言文一致体で書かれ、日本の近代小説の始まりとなったとも名高い作品。それが二葉亭四迷の『浮雲』です。作品の名前は有名ですが、内容を知っているという方は意外と少ないのではないでしょうか。 とっつきづらいイメージがありますが、実はわかりやすいストーリーの本作。今回の記事では、そんな『浮雲』のあらすじや名言をご紹介します。あなたも往年の名作に触れてみてはいかがですか?
主人公・内海文三は、寄宿先で従姉妹のお勢に英語を教わるうちに、彼女に好意を寄せるようになりました。仕事中も彼女のことばかり考えていた彼は、役人の職をクビになってしまいます。
お勢の母親であるお政は、そんな彼の要領の悪さに嫌味をいって、しだいに疎ましく思うようになるのです。お勢も、彼の理想主義的な態度に嫌気がさしてしまいます。
- 著者
- 二葉亭 四迷
- 出版日
- 1951-12-18
そんなとき、文三の元同僚である本田が登場。容量がよく、出世街道を進んでいた彼は、お勢のもとに通い詰めるようになり、親密になっていきます。不安にかられる文三でしたが、それでもお勢に想いを告げることはできません。
果たして、3人の関係はどうなっていくのでしょうか。
ロシア文学の翻訳などでも有名な人物。話し言葉で小説を書く「言文一致体」で知られ、文学史上でも重要な人物なのです。
本作が書かれた明治時代は、二葉亭四迷をはじめ多くの作家が、新しい文体を確立しようと努力していました。日本の古典作品では話し言葉と書き言葉が乖離していましたが、四迷はそれを変化させ、現在の小説に近い文体を作り上げたのです。
- 著者
- 坪内 逍遥
- 出版日
- 2010-06-16
本作は坪内逍遥の『当代書生気質』に対抗して書かれたといわれています。また、逍遙の『小説神髄』で展開された理論に満足しなかった四迷が書いたともされています。
「二葉亭四迷」というペンネームは、逍遙の名前を借りて出版したことに対して「くたばってしめえ」と自身を罵ったことに由来しているのだとか。
本作を含めて数冊の小説しか発表していない四迷ですが、「言文一致体」によって新しい文体を確立したことで、日本文学史にその名を遺している人物です。
一貫して描かれるのは「自主性のない文三」と「周りに流されるお勢」です。これらの登場人物をとおして、作者は自主性に欠ける日本人を批判しているといわれています。特に文三は、いわゆるコミュケーションがうまくとれず、煮え切らない態度をとり続けるのです。
他の3人の言動に彼が左右される様子が言文一致体でリアルに描かれ、「知識階級の苦悩」や「青年男女の傾向」といったテーマを描き出しているのでしょう。
本作は言文一致体ではありますが、言葉づかいや節回しは現代語とは異なります。そんな本作のセリフのなかでも、印象に残るセリフをご紹介しましょう。
なにもああしてお国で一人暮しの不自由な思いをして
お出でなさりたくもあるまいけれども、
それもこれも皆お前さんの立身するばッかりを楽(たのしみ)にして
辛抱してお出でなさるんだヨ。
(中略)それをお前さんのように、ヤ人の機嫌を取るのは厭だの、
ヤそんな鄙劣(しれつ)な事は出来ないのと
そんな我儘気随(わがままきまま)を言ッて母親さんまで路頭に迷わしちゃア、
今日(こんにち)冥利(みょうり)がわりいじゃないか。
(『浮雲』より引用)
これは、文三が免職になったことを知らされたときの、お政の言葉です。「ヤ」や「ア」などのカタカナがところどころに使われて、セリフの調子を整えています。芝居のセリフのようになっている点が、現代の小説とは違っていますね。これが、当時の人々には斬新だったのです。
また、このセリフで文三がどんな人間であるのかがわかります。プライドが高くて人に頭を下げるのが嫌な性格であることを、読者にさりげなく知らせているのです。お母さんのことを引き合いに出してなじっているお政の口調を見ても、2人の関係がわかって面白いでしょう。
このようなセリフが、本作の見所の1つでもあるのです。
3人の三角関係は、どんな結末を迎えるのでしょうか。本作は「未完の大作」といわれていますが、刊行されている部分だけでも十分に楽しめます。
- 著者
- 二葉亭 四迷
- 出版日
- 1951-12-18
お勢は自分のことを好きだ、と思いこんでいた文三。しかし、彼女は本田になびいていくように見えました。さらにお政までも本田に肩入れし、仕事を失った文三には嫌味を言うようになるのです。それでも文三は、お勢はいつか自分のところに戻ってきてくれると信じています。
ある日、彼は本田と口論になりました。お勢は本田に味方して、「本田さんのことが好きになった」と口走るのです。その時、初めて彼女の気持ちを知った文三は傷つきます。
それでも彼は、彼女のもとを離れることができません。そうしているうちに、彼女は本田と距離を取るようになりました。しかし、彼女の本心はわかりません。
結局、お勢は誰が好きなのでしょうか。また、文三の恋はどうなるのでしょうか。その恋の終わりと、本作の結末は、人それぞれ感想が分かれるでしょう。未完ということもありますが、もしかすると煮え切らないと感じる方もいるかもしれません。
しかしこの人間ならではのダメなところというか、白黒ハッキリつかないところに、四迷の作風を感じられもします。