小林めぐみの作品は自身で小説を書くために物理学科に進学したと言う通り、理系ワードが使用され、その専門的な雰囲気をより楽しめるSFが多くあります。人を思う心や生きることへの希望はいつだって変わらないのだと思わせてくれる厚みのある作品ばかり。
彼女は1972年生まれの埼玉出身の漫画家です。埼玉大学理学部物理学科を卒業しています。在学中の1990年に『ねこたま』が第2回ファンタジア長編小説大賞に準入選し、作家デビューしました。2003年に、『宇宙生命図鑑 - book of cosmos』で第2回センス・オブ・ジェンダー賞大賞を受賞しています。
ガルタ王子の側近であるルー・ヴァイアは、魔導士たちによって卵に封じ込められた「王女の卵」を探す旅にでかけます。その途中、人跡未踏の地・デルゾントの岩場で少女と出会います。その少女アクアクは、人を喰うという鳥獣ガシューに育てられたというのです。闘いにルーがアクアクに勝ったというだけの理由で、アクアクもその旅に加わることになります。
たどり着いたのは、鬱蒼とそびえ立つ高層ビル群の廃墟です。そこには、白骨と化した住民がまるでまだ生きているかのように存在していたのです。そこに現れた魔道士の案内で、3人は迷宮の入り口にたどり着きます。卵までの距離を教えてくれる不謹慎な立て札を追って、ルー・ヴァイアは果てして王女の卵にたどり着けるのでしょうか。
ねこたま
気化狼や気化剣、体内に座席がある電車のような大きな蛇などが登場し、非常に想像力を刺激されます。彼らが生きる、SFとファンタジーが絶妙に混じり合い、少しノスタルジックな雰囲気もある不思議な世界が開かれています。
しかし、何と言ってもこの作品の魅力は登場人物のキャラクター、テンポの良い会話でしょう。
それぞれ生き生きとしたキャラクターがファンタジーの世界で動き回り、言葉を発する。その様子がみずみずしく描かれており、全体に漂う軽いテンポとあいまって独特に心地いい雰囲気を形成しているのです。加藤洋之と後藤啓介による美しい挿絵も世界観にぴったりのものです
海面上昇により、都市のほとんどが水没してしまったころのお話です。海洋物理学講座に所属する大学生のディックは、魚の卵らしきものが入ったトランクを見つけます。教授の一声で孵化させることになりますが、最初は金魚程度だった魚はいつしか2メートルにまで成長し、とうとう海にこっそり捨ててしまうのでした。
遥か離れた陸地からそれを見ていた不思議な能力を持つ少女 沢田郁生は、なぜかディックに接近してきます。一方、孵化を指示した教授の元に、代々受け継がれた摩訶不思議な神通力を持つ巫女姫が訪れ、持っている卵を返して欲しいと言ってきたのです。
まさかな
巫女と郁生の関係は一体なんでしょうか。そして、巨大な卵の正体は何か。昏い水の中を、螺旋を描きながら泳ぐ巨大な金魚は一体どこへ向かうのか。
郁生の力強さが生き生きと描かれており、降りかかる困難に立ち向かう様は、読んでいて爽快感を覚えます。それに対比するように、期せずして力を手に入れた紅生が、ずっと待っていたものを考えると、最後の幻想的なシーンには胸が締め付けられます。
巨大な魚にまつわる近未来の不思議なお話をどうぞお楽しみください。
この作品は、『天秤の錯覚』、『羅針盤の夢』、『六分儀の未来』の3冊からなるシリーズです。
猫型生体ロボットであるジゼルは、惑星エルシにある銀河随一の企業E・R・Fコーポレーションの会長夫妻の娘・なつめが飼い主。ジゼルは身体の弱い彼女のために内蔵レコーダーで銀河の様子を撮すため、彼女の兄である会長代理のアスラと旅に出ます。二人は魔法使いが失敗してできた穴をふさぐために、二人は辺鄙な田舎の惑星・桔乃藻のとある村を訪れます。
その村にいた夕見という記憶喪失の少女と出会いますが、その正体は穴の調査用に製造された人型をした完全なる機械であるサイバノイドだと、アスラはジゼルに告げます。ふとしたはずみで、村の子供が穴に落ちたことをきっかけに、夕見は自分に組み込まれたプログラムとその存在意義を思い出し、子供を救い出すのでした。
天秤の錯覚
主人公であるジゼルは、また、他の惑星を訪れて冒険しながら、人と機械の境目を見つめていきます。人工知能を持つもののプライド。いつも人間のプログラム通りに動くジゼルやサイバノイドたちの感情。コンピューターが大暴走したときだって、機械はプログラムに忠実だったに違いないと思ってしまいます。
かわいらしく人語でおしゃべりをする猫型生体機械といえば、誰もが一度は夢見る存在ではないでしょうか。ですが、ジゼルの存在を身近に感じれば感じるほど、人間と、脳を持つジゼル、自我を持たないサイバノイドの関係を通して、心は一体どこにあるのだろうと改めて考えてしまう作品です。一番残酷なことができるのは、やはり人間なのかもしれません。
考え始めると非常に深いテーマが見え隠れしますが、α軸走行、反重力システム、科法使いといったSF心をくすぐられる言葉が多く出てきます。ぜひ3冊まとめての銀河をかけめぐるジゼルの冒険と成長ぶりをお楽しみください。
惑星ジパスの新米博物館学芸員となった芳沢トキ乃。雑用ばかりの毎日に少し疲れてきたころ、
スペースバスで出会った神父アレクと、三毛猫のように見えるガラリア星人セイジロに誘われて、研究対象であるヒーラーの遺跡を訪れることにします。アレクは教会に伝わる「宇宙生命図鑑」の欠落したヒーラーについての改訂作業をしているというのです。
- 著者
- 小林 めぐみ
- 出版日
惑星ジパスの原住民であり、農耕中心の生活をしているヒーラーは、雄がいなくなり、雌のクローニングだけで繁殖しているといいます。ヒーラーのうち、子供を産むのはがっしりとした武骨なクバシムで、華奢なヒリは子供を産みません。トキ乃が出会ったのは、クバシムであるディリと、ヒリであるウルマ。そして、セツワ。
なぜ雄はいなくなったのか。誰が古代遺跡を作ったのか。クローニングの繁殖に、果たして愛はあるのか。
遺伝子を変えていくことで環境に順応させていくことが進化の常ですが、心がそこについていけなくなることもあるのかもしれません。種族に逆らっても、ディリとウルマが自分たちの気持ちを選んだことが正しかったのかはわかりません。それでも、二人が幸せになってほしいと願う人が多いのではないでしょうか。
あなたもこの図鑑の一項目が埋まる瞬間に、立ち会ってみませんか?
主人公は結婚してまだ6か月、なんと16歳の女子高生兼新進気鋭の小説家です。物理とビールをこよなく愛する彼女が、ほんわかとした日常の中で出会う不思議でおかしなSFコメディ短編集です。
何気なく手助けした女の子は、なんとミミズ型宇宙人だったのです。目覚めると家は、同じ顔をしたエイリアンが十人もいで、地球侵略の基地にするといいます。ところがひょんなことから釣りを教えることになって……。果たして、彼女は宇宙人の侵略を防ぐことができるのでしょうか。
食卓にビールを
このお話はそんな空想の世界と現実の世界が奇妙に混じり合った世界観が面白いのです。ある時の舞台は住宅展示場。シンク下には巨大なコントローラがあって、家を航行操作できます。窓のシャッターが閉まると、あっという間にそこは銀河です。いつの間にか、他の不動産屋さんと、家レースが始まってしまいます。
この作品では、緊迫した雰囲気や戦争で誰かが死ぬようなことはありません。お気楽な日常に、お気楽なSFが奇想天外に入り込む、予想もつかない展開が繰り広げられるのに、どこかほんわかとした作品です。各短編の間に挟まっている、これまた奇想天外な謎の手紙もSFらしさが満載です。お供にはもちろんビールを用意して、お楽しみいただきたい作品です。
以上、5作品をご紹介しました。どの作品も非常に読みやすく、不思議と心が潤うようなSFばかりです。一冊読めば、はまってしまうこと間違いありません。どうぞお楽しみください。