まだ大人になりきれず、少年・少女の気持ちで揺れる大学生の恋愛は、時に鮮烈な輝きをもって、人生における光点となるもの。甘い恋がしたい人にも、かつて切ない恋をしていた人にも、是非読んでみて頂きたい恋愛小説です。
森見登美彦による独特の味わい深い文体で綴られるこのお話は、京都にある大学の三回生である「私」と、その意中の相手であるクラブの後輩「黒髪の乙女」との四季が、それぞれ四つの短編として描かれた恋愛小説になっています。
春には夜の京都を怪しげな人物たちと語り合い飲み合いながら歩き回り、夏には古本市に林立する書架の底を泳ぎ回り、秋には学園祭のゲリラ演劇にて大立ち回り、冬には病魔にやられ熱っぽくなった頭がぐるぐる回るといった具合です。
どの短編にも古都の怪しげな魅力がたっぷり詰まっていて、めくるめく光景が、幻灯や陽炎のように読者の脳内で揺らめくことでしょう。
- 著者
- 森見 登美彦
- 出版日
- 2008-12-25
いかめしい文章に絶妙なハーモニーを加えるとぼけたユーモア、そして偶然と必然が見事に絡み合うところが、この作品の魅力であり、森見登美彦の得意とする恋愛小説だと思います。
多くの人々の関係性という「糸」に、彼ら彼女らが秘める思惑としての「意図」。この二つの「イト」が複雑に絡み合い、物語は進行していきます。どのお話でも「私」はひたすら「黒髪の乙女」を追い掛け、「黒髪の乙女」はそれと意識しないままに騒動の渦中に。そんな二人の内心のギャップがまた味わい深さになっています。
捻くれていながらも純粋な「私」の想いは、果たして「黒髪の乙女」に通じるのか。巻き起こる騒動から目が離せません。森見登美彦の恋愛小説は、大学生が主人公のことが多いため、共感できると思います。特にこの『夜は短し恋せよ乙女』はおすすめの恋愛物語です。
大学生の「僕」こと大野と、同級生の「私」こと彼女の、何気ない日々を描いた恋愛小説です。一章と二章では「僕」の視点から、三章と四章では「私」の側の視点から語られます。
二人は映画に行ったり、電話をしたり、水族館に行ったりしますが、それは何も特別な出来事ではありません。けれども、その当たり前な日々が特別なきらめきをもつものとして実感される、というのもまた恋愛の醍醐味の一つ。「当たり前だけど特別」がこの恋愛小説では見事に表されています。
- 著者
- 中村 航
- 出版日
- 2008-11-07
作中で「私」は思います。恋はスタンプカードのようなものだ、と。キスをして、好きだと思い、何かをわかり合う――そんな風に二人で何かをするたびに、スタンプが一つずつ押されていくのです。そのカードは、いつかかけがえのない何かと交換できる……。
このシーンは、二人の関係性が歌いあげてゆく未来への期待、ワクワク感やドキドキというものを象徴的に表しています。
この恋愛小説の魅力は、「僕」と「私」の関係だけではなく、「僕」の友人である坂本と、彼の地元の先輩でありながら留年して同級生になってしまったという木戸さんのお話にもあります。
恋はするものの、一歩を踏み出せない坂本と、何かを打破しようとして唐突に富士山へ登ろうとしたりする木戸さん。この二人の存在が、物語に彩りを与えているのです。
恋をすると信じたくなる「絶対」。祈りに代わる高らかな歌を、味わってみてください。
恋愛小説でも、歯医者さんを舞台として、しかもミステリー仕立てのお話というのはなかなか珍しいのではないでしょうか。
坂木司の本作は、幼い頃の体験から歯医者恐怖症になってしまった大学生の主人公、叶咲子こと「サキ」が母親の計略にかかって、歯医者の受付でアルバイトをする破目に陥ってしまうところから始まります。
歯科医院にはサキの叔父を含む三名のドクター、三名の歯科衛生士、事務、そして歯科技工士の四谷謙吾という8名のスタッフがいました。
皆それぞれ個性的ですが優しく、仕事に対しても真剣なスタッフに囲まれ、大学生のサキは徐々に歯医者恐怖症を克服していくのです。
- 著者
- 坂木 司
- 出版日
- 2009-04-09
この恋愛小説に収録されている五作の連作短編では、それぞれにちょっとした事件が起こります。患者の恋人の男性が怒鳴り込んできたり、電話口と対面とで別人のようになる患者がやってきたり、妙な入れ歯の注文をする患者が現れたり。そんな謎を推理し、解決に導いてみせるのが、寡黙でオタク気質だという四谷謙吾です。彼は、優れた観察力によって患者に救いをもたらします。
この小説では、ミステリーというだけではなく、歯科医院のスタッフが真摯に仕事に取り組んでいる様子が描かれており、楽しく読めるお仕事小説としての面も持ち合わせています。歯医者についての小ネタもところどころに散りばめられていて、勉強になります。
サキと四谷謙吾が患者と向き合う中で惹かれ合ってゆく、そんな二人の恋愛関係が気持ち良い、中村航の恋愛小説です。
江國香織が描いた恋愛小説です。東京を舞台に、透と詩史、耕二と喜美子という、大学生と年上の女性との二組の恋愛模様が描かれます。先が気になるようなダイナミックなストーリーというのではなく、洒落ていてどこか透明感のある恋愛の中で、不意に訪れる情熱や寂しさというものが静かに綴られています。
透と耕二は親友同士であり、透は母親の友人である詩史と、耕二はアルバイト中に出会った喜美子と、それぞれ付き合っています。詩史も喜美子も人妻であり、はつらつとした清々しい関係というわけにはいきません。どこかアンニュイな雰囲気を漂わせつつ話は進んでいきます。
- 著者
- 江國 香織
- 出版日
- 2006-02-28
恋はするものじゃなく、おちるもの――透はそれを詩史から教わります。
恋心というものは、時に、既存の家族という関係性や年齢差といった要素とは無関係に燃え上がるものなのかもしれません。恋のもどかしさや、決して綺麗なだけではないあれこれが、この恋愛小説ではさっぱりと表現されています。
このお話は、東京タワーの見える街で暮らす少年たちの心が振れる様を通じ、恋を純粋に描いてあります。それは愛というには未成熟ですが、だからといって浅くいい加減なものだというわけではありません。
幼くどこか切羽詰まった少年と、不覚にも彼に恋してしまった女性の距離感には、危うい魅力があります。それぞれの関係は移り変わって往かざるを得ません。
そして、それでも東京タワーはいつだってそこにあるのです。
直木賞作家石田衣良による恋愛小説です。
大学二年生の「ぼく」こと橋本太一は、11月の穏やかな日、大学校舎の屋上にあるフェンスを乗り越えた少女を呼び止めます。彼女の名は峰岸美丘。きれいというわけではないけれど、魅力的な顔立ちの女の子でした。
美丘は太一たちの友人グループに入り込んできます。個性的で奔放な行動力を有する彼女に太一たちは振り回されますが、やがて太一は美丘に惹かれていきます。紆余曲折あって、太一は美丘と付き合うことになるのですが……。
- 著者
- 石田 衣良
- 出版日
- 2009-02-25
今を生きること。命を燃やすこと。美丘は常に自分に正直に生きます。やりたいようにやり、嫌なものは嫌だと言って憚らない。その伸び伸びとした生き様は、彼女に輝きを与えます。
太一と美丘は真剣で切実な恋愛をします。二人のその様子は、当人たちにとって恋愛とは本来命懸けでなされるものなのかも知れない、ということを思い出させてくれます。
この物語では、恋から愛への道を辿る十三ヶ月間を「ぼく」と共に歩んでいきます。そこには喜びも怒りも哀しみも楽しさもありますが、それらの全てが美丘という少女なのです。
太一と美丘が何を思い、何を感じ、何を考え、最後にどういう約束を交わし、決断をするのか。
恋愛というものの輝きが何によるものなのか――その一つの答えがこの恋愛小説にはあります。
時に甘酸っぱく、時に苦くツラい恋愛は、古今東西多くの恋愛小説で扱われてきました。それでも未だに書かれ続けているのは、きっと人の数だけ恋愛の形があるものだからでしょう。今回は読めば恋をしたくなるような、そんな恋愛小説を五つ、取り上げてみました。