日本神話をモチーフに創作された壮大なファンタジー小説『空色勾玉』。「勾玉」シリーズとして、続編も発表されています。少年少女の冒険譚もさることながら、恋愛小説としても十分に楽しめると人気です。この記事では、あらすじや登場人物、そして続編の『白鳥異伝』『薄紅天女』の見どころもあわせて紹介していきます。
小説家として活躍する荻原規子のデビュー作『空色勾玉』。1988年に刊行され、翌1989年に「日本児童文学者協会新人賞」を受賞しました。中学生以上を対象とした児童書ですが、ファンタジー好きの大人も楽しめる内容になっています。
日本神話をモチーフにしているのが特徴で、イザナギやイザナミ、天照大神・月読命・須佐之男命の「三貴子」など、国の誕生に関わる神々をとりあげています。イザナギが、亡くなったイザナミを追って黄泉の国へ行き、変わり果てた姿に恐れをなして逃げ帰るというエピソードを知っている方も多いでしょう。
まだ神々が地上を歩いていたとされる古代の日本で、国家統一を図る「輝(かぐ)」の大御神と、それに抵抗する「闇(くら)」の一族との戦いのなかで、少年と少女が運命に翻弄されていきます。不老不死や輪廻転生など、死生観も盛り込みながら、壮大な物語が展開される作品です。
狭也(さや)
『空色勾玉』の主人公のひとり。輝の一族が納める羽柴の村に住む、15歳の少女です。闇の女神に仕える巫女姫「水の乙女」の生まれ変わり。水の乙女は、闇の存在であるのに輝に憧れる性質があり、輝にも闇にも手に負えない大蛇を剣に封じ鎮めることのできる唯一の存在でした。
後に憧れの月代王に見いだされ、輝の宮へ移り住み、そこで幽閉されていた稚羽矢と出会います。
稚羽矢(ちはや)
『空色勾玉』の主人公のひとり。天界から地上に遣わされた、輝の一族の末の御子です。異端扱いされ、輝の宮の一角に「大蛇の剣」を鎮める巫女として幽閉されていました。外の世界と断絶されていたため、世間知らずで純粋無垢。従順な性格をしています。
狭也によって外の世界へ連れ出され、「父神を殺すか、父神に殺される」という運命を背負うことになります。
照日王(てるひのおおきみ)
天界から地上に遣わされた、輝の一族の第一姫御子であり、月代王の姉神です。父神を盲目的に信じ、月代王とともに闇に属する土地神や闇の一族を排します。輝の御子は不老不死のため、輪廻転生する闇の一族や水の乙女を毛嫌いしています。見た目は美しく、冷徹な性格です。
月代王(つきしろのおおきみ)
天界から地上に遣わされた、輝の一族の第二御子。外見は姉同様に美しい男神です。姉ほどに父神を妄信しておらず、水の乙女に心を惹かれますが、闇の一族を理解することができずに狭也を失います。
主人公は、幼いころに故郷の村を滅ぼされ、両親を亡くした15歳の少女、狭也。輝の一族が治める羽柴の村で、優しい養父母に育てられました。とある祭りの日、自分が闇の女神に仕える巫女「水の乙女」の生まれ変わりであると告げられ、衝撃を受けます。
自分が闇の一族と知ってからも、輝の一族でありたいと願った彼女。その夜、かねてから憧れていた月代王に見出され、采女として輝の宮に住むことになります。しかし、しだいに形式ばかりを重んじて自由のない生活に息苦しさを感じていくのです。
ある日、照日王の宮へ忍び込み、そこで剣を守る稚羽矢と出会いました。『空色勾玉』のもうひとりの主人公です。稚羽矢は少女と見まごうほどの美少年で、巫女として過ごしていましたが、実は輝の大御神の末子。彼が守っていた大蛇の剣は、輝の一族を滅ぼす力をもっているものでした。
2人は、囚われの身となっている鳥彦という少年を助けるために、大蛇の剣を持って輝の宮を抜け出すのです……。
自らの立場に苦悩する狭也と、家族のもとを離れて彼女と一緒に旅立とうとする稚羽矢。『空色勾玉』では、輝と闇のどちらが善でどちらが悪だという書き方はしません。単純な対立の構図ではなく、古来より、明暗どちらをも愛してきた日本独自の世界観を描いているのです。
闇の世界に生まれ変わることで生き続ける「水の乙女」の狭也と、不死身の少年稚羽矢。輪廻転生と不老不死の2人を用いながら、終わりがあることの美しさや、相手を許すことの大切さを説いていきます。
ファンタジー色が強い『空色勾玉』ですが、実は恋愛小説としての魅力もあります。
前半では、狭也と月代王の心のすれ違いが描かれます。狭也が恋い慕う月代王は不死であるがゆえ、狭也を介して、かつて「水の乙女」だった数々の少女の姿を見ています。
しかし何度も生まれ変わる狭也にとっては、愛する人が自分ひとりと向き合ってくれないのはとても苦しいこと。自分の価値は生まれ変わりであることだけなのかと、悩むのです。
一方の月代王は、なぜ自分を慕っている少女たちが離れて行ってしまうのか理解できません。与えられる限り与えているはずなのに、なぜ「水の乙女」は皆去ってしまうのか……。
その後狭也は稚羽矢と運命の出会いを果たし、外の世界へと旅立ちます。本来は相容れぬはずの輝と闇が惹かれあい、それはやがて分かたれた世界に変革をもたらすのです。
狭也が捕らえられた際には、稚羽矢が黄泉の国まで追いかけるなど、ドラマチックな場面もたくさん。ファンタジックな神話の世界ともに、彼らの恋愛模様もお楽しみください。
- 著者
- 荻原 規子
- 出版日
- 2010-07-02
ヤマトタケル伝説を土台にした、日本古代神話ファンタジー。「勾玉」シリーズの2作目です。『空色勾玉』より後の、神ではなく人が統治する世界が舞台になっています。
主人公は、橘一族分家の巫女である遠子と、捨て子として育てられた小倶那。2人は同じ郷で仲良く育ちました。
ある日、2人の前に小倶那そっくりの青年、大碓が現れます。当大王の息子である大碓の影武者として見いだされた小倶那は、部下としてまほろばの都へ上ることになりました。 やがて彼らの出生の秘密が明らかになり、小倶那は自らの辛く重たい運命を背負うことになるのです。
大碓と、橘本家明姫の数年越しの恋模様や、小倶那と大碓の対立、そして何よりも「大蛇の剣」の力に振り回される小倶那を愛するがゆえに殺そうとする遠子など、胸打たれる展開の連続。それぞれの登場人物が、お互いの立場や視点を理解し、認めあっていく過程が描かれています。
- 著者
- 荻原 規子
- 出版日
- 2010-08-06
『薄紅天女』は「勾玉」シリーズの3作目。奈良時代末期が舞台です。
主人公は、大王の子孫と伝えられる竹芝の一族、阿高と藤太という少年。2人は甥と叔父という関係でしたが、同い年ということもあり、双子のように育ちました。
ある日、藤太がしていた隠し事がきっかけで、2人は喧嘩に。阿高は家を飛び出してしまいました。母の故郷である蝦夷からやって来た男と出会い、そのまま北の地に向かいます。
一方の藤太は、密命により明玉を探していた坂上田村麻呂とともに、阿高を竹芝の家へ連れ戻そうと、後を追いました。
そのころ京都では、怨霊が跳梁跋扈し、皇太子までをも脅かす自体に。皇女の苑上は、兄を救いたい一心で、少年の姿に扮して「都に近づく更なる災厄」に立ち向かおうとします……。
これまでの2作とは異なり、美少年2人が核となる物語。後半からは苑上がヒロインとなり、彼女が自分の中の大きな闇に気づいてしまう場面が見どころです。