多くの有名作家を輩出している「松本清張賞」。プロアマ問わず、長編のエンターテイメント作品を募集していて、レベルが高い作品が集まることでも有名です。この記事では、歴代受賞作のなかから特におすすめの小説をご紹介します。
1992年に亡くなった作家の松本清張。「松本清張賞」は、彼の業績を記念して、1993年に設立された公募型の文学賞です。公益財団法人日本文学振興会が主催をし、文藝春秋が運営をしています。
募集しているのは長編のエンターテイメント作品で、作者のプロアマは問いません。ジャンルは社会派ミステリーや歴史ミステリー、王朝風ファンタジーと多彩で、時代小説も多いのが特徴です。全体のレベルが高く、横山秀夫や青山文平、阿部智里など多くの人気作家を輩出してきました。
締め切りは毎年10月で、選考会は4月に実施されます。受賞作は文芸雑誌「オール読物」誌上で発表。ちなみに2020年度の先行委員は京極夏彦、辻村深月、中島京子、東山彰良、三浦しをんの5人です。
物語の舞台は、豊臣秀吉の朝鮮出兵である「文禄・慶長の役」。
嫌悪感を抱きながらも戦わなければ生きていけない島津藩の侍、大野七郎久高。靴職人ながら儒学を学びたいと願う、朝鮮人の明鐘。そして自国を愛して任務をまっとうする琉球人の真市。彼らはそれぞれ葛藤を抱え、模索をしながら生きています。
激しい戦いと動乱の時代を、3人の男たちの目線から描いた歴史小説です。
- 著者
- 川越 宗一
- 出版日
- 2018-07-06
2018年に「松本清張賞」を受賞した川越宗一の作品です。
「文禄・慶長の役という扱い難い題材を選んでいるが、薩摩・琉球・朝鮮に於ける“礼”という概念受容の差異こそが物語の核となっている。(中略)戦を描く作品の主軸に、義でも忠でもなく、礼を選んだセンスには敬服する。今後の活躍に期待したい」(「松本清張賞」『天地に燦たり』選評より引用)
儒教の徳目のひとつ「礼」。本書では、3人の男たちがそれぞれの立場で儒教を学び、「礼」とは何かを探りながら生きていきます。
相容れない思想をもつもの同士とはいえ、なぜ人は争は無ければいけないのか……。迫力のある戦いの場面も必見です。
戦国末期の1582年。九州のキリシタン大名である大友宗麟、大村純忠、有馬晴信のもと「天正遣欧少年使節団」が結成されました。伊東マンショ、中浦ジュリアン、原マルティノ、千々石ミゲルという4人の少年が選ばれ、ローマへと派遣されます。
しかし、8年後に帰国した彼らを待っていたのは、秀吉によるキリシタンの弾圧でした。信仰に殉じて悲惨な末路を遂げた他の3人に対し、千々石ミゲルだけはキリスト教を捨て、妻をもつという選択をします。
なぜミゲルは棄教という選択をしたのでしょうか。彼の生涯を妻である珠の視点から描いた一冊です。
- 著者
- 村木 嵐
- 出版日
- 2013-06-07
2010年に「松本清張賞」を受賞した村木嵐のデビュー作です。中学時代から司馬遼太郎のファンで、「そばで働きたい」と手紙を出し、住み込みの家事手伝いとして働いていました。
生きるために信仰をするはずなのに、殉教を選ぶ人がいる。その一方でミゲルのように、生きるために棄教を選ぶ人もいる……それぞれの若者の選択を、当時の時代背景とともに丁寧に記しています。
日本人にとっては馴染みの薄い宗教に関する物語ですが、同じく宗教に関する知識も興味もない珠の目線から描いているため、リアリティをもって読むことができるでしょう。
舞台は江戸の寛政期。小さな藩の郡方である日下部源五と、名家老として表にも裏にも顔が知られている松浦将監は、幼馴染です。同じ剣術道場に通い、友情を育んでいましたが、ある出来事をきっかけに長く絶縁状態が続いていました。
50歳という人生の峠を越え、再び2人が出会った時、運命の歯車が激しくまわり始めます。
- 著者
- 葉室 麟
- 出版日
- 2010-02-10
2007年に「松本清張賞」を受賞した葉室麟の作品です。
「藤沢周平を思わせる正攻法の歴史小説で、ほぼ全会一致で決まった。漢詩を心に残る形で使うなど、教養の高さが物語に厚みを与えた」(「松本清張賞」『銀漢の賦』選評より引用)
徹底した時代考証と巧みなストーリー展開で、実在する人物かのように2人の男の人生が描かれます。要所で漢詩が用いられ、物語に深みを与えているのがポイントでしょう。
タイトルにある「銀漢」とは、天の川のこと。幼少期の少年が無垢な瞳で眺めた天の川と、50歳を超えてともに白髪になった2人を表しているそうです。数十年の時を経て身分の差があったとしても、幼少期の友情を再び紡ぐことができるのでしょうか。
JR膳所駅で、ひとりの老人が轢死しました。老人には難病にかかっている3歳の孫がいます。海外で臓器移植をしなければならないため、多額の治療費を工面するために家族が奔走していました。
老人の死は、自殺なのか、事故なのか。もし自殺であれば保険金はおりません。定年間近の保険調査員、村越が調査にとりかかります。
- 著者
- 広川 純
- 出版日
- 2009-06-10
2006年に「松本清張賞」を受賞した広川純の作品です。広川は大学を卒業後、保険調査会社で勤務した経験があるそう。自身の経験を活かしたストーリーになっています。
「一応の推定」とは保険用語で、保険に加入している者が遺書を残さないで亡くなった時、典型的な自殺の状況が説明されれば、 自殺だと認定され保険会社は保険金を支払わなくてよいそう。本書では保険業界や調査会社の裏側を丁寧に描いているのが特徴です。
村越の調査は、非常に地味。コツコツと調べあげ、薄皮を1枚1枚はがすように少しずつ事実へと近づいていきます。ストーリーは論理的に展開され、納得感の得られるミステリーだといえるでしょう。
「天高くそびえ立つ、天下一の城を作れ」
織田信長からの難題を請け負ったのが、宮大工の岡部又右衛門とその息子、以俊です。立ちはだかる問題を乗り越え、五重の天守閣をもつ城という前代未聞のプロジェクトに挑んでいきます。
- 著者
- 山本 兼一
- 出版日
- 2007-06-01
2004年に「松本清張賞」を受賞した山本兼一の作品です。「直木賞」にもノミネートされました。
安土城の建設が事細かに描かれています。ブルドーザーもクレーン車もない時代に、木や石、瓦、そして大工とそれぞれの名人が奔走します。彼らの仕事に対するプライドが、読者の胸をアツくさせるでしょう。
信長の人となりも描かれるほか、岡部親子の関係性の変化も見どころです。又右衛門は子どもの成長をなかなか認めることができず、以俊はそんな父親に反発していきます。しかし協力しなければ安土城を完成させることなどできません。さまざまなテーマで読むことができる作品です。