近代日本文学を代表する小説家、谷崎潤一郎にちなんで創設された「谷崎潤一郎賞」。毎年、時代を代表する優れた作品が選ばれています。この記事では、歴代受賞作のなかから特におすすめの小説をご紹介していきます。
谷崎潤一郎は1886年に生まれ、明治末期から昭和の中期まで活躍した小説家です。代表作は『春琴抄』や『細雪』など。「谷崎潤一郎賞」は、そんな彼の業績にちなみ、中央公論社の創業80周年を記念して設立されたものです。
対象となる作品は「時代を代表する優れた小説・戯曲」で、ジャンルは問いません。選考委員の合議によって受賞作が決定し、雑誌「中央公論」に掲載。また受賞者には正賞として時計、副賞として100万円が授与されます。
主に中堅からベテランの作家が受賞する傾向があるようです。名作はもちろん、時代を象徴する物語もあり、受賞作を並べてみると日本の文学史が見えてきます。
物語の舞台は、1972年の芦屋。主人公の朋子は中学生の少女です。家庭の事情で、1年間だけ伯母の家で暮らすことになりました。
その家は、清涼飲料水の販売に成功した伯父が建てた立派な屋敷。朋子よりもひとつ年下の従妹、ミーナがいました。
- 著者
- 小川 洋子
- 出版日
2006年に「谷崎潤一郎賞」を受賞した小川洋子の作品です。
「小川洋子氏の『ミーナの行進』の上っ面だけ読めば、「ねるーい小説」にも、「おとぎ話の域を出ないお話」にも、そして「能天気で御都合主義めいた物語」にも見えるだろう。けれども正確な読みに徹した読者なら、これが小説による小説潰しの反小説であり、物語による物語の関節外しの実験であり、それでいて、よくできた小説でもあると思いあたって溜息をつくにちがいない」(「谷崎潤一郎賞」選評より引用)
ミーナは病弱で喘息を患っているものの、裕福な家庭であたたかく育てられていました。庶民と異なる暮らしはどこか風変りです。そこへ母子家庭で育った朋子が預けられ、2人の生活が始まります。
特別大きな事件が起こるわけではありませんが、多感な時期の少女の繊細な心の移ろいが見事に描かれているのが特徴。静かで穏やかで、どこかセンチメンタルな気分にもなれる作品です。
大阪の伝統芸能「河内音頭」には、「河内十人斬り」のエピソードが挿入されています。
「河内十人斬り」とは、1893年に実際に起きた事件。城戸熊太郎という男が、身内やばくち仲間、土地の有力者など乳幼児を含めた10人を次々と殺害したものです。
本書はそんな「河内十人斬り」をモチーフに、人はなぜ人を殺すのかという究極の問いを投げかけています。
- 著者
- 町田 康
- 出版日
2005年に「谷崎潤一郎賞」を受賞した町田康の代表作です。
「町田康さんの『告白』は、河内音頭の神話的代表作、「河内十人斬り」を、いったんはバラバラに解体し、作者独特の音感、言語観、そして世界観で再創造した大作である」(「谷崎潤一郎賞」選評より引用)
本書の特徴は、なんといっても町田の真骨頂ともいえる巧みな言葉の使い方でしょう。次から次へと押し寄せる感情的な文章と河内弁が合わさって、読者に襲いかかります。10人もが殺される物語なので暗鬱としているかと思いきや、軽快でどこか笑えてしまうのも魅力です。
人を殺すしかなかった、そして自分も死ぬしかなかった熊太郎が抱えていた孤独や絶望は、多かれ少なかれ誰しもが抱いているもの。不器用に悩んでもがいて、熊太郎は結局殺人という決断をしましたが、私たちが「それ」をしないと本当に言い切れるのでしょうか。読後もずっと心に残り、何度も読み返したくなる一冊です。
表題作の「風味絶佳」は、志郎という青年がガソリンスタンドで働きながら、とある少女と出会って恋をするお話。そんな彼を見守るのは、70歳になっても現役で恋愛をしている「グランマ」です。
そのほか、片思いしていた女性がある日父親と結婚し義母になってしまった青年の話や、同棲相手がいながらも次々と恋人を作るとび職人の話、ゴミの集積所で出会った清掃作業員に惹かれてしまった人妻の話などが収録されています。
- 著者
- 山田 詠美
- 出版日
- 2008-05-09
2005年に「谷崎潤一郎賞」を受賞した山田詠美の作品です。恋と人生がギュッとつまった6つの短編が収録されています。
「日頃から、肉体の技術をなりわいとする人々に敬意を払って来た。職人の域に踏み込もうとする人々から滲む風味を、私だけの言葉で小説世界に埋め込みたいと願った」(『風味絶佳』あとがきより引用)
「肉体の技術をなりわいとする人々」とは、肉体労働者のこと。体を張ってお金を稼ぐ者が醸し出す逞しさと、妙なエロティシズムが見どころでしょう。
微笑ましいものから切ないものまでさまざまな形の恋愛が描かれていますが、どれも美しい文章で品のよさが漂っているのが魅力です。
間もなく40歳を迎えるツキコ。行きつけの居酒屋で、偶然高校時代の国語の教師と再会します。2人の年の差は30歳以上もありましたが、それでも一緒にお酒を飲んだり花見をしたりして、距離を縮めていきました。
緩やかに、そして不器用に「恋愛」を始める彼ら。ある日、ツキコはセンセイから、亡くなった妻のお墓に案内されるのです。
- 著者
- 川上 弘美
- 出版日
- 2004-09-03
2001年に「谷崎潤一郎賞」を受賞した川上弘美の作品です。6人の選考委員が満場一致で選んだという傑作。ドラマ化や映画化、舞台化、漫画化もされベストセラーとなりました。
ツキコとセンセイの恋愛は、大人とは思えないほどピュア。お互いに強がりで不器用で甘え下手で、絶妙な距離感を保ちながら、たまにその境界を超えてくるので、読んでいるほうが甘酸っぱさにやきもきしてしまうのです。
また料理やお酒が非常においしそうに描かれているのも特徴。2人もとてもおいしそうに食事をします。あたたかい空気に包まれた、優しい物語です。
西行は、平安時代末期から鎌倉時代にかけて活躍した歌人僧です。武家出身で、23歳の時に出家をしました。その生涯で数多くの和歌を残しています。
本書は、西行の幼少期から晩年までを、彼の弟子だった藤原秋実(あきざね)をはじめとする近しい人物が語ります。
- 著者
- 辻 邦生
- 出版日
- 1999-06-30
1995年に「谷崎潤一郎賞」を受賞した辻邦生の作品です。
後鳥羽院から「生得の歌人とおぼゆ」と評された西行。旅と花を愛し、諸国をめぐりながら各地の歌を詠みました。彼がどのようなことを考えていたのか、動乱の時代をどう生きていたのかを教えてくれる作品です。
作中に登場する歌はどれも美しく、歌集のような側面ももっています。珠玉の言葉を堪能してください。