120回以上の歴史を誇る、新人の登竜門ともいえる文学賞の「文學界新人賞」。受賞作の多くが芥川賞に選ばれることからも、そのレベルの高さがうかがえる賞になっています。この記事では、文学が新しい価値観を作り出す一種の「爆弾」のようなものであることを身をもって示す、おすすめの作品を5作紹介していきます。
文藝春秋社が主催する純文学系の公募新人賞である「文學界新人賞」。受賞作は文芸雑誌「文學界」に掲載されます。
応募の規定枚数が400字詰原稿用紙で70枚以上150枚以下と、他の新人賞より少ないこと、ウェブからの応募を受け付けていることなどの特徴があります。第1回は1995年に開催され、2019年で125回目と回数を重ねていて、歴史と伝統のある賞です。
受賞作が芥川賞に繋がることが多いことから、「新人作家の登竜門」と呼ばれていて、技巧に富んだストーリー展開と卓越した構成力が光る作品が多くみられます。
第1回「文學界新人賞」受賞作で、石原慎太郎のデビュー作でもあります。一橋大学在学中に発表し、芥川賞も受賞しました。
裕福な家庭に生まれるも、喧嘩や酒、タバコなど徐々に自堕落な生活に落ちていく主人公と、そんな彼に惹かれていく少女。しかし主人公は、そんな少女の好意に嫌悪感を抱くようになり、金を払って兄に譲ろうとするのです。
その結果起こる惨状と主人公の彷徨を描き、賛否の嵐を起こしつつもベストセラーとなりました。
- 著者
- 石原 慎太郎
- 出版日
- 1957-08-07
「感情が物質になる」瞬間を描き、「太陽族」という流行語を生むきっかけにもなりました。刺激的な性描写や暴力的な表現、そしてあまりにも暴虐な主人公の姿に対し、いまだに論争の種になっています。
しかし過激な一方で、主人公が「人を愛すことのできない恐怖」を抱えていることから、豊かな時代になっても何も得ることのできない不毛さを揶揄しているのです。戦後の日本に叩きつけた、いわば挑戦状のような作品。
数多くの文学作品を発表し、後に文芸賞の審査員も務める石原慎太郎のデビュー作をぜひ読んでみてください。
南木佳士による第53回「文學界新人賞」の受賞作「破水」を収録した一冊です。
老医師と、彼の前に現れる死を待つ人々との交流や別れが淡々と語られる内容。人の死に関わり続けること、死を思い出にしてしまうことを、命を預かる医療者の目線から問いかけていきます。
- 著者
- 南木 佳士
- 出版日
主人公である老医師の前に、死期を迎えた人々がやってきます。長年の経験があるため命の現場には慣れているものの、彼はそのたびに生きていくことの意味を自分自身に問いかけていくのです。
作者の南木佳士自身も医者だからこそ書ける作品。老いや尊厳死に対し、ひとりの人間として悩み葛藤する姿がひしひしと伝わってきます。問いかけに対する答えは作品のなかで明示されていませんが、だからこそ読者がどう生きるのか、そしてどう死ぬのかを考えるきっかけになる一冊です。
長嶋有による第92回「文學界新人賞」受賞作「サイドカーに犬」を収録した短編集です。
母親が家出をし、入れ替わるようにやってきた謎の女性・ヨーコと、小学生の少女・薫との奇妙な友情を描いています。奔放な年上の女性に圧倒されつつも、しだいにのめり込んでいく薫。しかしヨーコは、「最後の夏休みに付き合ってくれ」と薫を誘い……。
- 著者
- 長嶋 有
- 出版日
- 2005-02-01
物語は、薫が幼い頃に憧れていたヨーコのことを思い出すところから始まります。母親の家出でショックを受けていた薫にとって、ヨーコはあまりにも大胆で逞しく、なおかつ魅力にあふれる女性でした。
しかしそんな彼女も繊細な一面をもっていて、その様子を薫が小学生ながらに感じ取っているのが魅力的。主人公は子どもですが、きっと彼女たちは大人が思っている以上に大人で、さまざまなことを考えていることがわかるでしょう。
淡々と日常を描いているものの、軽快な筆致ですっきりとした読後感があります。
円城塔による第104回「文學界新人賞」の受賞作です。
舞台となっているのは、「家畜すらもが日常のあまりの退屈さに死んでしまう」といわれるほど娯楽に欠ける町「ファウルズ」。1年に1度、空から人が降ってくることでも有名な町です。主人公はこの町で、空から降ってくる人をバッドで打ち返すレスキュー隊員になりました。
- 著者
- 円城 塔
- 出版日
- 2012-04-10
あれこれ難しいことを考えてしまいそうになりますが、結局は素直に読むしかない、という強烈な作品。そもそもの物語の背景や空から降る人の意味、バッドの存在など、数々の謎が登場します。
だったらいっそ、異質な読書体験にどっぷりと浸かったほうがよいでしょう。作者の言葉に操られることが、深みにはまるにつれて快感に変わっていきます。
言語表現の自由に挑戦するかのような奔放な文体で、ページをめくるだけで異質の世界を堪能できる作品です。
吉村萬壱による第92回「文學界新人賞」の受賞作です。
ある日唐突に始まった、地球規模の「進化」。生物はいっせいに異質の存在に変わり、新しいグローバリゼーションが叫ばれます。「クチュクチュと身をよじらせて、バーンと爆発する」ことの意味とは。まさに文学の進化への道筋を拓いた話題作です。
- 著者
- 吉村 萬壱
- 出版日
- 2005-08-03
作中で描かれる世界はとにかく異様な光景です。SF的展開ともとれますが、そこにあるのは作者独自の「進化」への希求と可能性の提示。「失われた20年」以降停滞してしまった日本には、さらなる変革が必要なのではないかと問いかけているようです。
さまざまな生物がさまざまに爆発する様子が描かれていて、とても現実世界に起こる出来事とは思えません。しかしよく読んでみると、彼らはまるで人間のような関係性を築いていて、その本質が問われます。
グロテスクな描写も多いので、苦手な方は注意が必要。しかしそれを上回る奇想天外な世界観が、多くの読者の心を捉えているのです。