5分でわかるニューディール政策!内容や結果、日本の関わりなどを簡単に解説

更新:2018.11.25 作成:2018.11.25

1929年に発生した世界恐慌を克服するために、アメリカで実施された「ニューディール政策」。いったいどのような効果をもたらしたのでしょうか。この記事では、政策の内容や結果、参考にしたとされるケインズの経済理論や日本の政策をわかりやすく解説していきます。あわせておすすめの関連本も紹介するので、チェックしてみてください。

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ニューディール政策とは。概要や背景を簡単に説明

 

アメリカのフランクリン・ルーズベルト大統領が、1933年から始めた経済政策を「ニューディール政策」といいます。「ニューディール(New Deal)」は日本語にすると「新規まきなおし」という意味。1929年に発生した「世界恐慌」で落ち込んだアメリカ経済を立て直すことが目的でした。

この政策の理論的裏付けとなっているのが、イギリスの経済学者ケインズが唱えた理論です。ケインズは、国家が市場を統制して人々を保護し、また公共事業を積極的に推進して雇用を創出すれば、消費が促進されて恐慌を回避できると考えました。

ニューディール政策の具体的な内容は、このケインズの理論を実行したものだといえます。しかしケインズの著書である『雇用、利子および貨幣の一般理論』が実際に発表されたのは1936年で、ニューディール政策の開始よりも後のこと。そのため直接的に影響を与えたとは考えづらいでしょう。

ニューディール政策の内容は。テネシー川流域のダム建設など

 

ルーズベルトは政府の権限を用いて、市場を統制するためにさまざまな規制や保護政策を実施していきました。

具体的には、1933年にドルと金を交換する「金本位制」を停止。政府が通貨を発行する「管理通貨制度」を導入して政府の統制力を強化しました。

同年、銀行預金者を保護するための「連邦預金保険公社」の設立や、銀行を安定して経営するために証券と分離させる「グラス・スティーガル法」を制定します。

政府の介入は農業にもおよび、同じく1933年に「農業調整法(AAA)」を制定。農業生産量を政府が管理し、農作物の価格の上昇を狙いました。

さらにルーズベルトは、これらの制作と並行して公共事業を拡大し、雇用の創出を図っています。1933年に「テネシー川流域開発公社(TVA)」を設立。テネシー川の流域で世界初の地域開発を実施し、多数のダムを建設したほか、植林などの複合的な事業を展開していきました。これらは雇用の創出だけでなく、地域の活性化や電力供給の安定化などを実現し、成功を収めたといいます。

ルーズベルトはその後、労働者の権利を認めることで待遇の向上を促し、労働者の購買力をあげることを目指しました。1935年に「ワグナー法」を制定し、労働者の「団結権」「団体交渉権」「ストライキ権」などが認められるようになりました。

ニューディール政策の結果は失敗だった?

 

世界恐慌の影響を克服するために、さまざまな施策をうってきたニューディール政策。しかしこれらは市場原理を重視する大企業などの反発を招き、1934年に反ルーズベルト勢力によって「アメリカ自由連盟」が結成されることとなりました。

「アメリカ自由連盟」は、反ニューディール政策を展開。また裁判所も、ニューディール政策は「大統領の権限を逸脱している」としてたびたび違憲判決を下し、けん制する立場をとりました。

さらに後世の研究者たちからも、不況脱出の決め手とはならなかったという指摘がされています。

たしかにニューディール政策は、労働者の権利保障や一定の雇用創出には成功しましたが、アメリカの経済は1937年以降再び後退していて、不況からの完全な脱出とはならなかったのです。

結果的に、世界恐慌前の水準を超える決定打となったのは、アメリカの第二次世界大戦への参戦でした。日本による真珠湾攻撃をきっかけに戦時体制に転じ、大量の軍需品を生産するために多くの労働者を軍需工場に動員しています。軍需が経済を牽引するようになり、アメリカの経済は立て直されたのでした。

ただニューディール政策は、各方面から批判も受けたものの、完全な失敗だったとも言い切れません。経済的には限定的な成果しかあげられませんでしたが、ケインズ経済学の有用性を立証したという意味では評価されてよいでしょう。

ニューディール政策を実施したルーズベルトは、ケインズではなく日本の案を取り入れた?

 

実は、ニューディール政策よりも前にケインズ的な経済政策が実施されたという事実があります。1931年から日本でおこなわれた「高橋財政」と呼ばれるものです。

1929年に発生した世界恐慌は日本にも波及し、1930年には戦前最悪の「昭和恐慌」が起きました。国民の生活は困窮し、「血盟団事件」や「五・一五事件」を招いて、日本の軍国主義化に影響を与えています。

日本はこの不況から脱するために、犬養毅、斉藤実、岡田啓介の三内閣が高橋是清を蔵相に起用。高橋は財政のスペシャリストとして知られていて、1931年から1936年にかけて「高橋財政」を推進したのです。

「金輸出再禁止」を通じて管理通貨制度を導入、さらに日銀が引き受ける形で国債を発行し、大々的に金融緩和を実施することで消費の誘発を促しました。

また「時局匡救事業」を通じて農村部で公共事業を実施し、雇用の創出を図ったのです。このほかにも為替を円安に誘導することで輸出の促進もしています。

「高橋財政」の結果、日本は世界でもっとも早い1933年には、世界恐慌の影響から脱することに成功しています。

ただし史料的には、ニューディール政策が「高橋財政」を参考にしたという形跡はありません。この近似性は、恐慌脱出という共通の課題に直面した各国が、経験則的に同じ結論にたどり着いたものだと考えられています。

世界恐慌の経緯がわかる一冊

大暴落1929 (日経BPクラシックス)

2008年09月25日
ジョン・K・ガルブレイス
日経BP社

 

本書は、世界恐慌が起こるきっかけとなった株価大暴落の前後を中心に、さまざまな人の発言や行動を詳細にまとめたものです。

初版が発表されたのは、1955年のこと。今日から見れば古典ともいえる作品ですが、これだけ長く読み続けられているのは、世界恐慌のきっかけとなった株価大暴落に関する描写が示唆に富んでいるからでしょう。

当時の人々は、楽観的な予測のもとで投資に熱中していました。株価暴落後も対策は遅れ、被害が拡大することとなるのです。その心理は、バブル崩壊やサブプライムローンなど、後に発生する経済危機と非常に似通っているといえるでしょう。

文章が非常に読みやすいのが特徴。まるで小説のように、ニューディール政策を実行するにいたった経緯を読むことができます。

世界恐慌とニューディール政策の全体像がわかる一冊

著者
秋元 英一
出版日
2009-02-11

 

作者の秋元英一は、アメリカ経済史が専門の経済学者。本書では、専門家から見た市場崩壊のメカニズムや、恐慌に対する国民の反応、そしてニューディール政策の特徴などを解説しています。

当時の新聞記事などを活用することで、恐慌の実態が生々しくわかるでしょう。またニューディール政策が与えた影響も記されているので、さまざまな施策がどんな効果をもたらしたのかも知ることができます。

さらに「高橋財政」や「金本位制」にも言及しているので、世界恐慌の全体像を押さえることができる作品だといえるでしょう。