【第21回】会社を辞め、髪を切って倒れた3月末の話

【第21回】会社を辞め、髪を切って倒れた3月末の話

更新:2021.11.28

誰の許可もなく髪を切ったのは、はじめてだ。 長くお世話になった番組の謝恩会を終えた足で美容室へ飛び込んで、ショートカットにしてくださいと言った。 耳元からさくさくと音を立てて落ちていく黒い髪はハサミひとつで私のものではなくなり、さっきまで私の髪だったものを切り落としてしまった私は、変わらずに私だった。 鏡を見れば左頬に治りかけの吹出物のあとがしぶとくひとつ残っていて、眉は子どもの頃と変わらず少しだけ八の字で、まるい目は犬のような感じだ。 外に出ると、頭をなでる風がひんやりした。

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物心ついた頃からずっと髪を切るときはマネージャーさんにお伺いを立てていた。

髪を切りたいと思ったら、まずマネージャーさんを通じて社内から社外へ「石山蓮華は髪を切ってもいいですか」という連絡をしてもらう。関係各所に確認を取ってもらい、やっと5センチ、大胆に10センチ、慎重に髪を整えていた。

3月末で子どもの頃から16年いたアミューズを辞めた。

ほんとうに愛情深い会社だった。たくさんの方にとてもお世話になって、埼玉のぼんやりした子どもはTVの中の一瞬キラキラして見える人にも、好きなものに前のめりになる人にもなることができた。つらいときに笑顔と元気を出させてくれたのは会社の人がつないでくれた仕事で、仕事を見てくれたファンの方は温かい言葉と気持ちをくれた。

会社にいるうちにすべてのご恩を返せたらよかったのかもしれないけれど、それでも温かく見送ってもらった。

今日までの私を作ってくれたすべてとは言わないが、とても大きく大切なものだった。

ずっと見守ってもらっていたまなざしが一気に遠くなる。

これからは、私のまなざしのために生きていくため、会社に判断してもらっていた一つひとつを自力で決めて生きていく。

…のだ、とかっこよく思ったその数時間後に38.6℃の高熱を出してベッドに倒れ込んだ。

春風がひんやりしたのは寒気だった、全然気付かなかった。髪を切るとあんなに外が涼しく感じるものかと思ったけれど、私が発熱していたのだ。

高熱で朦朧とするなか「わたし、このまま死ぬのかな……」と思った。思っただけでなく口にも出した。よくわからない熱い涙も出た。身体中のジップが壊れたようになり、ベッドとトイレを往復した。

翌朝、近所の病院で半袖を着たスキンヘッドの内科医に「胃腸炎だね!」と元気よく診断された私は「これなら明日から元気!」と言ってちょっとふざけて3秒踊ったそのすぐ後に、昨日よりちょっとだけ高い熱を出して再びばったり倒れ込んだ。

会社所属の芸能人として最後の仕事だった、レギュラーの深夜ラジオは出られなかった。

芸能人の私に関する権利はいつも会社に守られてきた。私に関する権利は私のものでなく会社のものであり、私はひとりの人間として生きながらも会社の権利に帰属するひとつの商品であった。

会社を離れるということは、私の髪もふるまいも言葉もすべて私のものになったということだ。誰かのまなざしは気にするのもいいし、気にしなくてもいいし、なんでもいい。私に私のすべてが任せられている。これが自由なのかと思うと、あまりに何ということもない。

平熱まで下がり、3日ぶりにシャワーを浴びた。濡れた髪は一瞬で乾いた。

丸顔にショートカットっていうのはあんまり似合わないのかもしれない、でも誰かのまなざしよりも自分の意志を通して髪型を選べることさえたのしい。

けれどやっぱり「出来るだけ丸顔が目立たないようにしてください」と言って切ってもらっただけあり、とてもいい感じだ。すごく気持ちいい。

手帳を開いても先のスケジュールは白紙で、毎月だんだん真っ黒に埋まっていたスケジュールは、人のおかげで埋めてもらっていたことを知る。

たいへんなことを決めてしまったようにも思えるし、大したことではなくも思える。

けれど、なんだかもうたのしい。

今日はたまたま用事があるので外へ出る。

軽くなった頭なら桜も電線も見上げやすいかもしれない。

ぼくを探しに

著者
シェル・シルヴァスタイン
出版日
1979-04-12
「何かが足りない それでぼくは楽しくない
足りないかけらを 探しに行く」

まんまるの主人公「ぼく」は一箇所だけがぱっくりと欠けている。

「足りないかけら」を探しにいく主人公はさまざまなものと出会い、歌いながら転がって旅を続け、ある日とうとうぴったりのかけらを見つける、しかし。

高熱でガタガタ震えながら「16年も費やしてきたものを手放してしまうなんて、もうだめだ……バイトも出来ないし、このまま死ぬんだ……」という考えでいっぱいになったとき、子どもの頃に何度読んでもピンとこなかったこの本のページが浮かんできた。

作中で、主人公はさまざまなかけらを見つけ、その度にうまくはめてみようとするがある時はそれが大きすぎたり、小さすぎたり、はまったのに壊してしまったりする。

この本にまったくピンとこなかった頃から考えると、16年ジタバタさせてもらってたのしかったことは大事な時間だったと思う。

撮影:石山蓮華

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  • 電線読書

    趣味は電線、配線の写真を撮ること。そんな女優・石山蓮華が、徒然と考えることを綴るコラムです。石山蓮華は、日本テレビ「ZIP!」にレポーターとして出演中。主な出演作は、映画「思い出のマーニー」、舞台「遠野物語-奇ッ怪 其ノ参-」「転校生」、ラジオ「能町みね子のTOO MUCH LOVER」テレビ「ナカイの窓」など。

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