アンデルセンが生み出した童話「人魚姫」。人間になるかわりに声を奪われ、王子への恋心を実らせることなく泡となり消えてしまうストーリーですが、実は原作はそこで終わってはいないのです。この記事では、原作のあらすじや人魚姫が声を奪われた理由、物語に込められたキリスト教の教えなどを解説していきます。またおすすめの絵本や児童書も紹介するので、ぜひご覧ください。
アンデルセン童話のひとつ「人魚姫」。作者は、デンマーク出身の作家ハンス・クリスチャン・アンデルセンです。彼自身の生い立ちや経験をもとにした作品が多く残されていて、なかでも人魚と人間の叶わぬ恋を描いた本作は、彼の失恋から誕生したそうです。
では「人魚姫」の原作のあらすじを見ていきましょう。
主人公は、人魚の姉妹の末っ子です。15歳の誕生日を迎え、海上の世界を覗くことを許してもらいました。船に乗っていた美しい王子を見かけて恋をしますが、その日の夜に嵐が来て、王子は海へと放り出されてしまいます。
人魚姫は王子がおぼれないようにと一晩中支え続けました。しかし人魚の掟で海上の人間と触れ合うことは禁止されていたため、朝になると岸辺に寝かせ、離れた場所から様子をうかがうのです。そこへひとりの修道女がとおりかかり、王子に気付いて連れていったため、人魚姫も安心して海の中へと帰ります。
この日を堺に人間に興味をもった人魚姫。しかし祖母からは、「人魚と違い人間は短命」「人魚は死ぬと泡になって消えるが人間は魂が天国に昇る」「人間が人魚を愛することはない」などと言われます。
それでも想いが募り、どうしても王子のもとへ行きたくなった人魚姫は、海の魔女を尋ね、尾びれを人間の足に変える薬をもらいました。ただし、海で泳ぐのとは異なり地上を歩く時は激痛がともなうこと、王子から愛してもらえなければ泡になって消えてしまうこと、足と引き換えに声を失うことを告げられます。
それでも彼女は薬を飲み、念願の足を手に入れ、人間の姿となりました。
気が付くと岸辺に倒れていた人魚姫。とおりかかった王子に助けられますが、話すことができません。王子とともに宮殿で暮らせるようになりましたが、あの時助けたのは自分だと伝えたくても告げられず、王子は自分を助けたのが修道女だと思ったままでした。
そんななか、王子に縁談の話が持ち込まれます。しかも相手は、王子が命の恩人だと勘違いしている修道女でした。彼女は教養を身に着けるため修道院に入っていた隣国のお姫様だったことも判明し、王子は喜んで結婚してしまうのです。
悲しみに暮れている人魚姫のもとへ、姉たちがやって来ました。そして「これで王子を刺せば人魚に戻れる」と、魔女から受け取った短剣を渡すのです。
しかしどうしても王子の幸せを奪うことができなかった人魚姫は、海へと身を投げ、自ら死を選びました。
泡になった人魚姫。しかし消えることなく、なんと風の精に姿を変えます。周りの精から「人間に温かな風を送り続けることで魂を得られる」と教えてもらうと、お姫様の額に接吻し、王子へ微笑みかけ、風となって仲間たちとともにその場から去っていきました。
人魚たちが暮らす海の中は、人間界とは異なり自由な世界。勉強や労働とは無縁で、最大のコミュニケーションは「会話」だったでしょう。
一方で人間も、移動手段である「足」がなければ誰かと出会うことはできません。
人魚であることを捨てて人間になることを選んだ人魚姫に対し、「足」と引き換えに「声」を奪うことは相応であると魔女は考えたのかもしれません。
また、足を手に入れることができても、地上を歩く時は激痛がともなうようになっています。もしも人魚姫の恋が成就し彼女が人間として地上で暮らすようになった場合、人魚たちのなかから彼女を悪く言う者が現れるかもしれません。人魚姫が被った苦しみや痛みは、魔女からの警告だったとも考えられます。
作者のアンデルセンは、熱心なカトリック教徒として知られています。「人魚姫」をはじめ、「マッチ売りの少女」などいくつかの作品にはその信仰心が込められているのです。
物語のなかで、人魚姫の祖母が「人魚と違い人間は短命」「人魚は死ぬと泡になって消えるが人間は魂が天国に昇る」と語るシーンがあります。
キリスト教における「魂」とは、天国に昇ることで「永遠の命を得る」と解釈されるもの。
人魚は何百年という長い年月を生きられるため現世を満喫できますが、ひとつの人生を終えると泡になって消えてしまいます。一方で人間は寿命を迎えると天国に行き、新たな人生を歩みはじめるのです。
つまりキリスト教でいう「永遠の命」というのは、けっして不死や長寿ということではなく、「救い」と呼ばれる魂の道筋だと考えられるでしょう。
人魚姫は最後に、風の精として生きることで「魂」を得られると教えられます。そして、自分の命よりも王子の幸せを願って、お姫様のことを妬むこともなく、2人を祝福しながら風になりました。
人魚姫が王子に惹かれる恋物語が描かれている本作ですが、最終的にはすべての人を愛し慈しむことを選ぶ、キリスト教の教えが込められた物語でもあるといえるでしょう。
- 著者
- ハンス・クリスチャン・アンデルセン
- 出版日
- 1984-05-16
翻訳家であり北欧文学者でもある大畑末吉が訳を担当した本書。日本初の、原典であるデンマーク語から日本語に訳されたアンデルセン童話です。全7巻で、1巻には「人魚姫」を含む16作が収録されています。
大自然や登場人物たちの様子がみずみずしく描かれていて、軽快な文章がイメージを膨らませてくれます。童話というと何かしらの教訓が込められていることが多いですが、本作はそれを差し引いても、物語の情景描写で楽しめるところが魅力です。大人の方も満足できる一冊でしょう。
- 著者
- ["アンデルセン", "曽野 綾子"]
- 出版日
美しくて繊細ないわさきちひろの水彩画と、曽野綾子の気品がありながらも優しい文章が「人魚姫」の世界観にマッチしています。
「かなしみではなく、ひとをあいしたよろこびにつつまれながら、たかいたかいそらへのぼっていきました。」(『にんぎょひめ』より引用)
本作のラストは、泡になった人魚姫が天に昇っていくというもの。悲しいだけではない終わり方が秀逸です。
- 著者
- ["ハンス・クリスチャン・アンデルセン", "マーガレット・C・マローニー"]
- 出版日
- 1985-08-01
まるで絵画のような表紙のイラストが印象的な本作。手掛けたのはラズロ・ガルで、もともとは1mほどのキャンバスに描かれたものだったそうです。その壮大さと優雅さにページをめくるたびに圧倒されてしまうでしょう。
文章は、原作をもとにマーガレット・マローニーが再話したもの。細かな描写なども省略されておらず、原作の世界観をしっかりと楽しめるでしょう。
文章量も多いので小さなお子さんが絵本として読むのは難しいですが、ゆっくりと読み聞かせをしてあげてもいいかもしれません。