河出書房新社が主催している「文藝賞」。純文学系の公募新人賞です。厳しい選考を勝ち抜いた作品はどれもレベルが高く、ベストセラーも多数。この記事では、歴代の受賞作のなかから特におすすめの小説を厳選してご紹介します。
河出書房新社が主催している純文学系の文学賞「文藝賞」。1962年に創設された公募新人賞で、1年に1回発表されています。
応募作の規定枚数は400字詰め原稿用紙100~400枚。中編から長編が応募可能ということもあり、同社は「新人作家の登竜門」と位置づけて未発表の作品を募集しています。
一時期は受賞者が低年齢化し、2005年には中学3年生が15歳の最年少で受賞するなど話題を呼びました。
応募総数は2000年以降に限ると、1600~2300ほど。全体のレベルは年々高くなっていて、選考会には小説家だけではなく文芸評論家なども参加しています。
厳しい選考を通り抜けただけあり、「文藝賞」を受賞してデビューした作家の活躍は目覚ましいもの。「芥川賞」を受賞する作家も多数輩出しています。
1964年、東京オリンピックの年に24歳だった桃子さんは、結婚を3日後に控えているにもかかわらず、身ひとつで故郷を飛び出してしまいました。
東京にやってきてから50年。住み込みのアルバイトをし、周造という男性と出会って結婚し、2児の母となり、そして夫に先立たれます。
子どもとは疎遠になり、都会にほど近い住宅でひとりになった桃子さん。これからどのように生きていくのでしょうか。
- 著者
- 若竹千佐子
- 出版日
- 2017-11-16
2017年に「文藝賞」を受賞した若竹千佐子の作品です。63歳の主婦という史上最年長受賞だったこと、「芥川賞」も受賞したことから話題となりました。
ひとりになって孤独と開放感を味わう日々のなかで、桃子さんは自分の中からさまざまな「声」を聞くようになります。物語の大半は内省で占められ、その奥に生きることや老いることの意味を探し求めていくのです。
本作は「歳をとるのも悪くないと思える」ような「玄冬小説」というジャンルに分類されます。70歳を超えた主人公の東北弁に最初は戸惑うかもしれませんが、読み進めていくと、彼女の心情を表現するのには、捨てたはずの故郷の言葉がぴったりであることに気付かされるでしょう。
主人公は、浪人中の徳山という男性。空っぽの日々を送っていたある日、キャバクラに行って初美という女性と出会います。彼女はまだ19歳でしたが、ナンバーワンだとのこと。
そして徳山は初美から、「死にたくなったら電話してください」と連絡先を渡されるのです。
猛烈なアプローチに対し、はじめのうちこそいぶかしんでいた徳山ですが、やがて殺人や拷問などの「世界の残虐史」を恍惚と語りながらセックスをする初美に溺れていくことに……。
- 著者
- 李龍徳
- 出版日
- 2014-11-20
2014年に「文藝賞」を受賞した李龍徳の作品です。「現代の心中もの」と選考委員に高く評価されました。
人間の悪意や残虐性を恍惚として語る初美に引きずられ、彼女以外の社会と関係を絶っていく徳山。まるで洗脳されているかのように破滅の道を突き進んでいく様子が描かれています。
こんなはずではないと思いながらも、甘美な言葉に満たされてしまういびつなカップル。しかしいつしか終わりの予兆が訪れます。到底受け入れられない徳山は、どんな行動をとるのでしょうか。
父親の浮気を母親から相談されたミナミ。こっそり尾行をしてみると、そこにいたのは「おしかくさま」というお金の神様を信仰している、4人の女性でした。
ATMをお社と呼び、お札を財布に入れている彼女たち。どうみてもインチキの新興宗教っぽいですが、様子を見ているとあながち間違ってもいないようでもあり……。やがてミナミは、教祖と会うことになります。
- 著者
- 谷川 直子
- 出版日
- 2014-12-08
2012年に「文藝賞」を受賞した谷川直子の作品です。
主人公のミナミはバツイチで子なしの49歳。うつ病を患い、金欠にも悩まされています。お金にすがるしか残されている道はないと考える彼女を中心に、物語は展開。どう考えても怪しい「おしかくさま」というお金の神様を信じる宗教ですが、しだいにのめり込んでいってしまうミナミの心の動きに注目でしょう。
「お金」「宗教」というと、とても身近なテーマにもかかわらずタブーなイメージや野卑なイメージがつきまとうもの。本書では、全体的にユーモアを交えながらも、物事の本質を突き詰めていきます。読みやすいですが、読後は考えさせられる作品です。
主人公は、美術の専門学校に通う19歳の磯貝。講師を務める39歳のユリから、絵のモデルを頼まれたことをきっかけに、2人は肉体関係をもつようになりました。
やがて磯貝は、同年代の女の子に告白をされても断るほどに、ユリに夢中になっていくのです。
- 著者
- 山崎 ナオコーラ
- 出版日
- 2006-10-05
2004年に「文藝賞」を受賞した山崎ナオコーラの作品です。2008年には映画化もされました。
タイトルは刺激的ですが、中身は純愛小説。何よりも魅力は、細かい心理描写と、センスを感じさせる言葉遣いでしょう。主人公の磯貝がやや中性的なこと、ユリが特別美人でも色気があるわけでもないことなどから、一風変わった不倫の物語になっています。
不器用でもふがいなくても、イケメンでなくても美人でなくても、不倫でも純愛でも、笑っていいセックスなんてない。当たり前のことに気付かせてくれる物語です。
プロの「あさり屋」を自認している弟。兄の部屋で、兄が見られたくないと思っている物を執拗に漁ります。徹底的に捜索し、その痕が残らないよう完璧に隠す……そんなことをずっと続けているのです。
一方の兄は、弟を忌み嫌っています。弟が自分の部屋を漁っていることに気付いていて、本当に見られたくないものは隠し、決して弱みを握られないように細心の注意を払っています。時には罠を仕掛けることも。
兄と弟の憎悪がエスカレートしていきます。
- 著者
- 羽田 圭介
- 出版日
2003年に「文藝賞」を受賞した羽田圭介の作品です。受賞当時の羽田は17歳。その後も精力的に活動を続け、2015年に『スクラップ・アンド・ビルド』で芥川賞を受賞しました。
兄弟は表立って喧嘩をするわけではなく、水面下の攻防がぞっとするほど子細に描かれています。思春期ならではの感情をこじらせ、極端にお互いを嫌悪し、そこに子どもっぽさが相まって行為がエスカレートしていくのです。ある種のホラー作品だと感じる読者もいるかもしれません。
ラストにはどんでん返しともいえる展開も待っています。羽田圭介のデビュー作、ぜひ読んでみてください。
学校からも受験からも逃げ出してしまった女子高生の朝子。同じマンションに住む小学生のかずよしと知り合います。かずよしのボロボロのパソコンを使い、風俗嬢に成りすましてエロチャットで大儲け……。
学校に行っていないことを親に隠している朝子と、パソコンを持っていることや朝子と仲良くしていることを親に隠しているかずよし。2人の秘密はやがて双方の親にばれてしまうのですが……。
- 著者
- 綿矢 りさ
- 出版日
- 2005-10-05
2001年に「文藝賞」を受賞した、綿矢りさの作品です。綿矢は17歳の時に本作でデビューをし、2作目の『蹴りたい背中』では、19歳という史上最年少で「芥川賞」を受賞して話題になりました。
朝子と作者が同年代なこともあり、その感情の動きや思考の変遷がどうしようもなくリアルです。小学生のかずよしと一緒に押し入れの中でパソコンを使い、こっそり外の大人の世界を垣間見る……行動範囲はとても狭いにも関わらず、2人にとっては大冒険をしているような感覚でもあり、大人の読者が読むと心がチリチリしてしまうかもしれません。
インターネットの世界の異様さを知り、母親を騙し続けることはできないことも知り、まだまだ小さい自分自身にも気付く、朝子の心の成長に注目です。