謎の男・伊兵衛から提案された、金を巡る悪巧み。4人の男たちの運命とは……。 本作は、『蟬しぐれ』『隠し剣』シリーズなどで知られる藤沢周平の、サスペンス時代小説です。講談社から出版され、その後『藤沢周平全集』第13巻にも収録されました。講談社文庫・中公文庫等からは、文庫本としても刊行されています。また2019年2月からは、映像化作品が時代劇専門チャンネルにて放送予定です。 このページでは、そんな話題作『闇の歯車』についてご紹介させて頂きましょう。
謎の男・伊兵衛に誘われ、4人の男達が、とある商家から七百両もの大金を強奪しようと企むサスペンス時代小説。この項では、本作品のあらすじ、映像化の情報ををご紹介させて頂きます。
時代劇専門チャンネル開局20周年記念作品として映像化された本作は、2019年2月9日からのテレビ放送に先駆けて、2019年1月19日より東京・丸の内TOEIの他全国5大都市を中心に、映画館にて期間限定上映が決定しています。
キャストは主演・瑛太(佐之助)、橋爪功(伊兵衛)をはじめ、緒形直人、大地康雄、中村蒼など、豪華顔ぶれ。監督はテレビドラマ「鬼平犯科帳 THE FINAL」の山下友彦、制作は時代劇専門チャンネル、スカパー!、東映となっています。
- 著者
- 藤沢 周平
- 出版日
- 2005-01-14
脅しを請け負って金を貰い、その日暮らしを続けるやくざもの・佐之助は、ある日行きつけの酒亭・おかめで謎の男から儲け話を持ちかけられます。簡単な仕事を手伝うだけで百両が手に入る、という詐欺の常套句のような誘い文句に、一旦は話を断りましたが……。
おかめの常連である4人の不運な男達を、押し込み強盗に誘う謎めいた男・伊兵衛。佐之助、そして浪人・伊黒清十郎、白髪の老人・弥十、商家の若旦那・仙太郎はそれぞれの事情を抱えて、言葉巧みな伊兵衛の誘いに引き込まれていくのでした。
綿密な下調べの上に立つ大胆な計略。犯行時刻は、人通りが途絶える逢魔が刻。一攫千金を夢見て闇の歯車になろうとする男達と、彼らを取り巻く女達の人生の歯車が、静かに狂い始めていくのです。そのさまが、緊張感溢れる展開で描かれていきます。
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藤沢周平(生没年1927~1997年)は、山形県出身の小説家です。江戸時代を舞台とした時代小説作品を多く残しており、『たそがれ清兵衛』など多くの代表作が挙げられます。そのなかでも『蟬しぐれ』他、架空の藩「海坂藩(うなさかはん)」を舞台とした作品群が有名です。
1971年に『溟い海』で「オール讀物」新人賞を受賞。翌年には『暗殺の年輪』で直木賞を受賞した他、多数の受賞歴があります。また1995年には紫綬褒章も受賞しており、没後に山形県県民栄誉賞を贈られるなど、広く親しまれた時代小説家でもありました。
また、彼の作品を深く理解できるスポットとしては、山形県鶴岡市にある「鶴岡市立藤沢周平記念館」もありますので、興味がある方はぜひ足を運んでみてください。
蝉しぐれ (文春文庫)
『蟬しぐれ』は先程触れた「海坂藩」を舞台に、少年藩士・牧文四郎の半生を描く長編時代小説です。
養父・助左衛門が政争の秘事に関わって突然切腹を命じられてしまった事から、罪人の子として苦境を強いられるなかで成長していく少年・文四郎。
親友・小和田逸平、島崎与之助との変わらぬ友情や、文四郎を慕う武家娘・ふくとの淡い恋、鬱屈した気持ちを昇華させていく剣の道などが、蟬しぐれとともに過ぎていく年月のなかで描かれていきます。
2005年公開で映画化もされており、主演は市川染五郎、主人公に恋心を寄せる女性・ふくを木村佳乃が演じました。監督は黒土三男。2003年には同監督による脚本でテレビドラマ化された他、『若き日の唄は忘れじ』というタイトルで、宝塚歌劇団のミュージカル作品として上演もされました。
危険な仕事から足を洗うきっかけが掴めずにいる佐之助をはじめとして、本作の登場人物達はさまざまな事情を抱えています。
重い労咳を患う妻を養い、彼女に死が迫っている事を感じて虚しさを抱える真面目な浪人・伊黒清十郎。若い頃に博打のもつれで人を刺し、江戸払いになって30年も旅暮らしをしてきた白髪の老人・弥十。そして、婚約者との結婚を控えているのに情婦との別れ話を切り出せず、悶々と日々を過ごす商家兵庫屋の若旦那・仙太郎……彼らはおのおの抱えた事情から、おかめで酒を呑まずにはいられないのでした。
そのなかでも一際気になる人物。それが商人風の身なり、終始愛想のよい笑顔、しかし、どこか得体の知れない雰囲気を持つ五十前後の男ーー主人公達を押し込み強盗へと誘う、伊兵衛です。
彼は主人公達の抱えている事情を事細かに承知しており、言葉巧みに協力者として誘い込みます。同様の手口で、かつて幾度も押し込み強盗を成功させてきたという彼。一体何者なのでしょうか。
それは彼を追う定町廻り同心・新関多仲(にいぜき たちゅう)の登場によって、徐々に明かされていきます。彼は伊兵衛が押し込みの主犯であると疑って、手下の芝蔵(しばぞう)とともに彼を追っているのです。
物証などないなか、彼はなぜ伊兵衛を追うのでしょうか。そして、表向きは金貸しを営んでいる伊兵衛の裏の顔を暴く出来るのでしょうか。
それは、ぜひ本編を読んでお確かめください。
1976年「別冊小説現代」新秋号に「狐はたそがれに踊る」というタイトルで掲載された本作品。そして単行本化に伴って改題され、『闇の歯車』となりました。
狐に該当する人物は、この企みを主導する男・伊兵衛でしょう。彼は江戸の闇に通じる人間でした。では「闇の歯車」とは、一体何を表しているのでしょうか。この項では、それを考察してみたいと思います。
歯車とは、噛み合っていなければ正常に動作しないものです。闇の社会に足を踏み入れ、その歯車となって犯罪を担う主人公達は、伊兵衛自身も含めて、企みを円滑に回すための部品であるともいえます。
しかし、それが「人間」であるという事が、歯車としての動きを少しずつ狂わせていくのです。心があり、弱さがあり、闇もあれば光もある。人間は、機械のようにただ正確に作動する、という事にはいきません。
そうやって生じていくズレは、他の歯車をも狂わせていき、やがて結末を意外な方向へと導いていくのです。「闇の歯車」とは、そうならざるを得なかった、けれど部品にはなり切れなかった人間達を指しているのかもしれません。
登場人物達の綱渡りのような人生事情が、物語に緊張感を与えています。この項では、そんな本作のサスペンス要素についてご紹介していきましょう。
若干ホラーな薄ら寒さを感じさせるのが、若旦那・仙太郎と、情婦・おきぬの関係です。魅力的な婚約者・おりえに惹かれる仙太郎は、すでに嫌悪感すら感じているおきぬとの関係を断ち切りたいと望んでいます。
しかし、ぞっとするような真顔で「別れるなら殺す」と言ってのけるおきぬが恐ろしく、話を切り出せずにいるのでした。体の関係さえ続けられれば、彼女は彼が嫁を貰っても構わないと言います。
押し込み強盗に荷担し、百両の手切れ金で円満に別れ話を進めようと考える仙太郎ですが、事はそううまく運びません。おりえは、おきぬの存在に気が付いていたのです。「絶対におきぬと別れる」とおりえに約束させられた仙太郎。彼らの凄絶な男女のやり取りは、まるで火曜サスペンス劇場のよう……。
4人の主人公達それぞれに趣の違うサスペンス感が感じられる展開は、スピード感があり、続きが気になって、ついつい読み進めてしまうでしょう。
佐之助は、3年前にいなくなった女房・きえの事が心に引っ掛かっていました。彼の博打癖を「今に恐ろしい事になるのではないか」と怖がっていた彼女は、不意に姿を消してしまったのです。
彼女が心配していたとおり彼は博打で身を持ち崩し、今は半端なやくざものとして、その日暮らしをしています。しかし、ここから抜け出そうという気力は、今もわいてはこないのでした。
けれど、おくみという女を助けた事から、彼の心は少しずつ変化を見せ始めます。同じ長屋の畳職・源助の元女房である彼女は、不義が元で夫婦別れをしたと噂のある女ですが、何度も元夫の元を訪ねてはとりなしを求めているのです。
しかし源助は、1度たりとも彼女を家に上げることはなく、消沈したおくみが長屋を後にするさまを、今まで何度か見かけていました。
そんな彼女が源助を訪ねて来た折りに体調を崩し、見かねた佐之助は家に泊めて医者を呼び、看病をしてやります。そのうちに情が移って、彼女がこのまま居てくれないだろうか、と望むようになった佐之助。
そして薬代がかさみ、彼はやくざ仕事を受けにいく事になります。そこで持ちかけられたのは、なんと殺しの依頼でした。咄嗟に断ってしまった彼は、しかし他に生計の術を持ちません。けれど、おくみを養う金が、人を殺して得たものではいけないような気がして、彼はやくざ仕事の元締めから離れる決意をします。
そして彼は、1度は断った伊兵衛の誘いに乗る事にしたのでした。けれど、その決意を固めた矢先におくみが姿を消してしまい、彼はあてどなく虚しさと虚脱感を抱える事になるのです。
- 著者
- 藤沢 周平
- 出版日
- 2005-01-14
そして、ついに押し込み強盗を働く段になり、集結する佐之助達。逢魔が刻に、首尾よく人通りの絶えた往来、人目を盗み商家に入り込んだ彼らは、目的の七百両を手に入れますが……。
佐之助は押し込み強盗の現場で、意外な人物と再会することになります。そして、それが彼の運命を変える事に繋がっていくのでした。
佐之助が見いだす希望、そして、それがまた失われ、けれど別の感情が彼を支えて突き動かしていくさまは、緊張感と緊迫感に溢れていて読みごたえがあります。そして犯罪は成り、物語は意外な展開を見せ始めるのです。
それぞれの男達に迫る運命。すべてを終えた佐之助に訪れるやり場のない怒りや虚しさが、仄かな物悲しさと、暖かな希望に変わっていきます。それは読者の心に、確かな明かりを灯すでしょう。
展開が早いので読みやすく、小説初心者にもおすすめの作品です。ぜひ、ご一読ください。