宇江佐真理おすすめ作品6選!平凡な日常を穏やかな筆致で描く時代小説!

更新:2021.12.13

江戸の市井に生きる人々の暮らしを生き生きと再現してくれた宇江佐真理の作品の中から厳選して6作品、ご紹介します。いつまでも心に残る作品ばかりです。

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函館の地から見える江戸の暮らしを描いた宇江佐真理

宇江佐真理は、1949年函館生まれの作家です。函館大谷女子短期大学卒業後、会社勤めをしながら小説を書いていました。29歳で結婚後、1995年『幻の声』でオール讀物新人賞を受賞してデビューしました。2000年『深川恋物語』で吉川英治文学新人賞、2001年『余寒の雪』で中山義秀文学賞を受賞しています。

宇江佐真理は、江戸に暮らす市井の人を題材にした時代小説作品が多く、江戸の町を生き生きと描いていますが、実は生まれも育ちも函館で、函館を出たことがなかったというから驚きです。では、なぜ江戸の町を隅々まで知り尽くしているかのような細かい描写ができたのかと言えば、江戸古地図の存在と、彼女の類い稀なる想像力の賜でしょう。

江戸の暮らしを書いた代表的なシリーズものに、「髪結い伊三次捕物余話」シリーズや「泣きの銀次」シリーズがあり、シリーズもの以外にも数多くの作品を書きました。

また、宇江佐真理は、自分の地元である北海道の松前藩や蝦夷藩を舞台にした、『蝦夷拾遺 たば風』などの作品も残しています。松前藩の話を書くことは、ライフワークになっていたということです。

彼女は、台所に置いたテーブルの上で執筆を続けたそうです。歴史に名を残すような人でなくても、毎日を丁寧に生きている庶民の生活を愛しく感じている宇江佐真理の書く小説は、とりたててドラマチックなことがなくても、読んでいてほろりとさせられることが多いのです。誰もが、普通に繰り返している日常の中で、ふとした時に感じるちょっとした喜びやちょっとしたさみしさに似たものを、彼女の小説の中に見つけることができるからではないでしょうか?

普通の人の物語をまだまだ書いて欲しかったのですが、病を得て、2015年11月7日、66歳で永眠しました。「髪結い伊三次捕物余話」シリーズ11作目の『明日のことは知らず』の“文庫のためのあとがき”で彼女は、自身の病気に触れ、「私の病状が悪化して、よれよれのぼろぼろになっても、どうぞ同情はご無用に。私は小説家として生きたことを心底誇りに思っているのであるから。」と書いています。

読者も、宇江佐真理の小説と出会えたことをこの上なく幸せに思っているのです。

宇江佐真理の代表シリーズ

このシリーズは、自分の店を持たず、客の家に出張して仕事をする“廻り髪結い”の伊三次が主人公です。伊三次は、両親が早くに亡くなったので、姉の嫁ぎ先に引き取られました。義兄は髪結いの技術を教えてくれましたが、姉達に息子が多いのでいつまでたっても下働きで、自分の店が開ける見込みがなかったことから姉の家を飛び出して廻り髪結いをするようになります。

妻のお文は、生まれてすぐに養女に出されて両親の顔を知らずに育ちました。男勝りで曲がったことが大嫌いなお文は深川で芸者をしており、相手が誰であろうと自分の意見を言う強さを持っています。

口数少なく意地っ張りで男前の伊三次と、曲がったことが大嫌いな姉御肌のお文。はじめ25歳だった2人は、けんかをして別れたこともありましたが、お文の家が火事で焼けたことをきっかけに結婚し、伊与太・お吉という1男1女の子どもをもうけます。若かった2人も子ども第一に生活するようになっていきます。

 

著者
宇江佐 真理
出版日


伊三次とお文の会話によく登場する「おかたじけ」「おきゃあがれ!」などの江戸独特の言葉に流れる粋な雰囲気が素敵で、憧れてしまいます。

伊三次には、廻り髪結い以外に、北町奉行廻り同心である不破友之進の小者というもうひとつの仕事があります。不破とは長年にわたって家族ぐるみのつきあいをしているため、不破の息子の龍之進、娘の茜、妻のいなみの作中登場回数も多いです。少年だった不破の息子・龍之進もいつしか父親と同じ同心への道を歩み始めます。

不破と伊三次が探っていく事件と、お互いの家族の成長を軸に話が進んでいきます。

家族の変化も感慨深いのですが、登場人物がそれぞれ、人との絆を大切にしている姿や、普通に送る日々の大切さが、じんわりと感じられる作品です。

この「髪結い伊三次捕物余話」シリーズは、1作目の『幻の声』から16作目の『擬宝珠のある橋』まで約20年にわたって書き続けられました。

銀次はなぜ泣くのか?怖いからじゃない、命がいたましいから泣けるのだ!

主人公の銀次は、北町奉行所の定廻り同心・勘兵衛の下で小者として働いています。老舗の小間物問屋の息子として生まれた彼ですが、裕福な実家を勘当されてまで、小者でいたのには、ある理由がありました。

どんなやくざ者や人相の悪い者にもひるむことのない銀次ですが、事件現場で死体を見ると泣きじゃくる癖のため、「泣きの銀次」と呼ばれていました。

銀次には、18歳の時、最愛の妹がお稽古事の帰りに暴漢に襲われ殺害されたという過去があります。それ以来、銀次は妹を殺した犯人を自分の手で捕まえるために、その件を調べていた同心の勘兵衛のもとで働くことにしました。ところが、岡っ引きとなっても、死体を見るたびに、その人の生きていた時の笑顔が頭に浮かんで、泣くのを止めることができなくなっていたのです。

泣きじゃくった後、銀次がきまって顔を見に寄るのは、勘当された実家の女中をしているお芳のところでした。銀次のことを坊ちゃん扱いすることもなく、さっぱりとした気性の持ち主のお芳といると、なぜだか銀次は、弱いところも隠さずさらけ出せて安心できるのでした。

さて、勘兵衛、銀次、そしてお芳の父親であり、銀次と共に勘兵衛の小者を務めている弥助が、疑いを持って見ている人物がいました。それは、湯島の昌平黌の学者・叶鉄斎です。鉄斎への疑惑とは?銀次は、妹の仇をとることができるのでしょうか?

 

著者
宇江佐 真理
出版日
2000-12-08


無惨な事件が起こるのにも関わらず暗くよどんだ雰囲気がしないのは、銀次をはじめとする登場人物達のからっとした江戸っ子気質が、お互いをさりげなく気遣う陽性の優しさに満ちているからだと思います。

このシリーズは、この後に『晩鐘-続・泣きの銀次』『虚ろ舟 泣きの銀次 参之章』の2冊が出ています。

永遠のベストカップル、権佐とあさみ

仕立屋の家に生まれ、10歳から父親の下で修業を続けてきた権佐は、父親の診療所で蘭方医として働く女房のあさみの実家に寝泊まりし、昼間は自分の実家に仕立ての仕事に通うという生活をしています。そして、ひとたび事件があれば、南町奉行所の与力・菊井数馬の小者としても活躍しています。

あさみとの間にできた5歳のお蘭はかわいい盛りで、権佐は、あさみが忙しく立ち働いている時にはお蘭の手を引いて散歩に出かける優しい旦那さまでもあります。

そんな権佐の身体には計88箇所の刀傷があり、痛々しい容貌なので初めて権佐を見る人は、ぞっとした表情で怖がるのが常でした。

医術の勉強を終えて長崎から帰ったばかりのあさみが往診の途中で襲われていたところを助けた際に負った傷でした。それまで結婚話に見向きもせずにただ医学の道に邁進していたあさみは、その時、命を賭けて自分を守ってくれた権佐にぞっこん惚れてしまったのです。父親と2人で、権佐の傷の手術を終えた後になんとか権佐が回復してから2人は結婚しました。

権佐の両親、あさみの父親は仕事で忙しい2人をさりげなく助け、孫のお蘭を可愛がり、夫婦の間はいつもお互いを思いやる温かさに満ちていますが、満身創痍の権佐の体はいつまで保つかわからない状態でした。

そんな中でも、まわりで事件が起これば不自由な体を押して人を助けに行く権佐に、あさみは言いしれぬ不安を抱えていたのです。

権佐の体がいよいよ弱ってきた時に、こともあろうにお蘭が誘拐されてしまいます。お蘭の無事を祈る家族でしたが……。

 

著者
宇江佐 真理
出版日


この物語は、何度読んでも、結末がわかっていても後半で涙を止めることができません。物語全体に流れている優しさ、切なさが胸を打つのです。床に伏している権佐の耳に聞こえてくる、魚屋・青物売りなどの声、診療所の父娘医者と患者との会話も情緒に満ちていて、知らず知らずのうちにこの作品の世界に引き込まれていきます。

不思議な料理と人の優しさにふんわりと包まれる

北町奉行所隠密廻り同心である正一郎のもとに嫁いだのぶ。嫁ぎ先の舅で変人と言われている椙田忠右衛門は、とってもお茶目で、嫁ののぶを可愛がり、楽しい会話でのぶの気持ちをほぐしてくれます。姑のふでも、口はきついのですが実はいつも温かい表情でのぶを見守っています。

義理の父母に恵まれたのぶですが、最大の悩みは、夫と心が通じ合わないことでした。めったに笑わない夫は、いつも厳しい表情で、視線もきつく、のぶは、夫がいると緊張してしまうのです。

 

著者
宇江佐 真理
出版日
2007-07-14


そんな椙田家の日々を、食い道楽の忠右衛門の興味ある食べ物をモチーフにして描いた物語です。

忠右衛門は、自分が食べておいしいかった食べ物をノートに書き留めていました。ふとノートを見たのぶの目に入ってきたのは、「のぶの雑煮」という文字です。忠右衛門の希望に合わせて、用意していた昼食をうどんから雑煮に変えたりするのぶの優しさが忠右衛門にも通じているのでしょう。

忠右衛門の持ち家を借りている幇間の今助も、さりげなくのぶに優しくしてくれます。

この作品も、何回読んでもふんわりとした優しさにじーんときて、また何年か経ったら読んでみようと思えるのです。

宇江佐真理の遺作

宇江佐真理最後の長編小説です。

醤油問屋に生まれ、ひょんな縁から奉行所の同心のもとに嫁ぎ、子どもを育てあげ、夫を看取ったうめは、決意しました。かねてから秘めていた、“どんな狭い部屋でもいいから、ひとりで気ままに暮らしたい”という思いを実行することにしたのです。

結婚の際にうめに助けてもらって恩がある義妹のつねも、あれこれと手助けしてくれ、いよいよ始まったうめのひとり暮らしは、思っていたほど気ままでもなく、親戚のもめごとに巻き込まれてドタバタのうちに過ぎていきます。

 

著者
宇江佐真理
出版日
2016-03-18


本作は、作者が亡くなり未完のままなのですが、読んでいて、宇江佐真理が、主人公であるうめに、病を得てから感じるようになった自分の思いを重ねているのかもしれないと思いました。

女の人生について考えさせられる、珠玉の言葉がたくさん詰まった作品です。

「食事の支度をして、洗濯をし、掃除をし、買い物をする。そんな女の毎日をつまらないと思うことがあったが、それが実は生きている張りでもあったのだ。」という一節が心に迫ってきましたが、前述した『斬られ権佐』でも、“生きる張り”という言葉が出てきました。

途中で終わったこの本を閉じて、生きる張りが持てる人生は、幸せだと気づきました。

宇江佐真理が描く、江戸時代版「ロミオとジュリエット」

江戸から数日離れた山間で、1歳になったばかりの村の庄屋の娘が忽然と姿を消します。激しい雷雨の日で、山の大木に雷が落ちた日でした。村や藩をあげて山探しもしましたが、見つかりません。

時は過ぎ、娘の兄二人のうち、長男は庄屋を継ぐために研鑽し、次男は縁あって清水徳川家に奉公にでます。清水家の当主斉道は心の病を抱えており、庄屋の次男とは気が合いませんでしたが、やがて次男の真摯な態度に心癒され、次男を士分に取り立てるのです。

一方、村では娘が15年ぶりに帰ってきていました。山の中で、娘をさらった男が育てていたのです。娘としてのしつけを受けていない娘は自由奔放にふるまいます。

そんな村に、娘の兄の縁により斉道が心の病を癒すためにやってきて、二人は出会うのです。

斉道は、お殿様として何不自由なく暮らしているようで、屋敷の中では籠の中の鳥のように閉じ込められた毎日を送っていました。そんな日常から一変し、物には恵まれていなくとも自由にのびのびと暮らすことのできる田舎の生活は、お殿様の心の病も癒します。そして娘とお殿様は身分の違いはあれど、自分にないものをお互いに認め合い、やがて恋に落ちるのです。

著者
宇江佐 真理
出版日
2004-02-25

満開の桜のそばで、二人は身分を超えて愛し合うのです。爽やかな風と満開の桜が散る風景はとても美しく描かれています。美しい描写が運命的な出会いを盛り上げるのです。運命の二人の将来はどうなるのでしょうか。

宇江佐真理は、時代劇を題材にして人と人の感情の機微を描くのがうまい作家です。『雷桜』でも、娘やその家族、殿様やその家来衆の気持ちを丁寧に描いています。時代劇だからこそ題材となる身分を超えた禁断の恋愛劇をお楽しみください。

宇江佐真理の作品を6つ、ご紹介しました。これから新しい作品は出ませんが、彼女が遺してくれた作品は、人生の節目で何度でも読み返したい作品ばかりです。

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