本作は「ヤングエース」で2019年5月現在連載中の、大塚英志・原作、山崎峰水・作画の作品。使い道のない特殊能力を持った5人の若者が、その特性を活かして人知れず朽ち果てた死体を探し、その最期の望みを叶えるという、ホラーテイストの漫画です。 風刺や都市伝説、オカルトがさまざまな形で登場する本作『黒鷺死体宅配便』の魅力をご紹介しましょう。
とある仏教大の大学生・唐津九郎(からつ くろう)は、無目的に入学したことが祟って、未だ就職先の決まらない大学4年生。
そんな彼は、あるきっかけから佐々木碧(あお)という名の同じ女子大生が主宰する「ボランティア友の会」に参加します。
黒鷺死体宅配便 (1) (角川コミックス・エース)
そこは唐津と同じように、実家が寺でもないのに仏教大に入学した学生の集まりでした。奇妙なことに、彼らは皆、特異な能力を持っていたのです。高度なハッキングによる情報収集、死体専門のダウジング、宇宙人との交流能力(チャネリング)、死体保全のエンバーミング、そして唐津のイタコ能力……。
就職を決めあぐねていた彼らは、ボランティア友の会を母体として、全員の能力を活かせる会社を自ら立ち上げてしまいます。その名も「黒鷺死体宅配便」。無念の死体を探し出し、その願いを聞き出し、望みの場所に届ける非合法の宅配業者です。
本作の面白さの一端は、作画担当の山崎峰水が表現力豊かに、不気味に描写していることが挙げられます。しかし、それもこれも素晴らしい原作があったからこそ。
原作者の大塚英志は、古くは『魍魎戦記MADARA』、あるいは『多重人格探偵サイコ』をヒットさせたベテラン作家です。国際日本文化研究センター研究部や、東京藝術大学大学院映像研究科で教授や講師も務めています。
独自の創作理論を持っており、非常に合理的に、見たこともない物語を生み出す人物です。
- 著者
- 大塚 英志
- 出版日
筑波大学第一学群人文学類出身で、大学では民俗学者の千葉徳爾(千葉徳爾)に師事したそう。この千葉という学者は、かの有名な日本民俗学の偉人・柳田國男(やなぎた くにお)の弟子。つまり大塚は、柳田の孫弟子に当たるのです。
こうした経緯から大塚は民俗学、文化人類学の豊富な知識を持っています。『黒鷺死体宅配便』を作るうえで、そうした知識から日本各地に残る民話、説話の死者にまつわる話をピックアップして作品に反映させているのです。
姥捨てをモチーフにした第1巻の『遠野物語』を思わせるエピソードなどは、その最たるもの。知識に裏付けられて物語られるストーリーは、フィクションでありながら真に迫る面白さがあります。
ちなみに大塚は創作理論を記した小説指南本をいくつか出しているのですが、その1つの『物語の体操』には連載前の『黒鷺死体宅配便』の初期設定が登場します。
本作が他の作品と比べて際立っている面、異常性と言い換えてもいいですが、それは死体というある種の禁忌にフォーカスを当てているところです。タイトルにもなっているので当たり前かもしれませんが、毎話必ず何者かの死体が登場し、それによって物語が動いていきます。
死は、人間はおろか、生物にとっては不可避の終焉です。人間の場合、普通の死を迎えれば、きちんと埋葬されるもの。本作に出てくるのは、そうではない死体です。不慮の事故か、あるいは事件、なんらかの理由で未練が残ったものばかりなのです。
そういった死体を見つけ出し、届けていくというのが基本的な展開。その設定上、どうしても話の最後はバッドエンドとは言わないまでも、ビターエンドになりがちです。ただ、それでもどこか希望を感じられるようになっているのが、本作の面白いところでしょう。
『黒鷺死体宅配便』は秀逸なストーリー、見応えのあるキャラクターのやりとりから、2019年5月現在既刊24巻(掲載誌を変えるなどで断続的に休載)も出ている根強い人気作。マニアックな題材ながら抜群に面白く、原作者によると何度か映像化の企画が出たそうです。ただ、いずれの案も流れたとか。
タイトルの「死体」がまず放送上NGで、「宅配便」は専門業者のスポンサーが難色を示すことになり、さらに「黒鷺」も同じ語感の不良漫画『クロサギ』が先行して放送されていたとのこと。この3つが重なって、日本のテレビ局では今のところ映像化不能とされているのでした。
唐津は実家が仏教家でもないのに仏大生で、僧侶でもないのに禿頭(というかスキンヘッド)の奇妙な男。特に目標らしい目標もなく、無目的に生きる現代人らしい学生でした。
無気力でだらしなく、人からものを頼まれると放っておけないお節介焼き。しかし人並み以上の正義漢も秘めています。
詳細は不明ですが、東北地方出身。そのせいか彼には、東北で見られる死者の口寄せ「イタコ」のような能力があります。死体に触れることで、その残留思念と会話することが出来るのです。また死体そのものがなくても、かすかな気配も感じられる様子。
卒業後は碧の立ち上げた会社である死体宅配便業に従事しますが、基本的に彼のイタコ能力がなければ仕事は不可能です。
また唐津には常に、謎の幽霊「やいち」が取り憑いています。ツギハギだらけの顔に、神道の装束にも似た格好の不気味な存在ですが、守護霊のように唐津を守っているようです。彼らの力を借りることで、死体を動かすことも出来ます。
スピンオフ漫画『松岡國男妖怪退治』には、同名のやいちという少年が登場。そちらの時代背景は明治30年代ということで、果たして同一人物なのか、どのような関係があるのか詳しく語られていません。なお同作に登場する松岡國男とは、大塚の大師匠である、後の柳田國男です。
唐津の親友にして相棒といえるのが、沼田真古人(ぬまた まこと)です。唐津と同レベルの精神性をしており、気が合います。なぜか常に金欠のため、そのせいで金に汚いキャラです。情に脆いので、唐津のお節介によく付き合います。長髪とサングラスがトレードマーク。
そんな彼の能力は、ダウジング。ほぼ100%の精度で発見出来る凄い力ですが、死体しか反応しません。彼が見つけて唐津が読み取るというのが、お馴染みのパターンなのです。
谷田有志(やた ゆうじ)は影の薄い気弱なメンバー。仲間内では常識人の部類です。能力は交信(チャネリング)ですが、左手のマペットに憑依した自称宇宙人「ケレエレス」しか出てきません。ケレエレスが時々危険を察知することも。
男性陣に比べて、女性陣は特殊能力というより、身に付けたスキルで本領を発揮します。
槙野慧子(まきの けいこ)は日本でも珍しい、遺体保全の技術「エンバーミング」の資格所持者。遺体の防腐処理や、欠損処理などをおこなう専門技能です。使いどころは限られていますが、非常に優秀。
そして最後は、発起人の佐々木碧。死体宅配便会社を立ち上げる傍らで、大学院に通う敏腕女性です。ビジネスライクが基本のクールビューティ。IT関係に強く、違法スレスレのハッキング技術で唐津らを情報面でサポートします。普通の人間と思われていましたが、後に意外な出生の秘密が明らかに……。
この死体宅配便の面々には、実の家族が亡くなっている、殺害されているという共通点があります。それが何を意味しているのか、現段階では推察の域を出ません。
この他、準レギュラーとして新宿区役所の福祉課係長・笹山徹(ささやま とおる)もちょっとした見所。『多重人格探偵サイコ』などにも登場する、大塚英志作品お馴染みの人物です。他作品よりも年を取って、だいぶくたびれています。嘘か真か、脇役なのに彼の出ている作品はまとめて「笹山徹サーガ」とも呼ばれています。
ここからは作品のおすすめのエピソードをご紹介していきましょう。まずは1巻の内容から。
大学校内であてもなく求人を探していた唐津は、ボランティアを募集していた碧に声をかけられます。それは自殺の名所、富士の樹海の死体捜索に加わり、仏教大生らしくお経を上げるというものでした。
樹海でそれぞれ能力を発揮する面々。彼らは偶然にも唐津のイタコ能力によって、発見した男性の死体が同時に亡くなったはずの恋人を探していることを知ります。行方不明の死体を探すため、一同は捜索に乗り出します。
恋人の名前は、山川有希(やまかわ ゆき)。売れずに消えたマイナーアイドルでした。その素性を追ううちに、彼らは不審な点を発見していきます。
死体宅配便の初顔合わせにして、初仕事となるエピソード。死体の恋人探しという、ホラーなのにどこからロマンスのある話で、醜い情念も絡んできます。それでもどこかコミカルであり、作品の印象が一目でわかるようなエピソードです。
常に死体があるわけではない死体宅配便は、区役所職員・笹山の斡旋で仕事をすることもあります。笹山の要請で老人介護施設の慰問をしていた一同は、その途中で亡くなっている老人を発見しました。
身元不明の元ホームレスの彼には、引取先がありません。区役所で処理することを面倒がった笹山の依頼により、彼らは老人の身元捜索をすることになります。
しかし老人の残留思念が語った「大杉田村」は存在しませんでした。ただ、存在しなかったものの大量殺人のあった「大杉田村伝説」という都市伝説があり……。
果たして老人の正体とは……?
- 著者
- ["山崎 峰水", "大塚 英志"]
- 出版日
- 2005-08-26
実際にあった「津山事件」、通称「津山30人殺し」がモチーフと思われるこのエピソード。実際の事件を元に、大塚が都市伝説の要素を加味した創作だと考えられます。
大量殺人の痛ましい事実を描くと同時に、唐津に憑く幽霊・やいちの出生が断片的に示唆されるエピソードです。
いかがでしたか?死体メインの性質から、おぞましい内容も少なくありませんが、よく練られた話は読んでいて飽きることがありません。『黒鷺死体宅配便』、ぜひご一読ください。