「絶対に覗いてはいけない」と言われると、見たくなってしまうのが人間の心理。私たちが初めてその愚かさを学んだのが、昔話の「鶴の恩返し」ではないでしょうか。この記事では、原作を含めてあらすじを振り返りつつ、教訓や、あまり知られていない「続き」の物語を説明していきます。あわせておすすめの絵本も紹介するので、ぜひ最後まで読んでみてください。
昔々あるところに、貧しい暮らしをしている老夫婦がいました。ある冬の日、おじいさんは1羽の鶴を見つけます。その鶴は、罠にかかって動けなくなっているようでした。かわいそうに思ったおじいさんが逃がしてやると、鶴は嬉しそうに飛び立っていきました。
その日の夜、老夫婦の家にとても美しい娘が訪ねてきます。雪の中を道に迷ってしまったらしく、「一晩泊めてほしい」と頼んできました。
翌朝老夫婦が目を覚ますと、娘は食事を作り、掃除をしていました。大変働き者で、老夫婦もたいそう喜びます。2人が感激していると、娘は「身寄りがないので、この家の娘にしてください」と頼み込むのです。老夫婦は喜んで迎え入れ、それから3人は仲良く暮らしました。
ある日娘は、「布を織りたいので糸を買ってきてほしい」と言います。老夫婦が望み通りにしてやると、娘は「絶対に中を覗いてはいけません」と言い、部屋にこもってしまうのです。
数日後にできあがった布は大変美しく話題となり、町で高く売れました。老夫婦はそのお金で新しく糸を買い、娘はまた布を織ります。1枚目よりも美しい出来で、さらに高く売れました。そしてその次の布を織るために、娘はまた部屋にこもります。
いったいどうやってこんなに美しい布を織っているんだろう……気になってしまった老夫婦は、とうとう部屋を覗いてしまいました。
そこには1羽の鶴がいて、自分の羽を引き抜いて布を作っていたのです。もう体の大部分の羽が抜けてしまっていて、ボロボロの姿になっていました。
そして、「あの日の御恩を返していましたが、正体を知られてしまった以上もうここにはいられません」と言い、泣きながら空へと飛び立っていってしまったのです。
罠にかかった鶴を助け、その鶴が人間へと姿を変えて恩を返すという物語は日本の各地に伝わっています。昔話として一般的に伝わっている「鶴の恩返し」には老夫婦が登場しますが、原作といわれる物語では若い男女の異種婚姻譚として描かれているのが特徴です。2つあらすじを紹介していきましょう。
まずは劇作家である木下順二の「夕鶴」という戯曲です。
「与ひょう」という名の百姓が罠にかかっていた1羽の鶴を助けます。数日後、「つう」という女が与ひょうの家を訪ねてきて、2人は夫婦となりました。
ある日つうは、「絶対に部屋を覗かないでほしい」と言って部屋にこもり、すばらしい布を織ってみせました。彼女が織った布は一躍有名になり、知り合いの「運ず」という男を介して高く売ることができました。
しかしそこに噂を聞きつけた「惣ど」という男が加わり、つうにたくさんの布を織らせていくのです。夫の与ひょうもしだいに欲におぼれていきました。
そして、どのようにして布を織っているのか気になった3人は、約束を破ってつうの部屋を覗いてしまいます。そこには自らの羽を引き抜いて布に織り込んでいる、鶴の姿がありました。
正体を見られてしまったつうは「もう人間でいることはできない」と告げ、与ひょうの元を去っていくのです。
もうひとつは、民俗学者である柳田国男がまとめた『全国昔話記録』に収録されている「鶴女房」という民話です。
ある若者が、罠にかかって傷ついていた鶴を見つけ、優しく介抱してやります。数日後、彼の元へ「宿をお借りしたい」とひとりの娘が訪ねてきました。娘はそのまま若者の家に居つき、身のまわりの世話をします。
ある日「あなたの嫁にしてください」という娘に、若者は「己を養うので精一杯だ」と告げるのです。すると娘は「わたしによい考えがあるので心配ありません」と言いました。そして若者は、娘を妻として迎え入れることにするのです。
数日後、娘が「機織り小屋がほしい」と言うので若者が望みを叶えてやると、「錦を織るので、これから7日間決して立ち入らないように」と告げて、小屋にこもってしまいました。
完成した錦は素晴らしい出来映えで、お殿様に千両で買われ、もう一反持ってくることを求められます。
それを聞いた娘は同じように小屋にこもるのですが、若者は中の様子が気になって仕方ありません。ついに耐えられず覗いてしまうと、そこには、もうずいぶん羽の抜けてしまった鶴が賢明に錦を織っている姿がありました。
数日が経ち、やつれた姿で出てきた娘。「わたしは以前助けていただいた鶴です。御恩を返したい、そばにいたいという気持ちで人間に化けていましたが、もう一緒にはいられません」と告げ、空へと飛び立っていきました。
一般的に伝わっている「鶴の恩返し」では、正体を知られた鶴が飛び去る「別離」で完結しますが、兵庫県の鶴居地区には「続き」が伝わっています。
若者の元を飛び去る前に、鶴は水を張った皿に針を入れて残していました。これらのアイテムにまつわる謎解きをした結果、「播磨(はりま)の皿池にいる」という答えが導き出され、若者はそこで鶴と再会することができたのです。
「正体を知られてしまったので一緒にはいられない」と言いながらも自分の居場所のヒントを残していく様子から、鶴の若者に対する強い未練が感じられるでしょう。またわずかなヒントから執念で居場所を探し当てる若者からも、鶴への愛情を感じることができます。
教訓1:ルールや約束を破ってはいけない
「絶対に中を覗いてはいけない」と強く言われたにも関わらず、「鶴の恩返し」に登場する老夫婦や若者は好奇心に負けてしまいます。そしてその結果、愛しい相手との別れを招いてしまうのです。
このいわゆる「見るなのタブー」にまつわる物語は、世界の各地に存在しています。
好奇心というのは、知恵をもつ人間が抱くごく自然な感情ではありますが、約束をした以上それは破ってはいけません。本作は「大切な人との別離」という形をとって、切実に教えてくれているのでしょう。
教訓2:相手を思いやる心の尊さ
「鶴の恩返し」に登場するおじいさんや若者は、罠にかかって傷ついてしまった鶴を優しく介抱します。相手は動物なので、助けたところで得をするわけではありませんが、「生き物を憐む心」というのは尊いものです。
そして鶴は、助けてくれたことへの感謝を忘れず、文字通り身を削って恩を返していきました。鶴を助けたことでおじいさんや若者は、布を売って裕福になっただけでなく、なにより美しい娘との幸せな日々をも得ることができたのです。
他者を思いやる心は尊く、そのおこないは報われるということを教えてくれるでしょう。
- 著者
- 松谷 みよ子
- 出版日
- 1966-10-01
人気絵本作家のいわさきちひろが絵を手掛ける「鶴の恩返し」です。優しい水彩のイラストが特徴的で、透明感がありながらも凛としている娘の姿が目を惹きます。イラストからも、鶴を助けたおじいさんと、助けてもらった御恩返しをする鶴の優しい心を感じることができるでしょう。
本作の物語は、鳥取県に伝わっているものが元になっているそう。家にやってきた娘に対し、老夫婦がありったけの布団をかけてあげたり、食事を作ってあげたいと試案したりする様子が描かれています。
その思いやりの心がいわさきちひろのイラストとマッチして、本作の優しい世界観を作り出しているのでしょう。おすすめの一冊です。
- 著者
- 長谷川 摂子
- 出版日
- 2004-10-15
本作の特徴は、なによりも絵がすべてちぎり絵で表現されていること。柔かいながらも豊かな表情を描き出しています。レースの素材を使っていたり、部分的に実際の写真を使っていたりと、さまざまな演出がなされているのです。
また文章は、あたたかみのある方言混じりの言葉遣い。日本語の美しさを感じながら読み進めることができるでしょう。
「鶴の恩返し」は、類話や続きの展開などさまざまな味わいをもって読み込むことができる作品です。相手を思いやる優しさや、好奇心に勝てない人間の愚かさなどに想いを馳せてみてください。