フランスを代表する文学賞「ゴンクール賞」。受賞作は売れ行きが爆発的に伸び、作家の文学界における立場も一変するといわれていて、フランス内外から注目されています。この記事では、歴代の受賞作のなかから特におすすめの作品をご紹介しましょう。
フランスで権威ある文学賞のひとつとして知られる「ゴンクール賞」。アカデミー会員10人によって、その年でもっとも独創性にあふれた散文作品に贈られます。受賞作はフランス文学の代表作として扱われ、作家にとっても夢の文学賞だといえるでしょう。
フランス人作家のエドモン・ド・ゴンクールは、弟のジュール・ド・ゴンクールとの共著で30作以上の作品を残した人物です。執筆活動によって築いた財産で文学賞を設立するという彼の遺志にならい、「ゴンクール賞」が1902年に創設されました。
興味深いのは、賞金がわずか10ユーロということ。日本円にしておよそ1300円ほどです。しかし受賞することによって作品の売れ行きが爆発的に伸びるため、結果として莫大な額が作家の手に入るんだとか。
主に若手の新鋭作家に贈られますが、時にベテラン作家が受賞することもあります。過去には、ノーベル賞作家パトリック・モディアノの『暗いブティック通り』や、マルグリット・デュラスの日本でも大ヒットしたベストセラー『愛人(ラマン)』などが受賞しています。
第一次世界大戦中、西部戦線における上官プラデルの悪事に気づいてしまったアルベールは、事の発覚を恐れたプラデルにより戦場に生き埋めにされてしまいました。年下の青年エドゥアールに助けてもらいましたが、エドゥアールが顔に大けがを負ってしまいます。
やがて戦争が終わり、パリに帰還した彼らを待っていたのは、世間の冷たい目でした。一方で恋人も職も失ったアルベールを傍目に、プラデルは実業家として大成功を収めていくのです。
ある時、帰還したことを家族にも隠してひっそりと暮らしていたエドゥアールが、アルベールに対し、国を相手取った詐欺計画を持ち掛けます。失った人生を取り返そうとする彼らの行く末は……。
- 著者
- ["ピエール ルメートル", "Pierre Lemaitre"]
- 出版日
- 2015-10-16
2013年に「ゴンクール賞」を受賞したピエール・ルメートルの作品。ルメートルはパリ生まれの作家で、カミーユ・ヴェルーヴェン警部が活躍するミステリー『悲しみのイレーヌ』でデビューしました。日本でも「このミステリーがすごい!」海外部門、「IN POCKET文庫翻訳ミステリー」「本屋大賞」翻訳小説部門などでランキング1位を獲得しています。
本作はミステリーではなく、重厚な人間ドラマを描いた長編小説。第一次大戦という激動の時代を駆け抜けた青年たちが、人生を賭けた大勝負に挑む骨太の物語です。困窮し、虐げられたたアルベールとエドゥアールの、痛々しいまでの心理描写が見どころでしょう。戦争に対する痛烈な皮肉と、濃厚で重たい空気感に惹かれる読者も多いはずです。
孤独な天才芸術家のジェド・マルタンは、個展のカタログ原稿を依頼しようと、作家のミシェル・ウエルベックに連絡をとります。人間嫌いで変わり者のウェルベックに共感を覚えたジェドは、友情を育み、彼に肖像画を進呈するのでした。
しかしその数ヶ月後、ウェルベックが惨殺死体で見つかります……。
- 著者
- ミシェル ウエルベック
- 出版日
- 2015-10-07
2010年に「ゴンクール賞」を受賞したミシェル・ウエルベックの小説です。
ジェド・マルタンという芸術家の人生と、彼の作品を巧みな筆致で描いていますが、ジェドも、もちろんその作品も架空のもの。一方で現代フランスの著名人が多数登場し、まるで本当にジェドという類まれなるアーティストが存在するかのように思わせるのです。
第2部には、作者であるウエルベックも登場。ジェドとともに数奇な運命に見舞われます。そして物語は途中で現代を追い越し、ジェドの晩年は2040年代に。芸術家としての成功とは何なのか、芸術とお金を生み出す産業の違いは何なのか、読者に問いかける作品です。
物語の舞台は、「アフガニスタンのどこか」にある一軒家の一室。戦争から帰ったものの植物状態となってしまった夫を、妻が看病しています。
自分自身のこと、夫や義母への積年の恨み、若い兵士との密会、墓場まで持っていくはずの家族の秘密……回復の兆しがない夫に対し、妻は長年溜め込んできた想いを語りかけるのです。
- 著者
- アティーク ラヒーミー
- 出版日
- 2009-10-01
2008年に「ゴンクール賞」を受賞したアティーク・ラヒーミーの作品です。作者は20代の時にフランスに亡命したアフガニスタン出身の作家で、本作が初めてフランス語で発表した小説。「往年の名作家を彷彿させる」と高く評されました。
生と死のはざまを彷徨う夫に、妻が自分の想いを語り続けます。ひとつひとつの内容は、どこの家庭に起きてもおかしくないものですが、ゆっくりとあらわになっていく様子が狂気じみていて、作品に緊張感をもたせています。
動かない相手に対し、まるで懺悔のように語る妻。しだいに雄弁になっていき、解放されていく様子が見どころでしょう。
語り手の「ぼく」にとってマリーおばあちゃんは、父方の祖父の姉にあたります。教師として働き、生涯を独身で過ごした彼女。1度は死にかけ、奇跡の生還を果たしています。
そんなマリーおばあちゃんが、第一次大戦で倒れた犠牲者たちの思い出話を、ぽつぽつと語り出しました。
- 著者
- ["ジャン ルオー", "ポール ニザン"]
- 出版日
- 2008-11-11
1990年に「ゴンクール賞」を受賞したジャン・ルオーの『名誉の戦場』が含まれた一冊。作家であり詩人でもある池澤夏樹が独自の視点で厳選した、世界文学全集の第10巻です。
本書では、第一次世界大戦の歴史と、マリーおばあちゃんを中心とした家族の歴史が語られています。始終ユーモラスな口調で、かつての生活習慣や、教師時代の授業の内容などが生き生きと描かれているのが特徴。しかしその背景には、戦争と死が潜んでいるのです。
マリーおばあちゃんの兄は戦争で亡くなりましたが、遺体は見つかっておらず、墓は空っぽ。遺体を巡るエピソードや、何も入っていない墓を前にした妻の感情の揺れなどは、読者の心を打つでしょう。
ガブリエル少年は、アフリカのブルンジという小さな国で暮らしていました。家族や友人とともにそれなりに幸せな日々を送っていたのですが、大統領の暗殺をきっかけに、内戦が勃発します。
親戚や友人が次々と消息を絶ち、平穏な暮らしは一変しました。
- 著者
- ["ガエル・ファイユ", "Gaël Faye"]
- 出版日
- 2017-06-08
1988年、「高校生が選ぶゴンクール賞」が新設されました。アカデミーの推薦リストをもとにフランス全国の約2000人の高校生たちが投票をし、受賞作が決まります。若い感性が生かされ、本家とはまた違った趣があるでしょう。
『ちいさな国で』は、そんな「高校生が選ぶゴンクール賞」を2016年に受賞した、ガエル・ファイユのデビュー作です。ガエル・ファイユは、フランス人の父とルワンダ難民の母をもったラッパーで、本作は彼の自伝的小説だといえるでしょう。
舞台となるブルンジは、さまざまな民族が暮らす小国です。内戦が起こると、暴力がすべてを支配するようになり、それはしだいに親しい人たちの人間性をも歪めていきます。そんななかでガブリエル少年は、読書を通して広い視野と知性を身に着け、自由を選択していくのです。
アフリカの美しい風景描写も秀逸。だからこそ、残虐な様子が際立ちます。フランスの多くの高校生が読んでいるという本作、日本の若者にもぜひ手に取ってもらいたいです。