日本が世界に誇る映画監督、アニメーター・宮崎駿。アニメーション映画の作品だけでなくコミックやエッセイなども手がけており、作者の考え方や好みを深く知ることができます。今回紹介する『宮崎駿の雑想ノート』もそんな一冊。収められているエピソードのなかには、後のジブリ作品に発展したものも。 この記事では、収録作品をいくつかピックアップしながら、舞台化も決定した本作の魅力について解説していきましょう。ネタバレ注意です。
『宮崎駿の雑想ノート』は、模型雑誌の「月刊モデルグラフィックス」での連載作品をまとめたもので、描きおろしコミック1作品を含め、イラストエッセイとコミックで構成されています。
「雑想」というのは、雑学と妄想を合わせた造語。南北戦争時代のアメリカ沿岸から太平洋戦争末期の太平洋上まで世界各地の戦場を舞台に、戦史・兵器マニアならではの作者の妄想と史実が交錯します。
空中戦艦、多砲塔戦車、飛行艇など、さまざまな兵器類が作者の思い入れとともに取り上げらた一冊。1つの話は3~5ページと短いものの、オールカラーで、ページのすみずみまで手書き文字と絵でびっしり埋まっていて、なんとも贅沢な仕上がりです。
- 著者
- 宮崎 駿
- 出版日
そして2019年8月からは、収録作品から「最貧前線」が舞台化。太平洋戦争末期、物資も兵員も底をつきかけた日本海軍が、漁船を改装した船にB-29爆撃機の監視を続けさせたというストーリーとなっています。
主演は、大河ドラマ『風林火山』や『臨場』で知られる演技派・内野聖陽。ストーリーの中心となる漁船・吉祥丸の船長役を演じます。他には、風間俊介、溝端淳平、ベンガルなどが脇を固めます。
脚本は井上桂、演出は一色隆司が務め、水戸芸術館をから国内の劇場6か所を巡演予定です。作者の世界がどのように表現されるのか、期待が膨らみます。
いわずと知れた、アニメーション界の巨匠。
1979年に長編初監督作品『ルパン三世カリオストロの城』、1984年に『風の谷のナウシカ』を発表して評価を高め、1985年にはスタジオジブリを立ち上げました。
作者の名声を不動のものにしたのは原作・脚本・監督を務め、2001年に発表した作品『千と千尋の神隠し』でしょう。アカデミー賞長編アニメ賞、ベルリン国際映画祭金熊賞などの栄冠を得て2350万人動員の大ヒット、興行収入300億円越えは2019年4月時点で日本歴代第1位です。
- 著者
- 宮崎駿
- 出版日
- 2015-10-08
彼の作品は、常に子どもの視点を大切にしています。しかし少しも手を抜くことはなく、細部へのこだわりも光る作品だからこそ、子どもも大人も一緒に楽しめるのでしょう。
「動き」へのこだわりも大きな魅力です。登場人物が話している時も口だけパクパク動くということはなく、体も揺れるなど微かな動きにもこだわりがあります。作者の手にかかると、車やメカニックな製品まで生きているように見えるから不思議です。
監督を務める作品の声優には木村拓也や西島秀俊、田中裕子といった俳優を起用することが多いのですが、その理由に「アニメとかじゃなく、映画を作っているから」と答えています。リアルな動きへのこだわりにも納得できますね。
2013年『風立ちぬ』制作後、長編アニメーションからの撤退を表明しましたが、創作意欲は衰えを知らず、その後新たな長編アニメを制作中だと報じられました。
ここからは、『宮崎駿の雑想ノート』のなかからおすすめのエピソードをいくつかご紹介しましょう。
副題は「ボストニア王国空軍史」。「巨人」の文字には、第2次世界大戦以前のヨーロッパで活躍した輸送機である「ユンカースG-38」のルビが振られており、大の巨人機好きの作者らしい1話目です。
時は1920年代、ヨーロッパの小国・ボストニア王国という架空の王国を舞台に物語が綴られます。国民から「飛行王子」として親しまれ、若くして国王となったペトル3世が中心人物です。
周囲の列強各国に対抗すべく、空中艦隊の実現を夢見ていたこのペトル3世は、ドイツの航空機エンジンメーカーであるユンカース社製大型旅客機「G.38」に目を付け、当時世界で2番目の巨人機「WP-30重空中戦艦」に生まれ変わらせます。
作者のアニメ作品ファンなら、ピンときたはず。映画『風立ちぬ』で主人公・堀越二郎が視察に訪れたのが、ドイツのユンカース社です。そこに4基の大型エンジンを搭載した巨大な「G-38」が登場します。映画作品とリンクしているとこを見つけるのも、本作の見所といえるでしょう。
ボストニア王国は、東ヨーロッパに実在する国家ボスニア・ヘルツェゴビナと、北ヨーロッパに実在するエストニア共和国から発想を得ているようです。このように、史実と作者の妄想が随所に散りばめられているのも楽しいところでしょう。
作者は1枚の写真や古い戦史のわずかな記述から発想をふくらませ、時に本当のことのような妄想を書きますが、この「Q.ship」は実話です。
第1次世界大戦時、敵軍の輸送車を撃沈させるのに活躍していたのが潜水艦でした。ドイツ海軍の潜水艦・Uボートに攻撃されて苦境に陥ってたイギリス海軍は、小型の沿岸貨物船「Q.ship」を投入したのです。
「Q.ship」は大砲を隠し持った小型の沿岸貨物船や帆船で、「囮船(おとりせん)」などと訳されます。ただの商船だと見せかけてUボートにわざと襲わせ、十分引き付けたところで隠し持っていた大砲をぶっぱなすのです。
Uボートをおびき寄せるために敵の攻撃も至近距離で受けなければならなく、戦いは相討ちになることが多かったそう。しかし沈められても、もとはボロ船ですから、イギリス軍のほうが割がよかったといえたようです。
この史実は、本作ではドイツ軍が豚、イギリス軍が犬として描かれています。カラーの漫画でサクッと読むことができるため、歴史が好きな方にもおすすめです。
内野聖陽主演で舞台化されるとご案内した「最貧前線」です。
太平洋戦争末期の昭和20年3月。すでに、日本の連合艦隊は壊滅状態で、洋上に送られたのは民間の漁船を改造した特設監視艇だったという、まさに「最貧」な状況下で話は進みます。
物語の中心となるのはマグロカツオ漁船吉祥丸あらため、399号艇吉祥丸。乗員17名中、民間人(もともとの吉祥丸乗組員)が5名です。
仲間の三鷹丸がアメリカの爆撃機によって沈められるや、アメリカ軍の好きにさせておくものかと兵隊も漁民も一致団結。吉祥丸の大漁旗を掲げ、沈没前の三鷹丸から取ってきた25ミリ単装機銃を敵の爆撃機に向かってぶっぱなす……見事命中。
とはいえ、つけ焼き刃の特設監視艇団です。最終的には動員された400隻の漁船のうち、生き残ったのは約100隻だったそう。
作者の話には動物が擬人化されて出てくることがありますが、作者はこの「最貧前線」は動物ではなく「人間で描きたかった」のだそうです(『宮崎駿の雑想ノート』「雑想MEMORANDUM」より)。
わずか5ページの小品ですが、作者の思いが詰まっている作品。ただ、あと1ページあったなら「もっといろんなことが出来た」のにとも語っています。
ちなみに吉祥丸という名前は、ジブリスタジオが吉祥寺にあったことからだそうで、作中、中野丸、高円寺丸、荻窪丸など、中央線沿線の駅名をもつ船も登場するのでご注目ください。
月刊誌3号にわたって連続掲載されたため、他に比べると長編の作品。
時は1920年代末、飛行艇に乗り、アドリア海からエーゲ海一帯を荒らしまわっていた「空賊」たちが主人公です。その多くは世界的不況のあおりを受けて、食い詰めたパイロットでした。
そんな彼らの前に、深紅の飛行艇フォルゴーレ号を駆って立ちはだかるのが、空賊狩りの賞金稼ぎマルコ・パゴット中尉。この名前でピンときた人は、なかなかのジブリ通でしょう。マルコ・パゴット、本名ポルコ・ロッソ。そう、『紅の豚』の主人公です。
- 著者
- 宮崎 駿
- 出版日
ポルコの愛機フォルゴーレ号、正式名称サボイアS-21試作戦斗艇。一方、ライバルとして登場するアメリカ人のカーチスが操るのは、非公燃水上戦闘機カーチスR3C-0です。不覚にもカーチスとの戦いに敗れたポルコは、若きヒロイン整備係のフィオとともに再度カーチスに戦いを挑みます。
ところが燃料と弾切れで決着がつかず、2機とも海に着陸。その後は殴り合いでケリをつけるところなどは、作者らしい「男」の描き方といえるでしょう。
ちなみにサボイアS-21試作戦斗艇は、架空の戦闘機。作者は小学生のときに見た水上レーサーの写真1枚の記憶を頼りに、この話をふくらませたのだそうです。
『宮崎駿の雑想ノート』は、兵器・戦史好きからジブリアニメ好きまで、幅広くおすすめの作品です。