青春とはどこか甘酸っぱく、切ないもの。朝ドラの『ちゅらさん』『ひよっこ』などでお馴染みの人気脚本家・岡田惠和が、ロックバンド「銀杏BOYZ」の歌詞の世界を小説にしたのが、本作『いちごの唄』です。歌詞の世界とのリンクがあり、銀杏ファンにはもちろんのこと、青春を過ごしてきた読者なら共感する部分も多いのではないでしょうか。 この記事では、2019年7月に実写映画化の公開も決定した本作のあらすじや見所をご紹介。ネタバレ注意です。
本作は、朝ドラの『ちゅらさん』『ひよっこ』などでお馴染みの脚本家・岡田惠和が、人気ロックバンド「銀杏BOYZ」の楽曲の世界観を小説化した作品です。朝日新聞出版から発行されており、銀杏BOYZのボーカル&ギターの峯田和伸による描き下ろしイラストも収録されています。
7編収録されていますが、全編あわせて1つのストーリーになっているという、連作短編のような形式が特徴。銀杏BOYZの楽曲の歌詞世界とリンクする部分が多いのですが、内容だけではなく各章のタイトルも、モチーフとなった楽曲と同じものが使用されています。
主人公は、地方の田舎町に住む中学3年生・笹沢コウタ。親友の伸二と一緒に、住宅街の坂道を通学していました。2人はクラスメイトの「あーちゃん」こと天野千日を女神と称し、通学途中で追い抜く瞬間を楽しみにしていたのです。
そんなある日、なんと伸二が交通事故で亡くなってしまいます。コウタは、突然目の前から消えてしまった親友の死という現実を背負うことになるのでした。
そして4年後、高校を卒業して東京の冷凍食品会社の倉庫で働いていた彼は、偶然あーちゃんと再会するのです。
いちごの唄
2018年05月21日
『漂流教室』『東京』『愛してるってゆってよね』『ぽあだむ』『銀河鉄道の夜』『もしも君が泣くならば』『恋は永遠』の7曲から着想を得た物語は、成長したコウタとあーちゃんの関係を描きながら進んでいきます。
青春の甘酸っぱさや切なさが詰まった本作は、2019年7月に映画化公開が決定。
笹沢コウタ役を演じる古館佑太郎は、バンド活動もしているマルチ俳優。ミュージカルなどにも出演しています。天野千日を演じる石橋静河は、NHKの連続テレビ小説『半分、青い。』で注目を集めた女優です。
脚本は、原作を執筆した岡田惠和が担当。峯田和伸の出演も予定されているようです。
本作は、銀杏BOYZの楽曲を元に生まれた作品です。
小説の執筆を担当したのは、岡田惠和(よしかず)。1990年にデビューした脚本家で、1994年『南くんの恋人』や、1996年『イグアナの娘』、映画『いま、会いにゆきます』や『世界から猫が消えたなら』など、話題作を多数手掛けました。また、作中で登場する楽曲の歌詞なども担当しています。
峯田和伸は、1996年にパンクバンド「GOING STEADY」のボーカル&ギターとしてデビュー。ソロ活動を経て銀杏BOYZを結成し、ボーカル&ギターを担当しています。
音楽活動のほかに俳優活動もおこなっており、2007年には映画『グミ・チョコレート・パイン』に出演。また2017年、NHK連続テレビ小説『ひよっこ』にも出演しました。
- 著者
- 岡田 惠和
- 出版日
- 2017-11-21
脚本家と音楽家がどこで出会ったのかといえば、ドラマ『奇跡の人』と『ひよっこ』。岡田が脚本を務め、峯田も出演していた作品です。作品に関わった立場は違うものの意気投合した2人は、親交を深めてきました。
ただ小説化するという一方通行の作品にはしたくないという岡田の思いから、グッズのイラストなども手掛ける峯田に、作品を読んでもらってのイラスト執筆を依頼。2人の合作という方向性が、より強くなっています。
本作は、主人公であるコウタたちの、中学生から24歳までの期間を描く青春小説です。
青春というと、どんなことを想像するでしょうか。初恋や挫折、情熱をもって1つのことに打ち込んだこと、友達との尽きぬおしゃべりをした放課後……そういった風景とともに、懐かしい時間が蘇るはずです。
コウタたちが、クラスの気になる女子の話題で盛り上がったり、ノーブレーキで坂道を駆け下りたりと、ちょっとした場面1つとっても、青春を強く感じることができます。どこにでもいる普通の少年たちの普通の日常は、共感する部分が多く、自身の体験と重なって胸の奥がきゅんと切なくなることでしょう。
成長してからも、あーちゃんと1年に1度決まった日に逢うという決まり事があり、その度に青春らしい空気が漂います。会えるか会えないか、期待と不安に揺れるコウタの心境と、あーちゃんの胸の内を知るたびに、恋のままならなさやもどかしさに、胸が苦しくなるでしょう。
銀杏BOYZの楽曲は、峯田和伸が作詞作曲しており、本作のモデルも峯田本人では?と想像する読者も多い様子。楽曲自体は彼の実体験や、過去の出来事をモチーフにしているそうですが、小説自体に明確なモデルは設定していないと、インタビューで明かされています。
コウタは、決してカッコいい主人公ではありません。影があり、何か心に傷を抱えているというとクールなタイプではなく、正直で純粋な性格。それはある意味、大人になることにあらがう、こじらせた人にしかできないことかもしれません。
しかし、そのこじらせっぷりがカッコよく、非常に眩しく見えるのです。
コウタは一途でまっとうに、真っすぐに生きています。どこか悪ぶったり、スマートに振る舞うことがカッコよいものだと評される世界では、彼の生き方はダサいと感じる面もあるでしょう。愚直なまでの純粋さや一途さは、時には重荷にもなります。
しかし、変えられない自分自身のまま生きていくというその姿に、見ている者は心を揺さぶられるのです。
「エモい」とは、エモーショナルの略で、懐かしさや切なさを内包した、言い表せない感情を表すときに使用される言葉です。近年SNSなどで爆発的に広まりました。切なくて苦しくて、どこかもどかしい。コウタはそういった言い表せない感情を、読者に抱かせてくれます。
本作は、銀杏BOYZの楽曲と歌詞世界をもとに書かれた作品です。銀杏BOYZの音楽ジャンルは、ロック。激しさのなかにも、どこか懐かしさやもの悲しさが呼び起こされ、青春の揺らぎのようなものが心の奥から湧いてくるのを感じることができるでしょう。
歌詞は峯田和伸の実体験をもとにしたものも多く、歌詞に物語があるというのも大きな特徴。景色を感じさせる言葉が多く散りばめられ、曲を聞くと、場面をすぐに想像することができます。また、飾った言葉があるわけではなく、誰かに向けたストレートな想いや言葉が胸に突き刺さります。
小説は発表された楽曲の歌詞世界とリンクしており、各章のタイトルもモデルとなった楽曲のタイトルが付けられています。いずれ劣らぬ名曲ばかりです。
小説は読んだけれども楽曲は聞いていないという方は、世界観をともにする楽曲を聞くことで、より作品世界の広がりを感じることができるでしょう。
物語はコウタが中学生の時、親友を失うという衝撃の展開から始まりました。4年後、上京したコウタは、クラスのマドンナ的少女だったあーちゃんと再会します。くしくも、それは伸二の命日である、7月7日でした。
1年後、再び会うことを約束して、2人は別れます。
いちごの唄
2018年05月21日
1年後の7月7日。待ち合わせをしてラーメンを食べ、散歩をして翌年の約束をして、別れる。そんな関係を続けていた2人でしたが、4年目の同じ日、コウタが不意に口にした言葉に激怒したあーちゃんから、伸二と彼女が同じ施設で育ったという、衝撃的な過去が明らかにされたのです。
しんどいからもう会わないという宣言通り、翌年から彼女は姿を見せなくなっていました。抜け殻のようになっていたコウタは、街で偶然、彼女が彼氏と一緒にいる場面を目撃してしまいます。そしてあーちゃんを大事にしない彼氏の言動に怒りを覚えたコウタは、衝動を抑えることができず、彼に殴りかかってしまうのです。
事件からまた数年、24歳になったコウタのもとに、中学のクラス会のお知らせが届きます。あーちゃんに会えるかもしれないという期待を抱きながら、コウタはクラス会に向かうのでした。章のタイトルは、「恋は永遠」。
『恋は永遠』は、どこか甘く、優しく響く楽曲です。あーちゃんに対する恋心に惑い、打ちのめされたコウタの心境に大きな変化があったという事は、楽曲からも感じることができるでしょう。
その結末は、ぜひご自身の目でお確かめください。恋とは、そして愛とは何か。真っすぐな人生を生きてきた彼が出した答えは温かく、前向きな気持ちが胸に残ります。
楽曲と小説の世界がリンクし、さらには映像でも楽しむことができる『いちごの唄』は、新しい表現の形なのかもしれません。ダサくて、真っすぐで愛おしい。そんな、青春と恋が詰まっています。