『しをちゃんとぼく』が面白い!最終回までの見所をネタバレ紹介!

更新:2019.2.2 作成:2019.2.2

死を失いし者、通称・しをちゃん。一見、かっこよさそうなキャッチコピーがついた彼ですが、実はとんでもないポンコツで……!? Twitterからはじまり、ファンが集い、やがて「となりのヤングジャンプ」などwebサイトから毎週配信されるようになった『しをちゃんとぼく』。知る人ぞ知る、ちょっと新しい不死者のお話の見所をご紹介します!

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『しをちゃんとぼく』が面白い!【あらすじ】

埼玉県品津市(架空の都市)には、不死者が住んでいます。ある日、小学生の「ぼく」は、その不死者である男性が頭のてっぺんに草刈り用の鎌が刺さった状態で歩いているのに出くわし、慌てて呼び止めて「刺さってますよ」と声を掛けました。

頭に鎌を突き立てて血をしぶかせながら歩いていた男性こそが「死を失いし者」、通称「しをちゃん」です。

著者
T長
出版日
2017-08-18

 

彼は死を失っていますから、何が起こっても死にません。身体のパーツがもげてもすぐに再生されますし、病気にかかっても一瞬で治ってしまうので発熱さえしません。

「死の危険」がないので、怪我などに対する注意力がまったく衰えてしまっていて、包丁を使えば指を切り落とし、道を歩けば転ぶし溝に落ちるし、熱いものや鋭いものにもうっかり平気でさわってしまいます。
 

そのたびに頭が割れたり、腕がもげたり、脳や血や内臓が出るという惨事が起きてしまうのです。さらに切り落としては再生するので、指が量産されたりもします。

しかし、そんな彼と仲よくなり、しょっちゅう会っているうちに、ぼくは惨事に驚くことさえなくなってしまうのです。彼の行動にツッコミを入れつつ、惨事に遭わないように注意するようにもなっていきます。

しをちゃんの不注意大惨事ライフと、ぼくの、しをちゃん大惨事回避を心掛けるライフが、当たり前の日常のなかで展開する本作。血や脳が出たり、身体がもげたりとグロテスクな描写はたびたび登場しますが、ストーリーはほのぼの。

登場人物の誰もがやさしくて、むしろ癒やされる、日常ゆるグロほのぼのコメディ漫画なのです。

 

『しをちゃんとぼく』作品の魅力1:個性が強いキャラクターたち!

『しをちゃんとぼく』作品の魅力1:個性が強いキャラクターたち!
出典:『しをちゃんとぼく』1巻

 

本作の舞台となる埼玉県品津市は架空の都市ですが、現代日本のどこにでもあるような平凡な街です。そこで平凡な日常を過ごしてきたぼくと、平凡な日常を過ごしているつもりで全然平凡ではないしをちゃんが出会い、普通なようで突飛な日常が紡がれていきます。

平凡に過ごしている(つもりの)人たちの日常が突飛になってしまうのは、その人たちの個性や特性が強いからにほかなりません。この項では品津市に住むしをちゃんと、彼に関わる強烈な個性の人たちを紹介します。

 

しをちゃん(死を失いし者)

しをちゃん(死を失いし者)
出典:『しをちゃんとぼく』1巻

 

「死を失いし者」と名乗り、そう呼ばれる不死者。長いので、縮めて「しをちゃん」と呼ばれるのが常です。

いつ生まれていつ不死を得たのかは、本人にもわかりません。現存する遺物から2000年以上は存命していることがわかっていますが、その歴史のほとんどは本人にもはっきりとは記憶されていないのです。関わってきたできごとや経験があまりに多すぎて覚えきれず、却って忘れ去ってしまうのでした。

死を失っているがために危険に対する注意力まで失っており、低い鴨居に頭をぶつけたり段差につまづいたりは日常茶飯事。危険はそこかしこにあるため、頭蓋から脳を出しったり、怪我をして流血したり、グロテスクな光景を日常的に展開してしまいがちです。

そんなうっかりドジっ子の彼ですが、身なりや立ち居振る舞い、他者への態度は至って紳士。相手がたとえ犬や猫でも、敬意を持って大切に接します。ただ、他者を大切にするあまり、死なないからといって自分をないがしろに扱い、そのためにグロテスク展開を招いてしまうことも少なくありません。

「やさしさからくるグロ」もあるのです。

 

ぼく

ぼく
出典:『しをちゃんとぼく』1巻

 

しをちゃんと同じく、品津市に住む小学生。実際に出会うまで、自分が住む街に不死者がいることを知りませんでした。頭に鎌が刺さって間欠泉のように出血している人を見ても、さほど取り乱すこともなく、落ち着いて声を掛けたり救急に通報したりできるしっかり者です。

知り合ってすぐにしをちゃん宅に遊びに行くようになったところを見ると、人懐っこい性格のよう。

しっかり者だからか、「自分がしっかりしないと」と思ったのか、しをちゃんに注意を喚起してグロ展開を防いだり、彼の不注意行動にツッコミを入れたりする役まわりに徹する冷静な立場が定位置になっています。

ときどき、頭蓋が割れたり手足がもげたり流血沙汰になっているしをちゃんを見ても驚いていない自分に、がっかりすることも。

 

ちかもと(力を求めし者)

ちかもと(力を求めし者)
出典:『しをちゃんとぼく』1巻

 

「『未来結社ネオゴッド』総帥ヘルクラフト」を名乗ってしをちゃん宅に現れた、悪の組織の頭目そのものの扮装をした男性。着けている厳めしいデザインのヘルメットやスーツ・マントなどは自身の手作りです。アジトも自ら設計・施工するなど、何でもDIYで作ってしまう器用でまめな人。

未来結社ネオゴッドは新世界を創造する組織ですが、しをちゃん宅を訪れたときは、ヘルクラフトこと彼1人の組織でした。新世界を創るために不死の力が必要だと、不死者であるしをちゃんを訪ねてきたのです。「不死の力を求めし者」というわけですが、これを縮めて「ちかもと」さんと、「ぼく」は呼んでいます。

不死の力が必要な理由は「DIYで新世界を作っているが、そのために土木工学などいろいろ勉強しないといけないし、自分は凝り性でめちゃくちゃ時間がかかるから、不死にでもならないとたぶん終わらない」から。悪の頭目のような話し方や格好をしていますが、実はとても実直でいい人です。

 

名義の者

名義の者
出典:『しをちゃんとぼく』2巻

 

しをちゃんは、明治の末期に物品として日本にやってきました。第2次世界大戦時には陸軍技術研究所に接収されていましたが、それまで彼の面倒を見ていた人物は戦時中に亡くなってしまい、戦後は身寄りがありません。

それでも住居が得られるようにと、名義をしをちゃんに貸した人物がいました。その一族の当代が「名義の者」です。

品津市役所「やれるならすぐやる課」(その他の相談窓口)の職員でもあり、しをちゃんに住民票が発行されるように尽力した人物でもあります。おかげで現在では、しをちゃんも自分の名義で住んでいます。

市民を大事にし人情に厚く、ノリがいい青年で、未来結社ネオゴッドに対抗する正義の者。でも、庭で採れた野菜をちかもとにもお裾分けする、親切な人なのです。

 

Dr.グレイ

Dr.グレイ
出典:『しをちゃんとぼく』1巻

 

19世紀半ばのアメリカの科学者で、しをちゃんを使って不死の研究をした人物。28歳の時にしをちゃんを捕まえて研究をはじめ、79歳で亡くなるまで50年もの間研究を続けたというのに、わかったのは「しをちゃんはデタラメに不死」ということだけでした。

家族も友人もつくることなく、ただ一筋に不死の研究を続けた彼にとって、もっとも身近で親しかったのは、しをちゃんでした。彼の唯一の友人であり、家族であったといえるでしょう。彼の最期を看取ったのも、しをちゃんです。

彼の没後、明治末期に彼の甥とおぼしき人を介して、しをちゃんは日本に渡ることになります。

 

語を操りし者

語を操りし者
出典:『しをちゃんとぼく』2巻

 

明治末期から昭和にかけての言語学者。知人から「変わり者の伯父」の遺品整理として書物を譲り受けましたが、そのうちの1つがしをちゃんでした。しをちゃんはなぜか「書籍」の体で遺品リストに記載され、入国の際も物品扱いだったのです。

言語学者である彼は、生きた外国語と外国の文化を学べるとして、しをちゃんを手許に置いて彼の経験を聞き、その一方で日本語を教えました。

言葉を研究し、教育する者ということで、しをちゃんは彼を「語を操りし者」と呼んでいます。彼はしをちゃんの人格や生い立ち、経験などから、どのような一人称や語尾を話せば他者にしをちゃんという人物がより伝わるかを考えて、日本語を教えたと述べています。

「語を操りし者」のおかげで、しをちゃんは日本語を話すことも書くことも不自由なくできているのです。

 

『しをちゃんとぼく』作品の魅力2:擬音祭

『しをちゃんとぼく』作品の魅力2:擬音祭
出典:『しをちゃんとぼく』1巻

 

本作には、他の作品には見られない独特の擬音が数多く登場します。ユニークな擬音のオンパレード、まさしく祭です。

この項では、それら特徴ある擬音のなかから、いくつかピックアップしてご紹介。擬音だけを見ても面白みがありますが、それらが発生する場面の状況やストーリーの流れなどと合わせて読むと、さらに味わいが深くなるでしょう。

キシャァァン!

たびたび登場するこの擬音が表すものは、衝撃的なできごとであったり、ひらめきであったり、迫力であったりと、いろいろです。おそらく『しをちゃんとぼく』にしか登場しない擬音で、印象的な場面に用いられています。

ババン!

しをちゃんは、よくこの音を立てて転倒しています。主に前に倒れたときの音。

ガラガッシャボガガンゴロッ

しをちゃんが、自宅の地下室に落ちたときの音。落ちた先でいろいろなものにぶつかり、あるものは破壊され、あるものは転がったりしていることが容易に想像できます。

 

出典:『しをちゃんとぼく』1巻

 

ズダダンボリ

屋内で転倒したのち、何らかの破壊があった音。破壊されたのが家具なのか、しをちゃん本人なのかはわかりません。

トトントテーン トトントテーン

電車が走る音。「ガタンゴトーン」という擬音がつけられることが多い電車ですが、言ってみればこれはステレオタイプの「昔の電車の音」で、現在の電車は「トトントテーン」のような軽めの音がします。写実的です。

ガンガガ ドグチァ

公園で駆けだした後、出入口の柵にぶつかって転倒した音。転倒した際、地面に頭をぶつけて流血しています。

キリリッコン キリリッコン キリリッコン

ハンドウインチを巻き上げる音。海に没したしおちゃんを引き上げるのに、ちかもとが使いました。巻き上げる音だけでなく「コン」とレバーを戻す音が入っているのが、ユニークでありながらリアルです。

ぶちゅぐににメリ

しをちゃんが脳や心臓、骨、皮膚などの自分のパーツとダンボール、ビニール紐などの材料を使って車のオモチャ「不死鳥号」を作っているときの音。なかなかスプラッタな感じが出た、他作には登場しない類いのものを表す擬音です。

 

出典:『しをちゃんとぼく』2巻

ギャルアーンズババババパタタパタ ギャーン ボグォオン グチャ

「不死鳥号」にモーターなどをつけて走らせたのはよかったのですが、タンスに激突して潰れた音です。はげしく走って、壮絶にクラッシュした様子が表現されています。

ブゴブゴブゴ

のこぎりで板を切る音。「ギコギコ」とよく表現されますが、実際はこの擬音のような音がすることが多いです。ほかのエピソードで登場する、グラインダーで石を削る「ジョリジジジジョリリリッ」という音もそうなのですが、『しをちゃんとぼく』の作者・T長は、音を写実的に表すことに長けていますね。

ドンチャッ

自分の意志で袋詰めになったしをちゃんが、そのまま歩こうとして爪突き、転倒して頭を打ちつけてしまったときの音。頭が割れてしまったので、「ガツン」というような硬い音ではなく、湿った音がしています。しをちゃんが怪我をするときの音は、実にバラエティに富んでいますね。

すべって転んだ音集

すべって転んだ音集
出典:『しをちゃんとぼく』1巻

 

ズルンス

歩いていて床に放置していた紙を踏み、スリップした音。この後、もちろん転倒。

ズルサァア

畳の上で紙屑を踏んで、すべった音。かなりなめらかにすべっています。

ズルバァー ゴンゴッ

公園で遊具に腰掛けた姿勢から立ち上がろうとして、すべって転倒。後方に倒れて、遊具に頭を打ちつける音です。豪快にすべって、豪快にぶつけた勢いがよく表されています。

ゾバァッ

冷蔵庫で製氷した氷を洗面器に入れて、移動中にすべって転倒。洗面器をひっくり返して、氷を浴びてしまった音です。すべって転倒するだけでなく、1つのところから硬いものがたくさん流れ出てくる様子までが表現された音となっています。

 

『しをちゃんとぼく』作品の魅力3:グロの半分はやさしさ

『しをちゃんとぼく』作品の魅力3:グロの半分はやさしさ
出典:『しをちゃんとぼく』1巻

 

本作は頭蓋が割れたり手足がもげたり、ときには内臓が出ることもあったりと、グロテスクな場面が毎回出てくる作品。しかし、そのほとんどが、しをちゃんの「自損事故」のためです。

誰かが彼を傷つけようとしたり、あるいは彼が誰かを傷つけようとして反撃されたりという理由で脳や血や内臓が出てしまうのではありません。

先に述べましたように、しをちゃんは不死であるために注意力をすっかりなくしてしまっています。うっかりすべって転びますし、転んだら大抵どこか折れたりもげたり流血したりします。料理をすれば包丁で指を切り落としますし、大工仕事をすれば釘で手まで打ちつけてしまうのです。

作中に登場するグロテスクな場面は、ほぼそういった自損事故によるものでした。

彼は誰かを傷つけようとするどころか、自分以外の人、つまり「死を有せし者」をとても気遣います。

「死を有せし者の時間は有限なのだから」と言って行列に横入りされても怒りませんし、エスカレーターで転ばないように気をつけるのも、自分が転んで血やその他で、その場を汚してしまったら掃除のために有限な時間を費やしてしまうことになるという理由からなのです。

 

出典:『しをちゃんとぼく』2巻

母親と2人暮らしのぼくは、しをちゃんの家で宿題をしたり多くの時間を過ごしながら、彼が惨事に遭わないよう気をつけます。不死者だからと、奇妙なものや異質なものとして扱いません。

しをちゃんの行方がわからなくなったときは、死んでしまったのと同じくらい悲しかったのだと言っています。また、ぼくが発する最大の悪口は「ひょうたん」で、他者を傷つける能力はずいぶん低いようです。

ちかもとは世界征服を標榜する未来結社ネオゴッドの総裁ですが、「そう簡単にはご近所の迷惑にはならん……!」と明言するくらいですから、他者に危害を加える者ではありません。しをちゃんが海に落ちて行方不明になったときはぼくと一緒に何日もかけて捜索して、そのうえ、ぼくに「宿題とか大丈夫?」と訊ねています。

そのほか、しをちゃんが不当に安い賃金で働いているときは、緊張で動けなくなるほど苦手な市役所に相談に出向くなど、対人コミュニケーションの能力にはやや欠けるものの、他者のために努力と行動ができる人なのです。

出典:『しをちゃんとぼく』1巻

名義の者は「不死者にも人権はあるはず」と、しをちゃんの人権を確立するために運動を起こし、プラカードを持って雨の中に立つなど活動をしていました。彼が走り回ってあちこちに働きかけたおかげで、特別住民票とはいえ住民票が発行され、しをちゃんは住居を得たりレンタルDVDを借りたりできるようになったのです。

このように、しをちゃんは常に他者を思いやり、ほかの者は彼を思いやって、それぞれにできることをするという、とてもやさしい世界がこの作品のなかには存在します。誰かに悪意を向けることもなく、根っからの悪人が登場することはありません。

悪口を言っても「ひょうたん」止まりの、誰も傷つかない漫画が『しをちゃんとぼく』です。世の中に疲れたとき、がんばった1日の終わり、何も考えたくないとき、そんなときにもおすすめできるほのぼのコメディ漫画といえるでしょう。

著者
T長
出版日
2017-08-18

『しをちゃんとぼく』1巻の見所をネタバレ紹介!

本巻は、読者にとって、しをちゃんと出会って、馴れて、親しむ一冊です。

しをちゃんは、どんなにひどい怪我をしても死ぬことも苦しむこともなく、2000年以上の長い時を生きてきた人なのだということが、1話4ページほどの短いエピソードをいくつも連ねることで語られていきます。

第1話「しをちゃんとぼく」で出会ったぼくと同じように、読者は少しずつ彼のことを知っていくのです。

不死という特性のために、また不死であるせいで、身を守ったり危険を回避する能力を欠いてしまっている彼。そんなしをちゃんには、次のようなことが起きています。

著者
T長
出版日
2017-08-18

 

  • バランスを崩しても立て直すことができず、転んでしまう。 
     
  • 食材を包丁で切っているときに、自分の指まで切り分けてしまう。 
     
  • 剣術を学んでも身につかない(死なないので戦わなくていい)。 
     
  • 長く存在しているので記憶が膨大で覚えていられず、大切なこと(交通信号の意味など)もどんどん忘れてしまう。 
     
  • 身体から異物を排除する機能が働かないため、くしゃみができない。 
     

 

このほかにも、危険を察知できないため睡眠中に火事が起きても目が覚めず、起きたら周辺一帯の家屋が消失していた、人食いの獣が現れたが逃げ遅れて食われてしまったなどの、彼でなければ語れないエピソードも登場します。

このように散々な目に遭っている彼ですが、本人はあまり気にしていない様子。このメンタリティが、ともすれば重くなりがちな不死というテーマの作品を、コメディタッチに仕上げる助けとなっているのです。

出典:『しをちゃんとぼく』1巻

 

ぼくは、しをちゃんの不死身振りとドジっ子振り、そしてたびたび目にするグロテスクな光景に最初のうちは驚いていますが、割りと早い段階で慣れてしまいます。幼いながらにも、冷静なツッコミ役が確立するのです。

このおかげで読者はコメディとしてのストーリーに笑いどころを楽に見出し、また見落とすことなく楽しめるようになっています。

ツッコミは入れたもののしをちゃんの惨事を回避できなかったり、2000年以上もの長い時を過ごした不死者の思いが異次元すぎて共感しきれなかったりしたときの、ぼくの小学生とは思えないほどの哀愁を帯びた表情も見所の1つでしょう。

本巻で特におすすめしたいエピソードは、3つ。Dr.グレイの研究を描いた第17話「グレイレポート」、しをちゃんは実はお金持ちで防衛省とつながりがあることがわかり、フリーマーケットで臓器を売ろうとしてしまう第24話「売れないもの」、そして巻末の、しをちゃんの「死」が語られる第32~33話「不死者の死(前編・後編)」です。

第24話では、しをちゃんが名義の者の働きで品津市のゆるキャラとして認められ、特別住民票が発行されたということも明らかになります。

 

出典:『しをちゃんとぼく』1巻

 

これらエピソードでは、しをちゃんが長い長い時を生きるうちにどんどん忘れていく記憶のなかで、未だに彼の記憶にとどまっている人たちの姿と、彼らがしをちゃんとどう関わっていたかを知ることができます。しをちゃんの人柄が、その人たちとのかけがえのない関係を生んできたのでした。

また、現在ぼくともそのように大切な関わりを持っていることの奇跡ともいえる尊さが、読者の胸を強く捉えます。このエピソードを読み終える頃、読者はしをちゃんに強い親しみを感じるようになっているでしょう。

 

『しをちゃんとぼく』2巻の見所をネタバレ紹介!

第1巻に対して、本巻は不死者の悲しみや不自由を知る一冊です。しをちゃん本人はさほどつらく感じてはいないようですが、彼の境遇はどうしても悲しく、不自由です。死を失ったと同時に、ほかにも失ってしまったものが多いということが判明するのでした。

 

  • 髪を切ってもすぐに再生するので、ショートヘアにするなどおしゃれを楽しめない。 
     
  • 不健康にもならないが、いま以上に健康にもなれない。 
     
  • 整えた爪や髪と同じようなものなのに、切断した身体のパーツを自由に処分できない。 
     
  • 死につながるがゆえに、攻撃されることで起きる「怒り」という感情を感じることができない。 
     
  • 死を防ぐ方法がわからない。 
     

 

著者
T長
出版日

それとともに得たものといえば、次のようなものです。

 

  • 死を遠ざける品(薬や健康食品など)の売り場で感じる恥ずかしさ。 
     
  • 死および、死を連想させるものへの憧れ。 
     
  • 知り合った者たちがこの世を去るのを見送る役目。 
     

 

これらを語るエピソードが本巻には納められています。その一方で、しをちゃんの人生は悲しさゆえか、それともほかの理由からか、あたたかい人たちが多く登場します。本巻で殊に印象的なのは、第49話「呪いの定期訪問」。しをちゃんを呪う女と、その一族のお話です。

出典:『しをちゃんとぼく』2巻

 

17世紀半ば、しをちゃんを愛した女性がいました。しかし、しをちゃんは不死ゆえに彼女を受け入れることができません。自らの愛を受け入れられることがなかった彼女は、しをちゃんへの呪いを口にします。「子々孫々一族すべてを、未来永劫呪ってやる」と。

人のいいしをちゃんは親切にも「(死なないので)子孫に代替わりすることもなく、未来永劫わたしが続いてしまうのだが……その呪いで大丈夫だろうか?」と問い返し、答えて女性は宣言します。「じゃあ、逆に、わたしの子々孫々一族すべてが、おまえを呪ってやるわよ!」

そんなわけで、21世紀のある日にもはるばる外国(英語圏のようです)から若い女性がしをちゃん宅を訪れ、呪いの言葉を投げつけます。ちなみに第一声は、ぼくが教えた罵倒語「ひょうたん」でした。

一族の長女は18歳になると、しをちゃんを探し出して思いつく限りの呪いの言葉をかける「儀式」をすることになっており、無事に済ませると幸運が訪れるのだと、はるばるやってきた女性は言いました。300年ばかり経つ間に、呪いは「もとの意味が失われた系の伝統行事」になってしまっていたのです。

 

出典:『しをちゃんとぼく』2巻

 

300年後、13代目の呪いの彼女は「儀式」が無事に終わると「YEAH!」とよろこびをあらわにし、しをちゃんは「変わらず呪いに来てくれて嬉しい」と彼女をもてなします。もはや呪わしい相手と呪う者ではなく、会えて喜ぶ者と会いに来てもらってうれしい者となった二者です。

時の流れとともにしをちゃんの前をとおり過ぎてしまう者ばかりのなかで、子々孫々まで定期的に訪れてくれる一族は、きっと稀れなのでしょう。

時代が移り変わっても自分を覚えていてくれる人たちがいるというのは、知った者たちがどんどんいなくなるなかで、彼にとってきっといくばくかの安堵につながっているではないでしょうか。

しをちゃんは悠久の時を生き、すべてのものは彼の前からなくなってしまいます。生命を持つものも、そうでないものも、やがて彼以外のすべてのものは無に帰してしまうのです。それが最終話「再回」です。 

著者
T長
出版日

月日が流れたなかで、変わらずに存在し続けるしをちゃん。彼は変わり果てた世界で、ある選択を迫られます。その時、彼が出した答えとは……。その考えさせられる結末は、ぜひご自身でご確認ください。

特に秀でた者が大活躍をするわけでなく、むしろどこかに足りない部分を持っていて、それでもなんとか生きて誰かにやさしくできる人たちが再び出会う、幸福な物語。それが、『しをちゃんとぼく』の世界にはあります。

みなさんもこの世界を訪れて、やさしい気持ちになってください。

「不死身の男」を新しい視点から捉えた作品『しをちゃんとぼく』の、「ゆるくてグロくて笑えるほのぼの」という作風は、これまでにない斬新なものです。未体験の方はどうか体験してください。きっと心が和みます。