ある強制捜査の資料の中から見つかった、謎の文字「F」。その文字を書いた人物は、恍惚の表情を浮かべて死んでいました。この奇妙な事件の裏には、ある女が関係していて……。 自殺の善悪などを問う問題作、それが本作『バビロン』です。野崎まどの「読む劇薬」としても有名な本作は、前代未聞の法律「自殺法」の設立と、魔性の女・曲世愛を巡るストーリー。今回の記事では、2019年10月からのアニメ化でますます話題の本作の魅力、見所を一挙にご紹介していきましょう。 何が正しく、何が正しくないのか、読むほどに分からなくなるような作品です。
野崎まどのサスペンス小説。2015年から講談社タイガにて刊行され、2019年現在3巻まで発売されています。先の読めない展開に、ファンは4巻発売の情報を今か今かと心待ちにしていることでしょう。
そんな本作の主人公は、東京地検特捜部の検事・正崎善(せいざき ぜん)。平凡な家庭を持ち、実直な正義感で仕事に臨んでいます。
彼は製薬会社の不正事件について捜査を進めていましたが、そこで発生した医師の不審死をきっかけに、ある事件へと関わっていくことに。
その背後にいたのは、「無条件の自殺」を容認する「自殺法」設立を掲げる政治家・齋開化(いつき かいか)と、どんな人間をも自殺させる能力を持つ魔性の女・曲世愛(まがせ あい)でした。
齋の思想が社会を変えていくなか、曲世によって悲劇に見舞われた正崎は、2人を阻止すべく奔走することになるのです。
- 著者
- 野崎 まど
- 出版日
- 2015-10-20
自殺の容認という、反社会的なテーマを持つ本作。
2018年の春にテレビアニメ化されると発表された際には、多くのファンが「まさか!」「放送できるのか!」という反応を示しました。作者自身も「公序良俗に反する作品です」とコメントするほどの問題作なのです。
中村悠一、櫻井孝宏、小野賢章、M・A・Oなどの、実力派声優陣が声を務めます。
そのほかの詳細は、TVアニメ「バビロン」公式サイトへ。
フィクションに癒しを求めるような人は、触れない方がいいかもしれません。ですが、とびきりスリリングな体験をしたい、自分の価値観を変えてしまうほどの危険なものに触れてみたい、と思う方には、ぜひおすすめです。
2009年にメディアワークス文庫から『[映]アムリタ』でデビュー。
代表作は、デビュー作からの作品すべてを総結集した構成で話題を呼んだ『2』です。デビュー作を含めた5作品の登場人物が一挙に登場し、それぞれの後日談が描かれました。
ギャグを描く作家でもあり、特に「独創短編」シリーズは有名です。2017年にはアニメ『正解するカド』の脚本も務めています。
- 著者
- 野崎 まど
- 出版日
- 2012-08-25
野崎作品の多くは、人知を超えた知性や能力を持った女性が登場し、彼女らが人類に変革をもたらすような何かを達成するというもの。
『バビロン』の曲世愛は人を自殺させる能力を持ち、野崎作品初の「悪女」、そして野崎作品史上最恐の女として君臨している登場人物です。
『私達は、もうすでに理解し始めています。
闇雲に生き続けることの不自然さを。
すべての人間が百歳を超えて生きるべきという世界の狂気を。
それは間違いです。それは錯誤です。
それは人類の滅亡につながる暴走なのです。
私達はそれを回避するために、新しい時代に入るべきです。
それは、死の価値を認める時代。
正しい判断の下に死を許す時代です。』
(『バビロンⅠ−女−』より引用)
齋開化のこの演説によって、物語は本当の意味で幕を開けます。彼は本作の2巻で、各政党代表と、自殺法の是非を巡るテレビ討論をおこない、こう言いました。
「自殺法によって自殺者が増えると言うが、大麻解禁国のオランダでの大麻使用率が規制国と比べて高くないように、制度としての自殺が存在し手続きを踏んで死ぬようにすることで衝動的な『誤った自殺』はむしろ減るはずだ」
「道徳は時代とともに変わるもので、自殺が殺人や盗みのような不変の不道徳とは限らない」
現実での例を挙げ、自殺否定派の意見に対してスマートに回答してみせるのです。読んでいると、この法律は現実でもありなのでは?と一瞬思ってしまいそうになる、怖いくらいの説得力。
そして野崎まどの持ち味である、ショッキングで予測不可能なストーリー展開。おそろしいのに読まずにいられない、危険な魅惑が「読む劇薬」たるゆえんでしょう。
1巻の冒頭は、主人公の検事・正崎善が製薬会社に薬事法違反の疑いで強制捜査に入る場面から。
彼は押収した捜査資料の中に、「F」の字が無数に書き殴られたコピー用紙を発見。
異様なものを感じて、部下・文緒厚彦(ふみお あつひこ)とともにそれを書いた医師・因幡信(いなば しん)のもとを尋ねると、彼は恍惚とした表情のまま変死していたのでした。
自殺にしては奇妙な点が多い彼の死ですが、生前彼のもとに大物政治家・野丸龍一郎(のまる りゅういちろう)の秘書が出入りしていたことが判明。正崎は、開発中である政府の特別行政区「新域」の構想が絡んでいるのではと疑いを持ちます。
- 著者
- 野崎 まど
- 出版日
- 2015-10-20
その後、彼は新域域長選挙の選挙工作で売春をさせられていると思しき謎の女Bに目をつけます。しかし彼女の監視に当たっていた文緒が、なんの前触れもなく首を吊って自殺してしまうのです。
正崎は、彼は自殺を装って殺されたと確信。怒りと雪辱に燃えますが、この事実は検察上層部を抱き込んでいた野丸によって握りつぶされてしまいます。
そして野丸から、新域が「新しい法制度の実験場」であること、亡くなった医師・因幡もそこに絡んでいたことを明かされるのです。
しかし、因幡と文緒の死は野丸たちの仕業でもなく、その事件が起こった理由は彼らにも謎だったのでした。
そんな2人の死の真相が判明するのは、終盤。
因幡が開発していた薬、女Bの正体が明かされ、そこから、新域で施行されることになった自殺法を中心に物語がさらに手に汗握る展開をくり広げます。
人々が喜びに満ちた表情で自ら死を選ぶ場面は、なんとも不気味。また人々を死に貶める魔性の女・曲世の存在も、非常におそろしいもの。
落ち着いた序盤から文緒の死をきっかけに急加速するストーリー、最後に現れる国家レベルの陰謀、そして真の「巨悪」という構成に読む手が止まりません。
自殺法布告で、世間は大混乱。正崎は多摩署の刑事・九字院偲(くじいん しのぶ)や、新たな部下・瀬黒陽麻(せくろ ひあさ)とともに、齋と曲世を追います。しかし集団自殺関与の疑いでも齋を立件はできず、逮捕起訴は困難を極めるのです。
世論では自殺法反対派が圧倒的多数なのを受け、齋は新域の議会議員選挙で、反対多数なら自殺法設立を廃止すると宣言。選挙を前に、彼の提案で野丸をはじめとした各政党代表とテレビ討論がおこなわれることになりました。
齋に勝ち目はないと誰もが思われましたが、彼は討論で否定派の意見に見事な反論を見せ、自殺法の正当性を主張。「心臓の病であと数年しか生きられない息子のために、いずれ自殺法のもとで自殺し、心臓を提供するつもりである」と発言したことで、国民感情をも味方につけるのです。
- 著者
- 野崎 まど
- 出版日
- 2016-07-20
警察検察合同チームは、法律を無視して齋の拉致に乗り出します。しかし、その際に彼の妻としてテレビ局に来ていた女が、曲世だったのです。
彼女の能力は想定より遥かに強力。九字院をはじめとしたチームのメンバーは、彼女に言葉を囁かれただけで次々に自殺し、捜査班は壊滅状態に陥ってしまいます。
その後、曲世に接触せずに生き残った正崎のもとに、曲世から映像が送られてきます。そこには曲世と、拉致された部下の事務官・瀬黒が映っていて……。
シリーズ2巻も、1巻に続いて衝撃の連続。特に、「どうやって所在地がバラバラの64人を短時間で自殺させたのか」という謎への衝撃的な答えが明かされた時、思わずその巧みなトリックにゾクゾクしてしまうでしょう。
3巻では、アメリカ大統領アレキサンダー・W・ウッド(アレックス)にスポットが当たり、正崎はFBI特別捜査官の地位を得て、曲世愛の能力対策のためにホワイトハウスで彼と接触します。
自殺法は世界の注目を集め、新域域長選挙からたったの5週間で自殺法を採用する都市が複数増加。G7サミットでは自殺法が議題となり、新域域長である齋もG7サミットと同日に、それら自殺法都市の首長たちと「自殺サミット」を開催するのです。
サミットに集ったG7それぞれの首脳が賛成反対中立に分かれて議論を交わした結果、「そもそも『善』『悪』とは何か」といった根源的な問題に発展するのでした。
- 著者
- 野崎 まど
- 出版日
- 2017-11-22
「善」について考え続けるアレックス。そこに、自殺サミットを終えたばかりの齋から電話がかかってきます。
彼は「飛び降り自殺をしたいと言っている少女がいるが、彼女は迷ってもいる。彼女が死ぬべきか否かについて、自殺法について現状立場を表明していないアメリカ大統領に話相手になってもらいたい」と要請するのです。
誰もが、少女=曲世ではと警戒しますが、全世界が見ているなかで自殺志願者を見捨てるわけにはいかず、アレックスは対話に応じます。
少女は曲世ではありませんでした。そして、アレックスと話したことで自殺を思い留まります。彼はその対話から、「善」についての答えを見出すのです。果たして、彼が出した答えとは……。
世界的な規模に発展していく本作。
『そして悪の意味』
『終わること』
『私、《終わる》のが好きなんです』
(『バビロンⅢ−終−』より引用)
このシリーズは「終わ」らずに「続」きますが、4巻で正崎はどうなっているのでしょうか。そもそも生きているのか、どうなのか。本作がどんな「終わり」に行き着くのか、まったくの予測不能な展開です。
正義感の強い検察官・正崎善(せいざきぜん)。
正崎の部下・文緒厚彦(ふみおあつひこ)。
自分の関わる人間の人生を狂わす謎の女・曲世愛(まがせあい)。
能力は3つあり、相手によって「姿を変える」こと、他人を「自殺させる」こと、人の「意識の変化」を起こすことができる。
警部補・九字院偲(くじいんしのぶ)。
東京地検特捜部部長・守永泰孝(もりながやすたか)。
正崎の親友で新聞記者・半田有吉(はんたありよし)。
自明党幹事長の野丸龍一郎(のまるりゅういちろう)。
自殺法を説く議員・齋開化(いつきかいか)。