2013年に出版された本作。設定だけをおうと、不倫の愛憎劇と思いきや、なんと銘打たれたのは、「やるせない大人のコメディ」というもの。果たして、その言葉の意味するところとは>4人の男女の恋と結婚生活の行方は? ドラマ化が決定している本作のあらすじや魅力などを解説します!
メインとなる夫婦、袴田匡42歳と伽耶41歳は、結婚15年が経った中年夫婦。特に大きな問題もなく、毎日ほどほどに仲良く過ごしています。そんな彼らには、夜の営みが全くありません。40を過ぎたころから、いつしかしなくなってしまったのです。
しかし、そんな2人には、なんとお互い不倫相手がいました。匡には、かかりつけの治療院で働く鍼灸師である朱音、伽耶には、大学時代の元彼の誠一郎。お互いに体を求める相手は、別にいたのです。それで平穏が保たれていた家は、ある日の伽耶の一言で崩れ始めます。
あなた、恋人がいるでしょう
(『それを愛とまちがえるから』より引用)
思いがけない伽耶のセリフに戸惑う匡ですが、後日、彼も伽耶にこう告げます。
あのさ、君もいるだろう、恋人
(『それを愛とまちがえるから』より引用)
いかがでしょうか?すでになんだか、この時点で不穏な空気と、なんともいえない独特のおかしさが漂っていませんか。
この4人を中心に、物語は進んでいきます。セックスレスと不倫、夫婦の間を確実に蝕んでいくこの問題がどう解決へ向かうのか、それとも解決できずに進んでいくのでしょうか……。
- 著者
- 井上 荒野
- 出版日
- 2016-03-18
2011年から2012年まで、婦人公論にて連載され、2013年に出版、2016年に文庫化された本作。掲載雑誌から考えると、まさに女性向けの小説といえますね。主人公も夫婦ではあるものの、どちらかというと伽耶がメインでしょう。
2019年2月にWOWOWにてドラマ化され、稲盛いずみが伽耶、鈴木浩介が匡を演じます。ほかのキャストも朱音に仲里依紗、誠一郎に安藤政信と期待できる配役です。夫婦の日常とセックスレス、そして不倫というシチュエーションをどう演じるのかが見ものでしょう。
作者は、井上荒野(いのうえ あれの)。名前だけではわかりづらいですが、女性の小説家です。父親は小説家の井上光晴。
成蹊大学文学部英米文学科を卒業後は、小学館の編集部などに勤務していました。
そして1989年に『私のヌレエフ』でフェミナ賞を受賞しますが、その後、体調不良で執筆活動を断念。長い間執筆から離れていましたが、2001年に『もう切るわ』という作品で一念発起を果たします。
- 著者
- 井上 荒野
- 出版日
- 2010-10-28
その後、執筆活動を続けて2008年、『切羽へ』で直木賞を受賞。他、数々の賞を受賞して現在に至ります。
作品は、本作も含めて男女の微妙な関係を描くものが多く、浮気、不倫、三角関係などの関係性において、女性の心情を描くのに長けている作家です。
本作でも、伽耶の心情や朱音を中心に物語が進んでいきます。その心理描写は、とてもリアルです。
ここでは、本作の登場人物たちについてさらに詳しく紹介していきましょう。まずは、夫婦である匡と伽耶。(ドラマ版では鈴木浩介と稲森いずみ)
匡は大手流通会社のサラリーマンで、一方の伽耶は専業主婦です。子どもはいないため、生活にある程度の余裕はありそうですが、それでもつつましく生活しています。贅沢はせず、伽耶は習い事こそしていますが、家計に負担をかけないように考えてやりくりしているのです。
仲はいいしお互いを大切に思っているけど、大きくは変わらない、平坦ともいえる日々。そして、セックスレス。そんな2人は、毎日の生活に潤いを求めるように不倫に走ります。
その相手となるのが、朱音と誠一郎です。(キャストは仲里依紗と安藤政信)
匡の相手である朱音は、彼がかかりつけの治療院で働く鍼灸師。ひとまわりも年下の若い女性です。彼女は年上の匡に誘われ、なんの罪悪感もなく不倫にはまっていきます。しかし最初はそこまでこだわっていなかったものの、ある日伽耶にばれてからは、彼女に対してライバル心を燃やしていくことになるのです。
一方、伽耶の相手の誠一郎は、伽耶の大学時代の元彼。歳は違いますが、当時彼は2浪して大学に入ったため伽耶とは同期でした。
2人とも、かつて漫画研究部に所属。彼はいまだ、売れない漫画家を続けています。40も超えて、新しい相手を探すのは無理。そう思った伽耶は、再び彼と関係を持ってしまったのでした。
誠一郎も誠一郎で、もう恋愛を始める気力もない。そもそも40過ぎて独身で、売れない漫画家。女にモテるわけでもなく、風俗に身を任せる経済力もない。そんなところへ登場した伽耶は、まさにぴったりの相手だったのです。
すべての登場人物が「どことなくずれてる」ような、「どこにでもいそう」な夫婦と独身男女。そしてお互いの不倫相手が発覚してから、この4人の関係性はさらにおかしくなっていくのです。
お互い、なんとなくだけど恋人がいるんじゃないか、と思っていたなんの変哲もない朝。今日のごはんのこと、習い事のこと……ぼんやりと考えているうちに、伽耶は「恋人がいるでしょう」と匡に問いかけます。
彼の返答は「君もいるだろう」。こうして、ふとしたきっかけで「公然の不倫」があらわになってしまったのです。しかし、それでも今までどおりの夫婦関係は少しの間、続きました。
その平穏が壊れだしたのは、ある日の伽耶のセリフがきっかけでした。
今夜は帰らないから。
(『それを愛とまちがえるから』より引用)
匡は、伽耶が不倫相手と過ごすのだと悟ります。そして、そっちがそうなら……と自宅へ朱音を招き入れるのです。しかし予想に反して、伽耶は夜自宅へ帰ってきてしまいました。当然、伽耶は衝撃を受けます。「まさか、女を連れ込むとは思わなかった」と。
ここから、彼らの奇妙な関係が続いていくのです。特に不倫に関して強い感情がなかった朱音ですが、伽耶に対して対抗心を燃やし、一方で伽耶は、昔からの友達のように2人のところへ入っていくのです。もちろん、匡は板挟み。あげくの果てに誠一郎に電話をかけて、匡と話させるのでした。
普通の不倫劇なら、ここで修羅場になってくる展開かもしれませんが、なぜかこの物語では、ずれた感覚でこの関係が続いていくのです。
不倫相手がいる。そうわかっていたものの「自宅へ入れている」という想定外のこと、自分より一回りも若いこと、不倫相手が一歩も引かないこと……そうしたことが、伽耶をちょっと変わった思考へと追い詰めていきます。
やっぱり、いざ対面すると嫉妬の炎が湧いてくるのです。私を選んでもらいたい。そんな思考があったのかどうか、彼女はある日、4人でキャンプに行こうと提案します。いつも彼女の意見に押されがちな匡は、なんとしぶしぶ承諾。ほかの2人も連れだってキャンプに行くのです。
夫婦と不倫相手という、奇妙なキャンプ。伽耶の心情としては、「匡に断ってほしかった」と思っています。一方の匡は、「なんでこんなことになってしまったんだ」と思っているのです。
そんな気持ちのままでのキャンプ……いったいそれぞれ、どんな感情が渦巻いていたのでしょう。
結局、キャンプは不穏な空気が流れたまま夜になります。テントは2人ずつ2組のペア。さて、だれがどの組み合わせで寝る?そんなことにも、ひと悶着。
どの組み合わせにしても悶々としてしまうキャンプ。果たして、どう一夜を過ごしたのでしょうか。
そんなキャンプを終え、それぞれがそれぞれの関係を考え直し始めることになるのです。彼は、彼女は、自分にとって必要なのか。必要というのは、愛なのか。じゃあ愛とは、いったいどういうことなのか、と……。
4人は、何かを愛と間違えているのではないでしょうか。愛というものをあらためて考え直した、彼らの結末とは……?
- 著者
- 井上 荒野
- 出版日
- 2016-03-18
4人の誰もが、相手が必要だったからこそ、その関係性を保っていました。だけど、それは愛ではなかった。そのことに気づいた4人は、それぞれの結論を出していきます。そこであらためて、自分に必要な愛というものについて考えるのです。
全編をとおして、愛とは、夫婦とは、というのが大きなテーマだった本作。自分の気持ちがどのようなところにあるか気づかないふりをしていると、どんどんすれ違っていくのだと、奇妙な面白さとともに感じられる内容です。
この4人がどのような結末をたどるのか、ぜひご自身で読んで確かめてみてください。
いかがだったでしょうか。ドラマ化もされますので、そちらも気になるところ。
なんだか少しおかしくて、一気に読める作品です。気になった方は、ぜひ本編をご一読ください。