歴代の受賞者が軒並み大活躍をしているエンターテイメント小説の新人賞「小説すばる新人賞」。新人作家の登竜門として人気があり、受賞した作品は読んでおきたいと考えている人も多いのではないでしょうか。この記事では、歴代受賞作品のなかから特におすすめの小説を厳選してご紹介していきます。
集英社が発行している月刊小説誌「小説すばる」の公募新人文学賞である「小説すばる新人賞」。雑誌自体が大衆文学の色合いが濃いため、エンターテイメント性の高い作品を募集しています。受賞者には記念品と200万円の賞金が贈られ、作品は集英社から出版されます。
似た名称の賞に、同じ集英社が公募している「すばる文学賞」というものがあるのをご存知でしょうか。こちらは純文学を担う文芸誌「すばる」を主体にした公募新人賞で、「小説すばる新人賞」と対をなす存在になっているのです。
ちなみに、大衆文学の「小説すばる新人賞」、純文学の「すばる文学賞」、刊行済みの小説に贈られる「柴田錬三郎賞」、未発表もしくは未刊行の作品に贈られる「開高健ノンフィクション賞」の4つを、「集英社出版四賞」といいます。
1993年に受賞した村山由佳のデビュー作です。村山は2003年に『星々の舟』で「直木賞」も受賞しています。
主人公は、精神を患い通院中の父をもつ予備校生の一本槍歩太。美大を志望していましたが、このままでいいのかと進路に悩んでいました。
ある日電車の中で春妃という女性と出会い、恋をしてしまいます。しかし彼女、実は歩太の父が入院している病院の主治医であり、しかも現在の恋人である夏姫の姉でもありました。歩太はその事実を知っても、1度芽生えてしまった恋心を抑えることができません。
- 著者
- 村山 由佳
- 出版日
- 1996-06-20
年上の女性に想いを寄せる青年の、みずみずしい感情が描かれた恋愛小説。読者が照れてしまうほどのピュアな感情がストレートに表現されています。しかしただ爽やかなだけでなく、人間関係が交錯し、もがき揺れ動く心情がわかるのが魅力でしょう。
ラストの急展開には、号泣してしまう人も多いはず。読後は、自分にとって大切な人を日頃からもっと大事にしようと思える作品です。
本作の10年後を描いた『天使の梯子』、14年後を描いた『天使の柩』、夏姫の視点から描いた『ヘヴンリー・ブルー』も発表されているので、そちらもあわせてお楽しみください。
1997年に受賞した荻原浩の作品です。
オロロ豆が名産という東北の秘境、牛穴村。超過疎化に困り果て、何とかしようと町おこしを企画することになります。しかし起死回生をかけて手を組んだ広告会社は、いつ潰れてもおかしくない最弱プロダクションで……。
人口わずか300人の田舎村と倒産寸前の企業がタッグを組み、ほとんどやぶれかぶれの村おこし大作戦を始めます。
- 著者
- 荻原 浩
- 出版日
- 2001-10-01
タイトルからもわかるとおり、ユーモアたっぷりの笑える小説。独特の方言、オロロ豆、舞台となる牛穴村のド田舎っぷりなど、練り込まれた設定が魅力です。
村の青年会のメンバーと、東京の広告会社の社員など、登場人物たちも個性豊か。作者の荻原が広告代理店に勤めていたこともあり、内情を知っているがゆえのエピソードも面白いです。
ドタバタのやり取りとスピーディーな展開で、爽快感たっぷりの作品になっています。
2003年に受賞した山本幸久の作品です。映画化、テレビドラマ化もされました。
主人公は、駆け出しの女性漫才コンビ「アカコとヒトミ」。男に向かって微笑むよりも、女同士でどっかんどっかん笑いをとることを目標にしています。
初舞台を経て、悩みながらも成長していく青春の物語です。
- 著者
- 山本 幸久
- 出版日
- 2006-01-20
アカコとヒトミは2人ともアラサー。いつまでも夢を見てはいられない、ギリギリの年齢です。もちろん独身、お金もありません。しかし憧れの舞台で漫才をすることを夢みて、ひたむきに笑いを追求していくのです。
見た目も性格も違う2人が、感情をぶつけながら成長していく姿に胸打たれるでしょう。体ひとつで笑いをとる漫才師という職業や、相方という存在がやけに刹那的で、グッときます。
そのほか、事務所の社長やマネージャー、メイクさんなど個性的な人物もたくさん登場。テンポよく読めて、読後は前向きな気持ちにさせてくれる作品です。
2009年に受賞した朝井リョウの作品。朝井は早稲田大学在学中に「小説すばる新人賞」を受賞し、平成生まれとして初めての受賞者となりました。2012年には映画化もされています。
本作は、6編のオムニバス形式の青春小説です。県立高校のバレー部でキャプテンをしていた桐島が、親友にも彼女にも理由も告げず、突然退部。これをきっかけに、同級生たちの日常に変化が訪れるのです。
- 著者
- 朝井 リョウ
- 出版日
- 2012-04-20
タイトルにもなっている桐島という生徒は、本文中に直接登場しません。物語は彼の周りにいる生徒たちを中心に進んでいきます。彼らの心理描写に重点が置かれていて、それぞれの人物をとおして学内の人間関係や恋愛事情などが描かれているのです。
青春小説ではありますが爽やかさや情熱的なものではなく、全員が何かしらの悩みを抱えていて、友人たちと表面的に関わりながらも自身の中の鬱屈とした何かと向き合っていく物語。多彩な登場人物たちの心情が丁寧に描かれているのが魅力です。
2012年に「小説すばる新人賞」を受賞した、行成薫の作品です。
主人公の城田と、ドッキリを仕掛けるのが好きなマコトは、小学校からの腐れ縁。城田はいつもマコトに驚かされているのですが、屈託なく笑う顔を見るといつだって怒る気をなくしてしまうのです。
2人が30歳になった時、社長になっていたマコトは、びっくりするような「プロポーズ大作戦」を決行すると言い出しました……。
- 著者
- 行成 薫
- 出版日
- 2015-02-20
城田とマコトの過去と現在が行ったり来たりしながら語られ、読者を戸惑わせるのですが、この複雑なプロットこそが本作の魅力。散りばめられた伏線が少しずつ回収され、しだいに「プロポーズ大作戦」という企みの全体像が見えてきます。
登場人物たちがたびたび口にする「一日あれば、世界は変わる」という言葉の意味が、始めと終わりで異なる意味をもつようになるのも衝撃的。読み終わったとたんにもう1度読み直したくなる、少し切ないエンタメ小説です。
2013年に「小説すばる新人賞」を受賞した、周防柳の作品です。
主人公は、中学生の時に広島で被爆した亮輔。現在は78歳で、白血病と闘っています。入院をしていましたが自宅療養に切り替えることになりました。
一方で亮輔の妻と娘は、彼が大切にしていた仏壇の中に、古びた標本箱が隠されているのを見つけます。入っていたのは、前翅の一部が欠けた小さな青い蝶でした。
- 著者
- 周防 柳
- 出版日
- 2016-05-20
1945年の8月と、2010年の8月を行き来しながら物語が進んでいきます。何より原爆が落とされた当日の様子が丹念に描かれていて、読んでいて辛くなる場面もしばしば。原爆が落ちる前と後で、多くの人の人生が変わってしまったことがわかります。
自分の父親の愛人に抱いてしまった恋心、自分だけが「生き残ってしまった」という想い、青い蝶に込められたストーリーなどが切なくロマンチックに描かれます。広島の情景描写も見事で、生々しく読者の胸に響くでしょう。