奇人としても有名な作家・いしいしんじ。宮沢賢治を彷彿とされる表現で、独特な世界観を描きます。今回はちょっぴり不思議な雰囲気が魅力の、いしいしんじ作品を5作ご紹介します。
1966年大阪府大阪市で、いしいしんじはこの世に生を受けます。4人兄弟の次男で、双子の弟はカメラマンの石井孝典。
ペンネームが平仮名表記であるのは、5歳のときに書いた自身の処女作の表記が「いしいしんじ」であったことに由来しているそうです。
小説の他にも歌を作るなど、幼いころから芸術と親しんでいたとか。高校生の頃には画家を志望し、芸大を志望するも失敗。京都大学卒業後、サラリーマンとして働き始めます。
分岐点は、ある日、突然訪れます。「シーラカンスの刺身を食べてみたい」と思い立った、いしいは、会社に休暇をもらい、インド洋の島国・コモロへと旅立ちます。ここでの経験を記した日記が注目を集め、作家デビューを果たすことになったのです。
読者は彼の独特な世界観と言葉、垣間見える現実の冷たさに心を奪われることでしょう。
坪田譲治文学賞受賞作。僕はいったい何者なのか。人より大きな体、人より弱い心臓を持って生まれてきた僕。音楽が命のおじいさんと、数学に支配されたお父さんと過ごす日々は楽しいけれど、拭えない孤独がどこかにある。自分自身を持て余した日々のなかで、ある日、突然聞こえるようになった「とん、たたん、とん」という不思議な音。音をたどって出会ったのは、どこかの黄色い大地で麦ふみをするクーツェという不思議な生き物で……。
- 著者
- いしい しんじ
- 出版日
- 2005-07-28
クーツェとの出会いが、見えない過去に囚われ、容赦のない現実に押しつぶされそうだった僕を変えていきます。人と違うことで、知らぬ間に寂しさを心に抱え込んでいた僕は、広い世界を知ることで、人生の喜劇も悲劇も味わい、かけがえのない自分というものを知っていきます。
クーツェが紡ぐ不思議な言葉はきっとすべての人に届くことでしょう。自分を見失いそうなときや、迷っているときを支えてくれる作品です。
ある日、家に帰ると机にあったのは、懐かしい記憶を呼び起こすノート。今はもういなくなってしまった「私」の弟。お話を創るのが得意で、ときには動物とだって会話することもできた不思議な弟。弟はいったい、「私」になにを伝えようとしていたのだろうか。
- 著者
- いしい しんじ
- 出版日
- 2004-07-28
不思議な力を持った少年と、その姉を襲った悲劇。彼らを包み込んだ世界が示すものは、幼い手には、あまりにも大きすぎたのかもしれません。苦しみの中でも懸命に叫ばれた真実が明らかになったとき、すべての人の心に「愛しい」感情が呼び起こされるでしょう。
いしいしんじ初の長編で、随一の人気を誇る本作。かわいらしい表紙からは想像がつかないような、痛みと慈愛に満ちた物語です。
ジュゼッペは、レストランで働くちょっとおかしなウェイター。人々が口にする彼のあだ名は「トリツカレ男」。彼はなにかに取り憑かれると、それしか見えなくなってしまうトリツカレ男なのでした。そんな彼の日常に、ある日、ペチカという少女が現れたことで、物語は一気に加速します。果たしてジュゼッペは、凍りついたペチカの心をとかし、恋を実らせることができるのか。
- 著者
- いしい しんじ
- 出版日
- 2006-03-28
だれかを愛することは、単純に見えてとても複雑なもの。無駄なものは1つもない、究極にまっすぐで温かい純愛ストーリーです。
まるで童話のような本作はときには笑いながら、さくさく読み進められることでしょう。章ごとに細かく区切られているので、忙しい方にもぴったりです。
表題作の「雪屋のロッスさん」をはじめとする、優しくて、どこかおかしな人々の物語が31個もつまった贅沢な短編集。いつでもどこでも雪を届けてくれる不思議な男、犬の言葉がわかる年齢不詳の男、家を創りながら通信する宇宙人など、ありそうでなかったちょっとおかしな物語です。
- 著者
- いしい しんじ
- 出版日
- 2010-12-24
日々過ごすうちに、なんとなく見過ごされていた素敵なことが世界には溢れていると気付かせてくれます。すべてのひとの日常に、鮮やかな色彩が加わること間違いなしです。
どれもこれも魅力的なタイトルで、10ページ弱の物語なので、忙しいときにも手に取りやすい作品です。短時間で濃密な読書体験をしたい人におすすめです。
コポリ、コポリ。水がどこかからか溢れ出してくる。神聖な湖とともに生きる、どこかの遠くて近いところにある集落の人々。月に一度の発作に振り回されるタクシー運転手の日常。新たな命との出会い、そして別れを知った男女4人が触れたものは一体なんなのでしょう。
- 著者
- いしい しんじ
- 出版日
- 2010-11-05
それぞれが独立しているかのように見える3つの物語を繋ぐ「水」。絶えず流れる水が教えてくれていることは、この世の不変の真実かもしれません。大きなときの流れ、命の循環。深いテーマが織り込まれた不思議な物語です。
作者自身の経験がもとになった第3章。いしいは、なにを訴えようとしたのでしょうか。物語の一歩先を見つめてみると、また違う感動に出会えるはずです。
想像力を総動員して、自分だけの答えを見つける読書の旅に出てみてはいかがでしょうか。
表紙を開けば、ふわふわした夢のような美しい幻想世界が広がります。ほんのちょっぴり目を凝らしてみると、次第に露わになる現実世界の冷たさ。いしいしんじという作家の最大の魅力は、温かい世界観と現実の冷たさの、絶妙なコントラストです。魅力に囚われてしまったら最後、彼の世界から抜け出すことはできないでしょう。