映画化もされた『黄泉がえり』などで知られる人気SF作家・梶尾真治の小説。これまで舞台や漫画などさまざまなメディア展開をされてきましたが、2019年4月には人気声優・下野紘を主演に迎えて映画化。ますます注目の作品となっています。 今回は、そんな本作『クロノス・ジョウンターの伝説』のあらすじと魅力をご紹介しましょう。
タイムマシンを使った人々の恋愛を描いた短編集。1993年にソノラマ文庫で発売されましたが、後に話に加え、『クロノス・ジョウンターの伝説∞インフィニティ』に収録されていた話などを入れて、新たに徳間文庫から発売されました。
「クロノス・ジョウンター」は、住島重工という会社の開発部門で開発されたタイムマシンのこと。
ただ、タイムマシンといっても自在に過去や未来に移動できるものではなく、過去に飛ばした物質はわずかな時間しか過去にとどまることはできず、さらに戻ってくる時は、その物質がいた現在ではなく未来へ飛んでしまうという制約のあるものでした。
開発部門に所属する吹原和彦は、事故死してしまった片想い相手・蕗来美子を助けるため過去に飛び、彼女を助けようとします。しかし、制約のあるタイムトリップの洗礼を受けてしまうことになり……。
- 著者
- 梶尾 真治
- 出版日
- 2015-02-06
本作では、片想いの相手を救おうとする一途な恋愛を描いた「吹原和彦の軌跡」をはじめ、幼い頃に出会ってほのかな恋心を寄せていたお兄ちゃんを救うためタイムトリップをする「鈴谷樹里の軌跡」など、6話の恋愛ストーリーを楽しむことができます。
これらの話は、人気劇団である演劇集団キャラメルボックスによって2015年に舞台化もされました。それぞれの短編を1つの舞台にして、シリーズとして上演。さらに、このシリーズをベースにしたオリジナルの舞台なども上演して、原作ファン、舞台ファンの人気を得ました。
2019年4月には、蜂須賀健太郎監督の映画。注目したいのは、そのキャストでしょう。声優として高い人気を誇る下野紘が、なんと初主演するのです。小説はもちろん映画が気になる方は、ぜひ公式サイトのほうもチェックしてみてください。予告動画を見るだけでもワクワクすること間違いなしです。
本作を描くのは、SF作家・梶尾真治(かじお しんじ)です。
子供のころから『鉄腕アトム』などのSF作品を愛読していたという彼は、1971年にSF短編小説『美亜へ贈る真珠』でデビューしましたが、しばらくの間、休業。
1978年に『フランケンシュタインの方程式』で再デビューを果たすと1999年には映画化もされた『黄泉がえり』を発表し、一躍注目を浴びる存在となりました。
- 著者
- 梶尾 真治
- 出版日
- 2002-11-28
最初のデビュー作である『美亜へ贈る真珠』は、ロマンチックな作風が評判を呼び話題に。また『黄泉がえり』では亡くなった人々が蘇る現象が起こるなかで、人々のさまざまな気持ちを描いた感動ストーリーを描きました。
このようにロマンチックなもの、感動できる純愛ものなどをはじめ、コメディタッチのもの、さらには残酷描写の際立つホラー作品までさまざまな作風を使い分ける作家として、幅広い活躍をしています。
本作には「クロノス・ジョウンター」に関わる人々のエピソードが収録されているわけですが、当然そこにはたくさんのキャラクターが登場します。
まず、すべてのエピソードに登場するのが野方耕市という男。彼こそ「クロノス・ジョウンター」を開発した人物です。
彼を主人公としたエピソードは「野方耕市の軌跡」で、「クロノス・ジョウンター」を開発したことの葛藤が描かれています。
そして、映画版での主人公でもある吹原和彦は「吹原和彦の軌跡」の主人公。野方と同じく、「クロノス・ジョウンター」を開発した開発部で働いている男です。
彼は、花屋で働く女性・蕗来美子に片思いをしていましたが、彼女は事故で死んでしまいます。美子を助けるため、和彦は「クロノス・ジョウンター」で過去へ飛ぶのです。「クロノス・ジョウンター」で過去へ行った初めての人間であり、一途な恋愛模様は作品のなかでも強い人気を得ています。
他にご紹介したいのは、「鈴谷樹里の軌跡」の主人公である鈴谷樹里。医師として働く女性で、幼い頃に同じ病院で入院していて不治の病を患っていた青年・青木比呂志に淡い恋心を抱き、大人になっても彼を理想の男性として追い求めていました。
そのために結婚をしないでいたのですが、ある日お見合いをさせられてしまうことに。そのお見合い相手というのが先ほどご紹介した野方で、それがきっかけで、かつて病気で死んでしまった青木を助けるため、「クロノス・ジョウンター」で過去へ行くことになるのです。
他にも、「きみがいた時間ぼくの行く時間」の主人公・秋沢里志や「栗塚哲矢の軌跡」の主人公である栗塚哲矢、「クロノス・ジョウンター」の実験台になった布川輝良などさまざまな事情を抱えたキャラクターが、それぞれの想いを持ちながらタイムマシンに関わっていきます。
性格や立場は違いますが、いずれもキャラクターが生き生きしているからこそ、ストーリーが魅力的に輝いていることは間違いありません。
「クロノス・ジョウンター」は、過去へ飛ぶことのできるタイムマシンです。しかし、長く過去にとどまることができないなどの制約があります。
さらに「クロノス・ジョウンター」を改良した「パーソナル・ボグ」や「パーソナル・ボグⅡ」、さらに過去にとどまることを可能したものの39年ごとの過去にしか行くことのできない「クロノス・スパイラル」などのマシンも登場。
いずれにしても何かしらの制約があり、そのために利用する人々には困難が待ち受けることになるのです。そんな制約や困難のなかで、大切な人を助けるために動くキャラクターたちの物語は切なく、心を揺さぶられるものばかり。
事故死や病死した片想いの相手を助けるために過去へ行く吹原や鈴谷の他、「バーソナル・ボグ」の実験体となった布川は天涯孤独の身ゆえに、2度と現在へ帰ってこられないことを覚悟のうえで過去へ飛びました。
それには、ある旅館を見たいという強い思いがあったのですが、いざ過去へ行ってみると、旅館は工事中で見られないという状況に直面します。
他にも栗塚は誤解したまま母親を死なせてしまったことを後悔していたところ、「クロノス・ジョウンター」の存在を知って……。
2度と会うことはかなわないと思っていた相手に会いに行くため、助けるために動くキャラクターの心情が細やかに描かれている本作。過去で、登場人物達を待ち受けるものとは……?
舞台、映画とさまざまな形にアレンジされている本作ですが、そのうちの1つに漫画版があります。
作画を担当しているのは『木造迷宮』を描いたアサミ・マート。原作となっているストーリーは、「吹原和彦の軌跡」です。
- 著者
- ["アサミ・マート", "梶尾 真治(原作)"]
- 出版日
- 2010-02-11
原作に忠実に描かれているため、ストーリーそのものにそれほど変わった部分はありません。
ただ、短い時間しか過去にとどまることができない「クロノス・ジョウンター」で何度も過去へ行く吹原の一途な想いを描く疾走感など、文字だけでは感じることの難しいキャラクターの躍動感を感じることができるでしょう。
また、SFに馴染みのない方にとっては、絵があることでより分かりやすく内容を理解することができるかもしれません。吹原は原作でも1番最初に「クロノス・ジョウンター」を使った人物であるので、このエピソードを押さえておけば他のエピソードもより理解することができるでしょう。
SFに苦手意識がある方は、漫画を読んでから小説を読むというのもおすすめです。
泣ける、切ない、という評判通り、本作に収録されているエピソードの結末は、いずれも感動的。
「吹原和彦の軌跡」では「クロノス・ジョウンター」の制約により、過去にわずかな時間しかとどまれず、さらに戻ってくる時は本来吹原がいた時間よりも未来に飛んでしまうという状況。それでも彼は何度も何度も「クロノス・ジョウンター」で過去に行きます。
しかし、それには、ある代償が必要だったのです。
- 著者
- 梶尾 真治
- 出版日
- 2015-02-06
たとえ片想いの相手を死の運命から救うことができても彼の想いは叶うことはなく、それどころから自分の人生のすべてをささげなければならないというこのエピソード。彼は最後まで1人の女性を救おうとできるのでしょうか?
多くの読者が、この話の結末では泣いた、切ないと言っているように、読めば涙なくして読めない内容。人間はここまで人を愛することができるのだと感じることのできる、感動的なラストです。
また他のエピソードでも、「吹原和彦の軌跡」と同様、過去へ飛んで大切な人を助けようとしている人々は、それぞれの形で代償を支払うことになります。大切な人を救うことができても、救った本人の気持ちは救われるのか……ぜひ本編を読んで、確認してみてください。
いかがでしたか?本作はSFというジャンルではありますが、それはあくまでも設定の話で、中身は珠玉のラブロマンスです。もしも自分の前にタイムマシンがあったらどうするだろう?と思わず考えてしまう方も多いのではないでしょうか。時を超えた人の想いに、心震えること間違いなしです。