角川スニーカー文庫から発売されている、富野由悠季の作品。アニメ史に残る超名作『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』に連なるその後の出来事、宇宙世紀0105年の動乱を描いた物語となっています。 2019年冬から劇場版3部作が公開予定の本作、小説版『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』についてご紹介しましょう。

「シャアの反乱」ともいわれる第2次ネオ・ジオン抗争から約10年後、宇宙世紀0105年。
地球圏は表面上平和を保っていましたが、地球連邦政府やその特権階級による横暴な差別が、地球では根強くおこなわれていました。彼らの行為は、母なる星の汚染をますます進めるだけで、宇宙移民の理念と逆行していたのです。
大敵のいなくなった地球連邦に対し、異を唱える力のある者はもはやいなくなっていました。
そんな時、政府首脳高官の暗殺を敢行し、連邦の粛正に乗り出した秘密結社「マフティー・ナビーユ・エリン」が台頭します。首謀者は組織と同じ名前マフティーを名乗り、アムロやシャアの再来と人々の支持を集めていくのです。
その正体は一年戦争の功労者ブライト・ノアの息子、ハサウェイ・ノアでした。
- 著者
- 富野 由悠季
- 出版日
- 1989-02-13
彼は新型「Ξ(クスィー)ガンダム」に搭乗し、地球連邦排斥のため、戦闘を仕掛けていきます。タイトル『閃光のハサウェイ』は、主人公ハサウェイがシャアの意志に共感し、ガンダムに乗って閃光の如く駆け抜ける内容からきているのでしょう。
- 著者
- 富野 由悠季
- 出版日
- 1988-02-01
本作はガンダムシリーズ最高峰との呼び名も高い『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』と地続きの物語となっています。厳密には映画『逆襲のシャア』ではなく、完成前の第1稿を元にしたパラレル小説「ベルトーチカ・チルドレン」の続編です。
そのため、たとえばα・アジールを撃破したのがチェーン・アギではなくハサウェイであるなど、映画とは多少の食い違いが出てきます。
非常に無慈悲なラストが描かれることから、本作は鬱小説ともいわれているようです。
架空の戦争を描くガンダムシリーズは、思想の違いを描写する都合上、伝統的に多数のキャラクターが登場する群像劇となっています。それは、本作も同様です。すべて紹介すると書き切れないので、特に重要な人物に絞ってご紹介しましょう。
まずは、ハサウェイ・ノア。偽名でマフティー・ナビーユ・エリンを使う、同名組織の表向きのリーダーです。旧来の作品にも脇役で登場し、ニュータイプ(進化した人類。ある種のエスパー)の素養を感じさせていましたが、今回は主人公として、新型ガンダムで戦います。
ヒロインはギギ・アンダルシア。ハサウェイのトラウマとなっている『逆襲のシャア』のクェス・パラヤを連想させる、ニュータイプ的少女です。意味深な予言で荷担した側に戦況を傾ける(ように感じられる)、謎めいた存在。
そして、もう1人の主人公といえるのが、連邦軍大佐ケネス・スレッグです。物語冒頭の事件からハサウェイと親身になるのですが、皮肉にもそんな彼がマフティー=ハサウェイ討伐の指揮を執ることになります。
出番こそ少ないものの、シリーズファンにはブライト・ノアも見逃せません。反連邦組織マフティーのリーダーがハサウェイということを知らない、悲劇の人物として描かれます。
『閃光のハサウェイ』最大の魅力は、なんといっても、ガンダムを生み出した監督・富野由悠季が直々に手がけた作品ということでしょう。シリーズの表裏を知り尽くし、部外者が知ることも出来ないボツ設定まで参照出来る作者が、超名作『逆襲のシャア』の続編として発表したとあっては、ガンダムファン必読です。
刊行された1989年の時点では、映画『機動戦士ガンダムF91』が製作されるまで、ガンダムシリーズとしてはもっとも未来の宇宙世紀の話だったということも、注目すべき点です(『閃光のハサウェイ』以前にも宇宙世紀0200年代の『ガイア・ギア』という作品がありましたが)。
また作者が作者だけに、ファンにはお馴染みとなっている独特な台詞回し、通称「富野節」も健在。
やっているけど、カーゴが死んじまっては、乗りうつったら死ぬよ
(『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』上巻より引用)
こういったところも、本作注目のポイントです。
ガンダムというコンテンツは、今や単一の作品の枠を越えて1つのブランドと化しており、そこで描かれる出来事や設定は「歴史」と呼んで差し支えないほど膨大なものとなっています。
ガンダムシリーズは大まかに「宇宙世紀モノ」と、世界観の異なる「アナザーガンダム」の2つに分けることが出来ます(『∀ガンダム』の設定まで語ると長くなるので割愛)。初代から続く宇宙世紀の作品は正史とされ、それらに登場する機動兵器「モビルスーツ(MS)」は、時代によって変化していきます。
特に、宇宙世紀0100年代はMSの恐竜的進化(巨大化、複雑化、重武装化に由来するたとえ)といわれる、軍事技術の全盛期です。
そうした背景のもと、宇宙世紀の技術全部盛りのようなMSとして主役機「Ξガンダム」が出てきます。「Ξ」は14番目のギリシャ文字で、13番目の文字「ν(ニュー)」、つまり「νガンダム」の後継という意味で名付けられました。
Ξの全体的なデザインはZZガンダム、あるいはSガンダムの系譜が感じられるでしょう。νガンダムの影響が色濃く見えるユニコーンガンダムと比べると(『機動戦士ガンダムUC』は後付けなので当然ですが)、νの後継という割りにはやや異端に見えるかもしれません。
重力下でも自由に飛行出来るミノフスキークラフトを搭載した、画期的なMSです。後の時代でも、同様の機能を持つのはV2ガンダムなどのごく限られた機体だけなので、いかに優れた性能かおわかりいただけるのではないでしょうか。
そんなΞのライバルMSが、「ペーネロペー」です。名前からはわかりませんが、こちらもガンダムタイプのMS。後付けですが、オデュッセウスガンダムという機体にフライトユニットを装着した姿とされました。
どちらもアナハイム・エレクトロニクス製で兄弟機のような関係にあり、性能はほぼ互角。当初はシャアの反乱で実戦経験のあるハサウェイが有利でしたが、ペーネロペーのパイロットであるレーン・エイムも急成長していきます。
月から密かに送り出されたガンダム受領のため、高官向けシャトル「ハウンゼン」に乗船していたハサウェイは、数奇な運命の巡り合わせで反乱組織「マフティー」殲滅の任を負った軍人ケネスと懇意になります。
彼はケネスら連邦の目を狡猾にかいくぐり、Ξガンダムに乗り込むこと自体には成功します。が、直前に隕石に偽装したガンダム降下を察知されたことで、ケネス率いるキルケー部隊と接触。新鋭MSペーネロペーとの戦闘に突入するのでした。
- 著者
- 富野 由悠季
- 出版日
- 1989-02-13
物語を重層的に見せる登場人物の因縁作りは、さすが富野監督の手腕と唸らせられるでしょう。見所となるMS戦闘においても、まずマフティー軍の量産機であるメッサーとペーネロペーに先に戦わせておいて、性能差を実感させてから主役機との対決に持ち込むところが見事です。
まずはゲリラ戦を得意とする「マフティー」の勝利に終わりますが、果たして……。
地球連邦の抑圧とそれに対する不満は、民衆の「マフティー」への政治的支持と、「マフティー」とは別にオエンベリの私設軍集結によって表面化しつつありました。
ケネスのキルケー部隊の前任者、キンバレー司令は「マフティー」とその賛同者への見せしめとして、オエンベリの私設軍を苛烈なまでに虐殺し尽くします。
ハサウェイらはオエンベリとの合流こそ叶いませんでしたが、壊滅させた張本人たるキンバレーの身柄拿捕に成功。懸案事項だった連邦会議の開催地が、香港のコワンチョウになったことを知ります。
- 著者
- 富野 由悠季
- 出版日
- 1990-03-01
中巻では連邦のさらなる暴虐と、志はともかく、組織的に遅れを取る「マフティー」が対比されます。
戦いのなかで、自分と理想の象徴としてのマフティーのギャップに思い悩んでいくハサウェイ。シャアに共感して立ち上がっても、英雄やカリスマになり切れない、等身大の青年像が垣間見えます。
物語としては結末に向けての助走に相当し、人間ドラマの方が多く見られるでしょう。
連邦の閣僚会議開催地は、オーストラリアのアデレードでした。地球の汚染を深化させ、事実上一部の特権階級の私物とさせる法案の可決を阻止すべく、「マフティー」はMS部隊を派遣しつつ電波ジャックでこの事実を曝露。
揺れる世論とは無関係に、ケネスのキルケー部隊とペーネロペーが、Ξガンダム=ハサウェイの前に立ち塞がります。
最後の決戦。数度の実戦を経たレーン・エイムは驚くほど成長していましたが、ハサウェイはすべての実力を出し切って、アデレードへと後一歩迫るのです……。
- 著者
- 富野 由悠季
- 出版日
- 1990-04-11
短くも激動の物語が、ここで完結します。戦闘が激化するのはもちろんのこと、人間ドラマも劇的な展開を迎えるところが見所でしょう。
くだんの放送を見たケネスは、その演説をしているのがハサウェイであると勘付きます。このようにして折り重ねられた人間関係の糸が、立体的に浮かび上がっていくのです。
果たしてハサウェイは、アムロやシャアが成し遂げられなかった地球の意識革命――人類の革新に到達することが出来るのでしょうか?その衝撃的で胸を締め付けるような結末は、ぜひご自身の目でお確かめください。
宇宙世紀を題材にしたガンダム作品の振り返りと次の100年を構築するための「UC NexT 0100」プロジェクト。その第2弾作品である映画『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』の公開日が7月23日に決定しました。
第1弾作品の映画は2019年に公開された『機動戦士ガンダムNT』。小説とは違うストーリー構成やラストだったということもあり、小説と映画の両方を楽しめる作品でした。第2弾である今回も、また小説とは違う展開を期待できます。
監督は『虐殺器官』の村瀬修功が務めるほか、脚本を「機動戦士ガンダムUC」のむとうやすゆき、キャラクターデザイン原案を「機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争」の美樹本晴彦、キャラクターデザインをpablo uchida、恩田尚之、工原しげきの3人が担当します。
『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』公式サイト(http://gundam-hathaway.net/)から、特報映像が届いています。映画の公開まで待てないという方はこちらをぜひご覧ください。
2026年1月30日、「閃光のハサウェイ」の映画版第2部『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ キルケーの魔女』(以下、「キルケーの魔女」)が公開を迎え、現在記録的なヒットを爆走中です。公開からわずか2週間で興行収入15億円、観客動員91万人を突破。前作を遥かに上回る、文字通り「閃光」のような勢いです。
通常、シリーズもの1作目をピークに興行成績が落ち着く傾向にありますが、なぜ本作はこれほどの熱狂を呼んでいるのでしょうか。そこには「5年間の空白」がもたらした特殊な背景があります。
第1部が公開されたのは、コロナ禍による延期を経てようやく辿り着いた2021年6月11日のこと。その圧倒的な映像クオリティはガンダム映画として歴代トップに迫る興収22億円を叩き出し、ファンを熱狂させました。しかし、次作の仮題『サン オブ ブライト』がアナウンスされて以降、公式は数年にわたり沈黙することになります。
その間、ガンダムシリーズのTVアニメは2023年『機動戦士ガンダム 水星の魔女』、2025年『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』(以下、「ジークアクス」)が作られました。映画も2022年『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』や2024年『機動戦士ガンダムSEED FREEDOM』が公開され、ガンダムを取り巻く状況はかつてない盛り上がりを見せていました。
しかし、なぜか映画「閃光のハサウェイ」の行方はようとして知れませんでした。
沈黙が破られたのは、2025年。非ガンダムファンまでをも巻き込む一大ムーブメントとなった「ジークアクス」の最終話放送翌日、熱気が冷めやらぬ中で突如、第2部の正式タイトル「キルケーの魔女」と公開予定が発表されました。
前作「閃光のハサウェイ」の出来映えから来る期待、空白の5年間の反動、そして「ジークアクス」が成し遂げた宇宙世紀のファン層拡大。これら事前に培われた下地に加えて、「キルケーの魔女」そのもののクオリティとストーリー上な盛り上がりが、異例のヒットに繋がったと考えられます。
原作は小説『機動戦士ガンダム ベルトーチカ・チルドレン』の続編として執筆されましたが、アニメ映画版は1988年の映画『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』の正当な続編という位置づけです。第1部公開前は前提となる過去の違いが、ストーリーにどう影響するのかにも注目されましたが、実際には大筋の流れはほぼ同じ。しかし、原作と映画でハサウェイの内面が異なるという、興味深い解釈が示されました。
最大の違いは、クェス(およびチェーン)の死を巡るハサウェイの関与です。
戦場でクェスを説得しようと試みたハサウェイは、偶発的な出来事によって自らの手で彼女を殺めてしまいました。この「愛した女性を殺す」という原体験は、かつてアムロ・レイがララァ・スンを手にかけた悲劇と重なります。
クェスを殺したのはチェーンであり、ハサウェイはその光景を目撃して錯乱。衝動的にチェーンを殺害してしまいました。このクェスを助けられなかった過去は、目の前でララァを失ったシャア・アズナブルの後悔とよく似ています。ただ、ハサウェイはセイラ殺害未遂で済んだシャアと違って、親しくした人を殺したトラウマも抱えています。
本作で描かれる「マフティー動乱」は特権階級によって腐敗した地球連邦を粛正し、全人類を宇宙へ上げるという、いわばシャアの世直しの継承です。
前提となる体験が違うことで、ハサウェイが「マフティー」という過激な手段を選んだ心理的動機も、ストーリー中の行動から受ける印象もガラリと変わります。おかげで原作を先に読んで鑑賞しても新鮮ですし、逆もまたしかり。また、今なら完結編となる第3部へどう波及するのか、見比べて想像を巡らせる楽しみがあるのも魅力です。
物語は、地球連邦軍の閣僚ら特権階級を乗せた豪華シャトル「ハウンゼン」が、マフティーを名乗るハイジャック犯に襲撃されるシーンから幕を開けます。そこに偶然乗り合わせ、鎮圧に協力することとなったハサウェイ、ギギ、ケネス。
奇しくもその顔ぶれは本物のマフティーとそれを追う指揮官、そしてかつての戦争で散ったニュータイプを彷彿とさせる少女でした。この3人の運命が複雑に絡み合い、シャアの反乱以来となる大規模な反地球連邦政府運動「マフティー動乱」の行方を左右していくことになります。
ストーリーは基本的に原作準拠ですが、映画化にあたっていくつか変更が加えられました。
まずハウンゼンのくだりがかなり省略され、ハサウェイの搭乗理由も「作戦前に連邦高官を直接見ておきたかったから」と目的意識が強められています。また原作ではハサウェイが1人でコックピットのハイジャック犯まで制圧しますが、映画版ではケネスの援護がなければ命を落としかねない紙一重の状況でした。
ちなみに、ハイジャック犯の最後の1人が纏うシルエットがどことなくクェスを彷彿とさせるため、トラウマを刺激されてハサウェイが咄嗟に反応できなかった……という細かい演出も、映画ならではの解釈といえるでしょう。
また、地球連邦下部の警察組織・通称「マン・ハンター」がMSを配備しており、非戦闘員にも容赦なく銃口を向ける描写が追加。地球連邦が原作以上に、強権的な抑圧組織へ変質している様が強調されています。
本作はフィクションでありながら、細部に至るまで科学的考証に基づいた描写が積み重ねられています。
例えばハウンゼン機内で提供されるグラス。明言こそされていませんが、表面張力と毛細管現象を利用した現実の無重力カップを彷彿とさせる描写で、無重力下でもストローなしで飲める未来の宇宙像を演出しています。
最大の見どころは、MSを巨大な構造物かつ絶対的な脅威として描き出した点です。重力圏における巨大質量の存在感、構造物としての説得力ある挙動は、実写さながらの無慈悲な戦闘シーンと相まって途轍もないリアリティを感じさせます。
同時に、そうやって現実的な法則に縛られる量産機(自由落下するメッサーやグスタフ・カール)に対して、ミノフスキークラフトを搭載した2機のガンダムタイプの異質さが視覚的に際立っていたのも圧巻。
本作の欠点というか視聴していて困ったのが、夜戦シーンの画面の暗さです。設定上はカメラ補正で映像を見やすくできるはずですが、おそらく出口のない閉塞感やハサウェイが抱える重苦しい葛藤を視覚化するために、あえて暗い画面にこだわったのでしょう。
映画「閃光のハサウェイ」では、登場するMSのデザインも刷新されて話題となりました。
Ξガンダムはゲーム等で定着した「ガンダムらしい」デザインから一転、マスクのスリットをなくして原作通りの「ガンダムもどき」に差し戻された形。さらに全身が白一色に近い配色に変更されており、武士の正装である裃にも似た外観と合わせて、どことなくハサウェイの死装束といった印象を受けます。
Ξと対になるペーネロペーは細部のガンダムらしさを強調する一方、恐竜的進化とされた大型MSらしく怪獣のようなシルエットに。監督のコメントによると、怪獣らしさを演出するために、キングギドラの飛行音やゼットンの発光パターンを参考にしたそうです。
この辺りのこだわりについては、同時期に公開された映画『シン・ウルトラマン』のゼットンなどの解釈と比較して見てもいいかも知れません。
ちなみにメッサーとグスタフ・カールは、ゲームなどのデザインが踏襲されています。グスタフ・カールは完全に別物なので、原作だけ知っていると困惑するかも知れません。
この作品を語る上で、インターネット上の話題も無視出来ません。特にSNS等で爆発的に広まった「マフティー構文」などのネットミーム。
予告編のテンポ良いセリフ回しと軽快な主題歌「閃光」が融合したマフティー構文は、固有名詞を置き換えるだけで応用出来る汎用性の高さから、ガジェット通信主催の「アニメ流行語大賞2021」で金賞を受賞するほど大人気になりました。
特徴的なかぼちゃマスクの偽マフティーも大きな話題となり、1作目の序盤に出てきただけのキャラクターにもかかわらず、続編「キルケーの魔女」のプロモーションに起用されるという異例の事態に発展しています。
ちなみに偽マフティー役の新祐樹は、のちに「ジークアクス」でシャア・アズナブル役を演じることになり、「偽物のマフティー」から「本物のシャア」になったことが宇宙世紀ファンの間で密かな話題となりました。
Ξを空中受領し、ひとまずケネス率いるキルケー部隊を退けたハサウェイ。しかし、勝利に沸いたのもつかの間。「マフティー」は地球連邦の追跡を回避しながら、アデレード会議襲撃計画を練る必要に迫られます。
現在、地球連邦政府内では、中央閣僚会議で地球の居住権を特権階級が独占する特例法を制定する動きがありました。地球連邦による一元的支配と弾圧を決定づけるこの悪法は、「マフティー」にとって組織の存亡を賭けてでも阻止すべき最優先事項でした。
ところが肝心の会議開催地はアデレードが有力視されているものの、裏付けとなる確実な情報がない状況。そこでハサウェイは次善の作戦として、ケネスの前任者であるキンバレー率いる部隊の動向を探るとともに、反地球連邦政府勢力の様子を窺うべく、同じオーストラリアのオエンベリへと出撃します。
一方、ギギを「幸運の女神」と信じるケネスは、彼女を手元に置いて狡猾に「マフティー」を追い詰めて行くのでした。
本作からはΞガンダムが本格稼働していることもあり、MS関連の描写が一段とパワーアップしています。
特筆すべきは音響の素晴らしさです。特に重低音の響きは圧巻で、メッサーやグスタフ・カールが発する重厚なエンジン音は、劇場で見ると頭が揺さぶられるほどの迫力。対してΞガンダムの駆動音は驚くほど静かです。もちろん全くの無音ではありませんが、最新鋭機と量産機との圧倒的な技術格差を、音で感じられる点が見事でした。
またアクション面も素晴らしく、ミノフスキークラフト搭載機特有の慣性を無視するかのような挙動(ノーモーションの急上昇、急旋回、横方向へのスライド)によって、Ξガンダムの圧倒的優位性が手に取るようにわかります。
さらに、いい意味でアニメ的ではない、実写作品さながらの濃密な描写にも拍車がかかっています。何気ない動作に込められた感情、生身の人間が見上げるMSの威圧感、パイロット視点でのめまぐるしい視界の変化、無機質に鳴り響くアラート音の恐怖……人物や事物の動作一つ一つに意味が込められており、何度見ても新しい発見があるでしょう。
相変わらず夜間戦闘の画面が暗い点は、評価が分かれるところかも知れません。おそらく劇場のスクリーンに最適化されているため、家庭環境では見づらくなるでしょう。ただ、これは後半のとある戦闘シーンにおける、光の演出を最大限に引き立てる狙いがありそうです。それがどのシーンかは……ぜひご自身の目で確かめてください。
ここからの記述には、「キルケーの魔女」の物語の核心に触れるネタバレが含まれます。
映画公開から多少日数が経過していますが、もしあなたが映画「逆襲のシャア」が好きで、かつ本作を未見であるなら、これ以上の情報を遮断して今すぐ劇場(もしくは各種配信サービス、DVD/BD)で鑑賞することを強くおすすめします。先にネタバレを踏んでしまうと、とある展開の初見の衝撃が損なわれかねません。
「前作をおさらいしてからでないと……」という心配は不要です。劇中の冒頭にわかりやすい振り返りが用意されているため、最悪1作目を飛ばしても充分について行くことは出来ます。
もし、ここまでの紹介で少しでも興味を惹かれたのなら、とにかく今すぐこの記事を閉じて鑑賞してください。そして、鑑賞後にまた戻ってきていただければ幸いです。
2026年3月13日から上映形式にMX4D、4DXが追加されるとの発表がありました。『キルケーの魔女』は映像と音響が本当に素晴らしいので、未見の方はこの機会にぜひどうぞ。視聴済みの方もMX4Dや4DXで見直せば、戦場を体感出来て新たな発見があるでしょう。
「キルケーの魔女」は終盤を除くと、かなり原作に忠実に作られています。しかし、ストーリーの骨子をなぞりつつも、細部のディテールアップには凄まじいものがありました。
特に際立ったのは、冒頭のオエンベリの記録映像です。1作目のラストに提示された静止画から地続きとなっており、オエンベリに集結した「マフティー」を自称する私設軍が、連邦軍キンバレー部隊によって掃討――というより虐殺される様子がありありと描き出されます。
蹂躙されるオエンベリ軍側の視点となる、ボディカメラの映像演出は圧巻の一言。硝煙と土埃で視界が遮られる中、手ぶれで飛び飛びになる画面に映し出される阿鼻叫喚の混乱は、戦場の生々しさを切り取ったドキュメンタリーさながら。人間の視点で見たMSという抗いようのない暴力が克明に記録されており、観客を一気に物語へと引きずり込んでしまいます。
オエンベリの虐殺と記録テープの存在は原作でも言及されますが、ストーリーで具体的に描かれることはなく、オエンベリの支援に向かったハサウェイが事後の惨状を目撃するだけでした。それを見事に映像化した監督の名采配と言わざるを得ません。
出だしのインパクトとしては抜群な上に、連邦軍の蛮行や切迫した状況が一目でわかり、原作小説や1作目で印象の薄いオエンベリ軍にも感情移入出来るようになりました。
本作では精神的に追い詰められ、不安定な状態にあるハサウェイが執拗に描写されます。
例えば、機密保持チェックのためにΞガンダムを水中に沈めるシーン。海に入った瞬間、何かを思い出したように狼狽える様子が見られました。劇中では語られませんが、ハサウェイは幼少期にティターンズの拉致騒動に巻き込まれ、海に落ちて溺れた経験があります(『機動戦士Zガンダム』第18話)。
幸いアムロに救助されたものの、この幼少期の体験がトラウマになっていてもおかしくありません。原作の該当シーンに動揺したという記述はありませんが、映画の終盤の展開に繋がる要素として、過去のエピソードを拾い上げた可能性が高いです。
また彼の精神の摩耗は、恋人ケリア・デースへの態度にも表れています。ギギへのわだかまりからか、明らかにケリアを避けるそぶりを見せ、食事すら拒否する有様。
特筆すべきは、ハサウェイの耳に入るケリアの咀嚼音の描写です。視聴者にとっても異様なまでに生々しく汚い音は生理的嫌悪感を催すもので、彼の心がすでに彼女から離れていることを証明しているようでした。
あるいは食欲は性欲と同じ三大欲求なので、ストイックになることを己に課すハサウェイにとって、食事シーンのケリアは色々な意味で煩わしい存在だったとも考えられます。
ちなみに、ハサウェイは劇中序盤から水すら口にせず、ようやく摂取したと思ったら飴玉1つ。食事らしい食事は、気心の知れたイラムと囲んだベーグルサンドのみです。口当たりの良いものしか受け入れられず、気の合う友人といる時しか安らげないほど追い詰められていることがわかります。
「身構えている時には、死神は来ないものだ、ハサウェイ」(映画『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』より引用)
1作目の時点でハサウェイは幻聴を聞いていましたが、本作ではその症状が深刻化しています。死んだクェスの幻影を身近に感じており、あろうことか会話まで交わし始めるのです。
もともとハサウェイには、『逆襲のシャア』の経験で精神疾患を患ったという背景があります。原作ではケリアの献身によって回復したと地の文で明かされますが、映画ではあまり触れられず、ケリアから薬(向精神薬)の服用を勧められる程度です。
ところがケリアへの拒絶反応に加え、パイロットであることから緊急出動に備える彼は、決して薬を口にしません。結果としてどんどん幻覚の症状が悪化していき、それが終盤の衝撃的な結末に繋がっていきます。
中盤から終盤にかけては、ギギや組織を支える人物の動向、オエンベリ軍との合流などで原作の行間が補完されていきます。これまでギギはニュータイプの少女らしく浮世離れした言動を繰り返してきましたが、うっすら感じさせていた教養の高さとセンスの良さが、その中で改めて浮き彫りになりました。
そんなギギの決断と、ケネスが信じる彼女の幸運がどういった結末を導くのかが、物語の大きな見所と言えるでしょう。
後半にかけて、原作と違って恋愛映画のように劇的になったケリアとの別れ、事実上の旗艦だったヴァリアント撃沈の報を経て、いよいよ後戻り出来なくなったハサウェイ。「へそポイント」ことエアーズロックで戦闘が行われる流れは原作通りですが、映画版のケネスはギギの直感をより重く捉えたようで、追加の戦力を振り分けています。
そこで姿を現すのが映画版オリジナルの新MSにして、レーン・エイムが搭乗するTX-ff104アリュゼウスです。
原作未登場の機体であり、修理中のペーネロペーに代わる代替機という位置付け。原作小説の中巻ではそもそもペーネロペーの出番がないため、映画独自のオリジナル展開となります。
時系列的には前作のラストから数日しか経過していない状況を考えれば、損傷した機体の修理が完了していないのは当然。原作ではレーンの生還を「奇跡的」と称するほどの損害としながら、修理や補給について一切言及されていなかったので、ここは映画の方が兵器運用上のリアリティが感じられます。
劇中で「エクスペリメンタルモデル」と呼ばれるアリュゼウスは、ペーネロペーがロールアウトする前に、レーンの高速飛行の慣熟テストに用いられた練習用の試作機です。Iフィールド制御と20基のプラズマジェットエンジン式推進システムによって、当時未完成だったミノフスキークラフトの機動を強引に再現したある種の怪物。
見逃せないのは、推進器に採用されたシェルフ・ノズルです。後の『機動戦士ガンダムF91』時代にクロスボーン・バンガードのMSを製造するブッホ・コンツェルンの関与を匂わせるもので、数年後に迫ったアナハイムの衰退を予感させるファン垂涎の演出。
シルエットはペーネロペーに酷似……というより、全体的に原作のどこか有機的なペーネロペーを思わせる、先祖返り的なデザインになっています。名称の由来はギリシア神話に登場する同名の人物で、オデュッセウスの妻であるペーネロペーの弟。
何より驚くべきところは、アリュゼウスの核となるMSがなんと量産型νガンダムだったという点。MSV(モビルスーツバリエーション)企画で設定しか存在しなかった量産型νガンダムが、まさかの形で登場したため、ファンの間に大きな衝撃が走りました。
量産型νガンダム登場の演出がひたすらに秀逸でした。
アリュゼウスはペーネロペーに匹敵する出力があるとはいえ、あくまで急場しのぎの試験機。ハサウェイの圧倒的な戦闘センスの前に、劣勢に立たされます。被弾で増設パーツが剥離していくアリュゼウス。そして怪獣的シルエットの中から出てきたのが、核である量産型νガンダムでした。
全編にわたる夜間戦の暗さが、ここで最大の効果を発揮します。視界不良の中、ビームの光や爆発の照り返しで浮かび上がる非対称的なシェルフ・ノズルのシルエットは、フィン・ファンネルを装備したアムロのνガンダムそのもの。事前の予告編に『逆襲のシャア』特報のオマージュ映像が盛り込まれていて話題になりましたが、単なるファンサービスではなく、この瞬間にハサウェイが目にする悪夢の予兆だったのです。
悪魔的な演出に観客は度肝を抜かれましたが、ハサウェイの驚愕はその比ではありません。彼にとってνガンダムとはトラウマの象徴。精神的に不安定なハサウェイは、レーン操る現実の量産型νガンダムにアムロの幻影を重ね合わせ、当然のように錯乱状態に陥ります。
幻覚の中で『逆襲のシャア』の戦闘を追体験するハサウェイ。彼はアムロとニュータイプ同士の感応をしながら、シャアのように――いや、シャアその人として振る舞います。
戦いの流れも会話も、『逆襲のシャア』の最後の戦闘をなぞったもの。当時のハサウェイは2人のやりとりを直接見ていないので、シャアの真似をしているという自覚から、おそらく無意識にシャアを演じたのでしょう。
しかし、完全に『逆襲のシャア』と同じだったわけではありません。破滅願望を感じさせるハサウェイに対して、幻覚のアムロは一貫して生きるように説いていました。ところがハサウェイはまったく耳を貸さず、ついには機械的に量産型νガンダムを撃破。俗っぽい表現になりますが、「闇落ち」という形容がぴったりの、冷酷な殺人マシーンと化していました。
映画1作目『閃光のハサウェイ』でのハサウェイは、高すぎる理想を掲げた「迷走する主人公」で、後悔に苛まれる原作の「悲劇の主人公」像と比べると共感出来ませんでした。
それが『キルケーの魔女』では一変。ストーリーを通して、幻覚に悩まされるハサウェイを追体験し、過大な役割を背負ってしまった「等身大の青年」として実感出来るようになります。
原作にない展開でハサウェイは明確に破滅に近付きますが、それを思い留まらせたのはギギでした。しかもハサウェイはただ止まっただけなく、最後までヘルメットを脱がずパイロットに徹した原作と違って、この場面で素顔を見せることまでします。
そしてそれに呼応するように、頭部を破損したΞのマスクが剥がれ落ち、隠されていたガンダム顔が露わになりました。
本作は映画1作目からずっと、「本物」と「偽物」の対比が行われてきました。「本物のマフティー」と「偽物のマフティー」、地球連邦の正義と欺瞞、Ξは「ガンダムもどき」でペーネロペーは「ガンダム」……。
ハサウェイとΞの素顔が現れたのは、役割や偽装から解放されて「本物」になったとは考えられないでしょうか。
マフティーではなく、ましてやシャアでもない、「本物」のハサウェイ。「ガンダムもどき」ではなく「本物のガンダム」になったΞ。とにかく象徴的なシーンだったので、深い意味があるように思えてなりません。
ハサウェイとΞが「本物」になったとして、ストーリーの何が変わるのかはわかりません。賛否両論の結末が変わるかどうかも不明です。しかし、『キルケーの魔女』鑑賞後の印象では、原作小説とは異なる微かな希望を感じさせるものになる気がします。
ただ、懸念が一つ。劇中に何度か意味深に映り込んだリ・ガズィ・カスタムの存在です。
特徴的なBWS(バック・ウェポン・システム)は否が応でもファンの目を惹くので、アリュゼウスを隠すためのミスリードとも考えられますが、もし次回作への伏線だとしたら最悪の事態を招きかねません。
リ・ガズィと言えば、チェーンの最期の乗機でハサウェイのトラウマそのもの。量産型νガンダムですら過敏に反応したわけですから、彼がリ・ガズィ・カスタムを目にしたらどうなるか見当も付きません。
リ・ガズィ・カスタムは旧型機ですが、軍縮の煽りを受けた連邦軍の懐事情から、単独飛行が可能なペーネロペーの随伴機として3作目で登場する可能性は充分あります。
トラウマを喚起されたハサウェイがさらなる狂乱に陥るか、それとも克服するのか。非常に気になる伏線です。
映画『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』は全3部作が予定されており、物語はいよいよ完結編へと向かいます。既存のガンダム映画の枠組みを打ち破る、圧倒的な映像美と生々しい心理描写は、まさに卓越の一言。まだ第2部『キルケーの魔女』を未鑑賞の方は、ぜひ劇場という最高の環境でこの物語を体感してみてください。
今のところ完結編のアナウンスはまだですが、もし待ちきれないのであれば原作小説に触れて予習してみてはいかがでしょうか?