本作をご存知でしょうか。2017年の本屋大賞で2位に輝いた、森絵都のベストセラーです。 公教育に疑問を持ち、学習塾という新たな教育を作り上げていった、親子3代に渡る物語。昭和から平成に至るまでの学習塾の変遷が描かれているので、どの世代の人にも読みやすい作品なのではないでしょうか。今回はこの『みかづき』のあらすじや名言、結末、そしてドラマ化について解説していきます。
物語は、戦争が終わって第1次ベビーブームが起こり、子供の数が飛躍的に増えていた昭和36年から始まります。
小学校の用務員をしながら、補習として子供たちに勉強を教えていた大島吾郎は、その子供の親・赤坂千秋から熱烈な誘いを受け、学習塾を立ち上げることになるのです。
- 著者
- 森 絵都
- 出版日
- 2018-11-20
舞台は千葉県八千代台市。そこで巻き起こる学習塾のブームによる大手の参入、「補習のための塾」から「進学塾」への方針転換、それによる反発……。
世の中の「教育の在り方」に翻弄されながらも、親子3代に渡ってそれぞれの理想の教育を模索していく物語。2017年の本屋大賞では2位に輝き、2018年11月には文庫化もしています。
そして2019年1月には、NHKで連続5回のテレビドラマ化。主人公の大島吾郎には高橋一生、ヒロインの赤坂千明は永作博美が演じました。
本作では、昭和から平成にかけての塾の変遷が描かれています。モデルになったのは、千葉を本社とする進学塾「市進学院」。昭和40年から塾をはじめ、昭和53年には教室を展開するなど業界の先駆けとなり、今なお関東で多くの学習塾を開いています。
作者による数年におよぶ徹底取材では、さまざまな塾関係者へのインタビュー、資料の読み込みはもちろん、その時代の総理大臣は誰だったのか、世界情勢はどうだったのかなどの歴史までをも細かくまとめていったそう。
年表を作り、それと塾・教育業界との出来事を照らし合わせて、物語を作り込んでいきました。
教育業界、世の中の情勢に合わせ、さらに家族としての考え方も時代に沿って描かれている本作は、まさに徹底取材のたまものといえるのではないでしょうか。
- 著者
- 森 絵都
- 出版日
- 2006-05-25
作者の森絵都は、1990年に『リズム』で小説家デビュー。主に児童文学を手掛けていました。1995年には『宇宙のみなしご』で野間児童文芸新人賞、産経児童出版文化賞ニッポン放送賞を受賞。2000年に発行された『DIVE!』はアニメ化もされましたが、以降は児童文学から疎遠になります。
しかし、2014年に『クラスメイツ』で約12年ぶりに児童文学へ復帰。中学生の1年間が同級生24人の視点で描かれるという連作でした。
それから約2年後、3年ほどの熱心な取材を経て、この『みかづき』が完成したのです。
本作では、塾を経営する経営者たちの話、教育の話を軸に、家族や絆の話も交えて話しが進んでいきます。そのなかで名言も数多くありますので、ここでご紹介しましょう。
「どんな子であれ、親がすべきは一つよ。
人生は生きる価値があるってことを、自分の人生をもって教えるだけ」
(『みかづき』より引用)
親にはいろいろな役割がありますよね。しかし「子供のためを思って」やることの多くは、子供の成長を阻害してしまいがちです。そんななか、この名言は「自分の行動を子供に見せる」ことが1番だと諭しています。世話を焼くことが必ずしもよい、ということではないのですね。
誰の言葉にも惑わされずに、自分の頭で考えつづけるんだ。
考えて、考えて、考えて、
人が言うまやかしの正義ではなく、君だけの真実の道を行け。
(『みかづき』より引用)
親が、学校が、周りが何を言おうと、自分の頭で考えたことが1番しっくりきますよね。誰かの言ったことを鵜呑みにするのではなく、自分だけの真実を追い求めることは、自分の人生を自分で決めるという重要なことなのでしょう。
常に何かが欠けている三日月。
教育も自分と同様、そのようなものであるのかもしれない。
欠けている自覚があればこそ、
人は満ちよう、満ちようと研鑽を積むのかもしれない。
(『みかづき』より引用)
タイトルにも繋がる名言です。傲慢な人間は、それ以上の研鑽(学問などを深めるためのおこない)を怠るもの。それは、自分が十分であるという誤解から生まれるものでもあります。人間は日々成長してこそ生きている実感が湧くもの。欠けているのだという自覚を忘れないよう、成長していきたいですね。
次のページでは、本作を彩る魅力的な登場人物たちを紹介します!
さて、本作は親子3代に渡って描かれる壮大な物語となっています。親からの想いが子へ受け継がれ、そして物語が紡がれていくのです。ここでは、そんな物語に彩りを加える、魅力的な登場人物をご紹介しましょう。
まずは、主人公で用務員から塾講師になった大島吾郎。用務員ですが、教えることに関してはかなりの実力があります。そして、娘をとおして彼の噂を聞きつけて塾講師にスカウトしたのが、赤坂千明です。
この2人が、塾という舞台をとおして、教育というのものの是非を問いていきます。
千明には蕗子という娘がおり、その子の存在が吾郎を知るきっかけとなりました。やがて、吾郎と千明は結婚し、2人の子供をもうけることに。次女の蘭は成績優秀、将来は千明の経営する塾で働くことになる人物です。3女の菜々美は一転、勉強が嫌いで高校卒業後は海外で生活するなど、奔放な性格に育ちます。
塾のスタッフには、千明がスカウトしてきた勝見、おおらかな性格の上田、有能な国分寺という教師たちが所属。経営を支えていくのです。
後半には、蕗子の長男・一郎の話や、蘭の夫・佐原修平など夫婦とその家族を中心に、塾を支えた主要人物たちの物語は進んでいきます。教育を軸に家族の在り方、個人の考え方、そして、その考えに対するそれぞれのぶつかり合いが描かれていくのです。
強く前を向いて前進していく千明と、穏やかにそれを支える吾郎。そして、まったく性格の違う娘たちが成長していくさまは、まさに見ごたえがあります。
吾郎の教育者としてのカリスマ性に千明はかないませんが、彼女の志も熱さも負けていません。もしかしたら、この2人は「太陽と月」のような存在だったのかもしれないですね。
親子3代で描かれる学習塾のお話は、もちろん一筋縄ではいきません。
吾郎はあくまでも、塾とは学校の勉強を補助するものである、というスタンスを崩しません。一方、千明は公教育に疑問を抱き、進学塾としての方針を固めていきます。共同経営者を勝手に決めてくるなど猪突猛進の彼女にあきれながらも、吾郎は一緒に塾を経営していくのです。
しかし昭和55年、進学塾として自社ビルを建てて準備を進めるなかで、吾郎はついていけないと判断して塾長の座を降りてしまいます。塾長は千明にとって代わり、どんどん進学塾としての方策を打ち出して成功していくのです。
ですが、同業者からのいやがらせや塾講師たちのストライキ、さらには文科省の圧力などさまざまな災難が降りかかります。そのたびに、次女たちのサポートでなんとか切り抜けて行く千明。そんななか、突然舞い込んできた私学の買い取りの話に、千明は舞い上がります。
しかし、ついに長女・蕗子からも手伝いを断られ、他の人の説得により断念することに。
これをきっかけに、原点回帰とばかりに用務員室での補習を開始します。しかし平成11年、バブルの崩壊によって塾は縮小。都内から撤退し、千葉県内でのみで塾を展開していくのです。
さらに追い討ちをかけるように、蘭は別で学習塾を立ち上げて、千明と対立。しかし、ある事件によって蘭の学習塾は大打撃を受けます。そんな折に、千明が倒れてしまうのです。その間に学習塾を支えてくれたのは、なんと吾郎だったのでした。
国分寺は吾郎に塾を任せることにしますが、経営は悪化する一方で……。
この物語には、とても多くの波乱があり、ハラハラしながら読み進めることになります。それぞれの思い、葛藤、話し合い……登場人物たちの教育への熱い思いがあるからこそ、すれ違っていくのでした。果たして、彼らの行き着く先とは……。
タイトルの『みかづき』というのは、一体どういう意味なのでしょうか?
森絵都は、タイトルを先に決めることは、あまりないといいます。しかし、今回は千明のセリフ「学校が太陽なら、塾は月」というところから、月のイメージを連想。そして、満月でもなく三日月を選んだ理由は、吾郎のセリフからきているのだそう。
名言紹介のところでも触れましたが、教育には完成がありません。子供は育っていき、どの教育が正解なのかは時代によっても違うでしょう。そのことを、吾郎は「満月たり得ない途上の月」と表現したのです。
また、これで完成だと思ってしまっては、そこからの成長は見込めません。教育に満足があってはならない、常に三日月のように欠けていることを意識していなくてはならないという、戒めの意味も込められているのでしょう。
いつか満月になることを考えつつも、満月足りえない月。それが、この小説のタイトル『みかづき』の意味なのかもしれません。
さて、ストーリーはどのようになっていくのでしょうか?
理想の教育を追い求め、1度は袂を分かれた千明と吾郎。しかし千明の体調不良をきっかけに、再び手を取り合って塾を経営していくことになります。しかし、経営状態は悪くなる一方です。
そのころ蕗子の息子・一郎は、職に就けず転々としていました。しかし、あることがきっかけで、彼も教育に携わることになるのです。
千明とはそりが合わず、教育業界には否定的だった一郎。そんな彼は、教育というものにその後どうやって関わっていくのでしょうか。
- 著者
- 森 絵都
- 出版日
- 2018-11-20
教育業界の在り方、家族の在り方、個人の生き方。千明と吾郎、そして娘と孫たちの人生と仕事をとおして、これからの教育に対して、また生き方に対して、考えさせられる物語です。教育業界に携わる人、また家族、教育というものに関わっていく人は、ぜひ読んでみてください。
読んだ後に、自分のなかで新しい見方が生まれるかもしれません。あなたは誰の人生に共感するでしょうか。
いかがでしょうか?塾というものには関わりがあった人は、多いことと思います。今では当たり前の存在となった塾の立ち上げに、こんなドラマがあったのだと感じながら読むことができるでしょう。実際の取材に基づいたリアルさも必見です。
教育というものをとおして、家族、会社に関わる人間関係が鮮やかに描かれた『みかづき』。ぜひ手に取ってみてくださいね。