魅力的なキャラクター像と、独特な視点から描き出す新解釈が持ち味の歴史小説家、安部龍太郎。さまざまな時代をテーマに意欲的な活動を続けていて、2013年には直木賞も受賞しました。この記事では、そんな彼の作品のなかから読んでおきたいおすすめの5冊をご紹介していきます。
1955年生まれ、福岡県出身の安部龍太郎。歴史小説を得意とする作家です。
久留米市にある高等専門学校を卒業した後、上京。大田区役所職員、図書館司書として働きながら小説を書き続け、1990年に発表した『血の日本史』でデビューをしました。大和時代から明治維新までの日本史を46の短編で綴った歴史小説で、「山本周五郎賞」の候補になり、話題を集めます。
その後も意欲的に創作活動を続け、『天馬、翔ける』で「中山義秀文学賞」を、『等伯』で直木賞を受賞しています。
「唐の長安に並ぶ新都を奈良に」……朝廷一の実力者である藤原不比等からの命令です。しかもたった3年で。
主人公の阿倍船人は、白村江の戦い以来冷遇されてきた阿倍家の再興を目指す兄を助けるため、平城京の造営に関わることになります。もしも失敗してしまえば、政権が崩壊するだけでなく、国自体が滅びてしまうかもしれない大事業です。
船人は、なんとしてでも成功させるべく阿倍家のプライドをかけて必死に準備を進めます。
そんななか、朝廷では遷都推進派と反対派の対立が激化していきました。造営予定地の立ち退きを巡り、死者まで出てしまう始末。さて、事件の黒幕は……。
- 著者
- 安部 龍太郎
- 出版日
- 2018-05-31
平城京の建設をめぐる史実を織り交ぜた小説です。現場の目線で語られる造営の過程が見どころでしょう。
主人公の阿倍船人は元遣唐使船の船長で、実在する遣唐使の阿倍仲麻呂の叔父という設定。船人を中心に、資材の運搬や作業人員の確保、実際の工事などが語られていきます。
国家の一大プロジェクトなだけあって作業量は尋常ではなく、トラブルが後を絶ちません。そんななか船人は必死に立ち向かい、男気にあふれて人望が厚い若者として描かれています。
また平行して、天皇家の勢力争い、平城京賛成派と反対派の争い、日本に亡命をしている百済王族のストーリーなどが盛り込まれ、息つく暇もない展開に。歴史小説でありながらミステリーの要素もあって、引き込まれるでしょう。
言葉遣いも平易なので、歴史小説初心者の方でも読みやすい作品です。
「上巻は戦国の世を生き抜く等伯を描いて、まるで冒険小説のような面白さだ。そして下巻は、政治に翻弄され、陰謀と策略の世界に身を置く画家を描ききった。違う色彩で、上下巻を一気に読ませる力はさすがである。」(直木賞選考委員・林真理子選評より引用)
安土桃山時代の絵師である長谷川等伯が、戦乱や家族との死別、同じく絵師の狩野永徳の妨害などを乗り越えて、多くの名画を生み出していく生涯を追った大作です。2013年に直木賞を受賞しました。
等伯 上 (文春文庫)
2015年09月02日
長谷川等伯という名前にピンとこない方もいらっしゃるかもしれませんが、きっとその作品を見れば、教科書などに掲載されていたのを思い出すのではないでしょうか。現在80点ほどの作品が確認されていて、ほとんどが国宝もしくは重要文化財に指定されています。
安部龍太郎がそんな等伯の生涯を記すなかでもっとも苦労したのは、資料文献に頼れなかったことだそう。彼の作品自体は残っているものの、彼自身についてわかるものが少なかったのでしょう。
安土桃山から江戸初期という、波乱の時代を絵に向き合ってきた等伯の生きざまは、現代を生きる読者の胸にも強い熱を残すでしょう。
キリシタン大名であり、茶人としても知られる武将、蒲生氏郷(がもううじさと)の生涯を描いた長編小説です。
氏郷は実在した人物で、織田信長に見いだされて娘婿となり、天下統一を目指す信長に従って武人として成長していきました。信長亡き後は、その遺志を継ぐ豊臣秀吉に従い、数々の功を立てています。
しかし晩年は、彼の類まれなる器量に危機感を覚えた秀吉に毒殺されたのではないかという説も。安部龍太郎がそんな氏郷の生涯と、謎に包まれた死について独自の解釈で描いていきます。
- 著者
- 安部 龍太郎
- 出版日
- 2015-11-09
タイトルにもなっている「レオン」は、キリシタン大名だった氏郷の洗礼名です。千利休に師事した茶人としてだけでなく、キリシタン大名としての一面も描き、文化人として表現している点が他の氏郷本にはない新鮮さがあります。
また本作を読むと、世界の情勢が日本という国だけでなく、登場人物それぞれの個人を翻弄し、いかに大きな影響だったのかがわかるでしょう。
イエズス会、スペインの台頭、オランダやイギリスのプロテスタント勢の影響など、グローバルな視点から見た日本の移り変わりを実感することができます。
「天下布武」を掲げた織田信長。武力を背景に既成概念を壊し、日本を世界に通用する大国にしたいという野望を抱いていました。関白を務めていた近衛前久は、そんな信長に理解を示し、パートナーシップをとっていきます。
しかし、信長が朝廷を乗り越えて日本の王を目指していることに危機感を抱いた前久は、しだいに対立していくようになるのです。
一方で誠仁親王の妻である勧修寺晴子(かじゅうじはるこ)は、朝廷を守るために接近したものの信長の人柄に惹かれていき……。
そして訪れる「本能寺の変」。どんな真実が隠されているのでしょうか。
- 著者
- 安部 龍太郎
- 出版日
- 2004-09-29
信長の生涯を追った作品は数多くあり、そのほとんどのクライマックスは「本能寺の変」でしょう。安部龍太郎の描いた本作では、信長と朝廷の確執など過程が丁寧に描かれていて、「本能寺の変」に説得力が生まれています。
また近衛前久が、対信長の切り札として誠仁親王の妻を送り込むというのも新しい切り口。この時代、朝廷側の人間のなかにも、自由で強い信長に憧れを抱いていた人も少なくなかったようで、勧修寺晴子も彼に惹かれていってしまうのです。そして信長も……。
前久から見た信長や朝廷側から見た信長など、さまざまな視点から新しい信長像を抱かせてくれる作品です。
関ヶ原の戦いの後、徳川新政権には武将たちから数多くの訴状が届けられました。そのなかに、「黒田如水に謀反の疑いあり」という密告が。
黒田如水とは、大河ドラマでも取り上げられた黒田官兵衛のことです。九州にいたため、1日で決着がついてしまった関ヶ原の戦いへ参加することができませんでした。息子の長政は、家康側について大きな功績を残しています。
この密告を重く見た家康は、老中を務めていた本多正信の息子、正純(まさずみ)にその真偽を確かめるよう命じたのですが……。
- 著者
- 安部 龍太郎
- 出版日
- 2013-11-20
関ヶ原の戦い前後の黒田如水と、徳川家康、本多正信の謀略戦を、如水の息子である長政と、正信の息子である正純の視点で描いた作品です。
この2人に竹中半兵衛の息子である竹中重門も加わり、いずれも天才参謀といわれる父親をもつ息子たちの苦悩が本作のキモだといえます。家康の命を受けた正純が、武将らを尋問して真相を明らかにしていくのですが、関ヶ原の戦いにまつわるさまざまな謎が解き明かされていくさまは必読です。
本作を読む前に、教科書レベルの知識をつけておくと、裏でおこなわれていたかもしれない策略合戦に思いを馳せる楽しみが倍増するのでおすすめです。
歴史小説の面白さは、歴史上の出来事や人物に新たな解釈や演出を加えたり、史実の陰にあったかもしれない物語を紡ぎだしたりしているところでしょう。安部龍太郎の作品は文章が平易で読みやすく、人物像に親しみが感じられます。普段あまり歴史小説を読まない方にもおすすめです。