DIYをとおして紡がれる、人と人との関わりが織り成す人間ドラマが面白い、「ものつく」。都会に疲れた主人公が、喧騒を離れて訪れた田舎で、初めて気付く大切な事。そこで育まれる交友関係に、心が暖かくなる内容となっています。主人公と、田舎で出会った青年の恋の行方も気になる要素です。 今回はそんな本作の魅力をご紹介。ネタバレ注意です。
東京の広告会社で仕事に追われる日々を送っていた25歳の女性・ヒノキ(本名・桧由(ひより))。彼女は、仕事のストレスから逃れるように、連休を利用して長野の友人の元を訪ねました。
そこで出会ったのは、温かい人々との触れ合い。そして、不便ながらも充実したDIY生活だったのです。
そして、厳しいながらも献身的にヒノキにDIYを教えてくれる青年・スギとの出会います。そのことによって、彼女の人生は大きな転機を迎える事になるのでした。
ものつく~手作り生活、はじめました。~【合本版】(1) (全力コミック)
あらすじでもご紹介した通り、本作はヒノキが仕事の連休を利用して長野を訪れるところから始まります。
彼女は好きな事を仕事にしたいと考えて広告会社に就職したのですが、想像していた以上に職場でのストレスが強く、主に上司からの当たりの強さから心が折れてしまいそうな毎日でした。そしてそれを親友に指摘され、そこから本当に自分が大切にしたいこととは何なのだろうと考え始めるのでした。
そんなふうに疲れた彼女が、休息の地として心を許せる友人がおり、自然に溢れる長野を訪れてしまうのは、至極当然といえるかもしれません。そして、そこで彼女は日々の生活を大切にすることの大事さを噛みしめるのです。
都会の喧騒から逃れるようにやってきた田舎で触れた人々の温かさで、彼女が思わず涙してしまうシーンも描かれています。社会生活に疲れた大人であれば、頼れる人のいない心細さ、誰かに頼れた時の暖かい気持ちは共感できるものなのではないでしょうか。
彼女と一緒に、読者まで癒されるような気持ちにさせてくれるのは、本作の大きな魅力といえるでしょう。
スローライフと一口にいっても、人によって田舎の暮らしに抱くイメージはさまざまだと思います。
本作はそのなかでも、実に適度な「不便さ」が感じられる内容となっており、こんな暮らしであればやってみたい!と思わせてくれる絶妙なレベル感があるといえるでしょう。
たとえば、ヒノキは田舎での暮らしにおいて、DIYを始めるきっかけとなった青年・スギから、住居を用意する代わりに、その住居となる彼の旧家を建て直す依頼を受ける事になります。
当然の事ながら、家を一軒建て直すとなれば、とても1人ではやり切る事が困難な作業量です。そのため、スギを含めた多くの周辺住民から支援を受けながら、ヒノキは一歩一歩着実に補修を進めていく事になります。
それは補修作業にかかる人手というだけではなく、衣食住に関わるあらゆる場面での支援という事になるのです。それらの詳細な描写は、不便ななかで家を建て直すという途方もない課題がありながら、人の温かさに触れて生活していける事の素晴らしさを感じさせてくれます。
こうしたスローライフの魅力を存分に伝える描写が多いのも、本作の魅力といえるでしょう。
田舎にやってきて生活を始めるまでは、心が不安定で今にも壊れてしまいそうだったヒノキ。そんな彼女は、スギからDIYを教わり、それをきっかけに田舎の人々との触れ合いが増えていきます。
その過程で、彼女は徐々に生きる事の充実感を取り戻していくのです。最初は上司からのキツイ当たりに対し、ただ耐え忍ぶ事しか出来なかった彼女ですが、その暮らしを知った事で、人としての活力を取り戻します。
そして、これまでやられてばかりだった上司に対し、キツイ一発をお見舞いして、職場をすっぱりと辞める事にしたのでした。上司に手を上げたのは褒められる事ではありませんが、それまで真面目で大人しかった彼女が、人としての尊厳を取り戻した瞬間であるともいえるでしょう。
そしてあらためて、田舎で家を建て直すという試みを自分の意思でやり遂げたいと思うようになってからは、彼女は本当にやりたいことが出来たのだと実感します。
はじめこそ、勢いでやめてしまった広告業界に対する後ろ髪惹かれる想いが残っていたヒノキ。ですが、迷いが無くなってからは、自分のやりたい事と、自分が学んできた事を形にするために、前向きに走り続けるのです。彼女の強さが感じられます。
読者としても思わず頬が緩んでしまう、心温まるエピソードといえるのではないでしょうか。
田舎でのスローライフについて魅力を満載に含んだ本作ではありますが、もちろん作品としてのストーリー展開にも余念がありません。そのなかでも、やはりヒノキにとって生きる原動力を与えてくれたスギとのラブストーリーは、欠かすことが出来ない魅力的な要素です。
2人の出会いは、実はあまりよい出会い方とは言えませんでした。むしろ、理由があって東京人を毛嫌いしているスギにとって、ヒノキという来訪者は招かれざる客であったといえるでしょう。そしてそれゆえに冷たい態度をとられた彼女も戸惑います。
そんな第一印象は最悪同士だった両者でしたが、それぞれ何かを埋め合わせるようにDIYを通じて接するうちに、いつしかお互いの存在が特別なものとなっていくのです。
ヒノキにとっては、家を建て直すという生き甲斐を与えてくれ、そのための手段を教えてくれた大切な師匠のような存在。そしてスギにとっては、騒がしくも放っておけず、また自分の目的を手助けしてくれる弟子のような存在なのです。
そんな2人は、接し合ううちに、徐々にお互いが内面で抱えている事情にも踏み込み合うようになっていきます。特に、スギについてはヒノキに建て直しを依頼した件の家について、なかなか人には打ち明ける事の出来ない、ある秘密を抱えていました。
秘密について、2人の仲が進展していくにつれて、徐々にお互いの心の問題についても解消し合える関係になっていきます。
そんな彼らが、物語の結末ではどんな関係になり、後の人生を歩んでいく事になるのでしょうか。本作は、そちらにも注目していただきたいと思います。
ものつく~手作り生活、はじめました。~【合本版】(1) (全力コミック)
不便ながらも楽しいスローライフ生活を描いた本作の魅力をご説明させていただきましたが、いかがだったでしょうか。
登場するキャラクターは、主役の2人以外にも実に魅力的な人物が揃っており、ヒノキと彼らの関わり合いにも、思わず心がホッコリしてしまう事でしょう。仕事で疲れてしまった心を癒すのにぴったりの作品。社会人の読者の方は、ぜひとも手に取ってご一読ください。