『輪違屋糸里』から見る、新撰組の新しい見方。映画化!浅田次郎の原作小説!

更新:2018.11.13 作成:2018.11.13

反幕府勢力を取り締まるために、幕末の京都で活動していた新選組。動乱を駆け抜けていく姿はさまざまな作品で描かれ、人々を魅了してきました。そんな新選組を題材とした作品は数多くありますが、浅田次郎の『輪違屋糸里』は、彼らを女性の視点から描いた異色作。 2018年に映画化もされる、一風変わった本作の見所をご紹介いたします。

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映画化小説『輪違屋糸里』が面白い!ある女から見た、新撰組とは?【あらすじ】

新選組といえば誰しも聞いたことがあるでしょう。

徳川家茂が上洛する際、将軍警護のために集められた浪士のうち、江戸に戻らず京で将軍の警護をおこなった者たちが、壬生浪士組を結成。それが後に幕末に活躍した剣客集団、新選組となりました。悲劇的な最期を迎えたというイメージを持っている方も多いのではないでしょうか。

浅田次郎の『輪違屋糸里(わちがいやいとさと)』は、まだ新選組が壬生浪士組と呼ばれていたころから物語が始まります。主人公は隊員ではなく、島原の置屋兼お茶屋に身を置く芸妓・糸里。16歳の時には天神の位となり、ゆくゆくは太夫になることを期待されている人物です。

彼女の芸事を厳しく指導していたのは、姉芸妓である音羽太夫。傾城(絶世の美女、上級の遊女)と謳わた太夫ですが、文久3年7月のある日、壬生浪士組の首魁である芹沢鴨によって、無礼打ちにされてしまいます。

島原は悲しみに沈みましたが、芹沢は職を辞したのみで釈放。土方歳三が弁舌を尽くし、事態を収拾していたのです。そんな土方は糸里と交流があり、廓の外でも会うほどの仲。しかし彼は糸里と兄妹のように接するのみでしたが、一方の糸里はほのかな恋心を募らせていました。 

その後も芹沢は数々の問題を起こしますが処分はされず、逆に御所警護の折の采配が認められて、評価はうなぎのぼり。壬生浪士組は新しく「新選組」の名を賜ることになり、勢いは増すばかりでした。

そんな時、糸里が芹沢の部下である平間重助から逢状を受け取ったことから、物語はある事件に向けて動き始めるのです。

著者
浅田 次郎
出版日
2007-03-01

本作は、芹沢鴨暗殺事件を題材とした物語。

主人公は、島原の芸妓である糸里。他にも芹沢の妾である菱屋のお梅、屯所が置かれた八木家当主の妻・おまさ、前川家当主の妻・お勝、島原の桔梗屋の芸妓・吉栄といった女性陣が中心となり、物語が描かれていきます。
 

女性の視点から芹沢鴨暗殺事件を描くという一風変わった試みもさることながら、登場人物から受ける印象が、一般的なイメージとは異なることに驚くでしょう。浅田次郎独自の解釈により、他の作品とは違った人物像が描かれています。

浅田次郎の描く登場人物たちは不器用で人間臭く、だからこそ史実に添いながらも、その時代に生きていた人々のぬくもりを感じることができるのでしょう。歴史とは、人が生きて紡いできた記録だと実感させられる内容です。

登場人物を紹介!

本作は史実を元にした作品で、登場人物のほとんどは実在した人物です。

主人公である糸里も、名もなき芸妓に役割が与えられた、というわけではありません。輪違屋に糸里という芸妓がいたという記録はないそうですが、新選組の幹部である長倉新八が記した『新選組顛末記』に輪違屋糸里として登場しているのです。

彼女は、芹沢の一派である平間重助の馴染の女性として記録されていました。暗殺事件に巻き込まれた当事者の1人です。本作では土方歳三に想いを寄せており、芸妓らしさよりも、普通の女性らしい面を多く見ることができます。

著者
永倉新八
出版日
2009-05-01

対比する存在として登場するのが、菱屋のお梅です。島原のお茶屋から菱屋太兵衛の妾となり、その後借金の催促の折に手籠めにされたことがきっかけで、芹沢の愛人となった人物。 
 

桔梗屋の天神・吉栄は、芹沢派の平山五郎の馴染の女性で、糸里同様暗殺事件に巻き込まれていきます。他にも、屯所の置かれている八木邸を切り盛りするおまさ、前川家のお勝、糸里の姉芸妓である音羽太夫といった女性が登場。

新選組に関連した創作は数多くあり、ある程度読者のなかにも、性格やイメージが固まっている人物もいることでしょう。浅田次郎の描く人物は、従来のイメージと重なる部分もありますが、今までとは違った印象を受けるはず。本項目では、従来の解釈を中心にご紹介いたします。

糸里とかかわりが深く、事件にも深くかかわっているのが、土方歳三です。言わずと知れた新選組の副長で、近藤勇の右腕として辣腕を振るいました。冷静沈着な鬼の副長として描かれていますが、本作では果たして。

芹沢鴨は水戸藩の浪士で、壬生浪士組の初代筆頭局長という人物。酒を飲むと手に負えぬ乱暴者というイメージが強く、お梅との馴れ初めも、印象を強める要因といえるでしょう。本作の隠れた主人公ともいえます。
 

また、近藤勇沖田総司といった隊士も登場し、従来とは異なる顔を覗かせます。

さらに芹沢派の人物として、平山五郎平間重助も登場。女性陣と深くかかわっていきます。

作者・浅田次郎とは?

 

1951年12月13日生まれ、東京都出身の小説家です。三島由紀夫が起こした三島事件をきっかけに、陸上自衛隊に入隊。小説家を目指すためにを除隊し、アパレルやライターの仕事をしながら執筆を続けました。

ヤクザ側の人間になりきり、日常や事件の解説を書く「極道エッセイ」をきっかけに作家デビュー。極道ものや『プリズンホテル』シリーズをはじめとした、悪漢(ピカレスク)小説を多く手掛けていましたが、1994年『地下鉄に乗って』から徐々に脱却していきます。

著者
浅田 次郎
出版日
1999-12-01

 

1997年発表の『鉄道員(ぽっぽや)』で117回直木賞を受賞。映画も話題となりました。

現代を舞台とした悪漢小説や人情小説というイメージの強い浅田次郎ですが、他にも歴史小説を数多く執筆しており、史実にロマンと泥臭さの混じった、人間味あふれる物語を展開しています。

『蒼穹の昴』『珍妃の井戸』『中原の虹』をはじめとした中国を舞台としたもの、『壬生義士伝』や『輪違屋糸里』といった新選組を題材として扱ったもの、参勤交代の道中を描く『一路』など、年代や題材はさまざまですが、どの作品も人間くささを感じさせます。

浅田次郎の作品からは、生きている時代は違くとも、読者の琴線に触れる人間の生きざまが描かれており、だからこそ多くの読者の胸に響くのではないでしょうか。

新撰組の新しい見方1:女性から見た時代とは?情報の少ない糸里を浅田次郎流に解き明かす!

現代では女性の社会進出や平等化が進んできましたが、日本の長い歴史を見ると、女性の地位や扱いがよかったとは決して言えません。

江戸時代では武士を頂点とした明確な身分制度がありますが、女性が男性の下につかなければならない、という取り決めはありませんでした。女性は貴重な労働力でもあり、家を守る責任を負っていたようです。

おまさやお勝の描写では、家を守るために苦心する様子を見ることができるでしょう。お梅も元々は、芹沢の借金を取り立てに行ったことがきっかけで妾になっています。専業主婦という概念がなく、家業とともに家の中の仕事を取り仕切るのが、女性の仕事であったといえるのです。

そういった女性たちとは一線を画するのが、糸里や吉栄たち。芸妓と遊女は、芸を売るか、身体を売るかという明確な違いがあります。

著者
子母沢 寛
出版日
1997-01-18

先の項目でも触れましたが、糸里は史実上の人物とされています。輪違屋の記録には残っていないそうですが、永倉新八の残した記録や、子母澤寛が八木家の子息から聞き書きした『新選組遺聞』にも名前が登場します。

平間重助と同衾していたという記録が残っていますが、浅田次郎の描く糸里には男性を相手にする女性ならではの、垢抜けた様子はありません。作中では土方に想いを寄せる、健気で可愛らしい女性です。だからこそ、彼女に与えられた役割を酷だと感じる読者も多いでしょう。

彼女は人から言われるがままに流されているわけではなく、自身で考えて動き、物事を受け入れていきました。柔らかな性格も相まって、おおらかさや母性すら感じさせます。他の女性たちも、形は違えど、男の行動を許し受け入れていると感じる場面が見受けられるのです。

そんな彼女たちの姿勢が、男たちを支えたのかもしれません。

新撰組の新しい見方2:芹沢鴨の人物像

 

本作は、女性の目線から新選組を描いた物語です。とある事件に向かって物語が進んでいく形がとられており、事件の被害者となった芹沢鴨は、影の主人公ともいえる存在なのではないでしょうか。

酒を飲むと手に負えず、さまざまな問題を起こした乱暴者というイメージの強い彼ですが、本作ではまた違った一面を見せてくれます。江戸時代に士農工商という身分制度があったことは、多くの人が知っていることでしょう。新選組の隊士のなかには、農民出身の者も存在します。

そうすると、生粋の武士である芹沢とは根本的に立場も考え方も違う者もおり、悩み苦しむ部分も多かったようです。嘘が付けないという自身の気性をよく理解していた芹沢は、だからこそお梅に甘え、よりどころとしていた部分もあったのではないでしょうか。

さまざまな媒体に記録された言動から、こういった人物ではないかと想像し、歴史物語は描かれます。しかし、古い時に生きた人と実際に言葉を交わした人はいません。

そんななかで、浅田次郎が芹沢鴨の人生を辿って得た人物像には、確かな説得力と魅力があります。

 

新撰組の新しい見方3:その他の登場人物たちの描き方も予想外!?

 

本作は、特に芹沢鴨の印象が強く残りますが、他の登場人物に関しても予想外の描き方がされており、イメージとは違うと感じた読者も多いのではないでしょうか。

一般的に新選組は近藤勇を慕う人物で構成されているというイメージが強いですが、本作での永倉新八が芹沢に惹かれていたという描かれ方は、やはり意外と感じる方も多いでしょう。

 

著者
浅田 次郎
出版日
2007-03-01

 

さらにそんな組織のなかで、土方は近藤のためなら何でもする、という冷徹さと、近藤をはじめとした試衛館の仲間に対する親愛を持った人物として描かれます。本作では芹沢暗殺を計画する1人となるわけですが、そのために糸里の恋心を利用するなど、特にその非道っぷりが際立ちます。

女性にとてもモテた彼は、糸里に対してもそのプレイボーイっぷりを発揮する……のかといえばそういうこともなく、どこか不器用さがみられるところは予想外といえるのではないでしょうか。

他にも、沖田総司も心の闇を抱えており、希望だけを抱えて走り続けたわけではないということを痛感させられます。人当たりのよい美少年、無邪気なイメージが多いキャラクターゆえに、こちらも意外に感じる方が多いのではないでしょうか。

ぜひ、今までとは異なる描かれた方をする周囲のキャラたちの姿に注目してみてください。

 

大きな歴史の流れに飲まれそうになりながら凛として立つ女性たちと、自身の立場や目的に向かってもがき、がむしゃらに進もうとする男たちの物語。男たちの荒々しさがあるからこそ、女性たちの手折られぬ美しさが際立ちます。