文芸

乙川優三郎のおすすめ作品6選!時代小説で、じんわり心をあたためてみない?

更新:2016.11.26 作成:2016.11.26

時代小説で有名な、作家・乙川優三郎。最近では現代小説においても高い評価を受けています。今回は、圧倒的な筆致で、数々の賞を総なめにしてきた彼のおすすめ作品をご紹介します。

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時代小説から現代小説まで描く、作家・乙川優三郎とは?

乙川優三郎は、東京都出身、千葉県育ちの小説家。1997年に『霧の橋』でデビューしました。専門学校を卒業後、ホテル勤務や会社経営の下請けなどを経て作家となりました。酔った勢いで書いた作品が最終選考に残ったため小説を書き始めた、という衝撃的な逸話があります。

時代小説を数多く執筆したことで知られていますが、近年は、現代小説を連続して刊行しており、時代小説の執筆は途絶えています。

山本周五郎賞受賞作『五年の梅』をはじめとした数々の作品が受賞。作品の評価の高さがうかがえますね。

時代小説初の山本周五郎賞受賞作!

著者
乙川 優三郎
出版日
2003-09-28

小説新潮に連載されていた5作品をまとめた短編集『五年の梅』。2001年の山本周五郎賞受賞作品としても知られ、時代小説初の受賞に輝きました。

収録作品は、「後瀬の花」「行き道」「小田原鰹」「蟹」、そして表題作の「五年の梅」。どれも江戸時代の男女関係を描いた作品です。罵り合い、冷める愛情など、決して明るい話ばかりではありません。しかし、話の最後には希望が見え、読後はすがすがしさに包まれるはず。

表題作の『五年の梅』では、豪胆な武士が、思いを寄せる女性のために藩主に諫言し、蟄居を命じられます。女性はやがて武家に嫁ぎ、娘をもうけますが、娘は生まれつき目が見えず、嫁ぎ先のけちな性格のせいで医者に見せることもできません。武士は荒地を耕し、金を作り、娘を医者に見せようとするのでした。

表題作では、一人の女性を思い続け、彼女に尽くす武士の姿が描かれます。時代は江戸時代ですが、武士のひたむきな思いは、現代の私たちでも十分に共感できることでしょう。時代小説に難しい印象を抱いている人にも、ぜひ読んでもらいたい作品です。

武士の生きざまを、鮮やかに

著者
乙川 優三郎
出版日

2002年に刊行された短編集『生きる』。本作では、理想と現実に悩む武士たちの姿が鮮やかな筆致で描かれます。

追腹の禁止によって、生き方に苦しむ武士の姿を描く表題作『生きる』。追腹とは、主人の後を追って切腹をすることで、武士にとっては、この上ない名誉とされていました。現代では、なんだかぴんとこないかもしれませんが、武士の時代では、主人のために死ぬことこそが尊いとされていたのです。

しかし、主人の死後、部下たちが皆、後を追って死んでしまえば、その後に残る人材が残りません。これを理由に、主人公の所属する藩では、追腹禁止令が出されます。今まで名誉と言われてきたことが、突然、罪になる−−世間の人々も、主人公をはじめとする武士たちも、戸惑います。中には隠れて切腹をする者もいましたが、主人公は生きることを選びます。

当たり前だった「名誉」が禁じられ、生き方を変えざるを得ない、武士の悩み、そして苦しみ。これらに負けずに生きていこうとする姿が、リアルに描かれた作品です。

乙川優三郎初の現代小説!あたたかな登場人物が魅力

著者
乙川 優三郎
出版日
2015-12-23

著者が初の現代小説『脊梁山脈』。復員兵専用列車を探し続け、木地師の源流を求めて旅をする青年の話です。

主人公・矢田部信幸は、上海から引き揚げてくる復員兵の専用列車で、小椋という名の男と親しくなります。なにかと世話をしてくれた彼と別れ、故郷に戻った矢田部は、貧乏な暮らしをしていましたが、叔父の遺産を相続し、生活に余裕ができました。そこで、矢田部は、小椋に会いに信州へと向かいますが、そこにいたのは別人。しかし、信州で木地師と呼ばれる木工職人に心を惹かれます。矢田部は、小椋を探しながら、木地師の歴史やルーツを探り始めます。

本作では、一人の男の旅の話とともに、木地師の歴史をひも解くという面白さがあります。木地師とは、ろくろを用いて木工品を加工する職人のことです。ルーツは非常に古く、作中でも『日本書紀』までさかのぼって調べる様子が描かれています。

乙川の描く登場人物たちのあたたかさもまた、魅力的です。矢田部や小椋をはじめ、矢田部を支える女性たち、出会う人々は、皆あたたかな魅力をもって描かれています。

人生と、向き合うということ

著者
乙川 優三郎
出版日
2015-07-06

14の短編で構成される現代小説『太陽は気を失う』。登場人物は、人生最大の後悔や選択を思い出していきます。彼らの過去は、大それたものではありません。しかし、ありふれた過去だからこそ、読者の心に静かに訴えかけてくるなにかがあるのでしょう。思い出される過去はどちらかといえば暗いのですが、著者の端正で美しい文章によって、陰鬱としたものにはならず、未来への希望が残る作品となっています。

表題作『太陽は気を失う』は、東日本大震災を題材とした話です。記憶に新しい題材だけに扱いの難しいテーマですが、その先に希望を抱かせる内容となっているのは、乙川だからこそ。

主人公の「私」は、実家に帰省して幼馴染の墓参りを済ませ、土手でぼんやりと思いをはせます。しかし、早く帰りなよ、と幼馴染に言われた気がして家に帰り、しばらくしたところで地震に遭遇。津波は町を襲いました。主人公は介護病院に避難して無事でしたが、次々とけが人が運ばれてくる様子は、震災の恐ろしさを物語ります。

なんとか震災を生き延びた主人公は、姉を頼って東京へ行きます。東北の復興は進まず、震災の痛々しい爪痕が残っていますが、東京へ立つ日が近づくにつれ、その様子は変わっていきます。ネオンが輝き、何事もなかったかのような平和な町に、言葉を失う主人公。見えてきたのは、自分の「だらしなく生きた日々」。

乙川は、「悲しみ、苦しみのないものを書こうとは思わない」と述べています。彼は、楽しいだけの話ではなく、「苦しみの末のハッピーエンド」を描きます。

本作の主人公「私」も震災という想像を絶する悲しみ、苦しみを経験します。彼女は、それでも懸命に生きます。表題作をはじめとする14の短編は、どれも懸命に生きる人々の物語です。本作では、苦難があっても懸命に生きることで見える希望があるのだと、教えてくれているのではないでしょうか。

長すぎ?30年間の複雑な恋愛模様

著者
乙川 優三郎
出版日
2015-11-10

2015年刊行の『ロゴスの市』。乙川の美しい筆致が冴える、長編現代小説です。

昭和55年、大学のサークルで出会った成川弘之と戒能悠子は、お互い英語が得意という繋がりで仲を深めていきます。卒業後、成川は大学で助手をしながら翻訳活動を、戒能は留学をして、同時通訳者の道を歩みます。戒能の帰国時に、お互いの近況を話し、次の春に再会する約束を交わしますが、戒能の仕事の都合でそれは叶わなくなります。ふたりは疎遠となり、戒能は血のつながらない兄と結婚することが決まります。

20歳の大学生時代から、30年間の邂逅とすれ違いが描かれる長編小説。お互いを意識し合ってもどかしい学生時代、お互いの道を行く現在、すれ違う未来−−翻訳を絡め、精緻な文章で描かれます。ハッピーエンドでもバッドエンドでもない、「これでよいのだ」という乙川ならではのラストは必読です。

女性の主人公で江戸の職人社会を描く

著者
乙川優三郎
出版日
2013-05-08

『麗しき果実』は蒔絵職人を目指す女性の物語です。

主人公の理野は、京都の漆器公房の娘です。もともと漆器の下絵を書いていた彼女はある時、江戸へ修行へと向かう兄に付き従って上京します。そこで蒔絵師「原羊遊斎」を知り、弟子入りを志願しました。当時の職人社会では、女性は下働き以上の立場から出ることはむずかしいことでした。しかし理野はそのような中、蒔絵師職人になることを決意し、思い悩みつつも成長していきます。

この小説のおもしろさは、なんといっても江戸時代の職人の世界を書いているところでしょう。

蒔絵師とは、漆細工の上に絵模様をつける職人のことです。茶道具、重箱、かんざしなどに描かれることが多く、素晴らしいものは博物館に収蔵されています。

その職人の世界が、実在の人物を登場させることによって、当時の江戸の情景と共に丁寧に描写されているのが読みどころの一つです。

蒔絵師の原羊遊斎をはじめ、画家の酒井抱一やその弟子鈴木其一などが主人公とかかわり、職人としての気持や立場、むずかしさ、そして当時の職人でさえ考えなければならなかった納期のことなどが、季節の移り変わりとともに描かれます。

特に鈴木其一が理野に情をかけるところは細やかに書かれていて、そこがかえって当時の職人の世界の厳しさを想像させてくれることでしょう。

理野という女性の成長物語としても読める『麗しき果実』は、江戸時代の職人文化を書いた、読み応えのある歴史絵巻です。

時代小説から現代小説まで、数多くの名作を輩出してきた乙川優三郎。どの作品にも、あたたかさがあり、読む者の心に深く入り込んできます。乙川作品が、あなたの心を満たしてくれることは間違いありません。