供物としてやってきた少女。食べられる覚悟は決めてきたのですが……こんな汚部屋でというのだけは、耐えられないっ!! そこからなぜか、ドラゴンと少女は部屋の掃除を始めることになるのでした。 本作『魔物たちは片付けられない』は、Webコミック配信サイト「ガンガンONLINE」で連載されている髙野裕也の作品です。1人の少女がモンスター達の身の回りを片付けていくことになるという、掃除を題材とした異色のファンタジー作品。この記事では、その魅力をご紹介します。 本作はスマホアプリからご覧いただくことも出来ます。気になった方は、そちらでお試しください。
どこかの世界の、いつかの時代。人間はモンスターの脅威に晒されていました。なかでも突出して恐ろしいのが、ドラゴンです。
ある村では、近隣に住む邪悪なドラゴン・イドルへの供物として、シスターのクリエラが捧げられました。若く美しい彼女は、絶対的暴君を前にして小刻みに震えながら、最期となるかもしれないこんな言葉を呟くのです。
- 著者
- 高野 裕也
- 出版日
- 2018-11-13
イドル様のお住まい…汚れすぎです!!
(『魔物たちは片付けられない』1巻より引用)
ほとんどゴミ溜めと化した彼の洞窟(?)を見て、天然かつ綺麗好きのクリエラは、こともあろうに生贄云々よりも汚部屋の片付けを優先させたのでした。
かくして彼女のペースにはまったイドルは、なんだかんだと彼女を食べることなく、奇妙な生活を送るようになるのです。
髙野裕也(たかの ゆうや)は、2016年頃から主にWebコミック配信サイト「ガンガンONLINE」で活躍する男性漫画家です。
TwitterやPixivでも精力的に発信しており、話題のゲームやアニメのイラスト、そこでしか見られない描き下ろしのショートコミックなども読むことが出来ます。
これまでの代表作は、『彩音お嬢様はサノバ◯ッチにあらせられる』。タイトルからはそこはかとなくエロスが感じられますが、残念ながら(?)そういう話ではありません。
- 著者
- 高野裕也
- 出版日
- 2017-02-22
佐ノ葉(さのば)家のお嬢様である女子大生・彩音が、家族や使用人に知られることなく、あんなことやこんなことといった禁断の遊び……「ひとりぼっち」でさまざまな体験に勤しむソロ活動コメディーです。
ビッチ化を恐れてひっそり後を付ける執事のことなど露知らず、1人カラオケや1人焼き肉を悠々と楽しんでいきます。
現代を舞台にした『彩音お嬢様はサノバ◯ッチにあらせられる』と、西洋風ファンタジーの『魔物たちは片付けられない』とではジャンルが異なりますが、総じて毒気のないほのぼのとした日常ギャグというところが共通点。
その作風でくすりと笑わせつつも、ありふれたモチーフから読者自身の身近な楽しみを再発見させるような、不思議な魅力があるのです。
主に話の主人公となるのは、ドラゴン・イドルと、人間のシスターでありイドルの生贄・クリエラの2人(1人と1匹)。
イドルは人々から恐れられる恐怖の魔獣……なのですが、言動こそ恐ろしいものの、なかなか憎めないドラゴンです。口ではクリエラを生贄と言いつつ共同生活を楽しんでいる様子があるのと、それよりなにより、住居である豪華な遺跡を汚部屋にしてしまった生活能力のなさによって、威厳が皆無となっています。
そんな彼を振り回すのが、クリエラです。親切にされた村への恩返しから、自ら生贄に志願した聖女のような人物。かなりの天然キャラで、恐ろしいモンスターにも恐れることなく物事を掃除で解決してしまう、ものすごい女性です。
物語ではこの他、引きこもりの魔女や、オネエの大蛇などバラエティ豊かなモンスターが多数登場。いずれもクリエラの掃除で、前向きな変化が見られます。
近代ファンタジーの祖たるJ・R・R・トールキンの『指輪物語』以来、世の中には西洋風ファンタジーがごまんと溢れています。そのなかには、ドラゴンと人間をメインキャラクターに据えて交流を描いた作品も少なくありません。
にも関わらず、『魔物たちは片付けられない』は非常にユニークな作品だと断言出来ます。それは、本作があまり焦点の当たることがない、モンスターの日常にスポットを当てたうえ、その切り口に「掃除」を用いているからです。
強大な力を持つがゆえに大雑把な気質となるのか、モンスターは片付けに無頓着。そこでクリエラに教えられる形で掃除をおこない、彼らは味わったことのない奇妙な満足感を得ていくのです。
思わず夢中で取り組んでしまうことから、イドルは掃除を「ソウジ」という名の精神に訴えかける大魔法だと勘違いしてしまいます。それほどの衝撃だったのでしょう。
物語に登場するモンスターは、大なり小なり問題を抱えています。それがクリエラの掃除によって解決したり、気持ちが晴れやかになっていくところが印象深いです。
特にイドルにとって掃除はかなり新鮮な行為だったらしく、一度始めると取り憑かれたように没頭し(掃除あるあるですね)、部屋が片付くなどして爽快な気分になっているさまが描かれます。こうして夢中になった結果、終わると気持ちがよくなることなどから、精神に作用する魔法だと勘違いしたわけです。
本作は、ただ読んでいるだけでも、なんだかスッキリしたような気分になるのも特徴。掃除には片付けによって気持ちの整理がおこなわれ、癒やし効果があるとも言われています。物語でそれを擬似的に体験することで、心地よさが感じられるのでしょう。
掃除の前に本作を一読すれば、実際に掃除も捗るかもしれません。
イドルの住処を片付けたことで、生贄の件が有耶無耶になったクリエラ。それを喜ぶわけでもなく、より一層住居の掃除に勤しむのが彼女の不思議なところです。
恐ろしいドラゴンに怖じ気づくことなく、さらに片付けに邁進していきます。綺麗好きだからと掃除を推奨するも、自分でやることに意義があるとばかりにドラゴンに掃除させようとするのです。
マイペースここに極まれり。
- 著者
- 高野 裕也
- 出版日
- 2018-11-13
イドルもイドルで、再び雑然としだした汚部屋の有様について、食べかけの食料やお宝、掛け布団代わりの藁などを動くことなく取れる場所に配置していると豪語するなど、やっていることがまるでニートです。
そこからおこなわれる掃除の最中には、お婆ちゃんの知恵袋的な掃除テクニックがあるのも面白いところ。この毎回のように出てくる裏技、ライフハックにも注目してください。
こういった捕食者と被捕食者の関係、種族の関係も越えておこなわれるちょっと変わった日常が、本作の見所といえるでしょう。
いかがでしたか?モンスターとのやり取りのなかに、さりげない寓意の感じられる本作『魔物たちは片付けられない』。読めばきっと、掃除をやりたくなることでしょう。