旅は道連れ? いや一人で良い、一人が良い。でも僕は、行かなくても良い。

更新:2021.11.17

衝動的に、一人旅に出たくなる時がある。 毎日同じような生活を繰り返すことに辟易して、ここではないどこかに行ってしまいたいと思っていたから。 などという訳ではない。 僕が旅に出たくなるのは、ある一冊の書籍に出会ったからだ。 学生の頃に出会った一冊の本。 その本が今も僕の脳裏に根を張り、「旅に出ろ」と囁きかけてくるのだ。 僕はその囁きに素直に従うことにした。 泊まりの準備をすませ、本をリュックの中に忍ばせた。 僕は、一人旅に出る事にした。

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1月2日、僕は熱海にいた。

友達3人とともに。

一人旅の計画を友達に話したところ、一緒に行くことになったのだ。

さっそく計画はズレてしまったが、旅は道連れだ。

熱海駅の改札を出てすぐ、もの凄い人だかりがあった。

人だかりの正体は、足湯。

ズボンの裾を膝まで捲し上げ、今か今かとその時をじっと待っているカップル。

並んでいる人には目もくれず、どのくらいの時間足を浸けているのだろう?

汗でもみあげが束になっているおじさん。

僕はその光景に、うわぁ、と吐息混じりの声を漏らしてしまった。

その声をかき消すように仲間の一人が「足湯やっていこうや」と言った。

僕は、これはまずいぞ…と思った。

旅館に荷物を預け向かった先は来宮神社。

天然記念物『大楠』は樹齢二千年を越え、日本屈指のパワースポットとして知られている。

この日は参拝客で溢れかえっており、参拝するまでに30分ほど並んだが僕は少しも苦ではなかった。

当たり前だ。今回の旅で僕が一番訪れたかったのがここ来宮神社なのだから。

しかしそれは僕の意見だ。一緒に来ていた友達には、別の目的があり早く参拝を済ませ次に向かいたいとうずうずしてる者もいた。

今回の旅は、一人ずつ行きたい場所を決めて合計4カ所をまわるというルールだ。

来宮神社は僕のターン。この場所の責任者は僕だ。

僕は、何か面白エピソードトークのひとつでもして場を繋がなければと思い、今までの半生の面白かったページを頭の中で捲り返した。

「高校の友達が初めて彼女と枕を交わした時の話」

これはオチまで綺麗で秀逸だ。話し方によっては5分はもつ。

「中学の時、一人が牛乳を吹いたのを封切りに、地獄絵図が生まれた話」

これは話を聞いた時。そしてその姿を想像した時と、二度笑える話だ。

……何をやっているんだ。新年早々神社でする話じゃねえだろう。

頭の中でツッコミをいれ、僕はそっとページを閉じた。

結局エピソードを披露することなく参拝を済ませた僕らは次の目的地、秘宝館へ向かった。

どんな所かというと、それこそ「誰だよ、新年早々ここを選んだやつ!」と叫びたくなるような場所だった。三十歳手前の男四人で来る場所では絶対にない。

……ただ今思い返すと、この旅で一番楽しかったのはこの場所かも知れない。

大の大人四人が秘宝館の展示物ひとつひとつに、目尻に小じわを浮かべながら三歳児のようにはしゃぎ続けた。

続いて向かったのは、あろうことかパチンコだった。

僕はギャンブルはしない。

しかし旅は道連れ、エピソードトークのひとつにでもなればと思い、人生初のパチンコを打った。

結果はというと、二千円負け。

最弱なエピソードトークが生まれた。

最後に向かったのはバーだった。

R&Bがうっすら流れる、こじんまりと落ち着いたバーの店内には、正月の特別番組が大きな液晶に映し出されていた。

僕らはそれぞれにお酒を注文し、今回の旅を振り返りはじめた。

が、まったく話が弾まない。

それもそのはず、額は違えど全員パチンコで負けていたのだ気分良く旅を振り返れるわけがない。

運ばれたお酒だけが淡々と減っていく中、ふとテレビに目を止めると旅番組が流れていた。

テレビの中のタレントさんが豪華な料理に舌鼓をうっている。

「よいなあ……」と仲間のうちのひとりが声を漏らした。

それを言ったらおしまいだ。

本人も気がついたのか、ばつが悪そうに足早にトイレへ逃げ込んだ。

でも誰もとがめる者はいない。

きっと僕も含め残された三人の頭の中にも「よいなあ……」という文字が浮かんで居たのだから。

冒頭でも書いたが、僕らは本当に仲がよい。

ただ旅は道連れには向いてなかったということだけだ。

そして僕たちは、自分で旅に出るよりも、人の旅を傍観し頭の中で世界中を駆け巡るのが一番向いているのだ。

旅館につき、狭い部屋で四人で雑魚寝した。相当酔っ払っていたのか、すぐにみんなの寝息が聞こえ出した。

その横で、僕は忍ばせていた本を開いた。

思い通りにならない旅も、旅の醍醐味だよとその本が教えてくれたように感じた。

深夜特急

著者
沢木 耕太郎
出版日
1994-03-30

インドのデリーから、イギリスのロンドンまでを、バスだけを使って一人旅をするという目的で日本を飛び出した主人公「私」の物語であり、筆者自身の旅行体験に基づいている。

様々な人々と事件に出会いながらロンドンを目指す。

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