください。
19世紀に、イギリスのジョン・フランクリンが指揮を執る探検隊の129人全員の行方がわからなくなるという事件が起きました。彼らの目的は、カナダ北極諸島を通ってヨーロッパとアジアを結ぶ北西航路の未開拓部分を発見し、横断することだったそう。
全員が亡くなったとされていますが、まだ解明されていない謎もたくさん残っています。
本書は、アグルーカと呼ばれる生き残りがいたという伝説をもとに、角幡唯介と極地探検家の荻田泰永が探検隊と同じルートを徒歩で行くノンフィクションです。
- 著者
- 角幡 唯介
- 出版日
- 2014-09-19
フランクリン探検隊の軌跡をたどるため、2人は徒歩で極地に挑みます。その距離なんと1600km。期間は130日間におよびました。本書には、彼らが実際に歩いた記録と、探検隊についての資料や証言が記されています。
100kgを超える荷物を乗せたソリを引きながら、氷の上をひたすら歩く……やがて食料がなくなり、野生の牛を解体して食す様子に、当時のフランクリンたちの探検を重ね合わせることができるでしょう。緊迫感や心の揺れが伝わってきます。
角幡唯介がフランクリン探検隊と同じルートを歩いたのは、なぜ彼らが探検を続けたのかを知りたかったから。同じく角幡も、探検することでしか得ることのできない魅力をきっと知っているのでしょう。
ネパールには、雪男の発見に人生をかけて捜索を続けている人たちがいます。2008年、角幡唯介は、足跡を発見したという捜索隊に加わりました。
本書は、60日間におよぶ捜索期間の出来事をまとめたもの。「新田次郎文学賞」を受賞しています。
- 著者
- 角幡 唯介
- 出版日
- 2013-11-20
読み進めてみると、角幡自身は当初、雪男の存在に懐疑的だったことがわかるでしょう。しかし実際に捜索隊に参加することで、彼のなかで雪男という「存在」に対する思いが変化していきます。
なぜ捜索隊の人々は雪男に惹かれ、自身の人生を費やしているのか……。捜索自体はもちろん失敗に終わりますが、その後角幡は単独で山に残り、雪男を探すこととなるのです。その心境の変化の答えが、本書のタイトルに隠されているのかもしれません。
単なる探検ルポではなく、未確認生命体に対する考え方や、捜索隊を突き動かすものの正体を描いたジャーナリズム精神にもあふれる一冊です。
7000m級の山に囲まれたチベットの奥地、ツアンポー川流域に「空白の五マイル」と呼ばれる秘境があります。前人未踏の地といわれ、これまでも数々の探検家たちが挑んでは失敗してきました。
角幡唯介はそんなツアンポーに、単独で2度も挑みました。本書はその体験を描いた作品で、「開高健ノンフィクション賞」などさまざまな賞も受賞した角幡の代表作になります。
- 著者
- 角幡 唯介
- 出版日
- 2012-09-20
スマホやパソコンがあれば世界中のさまざまな場所を見ることができますが、そんな時代に未踏の地で地図に詳細が載っていない「空白の5マイル」を目指す角幡唯介。幻の滝を求めて探検に出ます。
写真などはほとんどありませんが、それでもツアンポーの風景が眼前に広がってくる筆力が圧巻。地図も添付されているので、地理的な感覚はそちらを見ながら読むと得られるでしょう。
ツアンポーにチャレンジしながらも命を落とした先人たちについても解説しつつ、角幡の探検記が綴られていきます。彼自身も何度も死の危険にあっています。極限状態で人はどのような行動に出るのか、なぜこんなにリスクだらけの探検に挑むのか。ぜひ本書を読んで角幡の想いに触れてみてください。
社会のシステムから逃れることこそが冒険であるという、角幡唯介独自の「脱システム」を論じた一冊です。
冒険とは何か、生きるとは何か……常に新たな冒険にチャレンジしてきた角幡の哲学がつまっています。
- 著者
- 角幡 唯介
- 出版日
- 2018-04-06
「目的地やルートが決まっていて、GPSに頼った北極探索やエベレスト登山などはもはや冒険でも何でもない、スポーツだ」と一刀両断する角幡。高度に情報化された現代でシステムの外に飛び出すことは困難ですが、それでも外側からシステムを眺める視線をもつことこそが冒険であり、社会を批判することに通ずるのだと語ります。
面白い視点として、欧米人の冒険家は単独行を避ける傾向にあるのに対し、日本人の著名な冒険家はほぼ全員が単独行者なのだそう。欧米人はプロジェクトの遂行を優先していて、日本人は結果よりも過程を重視しているのではと考察しています。
本書で冒険に関する彼自身の考えを知ったうえでノンフィクション作品を読むと、また感じ方が変わってくるかもしれません。